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    「カイコの繭からコラーゲン?物質生産工場という新蚕業を目指して」

     2016年9月9日 サン茶房でバイオカフェを開きました。お話は、株式会社免疫生物研究所 取締役遺伝子組換えカイコ事業部長 冨田正浩さんによる「カイコの繭からコラーゲン?物質生産工場という新カイコ行を目指して」でした。初めに岩澤葵さんのクラリネット、杉浦夏美さんのフルートの演奏がありました。

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    岩澤葵さんのクラリネット
    杉浦夏美さんのフルートの演奏
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    冨田正弘さんを迎えて
     

    主なお話の内容

    はじめに
    免疫生物研究所はバイオベンチャーの老舗で昭和57年に設立した。
    体に侵入した病原体などの異物を認識し、やっつけるのが抗体。ネズミの体で抗体をつくる事業を30数年やってきたが、組換えカイコを使った事業を5年前から開始。遺伝子組換えカイコ事業部では、繭からタンパク質を取り出して、化粧品保湿成分、検査薬の抗体、血液凝固剤(フィブリノゲン)等をつくっている。今日はコラーゲン中心に話す。2016年7月には群馬県前橋市に組換えカイコ専用の研究施設を作った。
     
    カイコについて
    日本の生糸産業は戦前、日本の基幹産業だった。国内で養蚕業は昭和5年ごろがピークで、戦中に落ち込んでいった。戦後、ある程度持ち直したが、中国からの安い生糸輸入、化学繊維の発展で衰退の一途をたどり、現在の生産高は最盛期の40万トンの1%以下。現在では国内の養蚕農家は数百軒となり、そのおよそ半分が群馬県内にある。そこで、群馬県では養蚕のためのインフラや技術が残っているので、それらを利用して養蚕業を復活できないかと取り組んでいる。他の地域では、冬虫夏草の栽培や食品としてカイコを利用する試みもされているが、遺伝子組換えカイコによって付加価値のある物質を生産できたら、養蚕業を救う新技術になると思う。
    この写真のカイコガは目が光り、そばにある繭も光っている。カイコに蛍光タンパク質をつくる遺伝子が組み込まれているため。組み換えたタンパク質をつくる場所を変えることもできる。例えばコラーゲンをつくる遺伝子を組み込むとコラーゲン入りの繭ができる。私たちは絹糸ではなくタンパク質を繭から取り、それを産業利用しようと考えている。
     
    カイコのふたつの利用法
    (1)繊維としての利用
    タンパク質を組み込み、高付加価値化した繊維をつくる。
    例: 光るドレス(農業生物資源研究所で開発中)
    クモ糸シルク(クモ糸をクモからとるために飼育しようとしても共食いするなど、飼育が難しい)防弾チョッキ、パラシュートへの応用が考えられている
    極細シルク:美しく、風合いがある
    (2)タンパク質としての利用
    繭のおよそ97%はタンパク質。その繭の中のタンパク質を溶液として取り出して医薬品などに使う。
    タンパク質はアミノ酸が連なって、複雑に立体構造を取っている。生物の体ではいろいろなタンパク質が働いている。例えば
    ・生物体を形作る
    ・運動に関与する
    ・酵素として化学反応を起こす(消化酵素)
    ・生体防御
    ・情報伝達(ホルモン)
    いろいろなタンパク質が産業利用されている。化粧品やサプリメントにはコラーゲンやケラチン、洗濯洗剤の消化酵素、検査試薬用の抗体や酵素、抗体医薬品など。
    タンパク質は分子のサイズが大きくて、形がとても複雑。例えば、スタチンは高脂血症の薬に使われている合成化合物で、分子の大きさは0.6ナノメートル(ナノメートルは10億分の1メートル)ととても小さい。それと比べて、抗体医薬品の分子の大きさは8ナノメートルと、スタチンと比べるととても大きい。化学合成ではこれほど大きくて複雑な形の分子をつくるのは難しく、生物に作らせるほうがうまく作ることができる。アミノ酸の配列がわかっていれば、ヒトのタンパク質をつくる遺伝子も合成できる。それをベクター(遺伝子の運び屋)につないでいろんな生物に導入する。遺伝子を導入したチャイニーズハムスターの細胞や大腸菌をタンク培養して、回収する。ならば、カイコのつくる繭にタンパク質を作らせたらいいのではないか。
     
    カイコの高いタンパク質生産能力
    天然のカイコ、というのは存在しない。カイコの祖先であるクワコは野外にいる。クワコは小さくて黄色い繭をつくる。およそ5000〜6000年前、中国でクワコが家畜化され、糸を取るようになったのが養蚕のはじまり。家畜化されたことよって、カイコはガになっても飛べず、幼虫は逃げない。人の手なしに生きられない。カイコの繭はクワコの繭より大きい。カイコは孵化してからおよそ1ヶ月で1頭あたり0.3gの繭をつくる。繭のほとんどはタンパク質であることを考えると、カイコのタンパク質生産能力はとても高い!
    生糸の断面を見ると、フィブロインという繊維の本体が、セリシンという糊の役割をする部分に囲まれた構造をしている。セリシンに遺伝子組換え技術によって目的のタンパク質をつくらせると溶け出させることができる。
    では、遺伝子組換えカイコはどのように作るのか。例えば、緑色蛍光タンパク質(GFP)で光る繭を作ろうという場合、まず、GFPをつくる遺伝子を組み込んだベクター(遺伝子の運び屋)DNAを作る。このDNA溶液をおよそ2mmのカイコの卵にひとつずつ、顕微鏡でみながら注射針をさして注入する。大抵、一度に800個くらいの卵に注射をする。DNAを注入した卵から孵化したカイコの中に、生殖細胞にGFP遺伝子が入った個体がいるはずなので、カイコガになるまで育て、交尾をさせて卵を産ませる。さらにこの卵の中から、GFP遺伝子を持つ個体を選ぶ。
    導入したGFP遺伝子をカイコの体のどこで働かせるのかをコントロールすることで、セリシンを光らせたり、フィブロインを光らせたりできるようになった。セリシンに局在したGFPは、繭を生理食塩水に浸すと30分ほどでほとんどの量を溶け出させることができる。セリシンは熱湯、アルカリに溶けるが、生理食塩水には溶けない。また、フィブロインは、生理食塩水はもとより、熱湯やアルカリにも溶けない。そのため、生理食塩水にはGFPだけが溶けてきて、その他の成分はほとんど溶けてこない。アルブミンやサイトカインなど他のタンパク質でも同じように溶かして取ることができた。医薬品を作る際には不要なタンパク質を除去する必要があるので、容易に、欲しいタンパク質が高純度で抽出できることは、遺伝子組換えカイコを利用するメリットでもある。
    現在、研究用の試薬、病気の診断薬、化粧品が遺伝子組換えカイコで製造され、販売されている。将来的にはヒトの医薬品を作りたいが、規制の壁が高いので、まずは研究用試薬、診断薬、化粧品から始めていった。この次は動物医薬品、ヒト医薬品をつくりたい。
     
    コラーゲン
    コラーゲンとは、体の中で一番多いタンパク質で、体のタンパク質の3分の1を占める。 皮膚の内側の真皮層、骨や腱に多くある。骨はカルシウムとコラーゲンでできている。コラーゲンは体を支えたり、細胞の足場となる働きをする。 
    皮膚の表面は死んだ角質だが、真皮はコラーゲンと繊維芽細胞からできている。加齢でコラーゲンが減ったり堅くなるとしわになったり、皮膚が固くなり、皮膚は老化する。皮膚の若さを保つためにはコラーゲンが必要。
    これまでの化粧品に含まれるコラーゲンはウシの皮膚から抽出されていたが、国内でBSE罹患牛が発見されてからはウシのコラーゲンは使用しないようにとの指導が厚生労働省からあった。今は魚のコラーゲンが使われている。シーコラーゲン、マリンコラーゲンと呼ばれ、BSEのリスクを回避している。
    しかし、これではアレルギーのリスクがまだ残っている。ヒトが持っていないタンパク質を食べたり、皮膚につけたりすると、アレルギーが起こる可能性がある。医薬品では動物やヒトから直接抽出せずに、遺伝子組換え技術によってヒトと同じタンパク質を作ることができるようになった。
    医薬品の世界では、遺伝子組換えで作ったヒト型タンパク質が最も安全だと認識され、常識になっている。それと同様、肌につける化粧品にもヒト型コラーゲンを使うのが安全だろうと考え、遺伝子組換えカイコに作らせようと考えた。
    ヒトの細胞のコラーゲンの遺伝子をカイコに組み込むと、カイコはヒトの体にあるのと全く同じコラーゲンを作るようになる。こうすれば、組換えカイコから純度の高いヒトコラーゲンを抽出することができる。
     
    アレルギー
    体にアレルゲンが侵入すると、アレルゲンを異物として細胞が認識、記憶(感作)する。再びアレルゲンが体内に入ってくると、細胞は抗体を作り、抗体がアレルゲンにくっついてしまう。このような2段階の反応が起こると、アレルギー症状が出てしまう。
    最近の学説では「アレルギーは皮膚から」といわれるが、最初の感作は皮膚で起こることが多い。例えば、ピーナッツオイルを塗ると皮膚で感作が生じ、ピーナッツを食べたときに重篤なアレルギーが起こることがある。同じ原理でコムギタンパク質の分解物を含む石鹸を使用したことでコムギアレルギーになってしまったという事例があり、問題になったこともある。皮膚から侵入したアレルゲンはこのように問題を起こすことが多いことを考えると、先ほども言ったように、皮膚につける化粧品も、ヒトのものを使ったほうがより安全と考えられる。ヒトのコラーゲンとウシのコラーゲンは良く似ていて、98.3%の相同性があるが、ヒトとサケのコラーゲンでは67%の相同性がある。このくらい違ってくると、アレルギーが起こる可能性が出てくる。実際、魚食物アレルギーの患者さんの3割が魚のコラーゲンがアレルゲンとなっている。魚アレルギー患者さんの抗体と、カイコが作ったヒトコラーゲンを反応させてみても、反応はほとんどおこらなかった。
    現在、私たちはカイコが作ったヒトコラーゲンをネオシルクシリーズ(洗顔料、化粧水など)に配合し、販売している。また、凍結乾燥したヒトコラーゲンを化粧品メーカーに原料として提供している。
    私たちにとって、物質生産の最終目標は医薬品を生産すること。それに向けて、ヒトの医薬品より規制の壁が多少低い動物用医薬品の開発を、3年後上市をめざして日本全薬工業、ワクチンノーバと進めている。
     
    医薬品として
    ヒトの医薬品としては、現在、抗体医薬品と止血剤を開発中。
    医薬品製造の基準であるGMP(適正製造規範)を守ったうえでクリーンな環境を整え、管理記録などをとる必要がある。2年かかって、2016年の夏にGMP対応の設備がやっとできた。この施設は、まだ治験薬用の設備になっている。カイコを飼育するため、専用棚が立体駐車場みたいに回る装置や、繭を溶液にいれて何度も押して繭からタンパク質を取るための装置を作った。専用の飼育棚では、ボタンをおすと一段ずつ棚が降りてくるので、そこに餌をやる。カイコに適している25度の温度管理を行い、クリーンスーツを着た人だけは入れるような施設になっている。
    開発中のタンパク医薬の1つにフィブリノゲンがある。フィブリノゲンは分子量が大きく、構造が複雑なため、遺伝子組換え技術で効率よく作る系がまだない。酵母などを利用しての製造が試みられているが、苦戦している。そのため、今もヒトの血液を原材料にして作っている。血液製剤で不活化がうまくできず、C型肝炎に感染した事故もあった。そこで、組換えカイコにフィブリノゲンを作らせて、繭から取ることはできないかと試みたところ、大量に作れることがわかった。実際に血液のようにフィブリノゲンを固まらせることもできた。現在はアステラス製薬と共同で開発を進めている。
     
    抗体医薬品
    もう一つ、開発中のものが抗体医薬品。抗体医薬品は、世界医薬品売上ランキングの上位10位中に5つも含まれている。ただし、単価がとても高い。例えば、リューマチの場合、医療保険で3割負担でも1年に患者負担として100万円ほどかかる。生産性があがってもまだ高い。
    そこで、カイコを使い、より安く製造できないかと考えている。ただし、現在のタンクを使った細胞培養でも製造コストが下がってきているので、カイコで低コストだけでなく、より質も高めた抗体医薬品を作りたい。
    抗体医薬品が病気に効く原理は、がん細胞や感染症の感染細胞に抗体が結合すると、リンパ球がその抗体を目印にして攻撃して、がん細胞等をやっつける。抗体には糖鎖という小さな分子が付いており、抗体に付く糖鎖の種類によってリンパ球の結合度合いが変わる。特に、フコースという糖鎖が付いているとリンパ球は抗体と結合する能力が低下する。現在、一般的に抗体医薬品の製造に利用されているCHOという動物細胞ではフコースが抗体に付いてしまうが、カイコに作らせるとフコースが付かないことがわかった。フコースをつけないでCHOで抗体医薬品を作る技術を協和発酵キリンが持っているが、他社が使おうとすると特許料がかかる。カイコを利用すれば、この点で特許料をかけずに、がんを抑制する力が強い抗体医薬品を作れるのではないかといわれている。
    実際に、世界の医薬品売上げ8位のハーセプチン(乳がんや胃がんの薬)をカイコで作り、テストしたところ、市販のハーセプチンよりも細胞障害活性が高いことがわかった。これは、がんへの効果も強いといえる。現在、製薬企業との抗体医薬品開発を提案しているところ。 日本には、世界をリードしてきたカイコに関する基礎研究の蓄積がある。カイコのゲノムプロジェクトも日本が中心となって進められた研究成果。さらに、養蚕業の技術を伝統として持っている。アメリカはバイオテクノロジーでは強くても、養蚕はできない。これらのことを考えると、日本はカイコを使った独自の技術を利用して、もっと産業を進めるべきだと考えている。

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    会場風景

    話し合い

  • は参加者、 → はスピーカーの発言

    • セリシンと遺伝子組換えタンパク質の関係は → 組換えタンパク質は絹糸のタンパク質と混ざって分泌される。網状のセリシンに遺伝子組換えタンパク質が単独で埋まっている。
    • フイブリノゲンはどんなタンパク質か → とてもサイズが大きく、形も複雑。3つのサブユニットからなっているが、3つを絹糸腺細胞で作らせると、細胞の中でうまく形を作るようだ。実際に活性をみるときちんと働く。酵母など微生物よりも絹糸腺は大きいタンパク質をつくるのに向いている。
    • マイクロインジェクションでなくてゲノム編集でカイコにタンパク質を導入できるか → ゲノム編集でも、マイクロインジェクションでDANやタンパク質を細胞に入れる。カイコでもゲノム編集技術がだんだん利用できるようになっている。
    • コムギのアレルギーはなぜ起きたのか → コムギ由来タンパク質の加水分解物が含まれていたのが石鹸という形だったので、使用する際に皮膚を物理的にこすったり、界面活性剤の働きなどで体内に入りやすかったのではないか。腸管免疫では大丈夫だったが、皮膚から無理やり入ってしまったために皮膚感作が起き、アレルギーになってしまったのではないかと思う。このことを考えても、魚のコラーゲンより、ヒトのコラーゲンを使うことが良いのだと思う。
    • GMP対応の施設でカイコを蔟にいれたり、繭を回収したりするは手仕事だと思うが、今後、これらの作業も機械化されるのか → それはこれからの課題。カイコをつかった工場のような設備開発の中で、餌やりや蔟に入れる作業が機械化できたら、遺伝子組換えカイコを飼わない養蚕農家も省力化できるので作業が楽になるだろう。
    • 医薬品を作る際、遺伝子組換えカイコの卵はどこでつくるのか。種屋さんから買うのか → GMP対応の同じ建物の中で種取りも飼育も行い、物質の精製も行う。
    • 少量多品目の医薬品の原料づくりにカイコは向いているのではないか → 繭を常温で保管できるので、都度、少量精製も可能でオーファンドラッグに向いていると思う。
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