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  • バイオカフェ「魚好きのためのバイオテクノロジー」
    in ふじのくに地球環境史ミュージアム

     2017年10月1日、ふじのくに地球環境史ミュージアムでバイオカフェを開きました。
    お話は 研究開発法人水産研究・教育機構 増養殖研究所 正岡哲治さんによる「魚好きのためのバイオテクノロジー」でした。
     初めにミュージアム 教授 山田和芳さんから開会の言葉がありました。静岡の県の魚は、月ごとに12種類、通年のマグロが加わって全部で13種類も決められており、静岡は魚が好きで、こだわりがあることがわかる。今日はこの博物館にぴったりのテーマのサイエンスコミュニケーションで期待しているという言葉をいただきました。
     ファシリテーターは、くらしとバイオプラザ21で進めている、バイオカフェコーディネーター養成講座の受講生である、新潟大学 中本千尋さんが担当しました。


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    山田和芳さんのはじめのことば
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    正岡哲治さんのお話

    主なお話

    1.食料生産と育種
     私たちは食料生産のために土地の整備、肥料、雑草・害虫対策など栽培方法を工夫してきた。また、生き物は私たちに食べられるために生きてきたわけではないため、育てる生き物の開発もしてきた。生き物を、食べ物として都合の良い性質を持つように変えて生まれたのが農作物や家畜。
     実がたくさんできて土に落ちず収穫しやすくなったイネ、胴体が太く体が大きい可食部が増えたウシ、ガスをたくさん出したパンがふっくら焼き上がるパン酵母、甘い果実、かわいくきれいな観賞魚やペットの犬はこうして生まれた。トマトを例にとると今のトマトは原種より重さが100倍くらいになり、甘くおいしくなった。
     このような人の食料として都合の良い性質を持つように遺伝的に変化させることが品種改良であり、すなわち育種。にわとりのたまごからはヒヨコが生まれ、蛇は出てこない。親と子は似ている。これは遺伝子の働きで、生物の性質を親から子へ伝えている。その正体はDNAという物質。DNAは二重鎖構造で、4種類の塩基の並び方で情報を伝え、生物の体をつくり、性質を伝える。生物の多様性はDNAの特徴、違いによって生じた。今は、DNA情報を育種にも利用している。
     昔の育種はDNAを変化させようと思っていたのではなく、大きい実をつける作物を選び出していくうちに遺伝子を変化させたことになった。多くの作物は親のいい特徴を受け継ぐように作られた。
     
    2.水産での育種の背景
     漁業では野生の魚を獲り過ぎ不足してきたので、1960年代から「育てる漁業」いわゆる養殖が始まった。
     飼育管理技術(人工授精の開発、餌になる動物プランクトンや動物プランクトンの餌になる植物プランクトンの増殖、人工飼料の開発)が発展し、稚魚を育てて大きくすることができるようになった。例)ブリ、マダイ、ヒラメ、トラフグ、カキ、ノリなど。
     こうして計画的に生産できる農業に近づき、今は価値を高め、優良系統を作成することを目指している。養殖業は世界的に成長中の産業!
     
    育種の目標
    ・魚介類の成長の促進
     出荷までの飼育期間の短縮により設備投資の効率化ができる。人件費、光熱費などの必要経費も削減できる。
    ・病気に強くする(生産量が安定し、薬の投与量が減る)
    ・風味の向上
    ・機能成分 医薬成分を含む魚ができないか
    ・体の色や形を変化させた観賞魚の作出
     
    育種方法
    ・交配選抜 「よい親」をかけ合わせて「よいこどもをつくる」ことを繰り返す。
    ・交雑 近縁種同士をかけて、両種のいい所だけを併せ持った品種づくりを目指す。
    ・染色体の操作
     
    3倍体づくりをする(母親の性質を受け継ぐ雌性発生と父親の性質を受け継ぐ雄性発生がある) 
    ・性制御 メスからオスに,オスからメスに性転換させる。
    ・遺伝子組換え技術の応用 1990年代から
    ・ゲノム編集技術の応用 2010年代から
     
    3.バイオテクノロジーを用いたブランド魚の作出
    3倍体
     魚では、雄の精子と雌の卵子が受精した受精卵(染色体が2セット(ゲノムが2個)ある2倍体)には第2極体がついていて、第2極体にはゲノムが1個入っている。この受精卵に圧力をかけたり、37度くらいの水に浸したりすると、第2極体のゲノム1個が受精卵の中に残る。これにより、ゲノムを3個持つ受精卵から3倍体の魚が生まれる。普通、魚の旬は産卵前の栄養を蓄えた美味しい時期だが、3倍体は成熟しないので成長し続け1年中が旬になる。
    例)かき小町:3倍体カキ。夏場に産卵で痩せることなく、大きくなる。広島では三倍体カキを利用することで、秋口でも美味しいカキをつくった。
     
    全雌3倍体
    雄性ホルモンを投与してメスをオス(偽雄)に性転換する。偽雄から得られた精子(性染色体はX)と同じ種類のメスの卵子(性染色体はX)からできた受精卵はすべて性染色体がXXのメスになる。そこに第2極体のゲノム(性染色体はX)を卵に加えると、すべて性染色体がXXXのメスの3倍体になる。
    例)ヤシオマス(ニジマス)(栃木県水産試験場):1年中、旬でおいしく魚肉の色がきれい。オレイン酸を多く含む餌でプレミアムヤシオマスも販売。管理釣り場に放して大きいマスをつらせることも。
    びわサーモン(ビワマス)(滋賀県醒井養鱒場)、伊達いわな(宮城県内水面試験場)、信州大王イワナ(長野県水産試験場)、奥多摩やまめ(東京都水産試験場奥多摩分場)、飛騨大天女魚(アマゴ)(岐阜県水産試験場)はいずれも全雌3倍体で、1年を通じておいしく、大型化(成長が早い)した。
     
    全雌異質3倍体
     雄性ホルモンを投与してメスをオス(偽雄)に性転換する。偽雄から得られた精子(X)と異なる種類のメスの卵子(X)からできた受精卵はすべてXXのメス(雑種)になる。そこに第2極体のゲノム(X)を卵に入れると、すべてメスの異質3倍体ができる。
    例)絹姫サーモン(無斑型ニジマスのメスとアマゴのオスからつくった全雌異質3倍体と、無斑型ニジマスのメスとイワナのオスからつくった全雌異質3倍体):食味はよくなったが苦手な病気がある。
    魚沼美雪マス(ニジマスのメスとアメマスのオスからつくる全雌異質3倍体):病気に強く大型でおいしい。
    ニジノスケ(ニジマスのメスとマスノスケのオス)からつくる全雌異質3倍体):マスノスケより飼いやすく、大型でおいしい。
     
    4倍体
     第2極体を放出し、1回目の卵割で2細胞になったところで細胞分裂をとめて1細胞とすると4倍体になる。4倍体からは2倍体の配偶子ができるようになる。ただ4倍体の成功率は極めて低い。
    例)信州サーモン(ニジマス4倍体のメス雌とブラウントラウトのオス(偽雄)雄の全雌異質3倍体):ブラウントラウトは病気に強く、ニジマスは飼いやすく成長が速い。信州サーモンはウイルス病に強く大型化し、味がよい。長野県水産試験場が開発。
     
     3倍体魚などの利用に対しては、水産生物利用要領があり、水産庁に申請して、3倍体魚などの特性評価をもとに、利用計画が適切であるか確認してもらう。これらの魚は出荷量が少なく、ご当地限定になっているものが多い。
     
    4.ゲノム編集技術
     従来の品種改良では、突然変異が偶然起こることに頼って遺伝子の配列を変化させてきた。最近では様々な作物や家畜のゲノムが解読されることで遺伝情報がわかってきて、品種改良するにはでゲノム(遺伝子)のどこを変化させたらよいかが考えられるようになってきた。また、決まったところのDNAを切ることができるゲノム編集技術により、DNAを修復する時のミスを突然変異に利用できるようになった。つまり、遺伝子を変化させる突然変異を、計画的に起こすことができるようになった。
     例えば、ナスには受粉しなくても実が膨らむ品種がある。これは自然界の突然変異で偶然に得られたが、ゲノム編集により計画的に同じような突然変異を起こして効率よく品種を作ることができるようになった。
     魚におけるゲノム編集は、「マイクロインジェクション」と呼ばれる方法で、細い針を用いてDNAを切る酵素を受精卵に入れる。生まれた魚に変異が起これば、そのこどもの一部に変異が伝わり、性質が改良される。
     現在、筋肉質のマダイ、前歯の生育を阻害して噛み合わず養殖しやすくなったトラフグ、メスを不妊化することで増殖を抑えたブルーギル(在来種の保護が目的)、光で驚いて暴走しないマグロなどの研究が進んでいる。なお、資源保護のために、クロマグロでは稚魚をとってきて育てるような養殖はできなくなってきた。養殖場でマグロが産んだ受精卵を用いて育種するにはゲノム編集技術が役立つ。



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    正岡さんとファシリテーター中本さん
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    ふじのくに地球環境史ミュージアム
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    展示室
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    ミュージアムではワークショップが開かれていました

    話し合い

  • は参加者、 → はスピーカーの発言

    • 海外で養殖すると海沿いの林を破壊してしまったりするのではないか → 他国の経済活動には干渉できないが、相手国と意見交換をすることはある。
    • 不妊のマスは自然界では交雑しないのか → はい
    • ゲノム編集を応用した魚に対する法規制は → 決まっていない。今、調査している。
    • 環境への問題は → 交配選抜した魚が従来育種で作られ、どんどん養殖されている。環境に影響をなるべく及ぼさないよう、このような魚をどこまで管理できるかが重要になあると思う。環境保護のために養殖をすべて止めると、食べる魚の生産量は増えない。どこで折り合いを付けるかは考えなければならない。
    • 不妊のブルーギルを放流するのはどうなのか → 卵を作るホルモンが阻害された不妊のメスが生まれるようなオスをつくる。ブルーギルの根絶はうまくいっても30-50年かかると予想。
    • 淡水魚のブランド魚は生産量が少なく、手に入りにくい → 卵を作っている水産試験場の規模が小さいので、なかなか進まない。
    • 農産物は人間が管理して食べられる、魚の天然信仰は弱まってきたと思う。養殖だからサケは生で食べられる → 養殖は安全ということを広めていきたい。しかし、天然の魚のこどもを採ってきて大きくしたような養殖魚の場合は、生で食べるときの寄生虫の事故には注意してもらいたい。
    • 生産量を増やすにはどうしたらいいか → 今の養殖は私たちが食べない魚を減らして、食べる魚を増やしているようなもの。例えばマグロを食べたいためにイワシを餌にする。人工飼料を開発したり、人が食べないものを食べたりする水産物がいい。植物プランクトンを食べる貝、残りものの餌でも食べるエビやシャコは都合がいい。一年中餌をよく食べる魚で成長が早い魚を交配選抜していく。交配して成績のよかった魚を選び、これを親に利用して成長の良い魚を増やすと生産量の増加に貢献する。〇魚のジーンバンク(遺伝資源を納めてある)はあるのか → 魚を継続して飼育するしかなかったが、今は精子を凍結する方法をとっている。魚の配偶子を作る細胞を保存する方法も研究されている。魚の病原菌や藻類のジーンバンクはある。
    • 魚の研究者の仕事はどんなか → 私の場合、今はデスクワークがほとんどになってしまい、研究計画を作ったり、研究の進行管理をしたりしている。
    • 餌で魚肉の味は変わるか → 魚の脂は餌の組成で変わる。日本の企業は餌と魚肉の味の関係のデータを多く持っている。関西向けや関東向けに季節で餌を変えて魚肉の品質管理をする場合もある。サケの魚肉は白いものだが、餌でオレンジ色(サーモンピンク)になっている。
    • みかんブリを食べたことがある。さわやかな味だった → カボスや、オリーブなどを混ぜた餌で育てたブリもある。
    • 餌に植物性成分を配合することもあるのか → 植物成分は消化が悪いので発酵させたりして用いる。ダイズ、トウモロコシが安くて安定して手に入るので餌に利用している。
    • 昆虫を魚の餌に使えるか → 魚の餌になるほどの量の昆虫を得られるかという問題もある。
    • 消費者は魚の飼料にこだわるか → 魚は口に入ればいろいろなものを食べるため、天然魚は何を食べてるかわからない。天然魚が食べた餌にこだわるのは余り意味がないと思う。
    • 自然界にいたら、養殖魚は天然魚に負けるか → 養殖魚は人に飼われる環境に馴れてしまい、警戒心が弱く鈍感で動きも遅いことが多い。自然の海や川で天然魚と競合すると食べられてしまったり、餌をとられてしまったりでうまく生きていけないのではないかと思う。
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