多摩六都科学館バイオカフェ「コーヒーのおいしさを科学する」
2017年6月4日、多摩六都科学館で同館と共催でバイオカフェを開きました。お話は味の素ゼネラルフーヅ株式会社(AGF)(※)常務執行役員 井村直人さんによる「コーヒーのおいしさを科学する」でした。試飲したり、コーヒー豆の実物を観察したり、盛りだくさんの2時間でした。
井村直人さん
会場風景
お話の主な内容
はじめに
AGFに入って37年、コーヒーの研究開発にずっと関わってきた。コーヒーの成分とおいしさの関わりについても研究している。1960年代からゼネラルフーヅはインスタントコーヒーを作り始めた。コーヒーには、レギュラーコーヒー(コーヒー豆)、インスタントコーヒー、スティックコーヒー、ポーションコーヒー(濃縮液体)などいろいろ形がある。業務用コーヒーも手掛けているので、みなさんの中には知らずにAGFのコーヒーを召し上がっている方もあるでしょう。ブレンディ、マキシム、和菓子とあうことを意識した「煎(せん)」というブランドなどがある。
1.コーヒーの基礎知識
〇栽培コーヒーノキ(学名)に白い花が咲き、緑の実がついて、真っ赤になる(コーヒーチェリー)。ハワイ、コロンビア、ジャワなど暑い所で生育すると思われがちだが、標高2000-2500mの高地で収穫時は乾燥しており、気温の年平均は20度くらいの土地が適している。日当たりがよく、水はけがよい土地。産地は赤道の上下の熱帯・亜熱帯(南北アメリカ、東南アジア、アフリカ)で、コーヒーベルトと呼ばれている。
実は緑色(グリーンビーン)で熟すると赤くなり、外皮・果肉・内皮の中に豆がふたつ入っている。
世界の生産の3割はブラジル。2位はベトナム(国策で進めた)、3位はコロンビア。
品種は、アラビカ種(エチオピア原産、病害虫に弱い、酸味と甘みがある。ブラジル、コロンビアで多く作られている)とカネフォラ(ロブスタ)種(穀物臭があり病害虫に強い。ベトナム、インドネシアで多く作られている)がある。
〇精製方法
・ナチュラル(自然乾燥法):地面に広げて乾燥させ、脱穀する。乾燥させるときに酵素は不活化する。自然な風味が残る。天気がよく、広い場所があればいい。例)ブラジル
・ウォッシュド(水洗):水槽にいれて、果肉を酵素の力で発酵させ、水洗で果肉を除去。
試飲1
3種類の産地が異なるコーヒーを飲み比べました。
・コロンビア産アラビカ種(発酵で処理してある)
・ベトナム産ロブスタ種(自然乾燥で、麦茶に似た穀物臭)
・エチオピア産モカ(果物のような甘酸っぱさ、自然乾燥で発酵していないのに酸味がある)
〇コーヒーの消費
日本は世界で3番目に生豆の輸入が多い。需要が増えており、1年に平均2%ずつ伸びている。日本人は年に360杯くらい飲んでいる。赤ちゃんなどを除外するとひとり1日2杯位のんでいることになる。欧州ではもっと飲む。イギリスは日本と同じ位の消費。
日本に輸入されたコーヒーの大部分は国内で消費されている。消費量は世界第4位。消費は、インスタントコーヒー、レギュラー、缶などの液体がほぼ3分の1ずつの割合。
〇コーヒーの歴史
イスラム僧が飲むと爽快で元気になることを見つけたという説と、ヤギ使いのカルディが飲んだヤギが元気になることを発見したという説がある。18世紀、植民地活動により世界に広がり、日本には江戸時代、長崎の出島に伝来した。
焙煎していないコーヒー豆、焙煎の程度の異なる
コーヒー豆
試飲しながら風味を比べる参加者
2.コーヒーの製造
〇製造過程生豆を焙煎する(ホールビーン)。粉砕するとレギュラーコーヒー(コーヒー豆の粉末)になる。抽出するとリキッドタイプ、濃縮させるとポ―ション、乾燥・粉砕するとインスタントコーヒーになる。今日はレギュラーコーヒーまでを話す。
〇ロースト(焙煎)
グリーンビーン(生豆)をロースター(焙煎機)のドラム中で回転させながら熱風をあて焙煎し、焙煎された豆を冷やす。
ロースターの中でいくつかの反応が起こる。主なものはメイラード反応で、茶色の物質と香りが生じる。熱分解も起こり、酸味も生じる。焙煎機は化学反応装置ともいえる。味、香り、色は焙煎条件で多様になる。生豆にショ糖やタンパク質が含まれているので反応が起こる。糖分はカラメル化反応も起こす。
メイラード反応は調理のときに最もよく起こる反応で、私はその代表はすき焼きだと思っている。関西のすき焼きは、割り下を使わず鍋に肉を入れてから砂糖と醤油を加える鍋。まさに糖とアミノ酸が反応する。
焙煎前後で成分を比較すると、タンパク質、ショ糖が大きく減り、クロロゲン酸も減り、色の成分が増加する。
焙煎の程度により香りに名前がついている。浅い香りはライト、シナモンなどと言われ、中煎りはハイ、ミディアムなど、深煎りはフレンチ、イタリアンとなっているが、焙煎の度合いの定義は緩い。焙煎すると味は酸味が減り、苦味が増える。ローストの香りが増し、グリーンビーンの青くさい香りが減る。コーヒーらしい甘い香りは焙煎が強くなると、焙煎の香りに変化する。工場では焙煎の程度を色査計で測って品質をコントロールしている。
〇香り
ガスクロマトグラフィーで調べると、香りの成分は1000種類位ある。同じ濃度の香り成分でも、良く感じられるものとそうでないものがある。
深煎りと中煎りの豆を観察してください。深煎りすると香りのピークが多くなり、量も多くなる。
焙煎の温度だけでなく時間も重要。時間と温度をコントロールする「たくみ焙煎(Time and Temperature Aroma Controlled by Master’s Innovation(T2ACMI) 」を編み出した。たくみ焙煎は通常焙煎に比べて、色は同じでも酸味を抑えて香りを強くできる。ご飯を炊くときは初め、弱火で始まるが、コーヒーのたくみ焙煎はその逆で最初に温度を一気にあげてからじっくり焙煎する。
試飲2
通常焙煎とたくみ焙煎のコーヒー豆から抽出したコーヒーを比較した。風味の差は小さいが、たくみ焙煎の方が穀物臭が減り、酸味、苦味がまろやかになる。
〇コーヒーの淹れ方
ペーパードリップ、マシーン(コーヒーメーカー)を用いるなど、いろいろな方法がある。雑味を抽出しすぎず、抽出不足にならないようにすることが大事。
いろいろな方法を比較してみると、1)ペーパーフィルターは手軽で失敗がない、2)ネルは布の扱いに注意が必要。3)サイフォンはかき混ぜ方で味が変わるので、扱いが難しい、4)フレンチプレスはにごりやすい、5)水出しは時間がかかる、6)エスプレッソはマシンが必要。官能評価を行うと、ネルドリップとフレンチプレスでは風味はよく出るが、渋みやざらつきなども出やすい。ペーパーフィルターだと渋みやざらつきが出すぎない。
そこで、ペーパーフィルター、不織布のフィルターなどへの成分の吸着について調べることにした。ペーパーフィルター、ペーパーフィルターを粉砕したもの、不織布フィルターを粉砕したもので、コーヒーを抽出して成分を比べると、ペーパーには雑味成分などが付着してしまうことがわかった。ネルドリップやフレンチプレスはペーパーフィルターより目が粗いので、いろいろな成分がでてしまうことがわかった。
〇抽出する水
軟水か純水がいい。硬度120度以下を軟水と呼ぶ。硬度が上がると苦みやえぐ味が増える。日本の水は大体が軟水。関東でいうと、利根川上流の水は少し硬度が高い。水道水でも大丈夫だが臭いが気になる方もあると思うので、軟水のペットボトルやウォーターサーバーがいいのではないか。個人的には硬度30の水で抽出するのが適していると思っている。
和菓子といただくコーヒー
熱いお湯を補給しながら次々に抽出していく
3.コーヒーと和菓子
和菓子をあんこを使った菓子と定義し、小豆と砂糖をたいているときにメイラード反応が起こっているので、コーヒーと相性があうのではないかと考えて検討した。あんこの香り成分はコーヒーの香り成分よりは少ない。こしあん、白あんの香り成分は、粒あんよりさらに少ない。
〇成分比較
あんこにあってコーヒーにないものはアミノ酸、脂質。共通しているのはポリフェノール。コーヒーにあってあんこにないのはカフェインや多様な香り成分。
2008年ごろから日本ではブラックで飲む人が増え、砂糖を入れる人が減ってきている。世界的にコーヒと甘味はセットで飲まれている。
ブラックコーヒーの香りと苦味、和菓子の甘味と旨味・コク味の組み合わせの中で、和菓子はコーヒーを引き立たせる役割を果たす。
試飲3
同じコロンビアの深煎りと浅煎りコーヒーと和菓子を組みあわせる
一口、浅煎りを飲んで、和菓子を一口食べ、またコーヒーを飲む。
深煎りでも同じようにする。和菓子を食べた後の感じは、深煎りの方がよりまろやかになったのではないか。
4.おいしさの科学で製品をつくる
おいしさを科学的に分析しよう!科学的分析を人はどう感じるのかを検討する。具体的には、おいしいと感じる時、そこにどんな味と風味が働いているのか、その根源になっている化学成分は何かを追求していく。例えば、オレンジジュースをおいしいと感じる時、甘さ、香り、色はどのようになっているのか。そのバランスとそれぞれの成分が何かを調べる。
実際には、私たちは飲食している環境(場所、容器など)、本人の体調、ほかの人の意見(食べログ)の影響を受けるものだが、ここでは食品の属性(五味、色、香りなど)だけにしぼって評価する。
するとコーヒーがおいしいと思うときは、3つの香り成分、全体の香り立ち、後に残る香りの強さ、炭のような香りが嗜好点数に大きく影響することがわかった。そしてそれらの風味の原因となる成分を見つけ出し、豆の品種と焙煎度の組みあわせによってそれらの成分を増減させることで、おいしい製品を作ることができるようになった。
まとめ
おいしさには、本人の好みもあるが科学的な理由がある。栽培場所によって豆の成分は異なるが、ブレンドしたり、焙煎における化学反応、抽出方法(器具、水の種類)で味や風味をどんどん複雑にして、コーヒーの味や風味が生まれる。
例えばガテマラとホンジュラスは隣り合っているので、本当に産地(国名)と風味が対応しているかどうかわかりにくいケースもある。産地や銘柄にこだわらず、自分の感覚を信じて自分の好きな味を探して下さい。同じ程度のローストで比較してみると好きな豆が見つけやすい。ぜひ、お気に入りの一杯を見つけてください。
試飲の準備完了
間違えないように試飲用コーヒーを注いでいく
話し合い
- ベトナムは自然乾燥させるというが、ベトナム産ロブスタ種を発酵させることはできるのか → ベトナム産の豆を発酵させるともっとすっきりする。
- コーヒー専門店の量り売りは高いから、おいしいのだろうと思っているが、そうでしょうか → 専門店で買うのはいいが、ショーケースには、ケースの上部にあって賞味期限の長い豆と底の方にあって賞味期限の短い豆とが混在している場合があると思われる。おいしさは、焙煎後1か月はもたず、酸化する。スーパーの店頭で売っているレギュラーコーヒーは酸化しないようにして包装されており1年の賞味期限がある。専門店で焙煎したてを買えない時には、スーパーで買った豆の方が新鮮さを感じられることもある。
AGF 後藤哲哉様、おいしいコーヒーを次々に抽出して下さり、ありがとうございました!
(※)味の素ゼネラフーヅ株式会社は、2017年7月1日より味の素AGF株式会社に社名変更いたしました。