バイオカフェ in 愛知県図書館 第一部「新しい品種改良技術により広がるトマトの可能性」
2018年3月17日(土)愛知県図書館でバイオカフェを開催しました。
リニューアルしたばかりの愛知県図書館エントランスでバイオカフェを開催することができました。二部構成で行い、第一部は筑波大学生命環境系/つくば機能植物イノベーション研究センター(T-PIRC)の江面浩さんに「新しい品種改良技術により広がるトマトの可能性」と題して最近のゲノム編集技術を利用したトマトの新品種つくりのお話などをしていただきました。第二部は福花園種苗株式会社 主任の北川雄貴さんにお花の育種の話をしていただきました。
江面さんがセンター長を務める筑波大学のT-PIRCは、植物科学の研究センターとしては国内の大学で最大規模。特殊な実験用温室やほ場も有しており、国内外の研究所や大学、企業と多くの共同研究をしているとのこと。くらしとバイオでも以前にこのセンターの前身である遺伝子実験センターのラボや温室などにバス見学に行っています。
江面浩さん
リニューアルしたエントランスで
主なお話の内容
なぜ“トマト”なのか
今回の話題の中心であるゲノム編集技術は育種技術の一つ。どうしてこういった技術を使っているのか、話をする前にまずはなぜトマトの研究をしているのかを話したい。
トマトは体にいい食べ物だということで注目されている。人の健康に良いとされている栄養成分が多く含まれており、ビタミンC、赤い色素のリコピン、オレンジ色色素のカロテン、GABAなどが代表例であり、豊富に含まれている。「トマトが赤くなると医者が青くなる」といわれるほど。トマトのような身近な食べ物を毎日食べることで、健康が維持できれば良いと考えている。
日本において、トマトは比較的新しい野菜。例えば、大根は平安や奈良時代に書かれた物語や文献などにすでに登場しているが、トマトはその時代にはなかった。江戸時代の後半で、観賞用植物として日本に輸入され、食用になったのは明治時代以降のこと。
そもそも、トマトの出身は南米ペルーのあたりで、そこからメキシコに広がってサイズが大きくなった。およそ200年前にヨーロッパに伝わってさらに改良され、世界中に広がっていった。現在は世界中ほとんどの地域に広まっている。
トマトが世界中に広まったのはなぜか?それは、トマトはうま味成分グルタミン酸が豊富で、各地域の料理に使われるようになったから。元々トマトは暑さに弱いのだが、現在はインドネシアなどの温暖な地域でも栽培されはじめている。トマトは現在では世界中のどの地域でも重要な作物になっており、安定して生産できるような努力がされている。特に品種改良は重要で、その地域で栽培しやすい性質の品種を必死になって作っている。
では、世界のどの国でたくさん生産されているかというと、一位は中国。次いでインド、アメリカ、トルコとなっている。野菜の中ではトマトは世界の生産量が一番多く、品種改良の競争も激しい野菜。
日本国内におけるトマトの生産量は、熊本が飛びぬけて大きく、次いで北海道、愛知、の順となっている。トマトは嗜好品で、好みは人それぞれ多様化している。人間の好む味は、子どもは甘味、甘いものが良いのだが大人になるにつれて酸味や苦味を好むように変わっていく傾向にある。大人が美味しいという果物を子どもは美味しくないと感じることは珍しくなく、トマトも例外ではない。
品種改良の流れ
品種改良のステップは6段階ほどに別れていて、最初から最後までにはとても時間がかかる。具体的には親となる材料を探し、交配をして、得られた個体からより良い個体を選んで、性質を固定化し、生産力を確認し、種子や苗を増やす。
例えば、病気に強くて日持ちも良いが果実が小さい品種と、果実は大きいけれど病気に弱く日持ちもしない品種を交配すると、それぞれの性質が混ざった個体がたくさん得られる。この中から目的の性質の個体を選び、さらに交配を繰り返し、最終的に目的の性質の品種を作る。その後も手間や時間はかかり、種子生産まで含めると合計で20年ほどかかることもある。
現在、品種改良する際の親となる素材、遺伝資源の国を超えた取り扱い方について、世界的な課題になっている。例えば、ある性質の品種を作りたいとなった場合、それに必要な遺伝資源が自国になく、他国にある場合、それを自国に持ってきて利用するのに様々な条件がついたり、手続きが必要であったりして、容易ではなくなっている。そこで、放射線や化学物質を利用して突然変異を起こさせ、性質の変わった個体をたくさん作ることをしている。この方法では遺伝情報のどの部分に変異が起こるのかコントロールはできないので、様々な性質の個体を作ることができる。その中から育種に利用できる性質を持つ個体は品種改良の親として使うことができるが、必要以外の変異は取り除く必要があり、そのために交配を繰り返すなど手間がかかる。
これを解決した1つの方法が、遺伝子組換え技術。必要な、新しい遺伝子を1つ加えれば良く、変異体を得るには効率的で、かつ、他の生物の遺伝子も利用することができる。
トマトの遺伝資源
トマトの野生種は果実のサイズが小さく、マイクロトマトのような1cmぐらいの大きさしかない。では、今私たちが食べている栽培品種はサイズが大きいのはどうしてか?
2012年にトマトの遺伝情報がすべて読まれている。これには日本の研究チームも貢献した。トマトの遺伝子数はおよそ3.5万個。栽培品種と野生種の遺伝子を比較したところ、数は同じだが遺伝子そのものが少し違っているものがたくさん見つかった。この違いは、一千年の間に人間が少しずつ遺伝子の違ったものを選んで、果実が大きくて美味しいトマトを作ってきたことを意味している。
この少しずつの違いはどのように生じてきたのか。例えば紫外線は遺伝情報に変異を起こさせる原因になる。しかし、生物には起こった変異を修復するしくみを持っている。それでも、修復しきれなかった遺伝情報を元に性質に変化が現れ、その中から人間に都合のよい性質のものを選んできた歴史がある。こうして得られた栽培品種は、畑のような人間が手入れした環境でないと生育できない。
筑波大学では、ナショナルバイオリソースプロジェクトでトマトの変異体のコレクションを2万個体ほど持っており、13年ほど前から素材として世界中に配布をしている。マイクロトムという種類のトマトで、背丈も果実もサイズが小さい。実験で使う際には蛍光灯下でも生育する、扱いやすいトマトの種類。
このトマトの変異体のコレクションはどのように作るかというと、先にも話したように、放射線や化学物質を利用する。種子にガンマ線を照射する、あるいは化学物質で処理をするなどした後、栽培する。そうすると、性質の変わった個体が出てくる。例えば、熟してもオレンジにしかならない個体、調べてみるとこれは赤い色素のリコピンを作っていなかった。あるいは花に花びらを作らないけれど種子はきちんとできる個体なども見つかり、このような性質の変わった個体を調べるとそれに関連する遺伝子を見つけることができる。
このようにして作ったたくさんのトマトの素材の中から、今は果実が日持ちするもの、単為結果するもの、甘くなるものを見つけて、そのしくみを調べたり、品種改良の素材にできるようにしたり、ということを進めている。
日持ちのするトマトは果実が完熟した状態で収穫できるので、より美味しい状態でスーパーに並べることができたり、フードロスの減少に貢献できたりという利点がある。このトマトを親にした品種は農家での栽培試験もすすめていて、実用化が近いものもある。
単為結果は雌しべに花粉が付かなくても果実が付く性質。トマトは気温が35℃を超えると花粉が死んでしまうため、秋にトマトを収穫するために、夏の暑い時期に生産者は植物ホルモンを花の一つ一つに処理をして、結実するようにしている。私たちが秋にトマトを食べられるのは、生産者はこういった手間をかけているから。現在はズッキーニやキュウリには単為結果の品種がある。
甘いトマトは、現在は栽培時の水やりを少な目に調整したり、塩水をかけたりして、糖が蓄積して甘くなるようにしているがその分果実が小さくなる。そのため価格が高めになっている。
これらの性質の個体の遺伝子を調べてみると、元々持っている遺伝子が少し変わっていただけということがわかった。そうなると、遺伝子に変異を正確に導入できないだろうか、放射線や化学物質で変異を起こさせる時とは異なり、変異をどこに起こすのかコントロールできないだろうか、と考えるようになる。狙った遺伝子の位置に変異を入れて、とても効率良く望む変異体を得ることができれば、育種の前半のステップはかなり省略することができるはず。そこで、ゲノム編集技術を利用しようと考えた。
ゲノム編集技術は、効率よく、狙った場所に突然変異を起こさせることができる技術として、期待されている。
ゲノム編集で理想のトマトをつくる
ゲノム編集技術で望む性質のトマトを作ることは、トマトの持っている3.5万個の遺伝子のチューニングをするようなイメージだと思う。
現在は高GABAトマトの開発を進めている。GABAはどんな植物でも持っている成分だが、他の野菜と比較してもトマトには多く含まれている。GABAは血圧が少し高めの人には血圧上昇を抑制する作用があると言われている。また、リラックス効果などもあると言われている。食品では発酵食品に多く含まれていたり、植物の種子が発芽するときにGABAをたくさん貯める性質があることから発芽玄米などが一時期流行したりもした。今はGABAを添加したチョコレートなども販売されている。
トマトのGABA、実は熟する前の青いトマトに豊富に含まれ、アミノ酸のおよそ半分がGABAなのだが、赤くなると減ってしまうことが分かっている。しかし、完熟で青いトマトにはトマチンという毒が含まれているので食べられない(完熟で青い色の品種は別)。そこで、トマトのGABAの合成経路などを調べていったところ、GABA合成酵素の遺伝子の一部を削ると酵素活性が高くなることが分かった。それならば、ゲノム編集技術でGABA合成酵素遺伝子の一部に狙って変異を起こしてやれば、GABAをたくさん含むトマトが作れるのではないかと考えた。
ゲノム編集を行うには、CRISPR/Cas9というツールを使い、変異を入れてみたところ、赤いトマトでもGABAの量が増えて、多いものでは通常のトマトの平均の約15倍量のGABAを含むトマトができた。これまでは効果が期待される量のGABAを摂ろうとするとこれまでは沢山のトマトを食べなくてはいけなかったが、ゲノム編集技術で作った高GABA変異体だと握りこぶし程度のサイズのトマト1/4~半分程度で摂れるようになる。現在は実用化に向けた改良も進んでいて、マイクロトムの小さなサイズではなく、大きなサイズの果実もできてきた。
食用にするものなので、食べて問題がないかどうか、果実の成分を調査、評価もすすめている。遺伝子組換え作物の安全性評価の方法は決まっているが、ゲノム編集技術で作った作物の安全性評価の考え方がまだルールとして決まっていない。ゲノム編集技術は突然変異を利用した育種手法で、従来の育種方法で作出し、これまで私たちが食べてきた品種と大きく変わるものではない。さらに、従来の育種方法で作出した品種と見分けがつかないこともあり、どのように管理するか、国で合理的な方法を現在検討している。これは他国でも同様の状況で、国際的にも連携をとりながら進めている。研究者はルールができればその手順にしたがって対応していく。
ゲノム編集技術は、遺伝子の情報があれば比較的短時間で望む性質の個体を作ることができるので、多くの品種を短期間で作る必要があるような園芸作物に有効な技術だと考えている。また、複数の遺伝子を同時に書き換えることができるので、いくつもの素材を探して、何回も交配する必要がなくなればとても効率的に新品種を作ることができるだろう。
野菜や花きなどの園芸作物の品種は国内の中小規模の種苗会社が品種育成しており、そこには各国の文化がある。こういった種苗会社がゲノム編集技術を利用できるようになると、その文化を保つという点からも有効だと考えている。
育種にも新しい技術が応用できるようになって、農作物を高速でデザインできる時代になってきたと感じている。
話し合い
- は参加者、 → はスピーカーの発言
- トマトの育種素材のコレクションは、企業にも配布できるの?
→配布できる。実際にそれらを基にした品種もできているし、企業と共同研究で新品種の開発も行っている。 - 在来種の保存はどうなるの?
→作物については農林水産省のジーンバンク事業で種子の保存や配布をしているし、種苗会社や地域のグループで保存しているところもある。同じ品種の種子管理は難しく、例えば、固定種でもその種子を栽培してみると100個体に1つ程度、性質の違うものが現れる。この違うものをきちんと探して省いていかないと、同じ品種と思っていたのに性質がバラバラになったり、違う性質のものに変化してしまったりするので、注意が必要。