バイオカフェ「薬に関するよもやま話」
2017年6月9日、バイオカフェを開きました(於 日本橋 洋菓子店「門」)。お話は日本製薬工業協会 専務理事 川原章さんによる「薬に関するよもやま話~種類、研究開発、価格など」でした。初めに小武内(おぶない)茜さん、鈴木里香さん、水野美香さんによるフルート、クラリネット、ファゴットの演奏がありました。それぞれの楽器の説明と有名なフレーズの演奏というプレゼント演奏もありました。
川原章さん
管楽器の三重奏
主なお話の内容
1.くすりの種類
薬の使い方薬の使い方は幅広く、病気の治療以外にもいろいろな場面で薬は用いられる。
・物理的検査
・診断検査(造影剤など、体外・体内で用いる診断薬)
・ワクチン接種(健康な人が対象。始まりは天然痘ウイルスの克服。有害事象が起こることもある)
・処方薬の投与やセルフメディケーション(自分で治すために利用)としての一般薬の利用
・外科的治療(手術時の麻酔、臓器移植での免疫抑制薬)
・医療機器(ステントを入れた人が血を固まりにくくする薬を常用する、薬を練りこんであって薬剤が溶け出すステント、AED)
医薬品等の規制はなぜ必要か
医薬品等の品質、安全性、有効性は公的な手法によって担保されなければならない。医薬品等には、医薬品のほかに医薬部外品(ドリンク剤、薬用歯磨、浴用剤など)やヒト用以外の家畜やペット、魚(フグ、ウナギ)、有用な昆虫(カイコ)に用いる動物用薬も含まれ、それぞれに規制がある。医薬部外品は医薬品並みに承認制度があるが販売規制はない。化粧品は承認がなくてもいいが、製造場所などの規制がある。
効果のないもの、偽物が出回ると健康危害や不信が生まれる。例えば、FDAでは最近猫のがんの偽薬の注意喚起をHPで行っている。
日本では農林水産省が動物用医薬品を、厚生労働省がヒト用の医薬品を所管している。動物とヒトの所管が分かれているのはイギリスと日本。害虫に用いる薬剤でも農薬は農水省で、ハエ、ゴキブリなど衛生害虫を駆除する殺虫剤は厚労省。
途上国世界のくすりの半分はニセモノだともいわれ、それらを作っているのは一定の技術力を持つアジアの国らしい。ニセモノの薬の製造や流通は犯罪であり、この防止には、フランスのリヨンにある国際刑事警察機構(インターポール)も行っている。偽物の医薬品は経済的損失も生む。
このように医薬品といっても、本当にいろいろある。
医療用医薬品なのにほとんど化粧品のような扱いをしているものもある。その中に、ボツリヌス菌の毒素を注入して皺をのばすケースがある。コスメディックユースだが、医師が注射する。経口避妊薬は治療目的で用いないが、ホルモンは作用が強いので医薬品扱いになっている。
医薬品はすべて薬事の規制対象になる。医薬品には品質、有効性、安全性が担保され、それが公的に確認されなければならない。
医師がAという病気のくすりをBという病気に、患者の同意のうえで使っても罰せられないが、当該薬剤は保険対象外で使う自由診療になる。例えば、肺がんのくすりを胃がん治療で使うときは自由診療。すると、この肺がんの薬について胃がんの効能も公的に認めて保険適用してほしいという患者の声が出てくる。
薬事規制に関連する法律では、医師や消費者も関係するが、最も規制を受けているのは製造業者。
医薬品の分類
医薬品は大きく「医療用」と「一般用」に分けられる。医療用には処方箋なしに販売できないものと、処方箋によるが行政指導で適正販売するものがある。アスピリンは医療用と一般用の境界に跨って存在しており、医師から処方箋をもらって調剤してもらえる(=買える)が、お店から直接買うこともできる。
医療機関向けに販売しているアスピリン(例えば、100錠、1000錠の単位で売られている)を薬局等が一般の人に販売しても、これはただちに違法ではない。
同じ薬でも国内外で扱いが違うものがある。日本ではモルヒネ、覚せい剤は認可もされているが、医療用だけが認められている。また、大麻は幻覚作用があるので、日本では非合法薬物で一般の人は使えないが、海外では使える国もある。一方、ヘロインは欧米の製薬企業がモルヒネをアセチル化してつくり、咳止めと販売された歴史があるが、依存性が極めて高く、現在では世界的に使用だけでなく所持、製造も禁止されている。
また、日本では一般用医薬品のみがテレビでコマーシャルできるが、アメリカでは処方箋薬のコマーシャルができる。見てみるとストーリー性のあるコマーシャルが行われている。オプジーボのCMも流れている。しかし、FDAが厳しくチェックしている。
医薬品と医療機器
医療保険制度の中で、使用できる医薬品や医療機器が指定されている。これが薬価基準で、1万種を超える医薬品名と価格が、医療保険の対象品目として定められている。なお、医療保険での使い方(適応症)については薬事規制に基づく承認の範囲というのが原則で、それをはずれる使い方をすると自由診療になる。
また、治療目的でないもの、例えば、ボツリヌス菌の毒素をコスメディックユースで皺伸ばしに使うのは自由診療になる。ライフスタイルドラッグと呼ばれる。AD、予防で使うワクチンも自由診療扱いとなり、薬価は決まっていない。
保険診療だと薬価のみならず技術料も含めて全国統一価格。これに対し、自由診療では自由価格が原則。従って、予防ワクチンの接種料金を診療所間で相談したりすると、公正取引委員会で独禁法上の問題を指摘される可能性がある。
医薬品の研究開発を含む医療分野では、被験者、患者の保護に留意して知見が集積されていくことが重要。
難しいお話もやさしく話してくださいました
だから、会場も和やか
2.研究開発
くすりの原料と用法くすりにはありとあらゆる原料が使われている。日本では天然物を光明皇后のころから薬として使ってきた。合成薬第一号は100年以上前に柳の樹皮の成分から抽出されたアスピリン。くすりはモノづくりと天然物の発見の混合から生まれてきたといえる。
例えば、ヒト成長ホルモンは遺伝子を組み換えた微生物で作られている。それ以前は亡くなった方のヒト脳下垂体から抽出していた。日本はまだ貧しくて、つくられたヒト成長ホルモンをあまり輸入できなかった。1970-80年代から輸入できるくらい豊かになった。しかし、今考えるとプリオンなど安全性には大きな問題があった。今は遺伝子組換え微生物で安全なヒト成長ホルモンが十分な量得られる。
バイオテクノロジー応用医薬品ということでは、子宮頸がんのヒトパピロマウイルスのワクチンはガの幼虫を使って作製されている。一方、モルヒネのように合成薬物が容易に超えられない天然物もある。大村先生が発見されたイベルメクチンも天然物を合成物が容易に超えられない例のひとつ。
また、くすりには注射、経口など、投与法・投与経路(=用い方)もいろいろある。
医薬品ができるまで
原料の探索、製剤設計(投与経路や投与法の検討、安全性の検討)、動物実験、臨床試験(人を対象にして行い、第1相~3相まである)を経て、薬づくりは進められる。獣医師は動物実験や臨床との橋渡し研究の場で活躍している。動物実験はGood Laboratory Practice(GLP)、臨床試験はGood Clinical Practice(GCP)という基準に従って行われる。
臨床試験では、昔は国王が臣民に薬を飲ませて試したりしたかもしれない。ナチス医師団が知見を得たのも事実で、このような非人道的なことに対する強い反省があった。強く批判していたアメリカでも、囚人を対象に第1相試験への参加を条件に刑期の短縮が1970年代まで行われていたことがわかった。
2006年、イギリスでヒト化モノクロナール抗体製剤の治験で6人の被験者が瀕死状態になったと報道された。第二次大戦後の大きな反省があった後、治験による事故として久しぶりに注目された事案だった。
承認審査段階では、得られたデータをもとに申請内容が承認されると、添付文書にその内容が反映される。承認後、保険適用が決まると医療現場での使用が始まる。治験では1000例程度の試験のデータを用いるので、市販後、医学的介入や医療行為が始まると、より多くのいろいろな患者に使用され、不確実性が避けられないことから、有害事象が起こることもある。治験や市販後の調査で得られたデータはバイオメトリック(生物統計)の専門家によって処理される。
例えば、タミフルの異常行動について、一例、一例に詳細に検討しても、本当に薬の副作用だったのかの見極めを100%することはできない。同じように効き目についても100%見極めることはできない。
研究開発段階では適切な方法が選択され、手続き基準が守られ、結果の明確性が求められる。医療・医薬品産業はまさに知識が集約することで成り立っている。医薬品行政は幅広く、薬剤師だけでなく医療関係者、理工学や農学領域の人たちも関わっている。
新しい薬が生まれると、今はインターネットで世界中のくすりの情報が入手できるので、日本でなぜこの薬は使えないのかという問い合わせが行政や企業にきたりする。多くの人たちが関わりながら、日本での承認もだんだん追いついてきており、日本では世界に遅れることなく最先端の薬剤が使用できる状況が整備されてきている。
研究開発の重要性
「医薬品は人類の宝」ということばがある。昔、非人道的な臨床試験も行われていたかもしれないが、今は自由意思で治験に参加した人々によってくすりが作られている。だから薬は、まさに世界中の人の財産!製薬企業はこういう歴史を忘れないように心に誓って、くすりづくりに取り組んでいく。
薬価について
新しいくすりができると、現在、使われている薬で最も似ているものの値段をもとに薬価が決められる。
これまでにないような、全く新しい効き方をする薬ができると、基準になる薬がないので、薬価は高くなる。例えばメラノーマのために作られた抗がん剤「オプジーボ」は、他にメラノーマの薬がなかったのでとても高い薬価になって話題になった。しかし、これが肺癌にも使えることになり(肺がんの薬は他にもあったので、高すぎるということになり)、薬価は安くなった。
オプジーボについて、國頭英夫先生が里見清一というペンネームで評論を書かれ、話題になったので簡単に紹介する。二つの意見が述べられている。ひとつは、保険でこのような高価な抗がん剤を多くの人が使うと日本は破産してしまうだろう。ふたつめは、国民が平等にこの薬を使うために、75歳以下は保険適用とし、それ以上の高齢者は自由診療にしてはどうかというものだった。このときに試算された1兆7000億円という数字だけが独り歩きしてしまったが、実際には、薬価が半分にされたこともあり、小野薬品のオプジーボの売り上げは1兆どころか1000億円程度だったようだ。
これまでも海外(例えば隣国)では、増大する医療費に対して政府が薬価の1割カット、2割カットなどを行った事例がある。しかし、今日お話ししたように、医薬品の研究開発はとても大事なことで、かつ費用も掛かることを知っていただき、新たな治療法を提供していくためのサイクルが回るためには不可欠であることを理解していただきたい。
薬のことを知ってください
くすりに特化した博物館を訪れると歴史などいろいろなことがわかる。
日本製薬工業協会は、昨年、科学技術館(北の丸公園 東京)にクスリウムという薬の科学館をつくったので、ぜひ、訪ねてください。第一三共のくすりミュージアム(東京 日本橋)、エーザイの内藤記念くすり博物館(岐阜県)のように製薬企業が運営している施設もある。
私たちが製作した、「製薬産業の理解のために」(動画34分)、今日のお土産にお持ちした冊子「くすりの情報Q&A55」もあるので活用してください。
話し合い
- アメリカでは処方箋薬も宣伝できると聞いて驚いた。日本もアメリカのようになっていくのだろうか → 欧州は宣伝禁止。アメリカのように宣伝が許されていたニュージランドは、欧州寄りになって宣伝禁止になったと聞いている。これを見ていると、日本はアメリカのようにはならないだろうと思う。視聴してみると、アメリカのコマーシャルはストーリーがある。薬に関する情報公開については、PMDAのHPで医療関係者向けの添付文書までもみられるが、医療関係者でないと、なかなか理解しにくいだろう。
- ICH(医薬品規制調和国際会議)では広告についてはどのように考えているのか → 広告の規制はICHのトピックとはしていない。国によって異なる、極めてドメスティックなものだと思う。
- iPS細胞を使った医薬品が期待されているというニュースを聞き、早く認可されるといいと思う → まだ、十分承知しておらず製薬協にはまだあがっていないと思う。自分の承知している範囲では、薬づくりの早い段階での心臓への安全性を評価するときに、今は人を対象として試験をしているが、これに代わりiPS細胞でつくった心筋細胞で評価する方法が開発されそうである。ただ、順調に進んでいるわけではない。
- ジェネリックについてはどのように考えられていますか → 製薬協は先発医薬品の会社が多いので基本的にはジェネリック推進には賛成しかねる。ジェネリックの利用も医療費抑制に役立つと考えると、参照価格制度というドイツで採用された医療費抑制政策がある。効能によって医薬品をグループ化し、グループごとの参照価格を定め、それより高い薬が処方されたときには、その差額を患者が負担するというもの。日本で導入するか、丹羽厚生大臣時代に議論されて“見合わせる”という重い政治決断が下された。小泉政権時代には医療保険制度改革が行われ、自己負担の割合が増えたが、3割負担以上に上げないという法律もできてしまっている。消費税も上げるとなると国民は喜ばない。いずれにしても国民負担増は難しい政治問題となる。医療費抑制政策も同じで、誰がそれを牽引するのか。韓国では朴政権下で薬価を2割カットし、その分医師の技術料を上げたと聞いたが、このような乱暴なことが日本で行われないよう社会の理解を得ていく必要がある。
ぜひ、お立ち寄りください。日本橋 洋菓子店「門」