サイエンスらいおんカフェ第62回「大麦の起源と改良」
2018年2月3日、とちぎサイエンスらいおんと共催で、サイエンスらいおんカフェを下野新聞News Café(宇都宮)で開きました。 ファシリテーターはサイエンスらいおん事務局の藤平昌寿さんでした。
スピーカーの小松田隆夫さん
会場風景
サイエンスらいおんカフェは参加者全員の自己紹介から始まるのが恒例です。くらしとバイオプラザ21からは、NBT(新しい育種技術)プロジェクトとして内閣府でゲノム編集社会実装として、育種をめぐる話題をとりあげるサイエンスカフェを全国で行っていることを紹介し、本日の導入として以下のお話をさせていただきました。
1. 育種のこと
野生種を栽培化し、育種して多様な農作物ができています。育種は人類の発展を支えた技術のひとつです。
2. いい品種をつくるには
どんな作物が造りたいかを考えて、道具(遺伝資源)をさがし、いろいろな技術を併せ用いて、新品種をつくりだします。たとえば、病気に弱くておいしいトマトを病気に強くするには資料の4枚目みたいにやります。これは遺伝子を変化させています。
3. ゲノム編集は
DNAを切る技術で、今は都合の悪い遺伝子を働かないようにするために使われています(ノックアウト)。遺伝子組換えは種の壁をこえて良い性質を発揮する遺伝子を外からいれます。
4. まとめ
貧困を救い、平和を支える土台の一部は食料の安定供給です。安定供給という大目標達成のために、いろんな育種が行われています。今日はその中の大麦のお話をお願いしました。
お話は、国立研究開発法人 農研機構次世代作物開発研究センター 基盤研究領域遺伝子機能解析ユニット主席研究員の小松田隆夫さんによる「大麦の起源と改良」でした。
小松田さんは、大麦の起源という大昔のことから、種のでき方に関わる遺伝子の働きという先端科学のお話をしてくださいました。また休憩時間には、海外の学会等での楽しいエピソードも紹介してくださいました。時間の都合で最後の話し合いの時間はありませんでしたが、お話の途中に質疑がかわされたり、カフェ終了後も残って小松田さんと会話をする参加者が多く、とても和やかなカフェでした。
主なお話の内容
1. オオムギの起源
オオムギは今から1万~1万2千年前に栽培が始まった。環境適応性が高く、寒帯・熱帯以外は広く分布している。用途は飼料用がもっとも多く60%を占め、その他は醸造用や食用など。世界の生産量は1億4千万トンで、日本のコメの生産量(約800万トン)の約20倍になる。
2. 種子の脱落性
野生オオムギの穂は先端から脱落していく。葉がのげに変化し、種一粒ずつから伸びている。のげでは光合成をして、できる栄養分は麦粒の1~3割に貢献している。
栽培が始まる1万~1万2千年よりも前は、野生オオムギの種を人々が採取して住居に貯蔵していたことが遺跡からわかる。野生オオムギは熟すと地面に散らばってしまうので、完全に成熟して脱落する前に種子を採取していた。
(質問)のげは一粒ごとに生えているのか?
→その通り
長いのげのついたオオムギの粒
宇都宮市立東図書館(サイエンスらいおん参加機関)
から持ち込まれた関連おすすめ図書
3. 離層の観察
節の組織をリグニン染色したところ、オオムギでは離層ができていないことがわかった。野生イネやムギの近縁種も一般的に離層ができて脱落する。オオムギには離層ができず、細胞壁が極端に薄くなり、風やヒトの物理的な力で脱落する仕組みであることがわかった。脱落性のない栽培オオムギや野生オオムギの突然変異体では、細胞壁が厚くなり安定して収穫できるようになっていることもわかった。
(質問)離層ができずに脱落する野生オオムギはどうして生まれたのか?
→自然突然変異で獲得したメカニズムである
4. 種子の脱落に必要な2遺伝子
岡山大学の高橋隆平教授は遺伝的にこの仕組みを解明した(1964年の論文)。2つの遺伝子Btr1とBtr2が揃っていることが脱落の必要条件であり、2つのうちどちらかが欠けても脱落しないタイプになる。これが栽培オオムギに共通して見られる遺伝子型である。
私はこの研究に興味を持ち、2つの遺伝子を単離した。Btr1では1つ塩基が欠落し、Btr2では11塩基が欠落していた。
どの野生オオムギにこの突然変異が起きたのかを知るため、500系統の野生オオムギについて調べた。
5. オオムギには2つの栽培起源
シリア北西部からトルコ南部の野生オオムギの中からBtr2のDNA塩基配列が11塩基が欠落していない以外は栽培オオムギと同じ2系統が発見された。1系統でなく2系統みつかったということは起源としての確証が高いといえる。Btr1が壊れたタイプの栽培オオムギの祖先系統はイスラエルで見つかった。
この二つの地域はあわせてレバントと呼ばれており、北レバント(シリア北西~トルコ南部)と南レバント(イスラエル~ヨルダン)がオオムギの栽培起源地である。
【ここまでのポイント】
① オオムギには2つの栽培起源(北レバントと南レバント)がある
② 野生オオムギは離層なしに脱落する特異的な性質を持つ
【二条オオムギと六条オオムギの違い】
1. 3小花:主列小花と側列小花
二条オオムギと六条オオムギを上から見て比べた。複雑なのは六条オオムギで、穂のひとつの節に3個の実がつき、それが互い違いに現れる、上から見ると6個に見える。二条オオムギは一節に一粒ついて互い違いになっており、上から見ると2個に見える。
野生オオムギは二条のみで、栽培オオムギには二条と六条の亜種がある。二条オオムギが祖先型で六条オオムギが進化型といえる。
(質問)六条オオムギは人工育種で生まれたのか?
→約8,800年前に自然突然変異で生まれた。
2. Vrs1とvrs1
二条オオムギと六条オオムギの違いは、ある劣性遺伝をする遺伝子によっている。六条オオムギが劣性であることは、六条オオムギと二条オオムギを交配するとすべて二条オオムギになってしまうことでわかる。野生型の二条オオムギの遺伝子はVrs1と大文字で表し、六条オオムギの遺伝子はvrs1と劣性であることを小文字で表す。
3. 発達抑制
Vrs1には発達抑制の機能があり、それが壊れると劣性vrs1になる。Vrs1は外側(側列小花)でだけ働く。二条オオムギの一粒をみると両側に小穂(しょうすい)がついているが、発達が抑制されている。抑制の機能が壊れる、とそこにも実ができて六条オオムギになる。
4. 二条から六条化した4つの(独立の)突然変異
六条オオムギは自然に生じたDNAの変化によって誕生した。そこに4つの独立した突然変異があったことを発見した。1つ目は「1塩基が欠落して遺伝子が働かなくなった」、2つ目は「1塩基が挿入されて遺伝子が働かなくなった」、3つ目は「ひとつのアミノ酸が他のアミノ酸に入れ替わったため転写調節因子としての機能を失った」であるが、4つ目についてはまだよくわかっていない。
六条オオムギには、4つの突然変異がそれぞれ入っているのか、六条オオムギには突然変異をひとつずつ持つ4系統があるのかがわからなくなってしまいました。
六条オオムギには4タイプあり突然変異をどれか一つだけ持っています。
5. オオムギの条性の変異
六条オオムギではひとつの穂の粒の数は二条オオムギの3倍になる。野生オオムギ(二条)は水があるところに自生し、19,000年前頃から人々が集めて利用していた。二条栽培オオムギの穀粒の遺物が発見される中東の遺跡は1万年~1万2千年前に遡ることがわかっている。そして六条栽培オオムギは8,800年前にできたが、8,000年前にはすでにその割合を急速に増やしていった。灌漑農業に適していたようだ。6,000年前にはメソポタミア流域の主要穀物になり、3,000前のエジプト遺跡からは六条オオムギばかりが出てきて、二条オオムギは出てこない。しかし今ではこの栃木でも二条オオムギが栽培されている。