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  • バイオカフェ「カイコってどんな虫」

     2016年11月5日、千葉県立現代産業科学館でバイオカフェを開きました。お話はくらしとバイオプラザ21 主席研究員 笹川由紀による「カイコってどんな虫」でした。初めに松本宗雄さんによるバイオリン演奏がありました。


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    笹川由紀主席研究員
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    松本宗雄さん

    主なお話の内容

    はじめに
    今では養蚕農家が減ってしまったが、日本には上質の生糸が輸出の重要な品目であった時代があった。自動車の大手メーカーであるトヨタは、元は織り機の会社だったことはカイコをめぐる産業の大きさを伝えている。美智子妃も皇居の中の施設でカイコを飼育される。このようにカイコは日本では古くから特別な昆虫だったが、今はカイコを見たことのない人も多くなった。
     
    カイコの生態
    カイコはガの仲間で、日本のカイコの先祖は中国のクワコ(染色体28本、2セット)。中国でクワコが家畜化されてカイコになり、日本にやってきたので、日本のクワコ(染色体27本、2セット)が先祖ではない。
    元々、カイコの繭は黄色かった。それは、桑の葉の色素成分であるカロテノイドやフラボノイドが、カイコ体内にある絹糸の素をつくる組織である絹糸腺で分泌されるため。ある時、突然変異で白い繭を作るカイコが現れた。これを人間が好んで選んで増やしたことで、白い繭のカイコが世界に広まった。現在、卵の色、幼虫の色や柄、糸の色や太さなどの性質が様々なカイコ品種がある。
    カイコは幼虫の間に4回脱皮して繭を作り、さなぎになる。その間、約3週間で体重は約1万倍になる。幼虫が成熟すると熟蚕(じゅくさん)となり、体が透き通ってくると糸を吐き始めて繭をつくる。
    繭羽化した成虫、カイコガは何も食べずに交尾をして産卵すると死んでしまう。養蚕農家は1-2回脱皮した幼虫を地域の稚蚕飼育所から購入、飼育して繭を出荷する。
    カイコの繭糸は、2本のフィブロインという絹糸になる部分と、セリシンというそれをまとめる糊の役目をしている部分の2つの部分からなる。セリシンは比較的水に溶けやすく、絹糸にする際には精練という過程で除去される。
     
    研究への貢献
    メンデルの法則の動物における初めての証明は、日本人の研究者がカイコを使って行った。いわば遺伝子のコピーともいえるメッセンジャーRNAの存在も、カイコで初めて見つかった。このように生物学の分野でもカイコは貢献している。
    Bt農薬といって、土壌細菌の持つ殺虫成分が農薬として使われている。このBt菌も、カイコの病原菌として1928年に石渡繁胤先生が発見した。その約10年後にドイツのベルリナー先生が発見、英語の論文を世界に向けて発表した。ベルリナー先生がBt菌を発見した地名をとってバチルス・チューリンゲンシスという学名が付いた。石渡先生の発見の方が早かったが、彼が書いたのは日本語の論文だったため、世界でその発見が知られなかった。とても残念だが、科学研究の世界を物語っているような出来事。
    その他、フェロモンの研究でもカイコは活躍し、農業の害虫防除に役立てられている。
     
    絹糸はタンパク質
    絹織物に高温のアイロンが適さないといわれるが、絹糸はタンパク質でできているため。タンパク質は生物のからだを構成したり、細胞の中で働いたりして生命が維持されている。生命活動のために必要な栄養素でもあり、摂取されると分解されてアミノ酸となり、体内に吸収されてタンパク質を作る材料として使われる。このタンパク質をつくるための設計図が遺伝子。
    タンパク質の分子は、種類ごとに異なり、複雑な立体構造をしている。例えば抗体(Y字型で手の部分で抗原につく)が抗原と結びつくときもこの立体構造が重要な鍵になっている。
    絹糸はタンパク質でできているので、遺伝子組換え技術によりカイコに新たなタンパク質の遺伝子を追加してやることで、私たちが必要としているタンパク質を合成し、絹糸の中に含ませることができるようになった。
     
    カイコの新しい道
    農業生物資源研究所(現・農研機構 生物機能利用研究部門)で2000年に遺伝子組換えカイコを作ることに成功。およそ1.5mmの卵ひとつずつに、カイコに追加したい遺伝子を含む溶液を、顕微鏡を覗きながら注入している。実際には、カイコの卵は殻があって固いので、針で一度卵に小さな穴を開け、その同じ小さな穴に細いガラス管を刺して溶液を注入する。非常に細かな作業なため、開発当初は熟練したたった一人にしかできなかったが、今は専用の装置が開発され、比較的容易に注入できるようになった。さらに、カイコのどの部分でどれだけ追加したタンパク質を作らせるのか、という追加する遺伝子の設計技術もできて、目的に応じで使い分けられている。
    カイコは次のような理由で、遺伝子組換え技術を使う研究に適している。
    ・幼虫は逃げないし、成虫は飛べないので、遺伝子組換えカイコが環境(生物多様性)に影響しないような管理がしやすい。
    ・密集して飼育しても、カイコはストレスを感じないので、限られた面積でも大量に飼育できる。
    ・数グラムの桑の葉から数ミリグラムのタンパク質がとれるので、微生物や培養細胞でタンパク質を作らせる方法よりもコストパフォーマンスがよいと考えられる。
    ・これまでの研究により、生態や遺伝情報などがわかっているので、研究しやすい。
    そこで現在、水溶性のセリシン部分に欲しいタンパク質タンパク質をつくらせて、それを取り出して利用するタンパク質工場として、あるいはフィブロインに新規タンパク質を作らせてこれまでにない絹糸や素材を作るなどを開発、新規産業としてカイコを利用しようという試みがすすめられている。
    ・新規素材を開発する
    ドレスや舞台衣装も作られた「光るシルク」は、フィブロインに光るタンパク質が含まれている。光る繭から光を保ったまま絹にする過程が難関だった。というのは、タンパク質は熱に弱いため、繭を煮て糸を取り出す際に光るタンパク質がこわれてしまい、光らなくなってしまうから。研究者は製糸技術も開発、光る繭から光を保ったまま絹糸にする方法を確立することで、美しいドレスや衣装を作ることができた。
    クモ糸の成分を含む糸も開発されている。強度の強さで有名なクモ糸、特にクモの巣の縦糸成分をフィブロインに少量含むもので、絹糸の強度が高くなっただけでなく、試作品のストールはより柔らかく、ドレープがキレイにでていた。
    人工血管も開発されている。体内に入れた際に生体組織と良くなじむ様にコラーゲン分子の一部をフィブロインに作らせた絹糸で作った人工血管は、現在、動物実験では良い結果が得られている。
    その他、医療用素材としては繭を一度すべて溶解し、フィルムやスポンジに成形しなおして、火傷用フィルムや軟骨再生の足場として利用できないかなどの開発がすすめられている。
    ・タンパク質工場として利用する
    セリシンに有用タンパク質を作らせて利用する方法は、微生物や培養細胞などにつくらせるのに比べて大量にタンパク質を作ることができる、抽出物に不純物が少ない、そのために効率よく目的のタンパク質だけを純度高く抽出することができる、などのメリットがある。
    すでに実用化が始まっている。例えば、カイコに作らせて抽出したヒト型のコラーゲンを化粧品に利用している。どうしてわざわざ組換えカイコにヒトのコラーゲンを作らせているのか、その理由はアレルギーリスクの低減が挙げられる。現在、コラーゲンは豚やマグロの皮から抽出したものを利用しているが、一部の人にアレルギーを起こす可能性が指摘されている。実際にコラーゲンが原因で起こったアレルギーの事故は報告されていないが、これからこのような事故が発生しないよう、ヒトコラーゲンを作っている。
    また、病気の診断薬に含まれる一部成分をカイコに作らせた製品も販売されている。これらの組換えカイコは、群馬県の施設、遺伝子組換えカイコを飼育できるよう、法律に則って整備した設備の整った飼育室に、養蚕農家が出向いてカイコを飼育、企業に出荷している。
    さらに現在は、タンパク質医薬をカイコにつくらせようという研究も進んでいる。抗体を薬にする場合、抗体におまけのようにくっついている小さな糖鎖分子の種類によって薬としての効き目が変わってくる。中でもフコースという分子がついていない方が良く、抗体医薬を作る場合はフコースを外している。カイコで抗体を作らせるとフコースが付かないことが分かり、外す手間が省けると期待されている。
     止血剤をカイコで作らせようと試みを始めた製薬メーカーもある。さらに、繭糸の中で安定して存在できるので、常温で繭を保存し、必要な時にタンパク質抽出すればよいので少量多品目生産も可能で、オーファンドラッグ開発に適しているともいわれている。
    医薬品をつくるカイコの飼育は医薬品を作るためのルールに則った専門的施設で、品質管理しながら行う必要があり、農家の蚕室での飼育ではなく、専用施設での飼育となる。
    そのほか、薬物反応を調べるときの実験動物として使えないかというアイディアもあり、実際に新しい抗菌薬が見つけられたりしている。
     
    まとめ
    日本には高度な養蚕技術とカイコ研究成果の蓄積がある。それらを活かして、養蚕業の縮小に歯止めをかけ、新しい産業をつくろうとバイオテクノロジーを利用したカイコの研究開発が始まった。幅の広い織り機を使うことで、幅広い絹織物をつくってインテリアの素材として国内外で利用されて始めた事例もある。遺伝子組換えカイコは繊維産業だけでなく、タンパク質工場としても有望。新しい展開で養蚕農家、特に若い世代の参入が増えていくと良いと思う。



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    会場風景
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    千葉県立現代産業科学館

    参加者による実験
    光る繭から光るタンパク質を取り出し、酸で壊れることを目で見る実験をした。
    試験管や溶液が光らないことを確かめてから、遺伝子組換えカイコが作った光る繭の断片を入れ、5分ほど置く。この繭糸はセリシン部分に光るタンパク質が作られていて、溶液に浸すと光るタンパク質が溶け出してくる。そのため溶液も光るようになる。さらに、この溶液を半分ずつにわけて、片方に酢を1滴加えて、光るタンパク質が壊れて光が弱まることを観察した。


    話し合い

  • は参加者、 → はスピーカーの発言

    • 繭から糸を取って、残ったさなぎはどうするのか → 繭にさなぎが入ったまま出荷し、乾燥させてから糸をとる。糸を取る際に繭を茹でながら糸を紡ぐが、その時に残ったさなぎは家畜や鯉の餌にしていた。
    • 卵をとるときはどうするのか → 繭を切り、さなぎを出し、羽化してカイコガになったら、交尾させて、卵を産ませる。養蚕農家が飼育するカイコはF1雑種なので、卵を取るための親となるカイコは、養蚕農家が飼育する分とは分けて管理している。
    • 玉繭(たままゆ)とは → 2頭のカイコがひとつの大きな繭をつくったもの。
    • 黄色の繭は遺伝子を組み換えているのか → 遺伝子組換えではない品種にも色がついているものがある。黄色い色素はカロテノイドかフラボノイドによるもので、セリシンにこれらの色素が含まれている。フラボノイドを含む繭はライトを当てると光るが、これはフラボノイドが光るため。見た目が白い繭でも、少量のフラボノイドを含むので光る繭もある。
    • 人工血管はいつごろできるのか → 動物実験では結果がでているが、ヒトに対する試験はこれからだと思う。
    • 桑の葉がないときはどうするのか → 人工飼料ができている。以前は人工飼料の研究開発も行われていた。
    • 成虫はどのくらい生きるか → 羽化してから数日。交尾・産卵は1回だけ。
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