通常総会記念講演会「メディアのあり方を問うーファクトチェックはどこまで可能」
2018年5月17日、くらしとバイオプラザ21通常総会記念講演会が開かれました(於 銀座フェニックスプラザ)。お話は、毎日新聞 小島正美さんによる「メディアのあり方を問う~ファクトチェックはどこまで可能」でした。小島さんはこれまでもくらしとバイオプラザ21の活動にご協力くださり、「知っておきたい」シリーズ冊子作成のきっかけをくださった方でもあります。
小島正美さん
会場風景
主なお話
新聞などの報道をみていると、本当かどうか疑わしいことがある。ジャーナリストは情報源を調べ、ヒヤリングを行い、場合によっては根拠になっている論文にもあたるが、偏った記事が出ることがある。しかし、一般市民はなかなかその真偽を把握できない。バイアス事例を示しながら、どうやって見極めたらいいかを考えてみたい。( 1 ) 記者とリリースの関係
「糖尿病で厳しい目標の治療をすると合併症が減る」(朝日新聞)という見出しの記事があったが、これを読むと、糖尿病への厳しい治療で脳卒中や心筋梗塞が減ると思ってしまう。しかも、これは東大の研究者らが行い、ランセットという一流の医学誌に掲載された論文なので、だれもが信じてしまう。ところが、記事とプレスリリースと論文を読み比べてみると違いが分かる。大学のプレスリリースでは、統計的有意差はなかったが、喫煙因子の補正などを行ったら抑制効果が出たとしている。しかし、副作用として低血糖というリスクがあることもリリースには書かれているが、記事には出てこない。
さらに英語の論文には、強化療法の効果が十分にあったとは言えないと書いてある。メディアドクター研究会(医師や記者などで構成し、報道ニュースを評価する活動)でこの記事と論文を評価したところ、記事は正確ではなく、試験自体のレベルも高く評価されなかった。そもそも記事にする価値がないという人もいた。こういうバイアス記事を一般の人が読み解くことは至難の業である。
記事を見たら、もとのプレスリリースを見て、さらに原著論文も読むという作業が必要だが、ここまで市民ができるかが課題である。
( 2 ) 記者の価値観の偏り
〇「はちみつの6割が基準値超え」(中日新聞)
市販のはちみつの6割から残留基準値を超えて農薬が検出されれば、法律違反なので回収措置が取られるはずだが、それはなかった。なぜか。この記事のもとになった調査結果の数値はスクリーニング検査の一つで、国が定めた分析法ではやっていなかった。さらにはちみつの半分は市販されたものではなかった。基準値を超えたといっても、はちみつには正式な基準値がなく、暫定基準値(一律基準の0.01ppm)が適用されたことが原因だった。記事にはどの農薬が一律基準を超えたかの記述がなく、基準値が設定されている他の食品なら、すべて合格(そのまま流通)という検出量だった。
これを書いた記者はネオニコチノイド系農薬を目のかたきにする記者で、記事の内容は粗雑そのものであった。しかし、この記事を読んだ読者は、ネオニコチノイド系農薬は怖いという印象をもったはずだ。
他にも共同通信社が配信した記事で、低濃度のネオニコチノイド系農薬で蜂が死んだという記事があったが、実際は低濃度ではなかった。このように専門家が行った試験でもバイアス(偏り)があるということだ。記者は試験の中身まで読み込むことはしないので、結果的に偏った記事が出てくる。これは記者と専門家の共犯にあたる悪い記事例になる。農薬工業会は記者セミナーを開き、この試験と記事のバイアスを伝えた。問題は、間違った記事が出ても、その間違いが訂正されないため、読者は間違った記事を信じたままだということだ。
〇「送電網に空きあり」(東京新聞)
太陽光発電を始めようとしても、送電線の容量がないので、電気を買い取ってもらえない。しかし、実際には容量の2割しか使われていないので、送電線に接続できるはずだという記事。
普通に記事を読む限り、なぜ8割も余裕があるのに接続できないのかという疑問がわくだろう。しかし、資源エネルギー庁のホームページを見たら、その反論らしきものが載っていた。仮に2本の電線があれば、1本は緊急時用に空けておくのだという。だから1本があいていて、空き容量があるではないかという論理は現実を考えていない空論だという反論だ。その意味では国のホームページは参考になる。
一般にドイツは再生可能エネルギーで成功しているイメージがあるが、実は違う。たとえば、ドイツの太陽光発電は国内の電気をすべて賄える容量をもっているが、それはドイツ国内がすべて晴れていて、太陽光が稼働した場合だけである。雨や曇りの日は太陽光は全く稼働しないため、結局は、稼働率は20%前後しかなく、残りの8割の日は、火力発電所や水力発電や原子力発電でバックアップしなくてはいけない。こういうことが意外に記事には書いていない。記者たちは一般に自然エネルギーを推奨する側に回る。現実をよく知らないからだろう。
〇「もんじゅ設計 廃炉想定せず」(毎日新聞)
もんじゅは欠陥炉という記事があった。記事を読むと幹部の言葉として「廃炉を念頭に入れていなかった」という発言があり、研究者によるコメントとして「欠陥炉」という言葉も出てくる。この記事に対して、日本原子力研究開発機構は、誤報だとホームページで明記し、新聞社に訂正要求をしている。しかし、こういう裏のやりとりは読者にはわからない。どこがどう間違っているかも知りようがない。機構は幹部のコメントも否定している。新聞社は取材源を明かさないので、この記事は書いたもの勝ちという形になってしまった。訂正も出ていない。
新聞社は、その後、訂正こそしなかったが、何回か記事を書くうちに欠陥というイメージを弱めていった。そんな経過も読者はよほど細かく読まない限り、分からないであろう。真実が市民に届くことがいかに難しいかという例である。
( 3 ) トンデモ記事
〇「遺伝子組換え食品で腸内細菌がだめになる」(神戸新聞)
生協関係者が開いた集会で「遺伝子組換え食品で腸内環境が壊され、自閉症の原因にもなっている」といった発言があり、その内容をそのまま書いた新聞記事もあった。記者が生協の人たちに共感して書いていることが分かる。記事自体は生協の人たちが言っていることであり、間違いではない。しかし、その内容はあまりにも非科学的で、トンデモ記事といってもよいだろう。
このようなケースでは訂正を求めるのは難しい。一方的な意見を載せたのは公平の原則に反するが、生協の人たちの意見を載せて、どこが悪いのかと開き直られると反論できないような構造になっている。せめて公的な機関の意見を併記してほしいと要望するしかない。
あえて反論するなら、非組換え作物のほうが農薬を大量に使っているという反論もありうるが、これは読者に的確な事実を知らせるという意味で有効だろう。皮肉なことに日本の一部の生協は農薬の使用の多い非組換え作物を高い価格で買っているというおかしな状況が生まれている。現実を知らない恐ろしさである。
アメリカ科学アカデミーは、900の文献を調べ約80人の意見を聞いて報告書をまとめた。組換えで農薬は減り、有益な昆虫が増えているとしている。こういう内容をもっと広めたいものだ。
生協の人たちは遺伝子組換え食品が始まってから自閉症増加したというが、世界中で自閉症は増加中。遺伝子組換えを余り使っていない欧州でも自閉症は増えている。このように事実に反したことでも、記者たちは生協の人たちの言うことを疑うこともせず、記事にしている。本当に困った記者たちがいることを知ってほしい。
〇「石炭火力認めず」(毎日新聞)
これは明らかな間違い報道。日経の「火力発電所に懸念を示しつつ容認した」が正しい。こういうケースは、全紙を読み比べれば、読者も真相がわかる。ただし、日経が正しいということを理解するには、やはり長年の記者感覚も必要だ。
〇「健康寿命をのばす食品選び」(週刊朝日)
この記事には栄養学などの研究者が登場しない。出てくるのは、偏った主張をする市民活動家やオーガニックレストランのプロデューサーなどだ。新聞系の週刊誌のデスクが、このような根拠のない記事を載せたということは、いかにデスクの基本知識がなかったかという悪例である。週刊誌の実力はこの程度という例でもある。
食品安全情報ネットワークという記事検証団体が、この記事に対して意見書を送ったが、個別記事には答えないという回答だった。記事は自分たちの製品のはずだが、顧客に対して、なんの返答もしないというのは、報道機関として、また民間企業として、自社製品に責任を持っていないという、これまた悪例中の悪例である。
〇「葉酸は認知症の予防になる」NHKガッテン(健康番組)
2017年1月17日、葉酸で認知症を予防できるような誤解を招く番組だった。NHKでも、こういうバイアス番組があることを知っておきたい。テレビの健康番組を見る時は、医者と一緒に見たい。一人で見ても、だまされるからだ。
( 4 ) メディアバイアスの原因は何か。共感と市民社会
〇子宮頸がんワクチン関連ニュースから
池田修一・信州大学教授(同大副学長、医学部長)は、2016年にワクチンをうったマウスの脳に異常が起きると発表したが、村中璃子氏が『ウェッジ』で「子宮頸がんワクチン薬害研究班に捏造行為が発覚」という記事を書いた。大学も調査して大問題だと認識していることを明らかにした。しかし、朝日・毎日新聞は「研究不正認められず」としか書かなかった。その後、産経は、ワクチンをうたないと子宮頸がんのリスク高まると書いたら、市民団体から抗議が来て、その抗議書が厚労省の記者クラブの壁にはられるという一幕もあった。記者クラブには自主独立の気概はないのかと言いたい。
市民団体や市民団体と一緒に動いている学者は厚労省ですぐに記者会見をする。そして、そういう市民団体のアクションはメディアを変える力をもつ。メディアは市民団体に弱いという性質をもっていることが徐々に分かってきた。
市民団体の抗議を受けて、結果的に新聞社をやめた記者もいる。科学的根拠に基づいた情報を発信するためには、研究者にも行動力が必要だ。
〇読者の影響
反原発の考えを持つ読者が多い新聞では、反原発からはずれた記事を出すとすぐに抗議がくる。読者に沿った、つまり読者の気持ちを忖度した記事が出るようになる。いつのまにか新聞社は特定の読者層に沿った路線を歩み始めるが、そうなると新聞の多様性は失われてしまう。いまの新聞は、読む前から、その論調が分かってしまうというバイアス新聞になってしまった。
〇共感
メディアを動かすのは、「意思の強さ」「行動力」「メディアの注目度」の掛け算。記者は共感して書く。注目度を上げるためにも、専門家はもっとアクションを起こす必要がある。
( 5 ) 専門家の情報発信の成功した事例
〇築地より豊洲が安全であると、都庁の記者クラブで専門家がセミナーを行い、テレビで取り上げられた。1週間で形勢が変わった。セミナー開催に当たっては、賛同する科学者のリストも用意されていた。アクションの成功例である。
〇加工肉を食べるとがんリスクが増えるという記事に対し、食品安全委員会、国立がん研究センターがすぐに見解を出したら、それがニュースになり、過剰なリスクを訴えるニュースは減った。
これらは、情報発信がうまくいった事例だが、主要農作物種子法廃止のように、中立な記事を書こうとしても、デメリット情報ばかりを訴える学者が出てくる現状では、肯定的に書きようがない。もっと研究者は記者にアクセスしてほしい。
( 6 ) まとめ
〇不適切な報道や間違った報道に対して- 科学者と連携して、すぐに反論を出すこと。
- 間違い記事に対しては、3日以内に訂正要求すること。反論や質問への回答は公開する
アルミニウム協会は、アルミニウムとアルツハイマー病関連の反論を全新聞社に郵送した。 - 間違いをチェックできるよう、せめて10人の専門家と連携したい。
- 記者会見を有効に利用する。
市民団体は厚労省で反対の会見をするが、学会や学者はなかなかやらない - HPに反論を書く。フェイクか間違いかを載せる。
- 意見書を送るときに、間違いの指摘か、お詫びの要求か、その内容がわかるようにして、報道機関に具体的な要望を送る。
- 訂正や抗議内容は事実関係の間違いの指摘に徹すること。
- あて先を担当記者、担当部署とせず、社長か社長室か読者センターにするとよい。
- ファクトチェック団体同士でも連携している。主に政治や経済記事を検証するファクトチェックイニシアティブ・ジャパン(FIJ)では、科学者と連携する活動を模索している。
- 他の新聞をできるだけ読み、関係省庁のHPをみる。一紙だけでなく、他紙も読む。
テレビの健康番組は疑ってみること。