バイオカフェin愛知県図書館「愛知県農総試における野菜の品種育成」
「ゲノムデザインでエネルギー作物をつくる」
2017年10月28日(土)愛知県図書館でバイオカフェを開催いたしました。お話は、第一部 愛知県農業総合試験場園芸研究部 野菜研究室長 大藪哲也さんによる「愛知県農総試における野菜の品種育成」、第二部 名古屋大学 生物機能開発利用研究センター植物分子育種分野 准教授 佐塚隆志さんによる「ゲノムデザインでエネルギー作物をつくる」でした。初めに長屋徹館長からの歓迎の辞がありました。会場前方には、二人のスピーカーの推薦図書(愛読書、印象に残る本、お薦めの本)が並べられ、終了後には貸し出しが始まりました。お話の途中でも会場から質問が活発にでたり、笑いが起きたりと、とても楽しいバイオカフェとなりました。
長屋図書館長によるはじめのことば
大藪哲也さん
佐塚隆志さん(向かって右)
スピーカーの推薦図書(向かって右前方)
第一部 「愛知県農総試における野菜の品種育成」
愛知農総試が取り組んできた品種育成についてその特徴と品種名の由来、開発の流れから普及に至るまで、トマト、ナス、フキを中心にお話します。
1. トマト
受粉作業をすることなく実をつける「単為結果性」と病気に強い「病害抵抗性」を獲得した品種の育成。いくつか開発された品種の中から単為結果性品種の「サンドパル」と病害抵抗性品種の「アイタキ1号」について品種育成の詳細と結果についての紹介。
「サンドパル」
カットやスライスに適する単為結果性のトマト。サンドイッチのおとも(仲間・パル)という意味でカットやスライスをしても型崩れや液だれがしにくいことを表してネーミング。通常のトマトはゼリー部が多く扱いにくい。そこで、果肉が厚く、子室数(トマトの断面を見たときに区切られている部屋の数。これが多いとカットしても崩れにくい)が多く、果肉率が高くて果汁がもれにくい品種の開発が求められていた。着果方法には通常は植物成長調整剤(オーキシン)の噴霧やマルハナバチによる受粉が必要。植物成長調整剤の噴霧には労力が、受粉用のマルハナバチは購入にコストがかかる。そこでカットやスライスに適した単為結果性のトマトをつくるために、2つの系統を掛け合わせて「サンドパル」が開発される。開発後には、10軒程度の農家さんに実際栽培してもらい収量、品質、栽培特性を確認。市場でも試してもらい普及活動を行っている。
「アイタキ1号」
桃太郎を開発したタキイ種苗(株)との共同育成。愛知県の「アイ」とタキイ種苗の「タキ」をとってネーミング。トマト黄化葉巻病を防除するのは至難の技のため、黄化葉巻病に強いトマトを作って欲しいとの現場からの強い要望あり平成15年から取り組む。種苗会社との共同育成の利点を生かし、種苗会社が持っている豊富な育種素材(遺伝子資源)の利用、種苗会社の技術を活用した採種及び営業力を利用した。種苗会社との共同開発により、普及拡大の効率化や早期化が可能。愛知県で発生する黄化葉巻病は「TYLCV-マイルド系統」が主体であるが、この病気に強く、味がよく収量が多いものが完成。
今後のトマトの品種改良には黄化葉巻病以外の多数の病気にも強く、単為結果性品種の育成が求められている。
2. ナス
受粉作業の必要のない「単為結果性」と収穫時に農家を悩ませる「とげ」をなくした品種の開発。
「とげなし輝楽(きらく)」
とげなし性系統と単為結果性品種を掛け合わせた2系統を作り、さらにそれら2系を掛け合わせて作成。
正常肥大果率を評価。正常肥大果率とは、雌しべの先端部を切断し、振動させた後(雌しべは切断されてすでにないので受粉はしない)肥大したもの。つまり、この操作を行っても肥大するということは受粉なしに着果する単為結果性をもつことになる。通常のナスでは正常肥大果率が0%なのに対して「とげなし輝楽」は100%肥大し、また、とげなし性も獲得。とげなし輝楽は収穫量全体としては少し減少するが、上物が多くとれてくることを確認。また、日持ち性が高い品種を育成できた。販売側から「とげなし輝楽」では消費者へ浸透しにくいとの指摘があり「とげなし美茄子(ビーナス)」という商品名で販売。
今後の目標としては、とげなし輝楽は若干皮が硬いことから、とげなし性と単為結果性を持つとともに漬物などにも適したナスの育成を目指している。
3. フキ
愛知県は日本一のフキの産地。フキは高温期に切り口からの腐敗が早く、日持ち性の高いフキが求められている。
「愛経2号」
JAあいち経済連との共同育成。108系統から最終的に残った1系統を「愛経2号」として品種登録。切り口からの腐敗が遅く、葉の黒変も遅く、赤さび症の発生が少ないことを確認。フキ生産農家に実際栽培してもらい品種を評価。
最後に、本日紹介した品種の種子や苗の購入方法を紹介しますので、どうぞ、愛知生まれの品種をかわいがってください。
話し合い
- ゼリー部が少ないと味としてはおいしいの?ゼリー部好きなのだけど…。 → 好みの問題になってくるとは思いますが、糖度や酸度については変化がないことは確認済み。
- 受粉なしで果実ができるメカニズムは? → 単為結果性を目標とした品種改良に用いる品種は雌しべの子房にもともとオーキシンと呼ばれる植物成長ホルモンの濃度が高い傾向にあり、そのことで受粉なしでも着果すると考えられる。
- 種がとれなくて困るのでは? → 受粉させると種もできるので大丈夫。
- サンドパルの値段は? → 流通価格としては通常のトマトと同程度。
- 交配の結果はどの程度予想できるのか? → 一応考えてはいるけれども、実際のところはやってみないとわからない。なので、最初はダメなものも多い。
- 創薬と同じように、遺伝子組換え技術を用いてアプローチしないのか? → 今のところそのようなアプローチでの品種改良はしていません。
- 新しい品種をつくるのにどれくらいかかるの? → だいたい10年くらいかかる。
- 自然界のフキは毎年同じところに生えてくると思うが、栽培用はそれではダメか? → ウイルス感染や土壌病害による影響を受けやすいので、そのような収穫はしていない。実際に毎回土壌消毒を行ってから栽培をスタートしている。
- 露地栽培の野菜は、わざわざ受粉の作業などをしていないように思うのだけど、その作業は必要なのか? → もちろん自然な受粉も起こるが確実性は下がる。なので、露地栽培でも受粉作業をしてやると確実性は高くなる。
- がんばって作っても思いもかけない悪い結果になることはないのか? → 予測をしながら育成するが、すべてが良くなることはなかなか難しい。けれども逆に求めていた結果よりもいいものができてくることもある。(「とげなし輝楽」はもともとはとげなし性と単為結果性を求めて育成したが、偶発的に「日持ち性」も優れていた。)
会場風景
第二部のファシリテーター 立田由里子さん
第二部 「ゲノムデザインでエネルギー作物をつくる」
はじめに
この図書館のイベントのスピーカーの推薦図書が会場に並べられる習慣があるそうで、私は大学の教養として学びやすい分子生物学の図書と、ジェイ・グールドの本が紹介した。ジェイ・グールドは生物学への造詣が深く、進化の本質がよく書かかれており、自分が研究者になったのには、彼の影響もあるかもしれない。
学生のころに持っていた問題意識を思い起こすと、現代社会が直面している問題は変わったと思う。当時は二酸化炭素を売買したり、こんなに不景気になるとは想像もつかなかった。耕作放棄地やエネルギー問題は20世紀末から予想はできていたが、エネルギー問題は、震災後、直近の厳しい問題になった。
耕作放棄地は2015年、埼玉県の面積くらいになった。食料自給率は低い。震災前までのエネルギーの3割は原発だったが、今は稼働していないので火力発電(石炭、天然ガス、石油)がこの3割を賄っている。化石燃料を燃やすので、二酸化炭素はひたすら増え、温室効果ガスも増えていく。このような背景の中、大学(農学部や理学部)は何ができるのだろうか。
我々、植物の関係者は、高度経済成長を支えてきた化石燃料の利用をバイオマス利用に移行させるところで、貢献できるのではないか。昔、農学部というと食料問題が中心だったが、21世紀は理学部や農学部がバイオマス利用も頑張らなければならないと思う。
バイオリファイナリー
文部科学省のプロジェクトで、植物からエネルギーを得たり、バイオ製品を作ったりすること(バイオリファイナリー)をめざしてきた。産業として成り立つには、バイオエタノールを作るなら輸入したガソリンより安く利用できなければならない。初めは補助金で支えるとしても、日本ではその先がうまくいかない。アメリカやブラジルのバイオエタノールはうまくいっているが。
植物由来の高機能バイオプラスチックをつくろう。例えば、畑のマルチ(ビニールシート)を生分解プラでつくるとか、zylon(世界一の強度を持つ繊維、分解温度650度だから消防服、人工衛星、バルーンとして使える)を植物由来でつくるとか。
植物で何かをつくるときに大事なことは、単位面積あたりの作物の収量が多いこと。単位面積当り何トンとれるかが鍵。短期間に大きくなり、台風前に収穫できる二回刈りがいい。
ソルガム
ソルガムはサトウキビの仲間で成長が速く大きくなる。一方、サトウキビは北限が鹿児島だから収穫まで1~1.5年かかり、冬、寒くなる本州では栽培できない。ソルガムはタカキビとかアマキビといわれて、農家の畑で作られてきた。成長がはやく札幌から赤道直下まで栽培できる。ソルガムに注目した理由のひとつは、日本全国で栽培できること。
バイオリファイナリーでは、繊維やプラスチックをつくる。石油由来の化合物をバイオマスでつくるには糖が必要。本州でサトウキビやテンサイは栽培されていない。そこで、ソルガムの高バイオマス品種で、4m位に生長し、甘くて砂糖がいっぱいとれる品種をつくり、日本のエネルギーに貢献しようと考えた。しかし、そのような育種は難しく、これまでほとんど成功していなかった。今回はゲノム情報を利用して、新しいソルガムをつくることができた。
ゲノム情報の利用
学生の頃、ゲノムの塩基配列を決めるのはやや難しい実験だったが、20年前からオートシーケンサーができ、ゲノム情報の解読がやりやすくなった。10年くらい前から次世代シーケンサーができて解読速度は驚くほど速くなった。
新しいソルガムの誕生
高糖性・汁性(搾汁しやすい)を付与した「炎龍(えんりゅう)」という品種をゲノム育種で作った。高バイオマスソルガムに高糖性と汁性を付与したことになる。
ソルガムの搾汁液をバイオリファイナリーの原料に用い、残渣はロールにして家畜飼料にする。その牛の排泄物をたい肥にしてソルガムの畑に戻す。こうにすると炭素は循環する。窒素、リン、カリウムはたい肥として畑に戻すので、炭素以外も循環する。ソルガムは余り水を必要としないので、砂漠の境界あたりでもつくれる。トウモロコシができなくてもソルガムならつくれる。ソルガムで砂漠化を食い止めることもできるかもしれない。
話し合い
- ソルガムでゲノム編集技術を使う予定はあるのか。→ ゲノム編集技術では、初めに遺伝子組換えを行う。ソルガムはカルスを作るのが難しく、遺伝子組換えが難しいので、ゲノム編集もやりにくい。
- カルスとは。→ 植物の組織を培地において植物ホルモン(オーキシンとサイトカイニン)を適当な濃度で配合されると、植物細胞ががんのように無作為にふえ始める。この細胞の塊をカルスという。ソルガムのカルスづくりにも力を入れているが、よいカルスを作るのは可能でも、簡単ではない。
- ソルガムは台風で倒れないのか。台風前に収穫するのか。→ 名大の試験場では2ヘクタール栽培している。台風がくれば倒れるのでその前に刈り、9月の台風は低い草丈でやり過ごす。今年は8月20日に刈って2か月で2~3mまで伸びた。
- ソルガムは病害虫に強いか。→ 紫斑点病という、枯れないが斑点がでる病気にかかる。他にも重大な病気があり、耐病性を付与する研究もしている。害虫ではメイガが茎に入る。
- ソルガムから砂糖はつくれるのか。→ ソルガムを煮詰めても、砂糖のように結晶しない。シロップができる。
- 搾汁液からの繊維づくりはどこまで進んでいるのか。→ 工学部ではショ糖を買って、微生物発酵させる。微生物の遺伝子を組み換えてzylonの原料のモノマーをつくれる。同じことをソルガム搾汁液で実現できた。
- 連作障害はないのか。→ これだけソルガムが大きくなれば土壌の栄養はすべて使われて連作はできないと誰でも思うだろう。連作障害を起こさせないように、1ヘクタールあたり20トンのたい肥を戻して窒素を補っている。
- F1は毎年、種を買わなければならないのか。→ 冬を越せないので、種を買う。
- 挿し木で増やせないか。→ サトウキビは挿し木で増やすので、ソルガムも挿し木で増やせないかいろいろ試みたが、根がでなかった。
- 搾汁液の味は。→ 糖度15~20%ですごく甘いが青臭い。
- 残渣は牛の飼料以外は使えないか。→ セルロースを分解して産業利用するやり方も考えられる。セルロースを分解して利用する研究をしている研究者は多い。
- ソルガムは二酸化炭素をたくさん吸収するのか。→ 草本にはC3植物とC4植物がある。トウモロコシやソルガムはC4植物で二酸化炭素の吸収効率が高い。また、バイオマスが多ければ、二酸化炭素の吸収量も多くなる。