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  • サイエンスカフェみたか 「クマが日本にやってきた」

     2017年3月9日、三鷹ネットワーク大学にてサイエンスカフェみたか「クマが日本にやってきた」が開催され、森林総合研究所(現:森林研究・整備機構 森林総合研究所) 東北支所の大西尚樹さんにお話いただきました。サイエンスカフェみたかで恒例のお茶菓子、星と風のカフェさんのクッキー、今回はクマのクッキーを作ってくださいました。

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    スピーカーの大西さん
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    全体の様子

    大西さんのお話

     森林総合研究所は全国に6カ所あり、自分は盛岡にある東北支所にいる。今日はクマの話をするが、それ以外にアマミノクロウサギなどを対象として、彼らの生態や遺伝情報を元に生息地域による個体群の調査をし、これらの動物の保護・管理につながる研究をしている。
     
    日本にいるクマはどうやって日本に来たの?
     クマが日本にやってくるには、数百万年前から続く、氷河期と温暖化の繰り返しが影響している。
    ヒグマはいつ頃に北海道に来たのか?北極を中心に地図を見た時、北米からヨーロッパ北部まで、広い範囲にヒグマは生息している。ヒグマの特徴などを詳しく調べると、北海道では生息地域によって3つの遺伝タイプに分かれることが分かっている。約60万年前に北海道に渡って来たタイプは、現在は渡島半島に分布している。その後に暖かい時期に海で渡れなくなり、ロシアで新しいタイプが出てきた。これらは約40万年前の氷河期に北海道に渡り、現在では知床に分布している。このタイプは北米にも渡っていて、北米南部に生息している。そして、約7万年前の最後の氷河期に最も新しいタイプが渡って来て、現在では稚内から日高山脈まで北海道の中央に広く分布している。これらも北米北部に渡っており、さらにこれらからホッキョクグマが進化したと考えられている。
     ツキノワグマは全国にいるが、四国には20頭ほどしか生息が確認できておらず、絶滅の危機にさらされている。草食に近い雑食ではあるが、農作物被害や人身被害が近年問題となっている。日本国内のツキノワグマも東日本グループ(琵琶湖以東)、紀伊半島と四国の南日本グループ、琵琶湖〜中国地方の西日本グループ、と3つのタイプに分けられる。朝鮮半島や中国に生息するツキノワグマの遺伝情報を調べた結果から、この3つのタイプは60-40万年前に入ってきた後に日本の中で分かれてきたものであることがわかっている。韓国にはツキノワグマは数等しか生息していない。また、日本の個体とアジア大陸の個体とは見た目は、別の種として考えたほうがよいのではないかと言う人がいるくらい、かなり異なっている。
     
    遺伝的地域性の高いクマ
     前述の通り、ツキノワグマの個体群、東日本グループと西日本グループは琵琶湖を中心に東西に分かれており、遺伝的に異なる個体群で、およそ6万年の間は交流がないことがわかっている。ニホンザルも日本に来た後に、琵琶湖あたりを境界に2つの個体群に分かれたと考えられている。イノシシの個体群も関西で分かれているが、彼らは2回に分かれて日本にやってきた。後から来た個体群が先に来た個体群を北に追いやったことで、2つの個体群に分かれたと考えらえている。ニホンジカはカラフトや北海道から来た北系統と、朝鮮半島や台湾経由で来た南系統の2つに分かれる。
     クマの個体群は、細かく見ると遺伝的な地域性が強く、東日本では県単位ぐらいで異なっている。それと比べてサルは地域性が弱く、東北6県では95%は同じ遺伝的個体群であることが分かっている。地域性が高いか低いかの違いは、冬の過ごし方、冬眠するかしないかによる。サルは元々、南方系の動物だが、その中でもニホンザルは世界でも最北に住むサル。ニホンザルが雪で遊んでいる様子を海外の人が見ると、とても驚くくらい。サルは冬眠しないので寒さに耐えられず、北へ移動しても氷河期に絶滅してしまった。暖かくなるとまた北上し氷河期で絶滅する、を繰り返したため、東日本のサルは最後の氷河期のあとに北上してきた個体が広がっていった。一方、クマは冬眠できるために氷河期の寒い冬を生き残ることができたので、絶滅を逃れた地域が残り、サルに比べて高い地域性が保たれた。
     遺伝子の多様性は個体群が連続し、個体数が多ければ維持される。関西は氷河期でも広葉樹林が維持されて、エサも充分に得られたため、数も多く、異なる地域の個体同士が交流できて、結果、遺伝的多様性が高かったと思えるが、実際にはそれほど高くない。これは近年の森林伐採がクマの生息地を奪ったことによる個体数の減少と個体群の孤立化によるものと考えられる。
     西日本においては、江戸時代末期になると住宅を建てるための木材、鉄を作るための熱源として山の木を伐採した結果、標高の高い地域まではげ山が広がっていた。そのため、クマやリスなど生活を森に依存している動物は大きく減ってしまった。このように、野生動物の遺伝的多様性減少は、東日本は気候変動が影響し、西日本は人間の活動が影響したことがわかる。
     
    人間社会とクマの生活の関係
     昨年は、相模湖でもクマが出没した。「人間がクマの住処を奪っているのでは?」と言われるが、実は違っている。出没数も増えているが、駆除数も1990年代後半から増えている。1978年、2003年、2013年の調査で分布域が広がっている。
     昔は中山間地域、里山里地は人間が手を入れて整備されていたので、動物は身を隠すところがなく、そのため、さらに奥の山で生活していた。人間が畑にいることが多く、山際の果物は食べていたので、動物は出てこられなかった。しかし、現在は里山が整備されずに草木が生え放題になり、身を隠すことができるため、動物が里山で住めるようになった。地方は高齢化、過疎化で畑に人間がいない、山際の果物は収穫されずにそのままなっている。これら、人間の生活が変化したことによって、動物の分布域が広がる要因が作られたと考えられる。
     さらに、人間が山の動物を食べたり毛皮を利用しなくなったことなども影響している。戦後に狩猟数が増えたのは、それ自体に経済的価値があったから。その後、趣味の狩猟も含めて狩猟数が増え、動物の個体数が減ってしまったので狩猟の自粛など保護策をとった。その保護策がうまく進み、クマの個体数が回復し、出没が増えるようになった。では、また狩猟数を増やせば良いのでは、と思われるかもしれないが、現在はハンターが高齢化し、新たな成り手も少ないため、狩猟数を増やすことは簡単ではない。
     
     こうした長期的な分布域の拡大と個体数の増加があり、その上で、出没が多い年と少ない年がある。その理由としてはクマが秋にエサにするブナなどのドングリ類が、豊作と凶作の年を繰り返していることがあげられる、凶作の年になるとエサを求めて歩くために人間と遭遇する機会が増えるようだ。
     
    クマ以外の動物も増えている
     クマ以外の他の動物も、現在は増加している。動物により分布は少し異なっていて、ニホンジカ、イノシシなどは東北には比較的少ないが、最近は分布域が北上し、目撃情報が増えている。ニホンザルは、元々は白神山地周辺にいたものが広がってきているようだ。
     昔、岩手や秋田には、厩猿信仰と言って、馬を大事に守るためにサルのミイラをお守りにしていた地域がある。ニホンザルはこのために獲られていた。ニホンジカは1600年代にたくさんいたことを思わせる絵記録がある。また、東北地方は昔、米が取れなかったので雑穀を食べていた。1700年代には猪飢饉と言って、イノシシの個体が増え、森が凶作で個体数の増えたイノシシに雑穀などの畑を荒らされて人間が食べるものが無くなり、多くの農民が餓死してしまったことがあった。
     そのくらいニホンジカやイノシシも東北地方にいたのだが、先ほどのクマの話のように、人間が食べていた時期に数は減った。その後、これらの動物の捕食者であるオオカミが絶滅したこと、気温の上昇により冬を生き延び易くなったことなどの理由で個体数が増えてきた。このように、昔はこれらの動物もたくさん生息していたので、個体数や分布域が広がっているのではなく、以前のように戻ってきていると言える。クマを含めてこれらの動物たちの分布域や数は、近代以降、人間によって変化してきた。彼らのこれからの将来は、人間が握っている。


    話し合い

  • は参加者、 → はスピーカーの発言

    • 動物観察が好き。ヤマネは冬眠する時に体温を下げてこん睡状態になるが、クマは冬眠しても付近で騒がしいことがあると起きてくることがある、完全に眠っていないと自分は認識しているが、あっている?  → 冬眠は我々が毎晩とっている「睡眠」とは違って、代謝を抑えていて脳は起きている。イメージとしては、呼吸をひそめてじっとしている感じ。冬眠時、体温を下げて餌を食べなくてもすむようにするが、脳は覚醒しているため、時々脳を休ませなければならない。そのため、数日に一度、冬眠から「覚めて」、1日ほど「睡眠」をとって、また冬眠に入る。たまに冬眠から起きて外を歩くクマもいて、人間が遭遇してしまい、冬でも事故が起きることもある。また、妊娠したメスは冬眠中に子どもを産むクマもいる。
    • 人間では冬眠はあるのか?  → 冷たい海で仮死状態になった人間を温めると蘇生することがある。冬眠に似たメカニズムが働いているのかもしれない。それがわかるとタイムマシンみたいになるかもしれない。
    • 南半球にクマはいないか? → 南米北部にはメガネグマがいる。シロクマはホッキョクグマの俗名であり、南極にはいない。
    • クマの遺伝子分布図はミトコンドリアDNAのDNA型を根拠にしているのか  → その通り。ミトコンドリアは母系遺伝といって、必ず母親から受け継ぐ。クマの場合、大人になってもメスは親の周りに留まるが、オスは遠くに離れて行き、近親交配を避けている。オスは移動して交配してもオスのミトコンドリア遺伝子は残らないので追跡できない。
    • 東北の土壌から広葉樹の花粉がみつからなかったというが、昔は広葉樹が無かったのにクマはどうやって生き延びてくることができた?  → 花粉化石は大量に花粉がないと検出できない。花粉化石が残らない程度に小さい孤立したブナ林が局所的に暖かい場所にあったのだろうと考えている。
    • クマは必ず冬眠するわけではないように思うが、やはり冬眠するクマが多いのか?  → クマはもともと冬眠する動物なので、冬眠するのが多数派。マレーグマは冬でも暖かい地域に生息しているので、餌があるために冬眠しない。ホッキョクグマは冬にアザラシを狩るために冬眠しないが、妊娠したホッキョクグマのメスは子どもを産むために冬眠する。
    • 南米に住むメガネグマは着床遅延を起こすが、これは冬眠しないことと関係あるのか?  →  ツキノワグマやヒグマは夏に交尾して、冬に産む。受精卵がすぐに子宮内膜に着床せずに子宮内を浮遊し、その後、秋にたくさんエサがあって冬眠に向けて十分に食いだめできると着床して子どもを産み、栄養状態が良くないと着床せずにそのまま受精卵は体内に吸収される。これを着床遅延と言い、クマはこういった体のしくみを持っている。メガネグマでの着床遅延の話は私は聞いたことがなかったので何とも言えないが、多くのクマ類で備えている性質だと思うので、条件がそろえば着床遅延が起きることもあるだろう。
    • 日本クマネットワークが主催した会、自分は参加できなかったのだが、そこでも増えているという報告がされたのか?  → 日本クマネットワークとしては、クマの個体数が増えているとは明言しておらず、見解を出していないが。兵庫県では調査の結果、増えていると言っており、保護する方向だったものが最近狩猟を解禁した。私自身は環境省の調査や各自治体の捕獲頭数の統計資料などから、クマの数が増えていると考えている。
    • クマはエサを探すために分布域を広げているのか?  → エサを探すというよりも、自分が住んでいたすぐ隣の土地が空き地だったから、だと思う。分布域を見た時、飛び地になるところにいるクマは、おそらく好奇心が高く、親から離れるオスだと思う。
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