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    ~新しいブランド魚の開発を目指して~

    2018年6月16日、蒲郡市生命の海科学館(愛知県)で、バイオカフェを開きました。お話は、国立研究開発法人 水産総合研究センター 増養殖研究所 主任研究員 正岡哲治さんによる「魚好きのためのバイオテクノロジー」でした。小学生からシニアまで、お話を楽しくうかがい、話し合いをしました。


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    正岡哲治さん
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    会場風景1

    主な内容

    1.食料生産

    ヒトは1万年以上前に自らの手で食料生産(農耕)を始めた珍しい生き物といえる。
    食料増産と安定供給を目指して、次の2つの観点で技術開発をすすめてきた。

    1. 栽培・飼育・培養方法の開発(どうやって育てるか)
      農地、灌漑整備、肥料や餌、種まきや収穫方法、人工的な繁殖や増殖方法などの開発を行ってきた。つまりヒトが自ら管理する生産の場である田や畑、牧場などの土地の改良や栽培、飼育、培養方法の開発を行ってきた。
    2. 植物・動物・微生物の開発(生き物そのものの開発)
      もともと生き物は、ヒトに食べられるために生きてきたわけでも、進化してきたわけでもない。ヒトは、これらの生き物を食料とするために、もっとこうなって欲しいと品種改良してきた。例えば、もっとたくさんの、もっと大きい実が欲しい、もっと安定して収穫したい、もっと成長を早くしたい、味や香りを良くしたい、など。
      こういった農作物や家畜は、自然界には存在しない。
      例えば、イネやコムギは1つの茎にたくさんの実をつけるようになった。トマトやジャガイモはより大きくなり、みかんはより甘くなり、牛はより肉が多くなり、パン酵母はより二酸化炭素を出してパンをふっくら膨らませるようになり、ペットのイヌや鯉、金魚は見た目がかわいく色美しくなった。トマトでいえば、原種(野生種)から品種改良によって、直径が10倍の大きさになっている。

    2.育種とは

    生き物をヒトの食料として都合のいい性質をもつように遺伝的に変えること。
    昔から、ニワトリからヘビは産まれてこないし、親の特徴は子に伝わることが分かっていた。その現象を遺伝と呼び、それは親から子に何かが伝わると考えて、それを遺伝子と名づけた。その後、遺伝子とは核酸DNAであることが分かった。
    生物の身体は細胞からできている。ヒトの身体でいえば、約60兆個の細胞からなり、筋肉や皮膚や脳など様々な種類の細胞からなっている。細胞の中には核があって、その中にDNAが存在する。DNAは、はしごを捻ったような2重らせん構造を作り、その鎖のはしご部分にA・T・G・Cの4種の塩基がある。その塩基の並び方が遺伝情報をあらわしている。雄の精子と雌の卵が受精することで、両方のDNA情報が1つになって、親の遺伝情報が子に伝わる。この並び方は種によっても、個体によっても、少しずつ違い、それが種の違いや同じ種でも個体ごとの個性になる。育種は、このDNAの並びを少し変えて、都合のいい個性に改変する。ただ、今までの育種は、狙った性質を偶然にもった親同士を交配することで実現してきた。

    3.水産での育種の背景

    水産とは基本的に“海や川に住んでいる魚を獲る”ことで、育てることはなかった。
    しかし、近年、海の魚が減ってきて、60年代くらいから獲る漁業から育てる漁業へと変換してきた。獲った稚魚を大きく育てて、卵や精子をとり、ヒトの手で孵化させ、さらにそれを育てて成魚にする(完全養殖)ための餌や飼育方法を開発してきた。それがブリ、マダイ、ひらめ、とらふぐ、カキ、ノリなどで可能になっている。
    現在では、養殖は成長産業で、年数%ずつの成長をとげている。

    <育種の目標>
    ・早く大きく育てる⇒増産、設備投資の効率化、費用の低減、価格の安定化
    ・病気に強い⇒ロスの低減、安定供給、薬とその投与費用の低減
    ・風味の向上(味がいい)
    ・機能成分や医薬成分の生産(将来目標)⇒身体にいいDHAやEPA成分を増やす
    ・鑑賞魚(金魚や鯉など)⇒今までにない色や形
    <育種方法>
    ・昔からの方法は交配選抜⇒いい個性の個体を親にして子を作り、これを繰り返す
    ・近縁種を交配して新しい性質を持たせる。 例:病気に強い種と成長の早い種を交配
    ・染色体操作⇒1980年前半~。遺伝子のセットを増やす。(3倍体、詳細後述)
    ・性転換⇒そもそも魚は環境(水温など)によって、雄になったり、雌になったりする。これを利用して、ホルモンを餌に混ぜることで性転換する。
    ・遺伝子組換え
    ・ゲノム編集

    4.バイオテクノロジーを用いたブランド魚の取り組み

    1. 染色体操作による3倍体の作出と利用
      雄の精子ゲノム1セットと雌の卵ゲノム1セットを交配して子のゲノム(2倍体)ができるが、卵にはさらにゲノム1セットの第2極体がある(第2極体は脊椎動物で共通に見られる)。通常は受精後に第2極体を放出して、2倍体で発生が進行するが、受精卵に圧力(1平方メートルあたり400から800kg)をかけたり、高温にさらしたり(鮭で37℃くらい)、低温にさらしたり(鯉で4℃くらい)すると、第2極体が放出されずに残り、この中にあるゲノムセットも取り込まれ、ゲノムが3セットになる。(3倍体)
      この操作は、適する条件を探るのは大変だが、一度その条件が分かれば、操作自体は物理的で簡単である。
      この3倍体は性的に成熟しない。つまり、卵や精子がうまく作れない。卵や精子を作るとき、個体はかなりのエネルギーを使うので、そのタイミングでは成長が止まり、実がやせる。通常、魚にも美味しい旬があるが、これは産卵前にたっぷり栄養を蓄えた時期である。ところが、3倍体は不妊なので、1年を通して成長し続け、より大きく成長して美味しい。
      例:
      カキ小町(広島)カキは海水温が下がると実が肥える。宮城のカキは10月からおいしいが、海水温の温かい広島ではまだ美味しくない。その頃から美味しいカキを生産しようと開発された。
    2. 全雌3倍体(子どもが全部雌)
      雌を性ホルモンで雄に性転換して、精子をX染色体のみにしたうえで、3倍体を創出する。確実に全部雌にすることができる。
      いろいろな品種を作っているが、どれも食味よく、成長が早く、より大型になる。
      例:
      ヤシオマス(栃木)ニジマス
      びわサーモン(滋賀)ビワマス、まだ量が少ない
      伊達イワナ(宮城)イワナ、高級食材として売り出す
      信州大王イワナ(長野)イワナ
      奥多摩やまめ(東京)やまめは小さいので、通常は塩焼きで食するが、これを大型化して塩焼き以外の用途狙う
      飛騨大アマゴ(岐阜)アマゴ
    3. 全雌異質3倍体(雑種)
      2種類の魚の雑種を作る。両方の種のいいとこ取りを図る。
      1種の魚の雌を雄に性転換してから、別の種の雌と交配して3倍体を作る。
      例:
      絹姫サーモン(愛知)ニジマスとアマゴ、ニジマスとイワナの掛け合わせ
      魚沼美雪ます(新潟)ニジマスとイワナ(アメマス)
      富士ノ介(山梨)ニジマスとマスノスケ(キングサーモン)
      ニジサクラ(山形)ニジマスとサクラマス
    4. 4倍体
      第2極体放出後、受精卵が2つに細胞分裂した時に加圧や温度処理をすると、ゲノム4セットの4倍体ができる。この雌と性転換した雄を掛け合わせて、3倍体をつくる。ただ、成功率がまだ低い。ニジマスのみで成功。
      例:
      信州サーモン:
      4倍体のニジマス雌とブラウントラウトの雄
      2015年長野県の名産ランキング10位の人気

    3倍体の魚には水産庁審査があり、その利用要領に従って生産される。

    5.新しい育種技術の開発(ゲノム編集)

    ゲノム情報が解読されるようになって、遺伝子の働きも次第に分かるようになってきた。さらにゲノムを直接改変する技術も開発された。
    ゲノムの決まった箇所を切る酵素でゲノムの一部を切ると、これを修復する機能が働く。これを繰り返すと、修復ミスが発生して、一部の塩基が欠失したり、別の塩基に置き換わったり、別の塩基が挿入されたりする。その結果、特定の位置のゲノム情報を目的に合う形で改変できるようになった。偶然に頼らず、効率的に品種改良できる。

    例:
    ナスで、受粉しなくても実がなるようにすることができるようになった。
    ゲノム編集のメリットはより良いものを早く作れる、国内の品種・素材を活用できる、気候変動などの非常事態へのすばやい対応、市場の活性化などが可能になる。
    魚におけるゲノム編集は受精卵に細いガラス管を刺して、DNAを切る酵素を導入する。変異した魚の中から、目的とする性質をもった個体を選別していく。
    例:
    養殖しやすいマグロ:マグロは神経質で音や光に暴走して死んだり、傷つく。
    これをおとなしくすることで、飼い易くする。稚魚では成功している。
    高成長するマダイ:可食部分(筋肉量)を増やす。2割ほどの増量に成功
    高成長したトラフグ、切り歯を短くして噛み合いを防いだトラフグ。
    不妊化することによって外来魚ブルーギルの撲滅を図る。

    以上のような新しい育種技術によって、水産物の安定供給と高品質化、水産業の持続的な発展を目指している。

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    会場風景2
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    蒲郡市生命の海科学館

    話し合い

    • は参加者の質問、 → は回答
    • 海外の動向は?
      →カキの3倍体はヨーロッパやアメリカで作られている。
    • 特許取得は
      →3倍体の技術は登録していない。ゲノム編集は海外ですでに登録されているので、使用する場合、交渉が必要。
    • おとなしいマグロができたかどうかはどうやって調べるのか
      →刺激に対する反応時間と移動距離をみたり、泳ぎ方をみる。実際にはゼブラフィッシュなどのサンプル種で、いろいろな箇所を編集してみて、その反応を探る。狙った反応が得られれば、それをターゲットの魚に試す。
    • ゲノム編集で、変えたい遺伝子の位置をどうやって知るのか?
      →変えたい位置を指示すると、そこだけ正確に切ることが可能になった。ただ、どうしてその遺伝子を改変するとそうなるかは分からない。またDNAの一部を切ったとき、いろいろな修復が施されるが、目的とする変異が得られるのは全体の2~3割程度であり、その中から狙った変異を探す。そもそもゲノム編集でできることは限られる。
      ただ、植物より魚のほうが、目的とする位置が切れる確率が高く、また、魚は卵が多いので、ゲノム編集には向いている。
    • ゲノム編集で作った食物は安全といえるか? アレルギー反応とか出ないのか?
      →そもそも今食べている食物すべてが、絶対安全とは言い切れない。生き物は、ヒトに食べられるために生きているわけではないので、それがヒトにとって安全とは限らない(安全神話)。かえって、ゲノム編集や遺伝子組換えのほうが、安全性に関する審査が行われるので、安全といえるのではないか。
      DNAの変異は親から子に伝わる過程でも、個体が成長していく過程でも、普通に起こっていることであり、特別なことではない。
    • 新しい技術で、今までにない生き物は作れるか?
      →遺伝子の一部を改変する程度では、できる範囲は限られていて、全く新しい生き物はできない。例えば遺伝情報があって、それを人工的に合成できても、生き物として誕生させることは不可能。
    • 食味のよさはどうやって作っているのか?
      →食味のよさは飼い方のほうが大きく影響する。中でも餌の違いが大きい。
      例えば、日本で買えるサーモンはサーモンピンクのきれいな色で、脂がのっている食味になっているが、これは日本人好みに餌で改変されたもの。
    • 植物の場合、原種の遺伝情報を保存するために種を保管する施設があるが、魚は?
      →魚の卵は大きくて凍結保存に向かない。配偶子の母細胞(卵や精子になる前の細胞)を保存することを試みている。今のところは、生きたまま飼って、保存するしかないので、生息している海域の保全を図るしかない。
    • 雑種かどうかはゲノム情報で分かるのか?
      →これが原種だというゲノム情報があれば、比較することで判別できるが、実際には自然界でもいろいろな交雑が繰り返されているので、これが原種と言い切れる個体は見つけられない。
    • 水産総合研究センターとはどんな研究をしているのか?
      →水産資源の調査、養殖・増殖の研究、加工食品の研究、漁具や漁業技術の開発研究
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