KURAバイオカフェ
「世界でひとつだけの花 先端技術で創り出されるステキな品種」
2017年6月18日 バイオカフェ@丹誠塾 ”KURA” を開催しました。「世界でひとつだけの花 先端技術で創り出されるステキな品種」と題して、農研機構 野菜花き研究部門の佐々木克友さんにお話いただきました。
最初に丹誠塾の島田薫さんよりご挨拶をいただきました。
元米蔵を改装した丹誠塾”KURA”
佐々木克友さん
佐々木さんのお話
私は花の形や花びらの模様、色の違いなどに興味があり、研究をしています。切り花や園芸用の花には様々な種類がありますが、これらがどのように作られているのか、「育種」をキーワードに話をします。
「育種」とは品種改良のことです。遺伝子の情報が書き換わることで育種が進みますが、この書き換わりは自然に起こっています。遺伝子について、夏の花壇花のトレニアでもう少々説明します。トレニアの花びらを大きく拡大すると、その表面はトゲトゲいています。これをさらに拡大すると細胞があり、その細胞の中に核があります。核の中には、ひも状の分子がコンパクトにたたまれた、染色体があります。その“ひも”の中のところどころに遺伝子があります。タンパク質というと肉を思い浮かべる人もいると思いますが、分子レベルで見ると、肉を形作っているもののほか、酵素もタンパク質の一種で、私たちは毎日食べたり利用したりしています。遺伝子はこのタンパク質の設計図の役割をしています。
野菜の野生種は、もともとは食べにくいものだったのですが、遺伝子が書き換わることで今の品種ができました。トマトや米も様々な遺伝子が書き換わって、今、私たちが食べているものになっています。味や大きさ、毒があるかないかだけでなく、実の落ちやすさや芽の出るタイミングなども“作物”になるには重要な性質となります。
交配育種
現在、トルコギキョウには、バラによく似た、花びらがフリルになっている品種や八重咲の品種などがあり、これらは育種で作られています。1980年代までは一重咲きの品種が主流でしたが、現在は、農家の方が品種改良のさなかに見つけた八重咲品種が主流になっています。
交配育種とは二つの品種の、片方のめしべに片方の花粉を受粉して行います。まず、目的にあった親品種を選び、交配をすると、様々な性質の個体ができます。そこから目的の性質を持つ良い個体を選んで、片親を再度、交配して良い個体を選びます。例えば、花ではなく、交配育種で果樹の新しい品種を作ろうとすると、数十年かかります。ここ数年人気のあるブドウの品種であるシャインマスカットも時間と人手がたくさんかかったと聞きました。
親品種は企業や公的機関が遺伝資源として保存しているものを主に利用します。農水省の機関では数百万の農作物の種子等が保存されています。私はキクの遺伝資源の管理もしています。品種を保持するために次世代を作ろうとしても、キクは同じ品種で交配をしても受粉できません。他の品種とは交配して次世代ができるのですが、それでは違う品種のキクになってしまいます。そのため、キクの遺伝資源は株で管理して、同じ品種を維持し続けています。
花も交配で新しい品種が作られています。例えば、私たちの研究所では、老化ホルモンであるエチレンをつくらないような個体を探して、切り花として長持ちするカーネーション「ミラクルルージュ」を作りました。ミラクルルージュは従来品種より約3倍程度、期間にすると3週間ほど、切り花として楽しめます。また、病気に強い品種として「カレンルージュ」という品種も作っています。カレンルージュの“カレン”は“枯れん”と“可憐”をかけて名付けられました。カーネーションは元々病気に弱く、病気に強いナデシコと交配し、そこから選んだ個体といくつかのカーネーションの品種と交配を繰り返し、15年かけて作られた品種です。
突然変異育種
変異原育種も多く行われています。DNAが切れてしまうことは自然界でも良くあることで、切れたDNAを元に戻す機能を生物はもともと持っています。そのため、一度切れてしまったDNAはほとんどが元通りになりますが、まれに修復ミスが起こります。これが基になって、遺伝子が書き換わり、新しい品種ができることがあります。これが変異原育種になります。
DNAの損傷は、正常な代謝で発生する活性酸素や発がん性物質のような化学物質の他、紫外線や放射線などでも起こります。そこで、放射線や重イオンビームを利用して遺伝子の書き換えを起こさせようという試みが行われています。近年は重イオンビームの利用が広まっていて、実際に品種が作られています。
埼玉県和光市にある理化学研究所に重イオンビームを照射する施設があります。重イオンビームは、がん治療にも使われています。X線は線が細く、植物の組織を通り抜けてしまいますが、重イオンビームは粒子が比較的大きくて、組織で粒子をとめて組織を壊したりすることができます。理化学研究所でもサイネリア、トレニア、ペチュニア、ナデシコ、桜などの花きの他、日本酒を作る酵母でも新しい品種が作られています。私たちの研究所ではキクの新しい品種を作るために重イオンビームを当てたところ、花びらの形、模様が変わった個体ができました。しかし、性質が変わった個体ができる確率は低く、2,500株程度にビームを当てて、10株程度だけでした。特にキクは染色体が6倍体であったことから、遺伝子の書き換えが1カ所起こっても表現型に影響が出にくかった、ということが考えられました。このように、生物種によって育種技術を使い分ける必要があります。
育種技術としての遺伝子組換え技術
遺伝子組換え技術は、人為的に新しい遺伝子をゲノムに取り込む技術です。キクやバラは青い色素をつくる遺伝子を持っていません。そこで、青い花を咲かせる植物から青い色素をつくるための遺伝子を取ってきて、キクやバラに導入すると色変わりの花ができます。これまでの私たちの遺伝子組換えのデータを見ると、キクでは新しい性質の個体ができる効率自体は重イオンビームより良いとも言えます。また、外部から遺伝子をうまく導入できる効率は植物の種類や品種によっても違います。
遺伝子組換え技術で作られた青いカーネーションは、色が綺麗で、目を引くようです。花屋で様々な色のカーネーションが並んでいると、子どもたちも青い色を選ぶほどです。
遺伝子組換え技術で新しい品種の作物も作られています。特定の除草剤に耐性のあるダイズや害虫被害にあいにくいトウモロコシなどが海外では栽培されています。アメリカではダイズ畑の9割以上が遺伝子組換えダイズの品種が使われており、農家さんの作業効率化につながっています。これらの作物は日本にも大量に輸入されていますが、安全性が評価されたものだけが加工品などに利用されています。
まだ、商業化には至っていませんが、花では八重咲のシクラメンが遺伝子組換え技術で開発されています。通常シクラメンは花びらが5枚、おしべが5本ありますが、遺伝子組換え技術で作った八重咲では花びらが50枚程度に増えています。
夏の花壇花としてよく使われるトレニアは、5~6か月程度で遺伝子組換え体が出来て、花を咲かせることができるので、研究に使いやすい植物の一つです。これと比較してキクは約1年間、カーネーションは約3年間と時間がかかるので、トレニアと比較すると研究には使いにくい植物になります。遺伝子組換え技術について知ってもらおうと、組換えトレニアを作る過程を動画にまとめたものを研究室で作成したので、ぜひ見てください。(動画の紹介)
動画の中でも紹介していますが、私たちは遺伝子組換え技術で光るトレニアを作りました。観てきれいなだけでなく、研究としても高く評価されました。
光るタンパク質というと、ホタルやクラゲのタンパク質を思い浮かべるかもしれません。しかし、この2つの光るタンパク質は、光り方のしくみが違います。ホタルの光るタンパク質であるルシフェラーゼは、光るためにルシフェリンという物質が必要で、この2つが反応すると光がでます(発光)。クラゲの光るタンパク質GFPは、光るためには青い光が必要で、青い光のエネルギーを吸収して、緑色の光を発します(蛍光)。この光るトレニアには富山湾にいる海洋プランクトンの蛍光タンパク質を使っています。光っているのをキレイに見るには、青い光を当てて、黄色いフィルターを通して見る必要があります。国立科学博物館で開催された「ヒカリ展」では、来場者がキレイに光っているトレニアを見ることができるようにセッティングし、のべ18万人の方たちに見ていただきました。
また、遺伝子組換え技術を利用して、トレニアのある1つの遺伝子の働き方をかえるだけで花びらの色、形が違う花ができることも分かりました。これらの遺伝子組換えの花は突然変異、交配、ゲノム編集では作れません。この研究をまとめるとき、論文を書く時には苦労がありましたが、これも論文雑誌の表紙を飾ることができました。
会場の様子
ゲノム編集技術について
ゲノム編集ということばは聞いたことのある方もいると思います。ニュースでは医療分野での利用に関しての話題が多いのですが、育種でも期待されている技術の1つです。
どのような技術かというと、配列が分かっている遺伝子について、計画的に書き換えを起こすことができる技術になります。特注のハサミタンパク質で、遺伝子配列の狙ったところを切り、それを繋ぎなおす時に起こる修復ミスを期待する技術です。
日本では温暖化によってリンゴの栽培適地が北上する可能性が指摘されたり、海外から入ってきた病害虫による被害に対応する必要性があったり、いくつかの課題を解決するためにも育種のスピードを上げる必要があります。そこで、ゲノム編集技術はこれらの課題の解決技術として期待されており、国内でも研究が進んでいます。
自分たちは光るキクを使って、これを利用して花きでもゲノム編集が可能であることを世界で初めて報告しました。キクは日本の切り花出荷本数の4割を占める、産業として最も重要な花です。しかし、キクは自植では種子を作らない、ゲノムが解読されていないなどという点では、ゲノム編集による変異体を作るのが難しい花のひとつです。さらに、キクの染色体は6セットあるため、1セットの遺伝子に変異を入れて働きを止めてしまおうとしても、残りのセットの遺伝子が働いて失われた遺伝子の働きを補ってしまうので、結果的に性質の変化がほどんど見られません。私たちは、ゲノム編集技術で変異を入れた植物をさらに培養すると、特注のハサミがどんどん切っていくことを発見し、そのしくみを利用してキクの変異体を作ることに成功しました。この研究成果も、専門誌の表紙になるほど高く評価されました。
花の育種技術
育種技術には様々あります。その中から目的に合わせて、また、花によって選ぶ必要があります。
私がこれからの花の研究に期待することは、科学への貢献だけでなく、教育や産業、文化的な活動への貢献、そして新しい技術の創造になります。そのために、様々な方たちの助けを借りながら研究を進めています。
質疑応答
- 突然変異について、個体には細胞はたくさんありますが、どこの細胞で書き換えが起こると性質が変わりますか? → 種子の細胞の場合もありますが、もともと植物細胞は万能性があるので、実験では細胞の塊の中のたった1つの細胞に変異が起こり、それが分裂して、変異が入った細胞を増やすことができます。それを植物体まで培養します。
- 青い光を当てると光るのは、青い光が反射しているからですか? → 反射とは違うしくみです。蛍光タンパク質は、ある特定の色の光を当てるとそのエネルギー吸収します。その分のエネルギーを他の色の光として放出している現象を見ていることになります。
- ブラックライトで光りますか? → オワンクラゲの蛍光タンパク質はブラックライトで光りますが、トレニアに入れた海洋プランクトンの蛍光タンパク質はブラックライトでは光りません。また、吸収する光の色は、蛍光タンパク質の種類によって違います。
- 遺伝子について、ひも状のどこからどこまでが目的の遺伝子なのか、どうやって調べるのですか? → DNAは文字列のように4種類の分子が並んでいます。細胞内では、核の中でDNAの遺伝子部分だけをRNAというDNAによく似た分子としてコピーします。RNAが核から出てリボゾームに行くと、RNAの持つ情報を基にタンパク質が作られます。DNAやRNAのATGCの並びを読む装置もあるので、その装置で調べます。
- CRISPR/Cas9はどういうものですか? → もともとは大腸菌が持っている自己防衛機構です。大腸菌に対してファージなどが感染したときに、ファージのDNAを見つけて切断し、無害化するシステムです。ちなみに、CRISPRの配列を見つけたのは日本人です。
- 他の生物の遺伝子を組み込んだら、(組み込まれた方の生物側に)拒否反応が起きることはないのですか? → 大抵は事前に予測をして行うため、多くの場合にはそういったことは起こりませんが、予想外の形質がでることもあり、やってみないとわからないこともあります。
- 見えない世界のことなので、予想してやっているのですか? → DNAの情報は分かるので、それを基にDNAを切り貼りしたり、必要な部分だけを増やたりします。見えなくても確認する手段はあるので途中途中に必要に応じて、必要な方法で確認し、OKなら次に進めています。
- 遺伝子組換えした植物は見分けがつくのですか? → その植物以外の遺伝子が入っているか、あるいは組み込んだ他の生物種の遺伝子配列を調べる事で、見分けはつきます。見た目でわかる形質を変えるような遺伝子を組み込んだのであれば、見た目で区別する事もできます。
- 組換え植物を作る途中に見分けたい場合、入れた遺伝子がうまく組み込まれていなければ育たないような抗生物質の入った条件で育ったものを選ぶことで、見分けることも可能です。
- アメリカで作った遺伝子組換えダイズは区別がつくのですか? → 流通している組換えダイズは、どのような遺伝子を組み込んだのかわかるのでそれを調べたり、組み込んだ遺伝子から作られたタンパク質を調べたりすれば区別がつきます。加工品でもわかる場合もあります。
- 研究するのが難しいのに、キクを研究するのは市場が大きいからですか? → その通りです。日本の生花市場でキクが占める割合が多く、年間800億円ぐらいの商業規模で流通しています。消費者の好みもどんどん変わっていくために、企業だと手を出しにくい現状があります。企業では困難なそういった研究開発は、国の研究所がやろうと、そういうすみわけしています。
- キクの品種改良が難しいのは、キクは変わりたくないと思っているのではないでしょうか? → キクは品種改良が難しい、というより、自植(一品種内、または一つの花の中のおしべとめしべで受粉すること)が困難な植物になります。2種類の品種間で交配した場合には、キクでも新しい品種ができます。自植についてですが、進化的には自殖をすると多様性がなくなるので、花では自植をしないものが多いとは思います。
- 香りを変えることはできますか? → 香りの専門家と検討はしているものの、可能ではあるのですが、商品として考えると現実的には難しいとも予想しています。香りの受容体が個々人で違うことが分かっており、また、香りの強い弱いや好みが分かれることもあり、評価が分かれることが予想されます。
- イネの遺伝情報が人間より多いのですか? → 遺伝子の数はイネの方が多いです。そもそも植物はゲノムサイズが大きいものが多く見られます。同じ遺伝子を複数持っていたりします。人間はDNAの修復能力が高いのですが、植物はそれほど高くないため、同じ働きの遺伝子をいくつか持って、一つの遺伝子が壊れても他の同じ遺伝子が働くようにすることで、生きていけるような生存戦略を取っていると考えられています。
- 哺乳類でも植物でもATGCは一緒ですか?サイズが違うだけですか? → ATGCは一緒です。
- 植物以外の生き物でゲノム編集技術は使えるのですか? → ゲノム編集技術としては、動物の方が進んでいますが、特に人間に対してゲノム編集技術を応用することは、倫理的に考えなくてはならない多くのことがあります。
- 花は、オーダーメイドできるようになりますか? → 可能だと思います。ある遺伝子を花だけ、あるいは葉だけで働かせるなど、いろんなことが可能になっています。ちなみに、どうして花を光らせようとしたかというとですが、最初は、蛍光タンパク質は遺伝子の機能を調べるために、植物のどこの場所で興味のある遺伝子が働くか確認するために使っていたのですが、花を光らせたら面白いとおもって始めました。しかし、すぐには花を上手く光らせることはできませんでした。
- 以前、真っ白な花のクリスマスローズを買って育てたのですが、次の年には色が変わってしまいました。どうしてですか? → 栽培条件が変わると、色や植物の形などの形質が変わることがあります。ポットから地植えにすると変わることもありますし、販売する時にきれいに花が咲くようにホルモン剤などで調整するなどの手がかかっていることもあります。いくつか理由は考えられると思います。
- 花を開発する際の美しさなど選ぶ基準は何ですか? → 個人や時代によって変わるので、ある程度の数の集団を持っていて、そこからその時々に好まれる、流行りの形質の花を選んでいます。価値観は決めないようにしています。
- 切り花長持ちするのは消費者はうれしいのですが、農家さんの出荷量に影響するのではないでしょうか? → 影響はあると思います。需要と供給のバランスは考える必要があります。目安は花持ちをどの程度の期間にするかで、スーパ―などでは保証期間を設けているところもあります。カーネーションは、これ以上花持ちを長くする必要はないとも言われていますが、ダリアは3日間ぐらいしかない品種もあるので伸ばしたほうがいいと思います。
- ATGCの並び順でここが遺伝子、とかこのならびだと病気が弱い、とかどうやってわかるのですか? → 遺伝子の情報が蓄積してる形質もありますが、大抵の場合、多くの品種に病原菌を接種して、それに強い品種を探すところから始めています。家畜などは長年の研究の蓄積で、花よりも情報はあると思います。
- 全く何もないところから、新しい遺伝子の組み合わせを作ることもできるのですか? → できます。微生物の小さいゲノムなら設計することもできるようになっています。
- ゲノム編集でできたお花は、そのまま栽培を続けていくと、形質が変わることはあるのですか? → あります。何世代もかかってでてくるような変化はゲノム編集にかかわらず、自然突然変異でも起こりうるものです。
- 受粉しなくても実がなるようなトマトができたという話を聴きましたが。 → トマトは風が吹くだけで受粉することがあると言われていますが、実際の商品は温室内で栽培することが多いです。温室内では風が吹かないので、受粉作業をしないと実がなりません。今は蜂や人の手で受粉作業をしていますが、これを軽減できると期待されています。
- 組換え作物について、アメリカのダイズはほとんど組換え品種ということだったが、日本には輸入されていないのですか? → 大量に輸入されています。輸入された組換え作物は加工されているものが多いため、大豆の形として直接私たちの目にすることはほとんどありません。安全性評価がされて、問題ないとされたものだけが輸入されています。
- 人体への影響があるかないかは、どのように調べているのですか? → 遺伝子組換えすることで新たに作られる物質がアレルゲンかどうかは、人工腸液などを使ってタンパク質がアミノ酸まで消化するかどうかでわかります。今はこのためのキットも販売されています。その他、毒素を作るように変化していないかなども評価しています。治験のような、人間が食べてどうかという試験はしていません。
- 光る花の場合、枯れた後に分解して土に返っても環境には大丈夫ですか? → 研究で作った場合は、組換え体は最後に全部圧力鍋のようなもので処理してから処分することになっています。将来的にこれらの組換え体が販売される場合には、枯れても生物多様性に影響がないことが確認されてから、商品として許可されると思います。