サイエンストーク栄
「魚のバイオテクノロジー~新しいブランド魚の開発を目指して」
2016年10月7日、三井住友銀行SMBCパーク栄(愛知県)で、あいちサイエンスフェスティバル サイエンストーク(バイオカフェ in 名古屋)「魚のバイオテクノロジー~新しいブランド魚の開発を目指して」を開きました。水産研究・教育機構増養殖研究所 正岡哲治 主任研究員から、魚の育種について、文字通り目から“鱗”のお話を伺いました。
正岡哲治さん
会場風景
主なお話の内容
1. 食料生産
人類の歴史は自分達の食料をつくりだしてきた歴史でもあり、その中で飼育栽培方法が開発され、育種により自分達の食べやすいものに生き物を変化させてきた。食料生産はこのふたつの技術に支えられている。
〇場をつくる 農地をつくる 灌漑する
〇場をよくする 肥料を入れる
〇方法の改善 播種、収穫方法の工夫
〇食物の改良 人が食べるときに都合よい性質にする、大量にとれる。
作物と家畜は、自然のままでは出てこなかった生き物。例えばひとつの稲穂に多くの米粒がついて、米粒が落ちない。トマトは野生種より大きくなり、牛はずんぐりして肉が多い。甘いミカン。ガスをたくさん出してパンを膨らませるイースト菌。人を癒すペットとなった犬や金魚(金魚はゆっくり泳ぐので鑑賞に適している)
作物、家畜になるときに野生の生物とは違う性質になる。人にとって都合がいいように遺伝的に変えるのが育種。
2. 育種
親の特徴は子に伝わる。これには遺伝させる物資「遺伝子」が働いている。DNAという物質が遺伝子として働いているらしい。人類は育種の中でDNAの配列を変えていたことが、明らかになった。
1960年代から海の魚を獲りすぎて天然の魚が減ってしまったので、自分たちで魚を増やしたり育てたりすることが始まった。魚の親から子をとって育てることができるようになった。ブリ、トラフグ、マダイ、ヒラメ、カキ、ノリでの「養殖」が1970年代に成功。養殖の生産量は世界的にみて5%くらいずつ増加し続けている、優良産業。中国ではコイなどを中心にのびている。今は海で捕るより養殖の方が多い。
魚の育種目標は、病気に強い、おいしい、早く育つ、DHAなどの人の健康によい成分をもつ、形態変化(観賞魚)など。
成長が早いことで出荷回数が増えると、収入が増え、設備投資率が下がる。養殖池だと病気がでるとすぐに広がるので、病気に強いことは重要。病気の広がりの予防は飼い方でも改善できる。
交配選抜では、両方の親の良い性質だけが現れるようにかけあわせて(交配)、よいものを選んでいく(選抜)。
3. バイオテクノロジーを用いたブランド魚の取り組み
魚介のバイオテクノロジーが始まったのは1980年代から。染色体操作では、染色体のセット(ゲノム)を操作して、3倍体(ゲノムを3個持つ)の魚介が作られ、実用化されている。
ゲノムを3個持つ個体(3倍体)をつくるには、オスの精子とメスの卵子が受精して2倍体になり、第二極体がくっついているときに圧力をかけ、第二極体のゲノムを受精卵に入れてしまう。母親から2個、父親から1個のゲノムをもらった受精卵ができる。
3倍体の特徴は不妊。生殖にエネルギーをとられない分、成長が早くなり、身がやせない。水産分野での育種では3倍体は実用化されている。
〇かき小町 広島県立総合技術研究所水産海洋技術センターで開発された。カキは夏の産卵期は身がやせてまずくなり、秋からが食べごろになる。水温がさがると身が太っておいしくなるが、10月の瀬戸内海は暖かく、この時期に宮城のカキに負ける。3倍体だと、身が太り夏もおいしいカキとして売れる。
〇ヤシオマス メスばかりのニジマス。栃木県水産試験場で開発された。栃木県の県花 ヤシオツツジの色に身の色が似ているので、この名がついた。オレイン酸をいれた餌を与えて、一段とおいしくなる。つりぼりでも使われている。
〇びわサーモン ビワマスは琵琶湖周辺のサケの一種。オスは早く成熟して死んでしまうので、メスばかりの3倍体にする。生産量が増えると流通にのっていくのではないか。
〇伊達イワナ 産卵してもしばらく生き5-6年で死ぬ。産卵期に身がやせてまずくなるのでメスばかりの3倍体にした。仙台のすし店などに卸している。
〇絹姫サーモン ニジマスは明治に日本に入った外来種で、飼いやすいが、ウイルス性の病気が多い。愛知県水産試験所で鳳来マス(無斑型のニジマス)とアマゴ或いはイワナと交雑種であるニジアマ・ニジイワ(異質三倍体)の作出技術の開発が昭和63年度に始まり、平成4年にできた品種。平成7年に県知事が命名して商標登録した。
〇魚沼美雪マス ニジマス (母)とアメマス(父)をかけあわせて3倍体にした。病気に強く酸欠にも強い。
〇信州サーモン ブラウントラウトのオスとニジマスの4倍体メスをかけあわせて実用化されている。地元だけでなく出荷している。4倍体は、雄雌を普通にかけあわせ、細胞分裂前にゲノムが4個になったところで、細胞分裂を阻止して4倍体にする。ゲノムを2個もつ精子や卵ができる。
サケの身の色は餌のエビなどの色素が由来で、餌の色によって身の色をピンクから濃いオレンジなどに変えられる。養殖サケは日本人向きの脂肪、色、味に変えている。これは餌のコントロールでできるので、わざわざ育種はしない。
3倍体魚などの水産生物の利用において、事業者は特性評価をして水産庁に報告し、専門家の審査を受ける。この飼い方ならOKとなると飼えるが、放流はしてはいけない。
4. 新しい育種技術の開発
イネゲノム完全解読10周年。豚、牛、トマトなどでもゲノム解読が終了した。
ゲノム編集技術では、DNAを切っては繋ぎを繰り返しているうちに、塩基が欠落したり、1個挿入されたりということが起こる。
種なし果物にするようなホルモン処理をしなくても、1塩基の違いで受粉なしでできるナスが見つかっている。ゲノム編集では、そういう突然変異を誘発し、よいものをより早く作れる。
魚のゲノム編集では細胞の中に細いガラス管でRNAや酵素を入れてDNAを切る。国内で、マグロ、マダイ、トラフグでこの技術を使っている。養殖しやすいマグロ(光に対して過敏に反応して生簀の網に激突して死ぬのを防ぐ)、食べるところが多いマダイ(筋肉の発達を阻害する遺伝子をこわす)など。
現在は、天然のマグロのこどもをとってきて、海の中の生け簀で飼うのが主流である。卵から親になるまで育てる完全養殖では、養殖している生け簀内の水面で何百万もの卵をすくってきて、餌をやって育てる。共食いで10分の1になり、突進して死ぬので、100分の1くらいというふうに減ってしまう。生け簀の網目から入ってきたイワシがマグロの生んだ卵を食べてしまうこともある。
卵をすくいとるために人間が待機して素早くすくう。このような苦労もあり、完全養殖マグロはなかなかたくさん育たない。
外からの景色1
外からの景色2
話し合い
- 養殖ものが天然ものの漁獲高を抜いたというが → 日本では養殖は4割くらいだが、世界では半分以上が養殖。特にサケは多い。クロマグロは稚魚を育てるだけ。ハマチ、ヒラメは養殖が多い。スーパーでは養殖に頼らないと安定して品をそろえられないのが現状。
- 4倍体は → オスとメスを交配すると2倍体になるが、最初の細胞分裂前のDNAが複製されてゲノムが4個ある状態になるときに、受精卵に圧力を加えると1つの細胞が2つの細胞に分裂しないため4倍体になる。1つの細胞にゲノムを4個のままとどめる。これ以降、DNAが複製されるとゲノムが8個になり、2つの細胞にゲノムが4個ずつ分かれていくため、4倍体となる
- 4倍でとどめるにはどうするのか → ゲノムが4個になったときに染色体を引っ張って2つの細胞に分ける糸を圧力をかけて切ってしまう。
- 4倍体の使い方 → 4倍体は不妊にならず、生殖期間は身がやせる。しかし、ゲノムを2個持つ2倍体の精子や卵を作るため、ゲノムを1個持つ普通の卵や精子と受精されるだけで、3倍体ができる。ドジョウで6倍体、5倍体はできたが、子はできなかった。3倍体になると2倍体よりも細胞ひとつひとつの大きさが大きくなる。
- 天然の特産物と養殖の特産物は見分けられるか → 真鯛、ブリは特産にするときに餌をかえて風味を良くしようと、いろんなところで努力している。ミカンの皮を餌にして愛媛ミカンの香りがするブリも作出されている。
- 近畿大学で、ウナギ味のナマズを餌の組み合わせでつくって育てている。ナマズは油が少なく淡泊で餌の影響を受けやすい。天然も養殖もモノとしては変わらないのではないか。
- 養殖エビは → 日本で養殖の技術を開発したが、東南アジアなどにその技術が広がりブラックタイガーが生産された。最近、病気がでて生産量が落ちている。ハワイ等のバナメイは増えている。
- 日本でも病気が発生する等して養殖がだめになり、東南アジアに生産拠点が移動してしまった。人件費が安いが、マングローブの林を切ってしまうなど環境の問題がある。ブラックタイガーやバナメイ等のエビは、基本は養殖ものである。
- スーパーでは天然物を選んできたが、これからは養殖ものでしょうか → そうですね。例えば夏は天然のハマチはやせているので養殖の方がおいしい。天然物は旬に、あった調理法で食べるのがいい。養殖は品質を一定にできるので、一年を通じて味はいいと思う。ヒラメ、トラフグは天然と養殖の味は変わらない。ウナギは養殖の方が、身が柔らかく脂がのっている。
- 遺伝子組換えとゲノム編集はどうちがうのか。 → ゲノム編集は生物の持っている遺伝子を働かなくするか、もっと働かせるか。遺伝子組換えは異なる生物の遺伝子をいれるので、育種の範囲がひろがる。遺伝子組換えの表示は製品になったときに導入した遺伝子が見つかるので可能だが、ゲノム編集は自然に起こった突然変異と見分けられないため表示は困難ではないか。ゲノム編集は偶然に頼っていた変異を計画的に起こしてつくり出している。ゲノム編集技術はツールの一つで、できたものは自然突然変異とは変わらない。
- 魚の遺伝子組換えは進んでいるのか → 成長を促進するホルモンを導入して、2倍くらい早く出荷できるサケの研究が進んでいる。ゲノム編集では芽や青い部分の毒ができないジャガイモ、受粉しなくても大きくなるトマトがでてくるかもしれない。安全性評価、表示はこれから議論されるはず。
- 養殖魚は薬を使っているのか → 全部が全部、使っているのではなく、病気が出始めたときに薬を使う。病気が出なければ、お金もかかる薬は使わない。飼っている水の環境、餌のコントロール、病気の予防など養殖の方が安全ともいえるのではないか。天然物は何を食べて来たかわからないので、体内によくないものを蓄積しているかもしれない。そういう意味で天然物の安全性はばらつきがある
- ふな味噌が好物だが、愛知県のフナは重金属が蓄積をしていると聞いたが → フナは長野、滋賀で需要があり水産試験場で生産しているが、重金属についてはわからない。