コンシューマーズカフェ「遺伝子組換え農作物の規制の動向と課題」
2018年3月6日、第24回コンシューマーズカフェ「遺伝子組換え農作物の規制の動向と課題」を開きました(於 くすりの適正使用協議会会議室)。お話は、遺伝子組換え農作物の環境影響を審査し、安全性を担保する業務をなさっている農林水産省 消費・安全局 農産安全管理課 審査官 高島賢さんでした。行政、消費者、学生、企業からたくさんのご参加をいただきました。
高島賢さん
会場のみなさん
主なお話の内容
1.遺伝子組換え作物の利用状況等
マヨネーズの大豆油、オイルサーディン綿実油、ガムシロップの甘み成分の原料のトウモロコシなど、身近な食材で遺伝子組換え農作物が使われている。青いカーネーションも普及し、 今では発売当初の半額位になって出回っている。私たちには直接見えないが、家畜飼料でも遺伝子組換え作物が大量に利用されている。
栽培国は、上位のアメリカ、ブラジル、アルゼンチンを含めて26か国で栽培されている。先進国での栽培面積の伸びは飽和してきているが、途上国では増大中。日本国内では青いバラだけが栽培されている。
遺伝子組換え作物の栽培面積は栽培開始当時の100倍以上に増大したが、商業栽培されている作物の種類は主にダイズ、トウモロコシ、ワタ、セイヨウナタネの4つ。形質は除草剤耐性と害虫抵抗性が中心で栽培しやすい形質。これらの形質を併せ持つスタック品種も多い。
日本への遺伝子組換え農作物の輸入状況は、国別の作物ごとの輸入量とその国での遺伝子組換え栽培比率から推定している。100品種以上の遺伝子組換え農作物が日本で承認されている。この審査を私は担当している。
2.育種の歴史
紀元前1万年ごろに、小麦栽培が始まった。優れた品種を見つけて選び出しながらよい品種が得られてきた。1865年にメンデルの法則が発見されるが、再発見されたのは1900年のパリアカデミーでの報告。これ以後、交雑育種が始まる。1926年には、よい品種同士を掛け合わせた世代はさらによい品種になることがわかり、F1ハイブリッドとして利用される。その後、放射線や化学物質を使って突然変異を起こして、よい品種を作り出す突然変異育種が広まり、さらに遺伝情報を利用した、遺伝子組換え技術やゲノム編集技術が研究開発されている。
一方、和食はユネスコ無形文化遺産に登録されたが、その特徴は(1)多様で新鮮な食材とその持ち味の尊重、(2)健康的な食生活を支える栄養バランス、(3)自然の美しさや季節の移ろいの表現、(4)正月などの年中行事との密接な関わりの4つである。最初に多様でと出てくるが、日本原産の食材はどのくらいあるのだろうか。
江戸東京野菜は45品目とされている。遺伝資源の研究が進む中で、日本原産はウド、ワサビ等ということがわかってきた。これは、日本の食材は取り込みの歴史の中で得られたもので、日本人は品種改良も上手だったことがわかる。ことに明治時代になると、西洋からいろいろな食材と料理と科学が日本に入ってきた。
明治維新後、1870年代には、内藤新宿試験地(今の新宿御苑)が開設されてイネ選抜育種、三田育種場では果樹の育種が始まった。やがて1878年には駒場農学校ができて、東京大学、東京農工大学、東京教育大学(今の筑波大学)に分割されていく。1900年代になると日本でも交配育種が始まる。
「固定種とF1」
固定種とは純系のことで、2倍体の染色体では、それぞれ同じ染色体を持っている。
ラテン語で親をParensといい、子をFiliusということから、異なるよい形質を持つ親を掛け合わせて、勢いがよくなった子をF1と呼ぶようになった。これを「雑種強勢」という。勢いがよいのはF1の世代だけで、F1同士の子をとっても勢いの良い子は生まれない。メンデルの法則の通り、形質がばらける。こういう生物基礎がわかると、F1種子のつくり方がわかり消費生活が変わるはずだと思う。私は高校の生物の教科書(文系の生徒も学ぶ「生物基礎」と選択した生徒が学ぶ「生物」)を職場で推薦図書としている。教科書は内容が優れていて、定価が安い。
3.遺伝子組換え農作物とは
iPS細胞は4つの遺伝子を組み換えることから始まる。遺伝子組換え麻疹ウイルスによる乳がん治療の研究が進んでいる。これは麻疹ウイルスが、がん細胞を小さくするのを利用している。乳がん患者さんの話を聞くと、こういう研究の進歩を願わずにいられない。
植物の遺伝子を組み換えるには、アグロバクテリウムなどの生物学的方法とパーティクルガンなどの物理学的方法がある。
広く利用されている形質は害虫抵抗性と除草剤耐性。殺虫のメカニズムは哺乳類とは異なるので、それを利用して害虫抵抗性作物がつくられており、ヒトへの安全性は確保されている。除草剤耐性についても、除草作業が楽になり、ヒトへの安全性が確認されている。
4.規制制度等
遺伝子組換え作物は、食品として(食品安全基本法と食品衛生法)、飼料として(食品安全基本法と飼料安全法)、環境影響(カルタヘナ法)の3本立てで審査をしている。私が担当しているのは環境影響、すなわち生物多様性影響で、環境省と一緒に行っている。隔離ほ場での栽培について申請し、国内での栽培試験をしてから、一般的な使用について申請してもらう二段階制度になっている。
申請の前には、事前相談(コンサル制度)を受け付けている。また隔離ほ場試験申請、一般申請におけるすべての工程を手順書に明らかにし、それを公開して透明性を保っている。
実際の審査については、例えば飼料の場合、家畜は食べていいか。遺伝子組換え飼料を食べた家畜の肉をヒトは食べていいかを検討する。具体的には遺伝子組換えでないものと遺伝子組換えを比較し、予想しない遺伝子の働きなどをみていく。
環境影響では、生物多様性を、(1)競合における優位性(他の植物を駆逐しないか)、(2)有害物質の産生(有害物質を産生していないか)、(3)交雑性(交雑して組換え遺伝子を浸透させないか)の3つのポイントでみる。評価項目は宿主情報、導入遺伝子等の情報、導入方法等に関する情報、検出方法など、それぞれに多くの詳細な項目が決められている。
5.輸入時検査・モニタリング
規制で対処できない状況に備えるために、現場での検査やモニタリングを行っている。食品については厚労省検疫所、飼料は農林水産消費安全技術センター、栽培用種子は植物防疫所が検査を行い、食品・飼料の安全性、環境影響への影響、未確認の遺伝子組換え農作物の流通防止に努めている。検査の対象は、パパイヤ、アマ、ワタ、ダイズ、ナス、ピーマン、キャベツ、カリフラワー、イネ、ナタネ、コムギ、バレイショ。
遺伝子組換え作物を承認するときは、運搬時にこぼれ落ちて生育しても、生物多様性に影響がないかをよく検討している。それでも承認時に予想できなかった状況になっていないかモニタリング調査をしている。
セイヨウナタネのモニタリング調査では輸入されたナタネがこぼれてどの位生育しているかを調べている。カナダで栽培されるナタネの9割は遺伝子組換え作物。平成21年から昨年までの調査で、毎年、輸入港付近で種子がこぼれ落ちて咲いているが、特に増えてはいないことが確認されており、承認時に予想されなかった生物多様性への影響は生じていないと判断している。
神戸、名古屋、博多、四日市の港付近では、多く生えているところとそうでないところがあり、これは輸送方法に起因していると考え、農林水産省では密閉型輸送が望ましいと考えている。
6.課題(NBT、コミュニケーション)
(1)ゲノム編集技術
カルタヘナ法では、遺伝子組換え技術を、核の外でDNAを加工して用いる等と定義している。ゲノム編集は自然界の仕組みを利用して、数塩基を欠失させたり、数塩基が挿入させたりする場合と、外来の遺伝子を取り込んだりする場合がある。外来遺伝子を取り込むときは遺伝子組換えだろうという見方が多いが、数塩基の欠失・挿入には遺伝子組換え技術と同じような安全性確認が必要かどうか、国際的議論が行われている。ニュージーランドは規制の方向。
(2)コミュニケーション
食品安全委員会のアンケートを見ると、遺伝子組換え技術への不安は減ってきているようだが、本当に不安は減ったのか。報道件数が減っているだけではないだろうか。例えば、がんの原因に関する一般市民と専門家へのアンケートでは、専門家と非専門家の間で意識にずいぶん乖離がある。遺伝子組換えでも乖離がある。
遺伝子組換え作物・食品をめぐるリスクコミュニケーションをしているが、一般的な科学知識を伝えるサイエンスコミュニケーションも重要と思っている。相手の不安も受容して、正しい知識を伝えることが大事だと思う。
意見交換
- は参加者、 → はスピーカーの発言
- 港の周りで遺伝子組換え体が見つかっているが、港の周囲だから生えていていいのか。畑で見つかったら問題なのか
→承認した作物は国内のどこで生えても環境に対して問題はない。遺伝子組換えナタネは14品種が栽培していいと承認されている。しかし、農業に対して、交雑による影響が生じる場所では、とれた作物の品質管理上の問題が起こる。非組換え作物、組換え作物を栽培する双方の間での栽培ルールが必要になるだろう。 - こぼれナタネはどうして増えていかないのか
→ナタネは人が介在しないと生育できない1年草であるので、こぼれ落ちただけで根付いて増えていくことはない。同じ場所で繰り返して世代を更新していくことはないということが実態調査から分かってきている。 - 以前、農林水産技術会議を中心に、日本で遺伝子組換え作物を栽培しようという動きがあったが、このような動きはないのか
→今は、ゲノム編集技術を使った良い品種を出そうと、農林水産技術会議は、ゲノム編集技術を推進する方向。また、当然、使用に当たっては管理のあり方を検討していく必要がある。 - ゲノム編集で栽培者がほしい作物はできているのか
→まだできていない。精密に遺伝子を編集でき、狙った形質を発現させることができるので、遺伝子組換えよりは効率的だと期待している。 - 遺伝子組換え作物の審査期間はどのくらいか
→隔離ほ場での栽培審査に1年。その承認後の試験に1年、一般申請での審査に1年かかる。 - 花粉症緩和米の審査はどのくらい進んでいるのか
→隔離ほ場試験について環境影響の審査をした。米で食べるのか、製剤するのかの方針は決まっていない。隔離ほ場試験申請の環境影響評価が終わっている組換え米がいくつかあるという状況。 - 食品添加物や組換えに対する専門家と非専門家の認識の差はどうして生じるのだろうか
→偏った特定の情報に接する機会によって生じているのではないか。私はプライベートでPTA会長をしている。PTAで出会う保護者をみていると、現状では食よりもLINEなどの情報手段にリスクを感じる人が多い。3.11の後、放射性物質に関して食に不安を感じた人が多かったが、今はアレルギー以外で食のリスクを挙げる人はほとんどない。ここ数年、LINEを通じた不特定との交わりに危機感を感じている親が多い。 - iPS細胞や医薬品での遺伝子組換え技術の利用は受容されるが、食となると厳しい。消費者と生産現場との乖離、食品添加物や遺伝子組換え作物を使わなくてはならない理由が理解されていない。生産性をあげることには製造・生産者の関心が高いが、消費者の関心があるのは品質。使わなくてはならない理由をセットで説明すべき。
- クリスパーを使った作物はまだ承認されていないか
→実用化はまだ。 - クリスパーで外から遺伝子を挿入するケースは
→現状では、ない - 遺伝子組換えの審査は国ごとで行うのか。薬では各国の人への投与が必要だったりする。また、アメリカのマウスのデータがあれば、日本ではその動物実験の結果だけを利用すればいいわけだが、その農作物版はないのか。遺伝子組換え作物の審査のデータを世界で共有する試みはあるのか
→海外のデータを使用することを、データトランスポータビリティというが、農作物の分野でも可能なデータについては、既に利用している。 - 遺伝子組換え作物が承認されるということは安全と考えてよいか
→然り。 - 生物の教科書が紹介されたが、分量が増えて教員も大変ではないか。給食では組換えや食品添加物を避けたいようだが
→都立高校の生物の先生たちは、研修会に参加したり、大学院に行くなど猛勉強されている。家庭科の先生、小学校の家庭科の先生(家庭科専攻でないことが多い)には勉強の機会が少ないので、私も研修講師をしたりしている。 - 農林水産省がゲノム編集に注力しているのはなぜか
→組換え技術よりもゲノム編集の方が精密にできる。遺伝子組換え技術において物理学的・生物学的手法では入る位置を特定できないがゲノム編集は正確性が高く位置を決められる。しかし、ゲノム編集は数塩基を操作するのに適していて、遺伝子組換えでは数千塩基を動かすことができるのという特徴を持つ。 - 微生物ではセルフクローニング、ナチュラルオカレンスを自社で調べて申請し、それを農林水産省や経済産業省で承認している。ゲノム編集が遺伝子組換えかどうかはどうなるのか
→ゲノム編集については、現行規制の対象か否かを含め各国でそれぞれの法律に照らして検討し情報共有している状況。 - ゲノム編集を医療で応用し、一塩基を欠失させて難病が治せるとしたら、期待は大きいと思う。
- 遺伝子組換えでは外来の遺伝子を使うのが嫌われた。自分の遺伝子を操作するのはよいのだろうか。そもそも遺伝子を操作するのは外来でも自分のものでも生命の冒涜ともいえるのではないか
→例えば従来の農業でも、例えば畜産は、野生動物を狭い所で飼い慣らし家畜化してきた歴史がある。また近親交雑をしてきた歴史もある。そうしたものも生命の冒涜という見方もある。 - アレルギーを誘発するものを組み入れたら危険。自然突然変異でできたものも天然毒を持つときは危ないということが理解されていないと思う。
- 種子法がなくなるというのはどういうことか
→担当分野ではないので個人的見解になる。主要農産物種子法では都道府県が米麦大豆の種子を守る(開発したり品種を普及させる)ことが書かれている。この法律が廃止になると、特に、米を作っていない県にとっては、民間が参入しやすくて意義があるのではないかと思う。民間参入で外資系がくるという声を聴くが、日本は耕地が狭く多品種少量生産をしており、海外の巨大資本には合わないのではないか。むしろ種子法廃止で自由度があがる。デメリットはそんなにないのではないか。米の特産地(北海道、新潟)は自県の予算で研究開発を続けていくだろう。 - 50-60年守られた種子法廃止の検討が1年で決着するのは早すぎないか
→1月から6月まで開催の通常国会で十分審議して決めるのが普通で、それにむけて準備されていたと思う。 - 小麦の世界の収量は飽和してきているということだった。小麦ではまだ実用化した遺伝子組換え品種はなく、今使われているのも増収でなく、赤カビ対策など耐病性。ゲノム編集で収量を抑制する遺伝子を壊して、増収品種ができたら、全収量もあがるかもしれないと思う。
- アメリカでは遺伝子組換えコムギが認可されない。生産者や農業団体は認めてほしいと思っている
→口に入れるものだから、アメリカであっても消費者に受容されにくいと思う。小麦は培養系の確立が難しかったことから、研究が他の作物より遅れているのが現状。 - 今、遺伝子組換え食品の表示が検討されている。遺伝子組換え技術が受容されるためのキーポイントは何だと思うか
→コミュニケーションにおいては、不安や反対意見を真っ向から否定せずに寄り添うようにしている。その上で一緒に不安について考える。論破するのでなく、傾聴に注力して不安解消のアプローチを考える。何かを伝えないといけない、正しいことを伝えなければならないと思うよりも、相手のいう事をよく聴くことが大事だと思っている。