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  • バイオカフェレポート「カイコでくすりがつくれるミライ」

     2016年3月11日、バイオカフェ「カイコでくすりがつくれるミライ」が開催されました。スピーカーは農業生物資源研究所 遺伝子組換えカイコ研究開発ユニット(現:農業・食品産業技術総合研究機構 生物機能利用研究部門 カイコ機能改変技術開発ユニット)主任研究員の立松謙一郎さんでした。この日の音楽演奏は岩澤葵さん、秋山みずきさんのクラリネット二重奏で、「見上げてこらん夜の星を」など親しみのある曲を演奏してくださいました。


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    クラリネットの演奏
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    立松さんのお話

    立松さんのお話

    ゲノム、DNA、遺伝子と遺伝子組換え技術
    みなさん、カイコを見たことはありますか?70代ぐらいの方は養蚕の現場を見たことのある方も多いと思う。それより若い世代は学校で飼育したことがある方もいると思う。実は自分も今の研究所に入るまでカイコを見たことが無かった。
    私のいる農業生物資源研究所は農業分野の基礎研究をしている。今回紹介する遺伝子組換えカイコは、私たちの研究所で開発した、日本発の技術。この技術を利用してすすめられている研究は、大きく分けて3つ。1つは基礎研究分野。カイコの遺伝子がいつ、どで、どのような働きをしているかを調べたり、動物実験の代わりに使えるヒトの病態モデルカイコを作ったりという研究をしている。2つ目は高機能シルクの開発、例えば光る絹糸や人工血管などの再生医療に使える糸などシルクの機能を高める研究をしている。そして、3つめが今日お話しする組換えタンパク質の生産の開発。遺伝子組換えカイコを利用して、タンパク質でできている「バイオ医薬品」、特に抗体医薬を作ろうという研究を進めている。現在は医農工福(福は福祉)の融合を目指そうという動きがあり、遺伝子組換えカイコの利用はまさに医農工福にぴったり。
    具体的な話に入る前に、ゲノム、DNA、遺伝子などの言葉の説明をしておく。生物の「ゲノム」は、庭付き一戸建ての家の設計図をイメージしてもらえたらいい。設計図は紙に書いてあるが、ゲノムは「DNA」という物質でできている。設計図の中の情報が「遺伝子」で、遺伝子には20種類のアミノ酸の並びが書いてある。これに倣って数珠つなぎになったアミノ酸の鎖がうまく立体構造をつくると、これが「タンパク質」として機能するようになる。タンパク質は人工的に作ることはできない。そのため、以前は欲しいタンパク質を生物から直接取り出していた。しかし、タンパク質は種類によって性質が様々で、取り出すのは個別に条件検討が必要で大変な作業。また、生物によっては大量にタンパク質を取るのが難しい。しかし、遺伝子組換え技術によって、欲しいタンパク質を、取り扱いが容易で、短時間にたくさん増える微生物などで作れるようになった。
    遺伝子組換えの方法は、その生物のゲノムにはない遺伝子を外から入れる。庭付き一戸建ての家の設計図に新しい設計図をプラスして、窓を1つ増やしたり、ソーラーパネルをつけたりするようなイメージ。あるいは、庭にある樹を新しく実のなる樹に変えてやることもできる。遺伝子組換えカイコでタンパク質を作らせるということは、この新しい樹の実をたくさん作らせて、その実を取ってくるような作業。
     
    バイオ医薬品
    昨年、TPP合意の障害になったものとしてバイオ医薬品が挙げられていたことはニュースにもなっていた。バイオ医薬品とは組換えタンパク質でできた医薬品のこと。抗体医薬の「抗体」もタンパク質の1種。アメリカやヨーロッパの国々は、自国でたくさんのバイオ医薬品を開発しているので、開発に関する知的財産は長期間保護しておきたいと考えている。しかし、それ以外の国は知的財産の情報を早く手に入れて、自分たちでも同様の薬を作りたいので、情報の保護の期間を短くしたいと考えている。TPP参加国の間でこの期間の調整がスムーズにいかなかったのだが、それだけ経済的にも期待されているということが言える。
    抗体医薬は、病気の原因に直接アタックするので高い薬効と少ない副作用が期待されている。反面、製造が難しく、価格が高いという短所がある。研究開発は欧米が先行しており、日本は遅れ気味となっている。
    従来の医薬品は分子サイズが比較的小さく、フラスコの中で合成することができた。しかし、バイオ医薬品は分子サイズが大きく、タンパク質なので化学的に合成できない。さらに医薬品成分となるタンパク質を含む生物から抽出しようとしても、取れる量が少なかったり、条件設定が難しかったりする。そこで、遺伝子組換え技術の出番。
    現在、世界の医薬品の売り上げのトップ10のうち7つがバイオ医薬品。国内ではおよそ120のバイオ医薬品が認可されている。1990年に糖尿病の薬であるインスリンが、2000年にインターフェロンが認可されている。遺伝子組換え技術を使って培養細胞に医薬品となるタンパク質を作らせるのだが、開発や製造のコスト高く、抽出・精製する技術も特許で押さえられていることが多い。そこでもっと効率よくバイオ医薬品の製造に遺伝子組換えカイコが利用できないかと考えた。
     
    どうしてカイコを使うのか?
    カイコのライフサイクルはおよそ1か月半程度。卵から孵り、4回脱皮をし、5齢幼虫になるまでに体重は1万倍にまで大きくなる。エサは桑の葉だが、人工飼料もあるので桑の葉が手に入らない時期でも育てることができる。1頭の幼虫(カイコは1頭2頭と数える)はおよそ20グラムの桑の葉を食べる。カイコが作った繭は1個当たり0.2〜0.5グラム(蛹を除いた重さ)で、およそ98%はタンパク質でできている。20グラムの桑の葉を食べて0.2〜0.5グラムの繭を作る、というのはとても効率が良く、タンパク質の生産能力が非常に高いと言える。しかも、作ったタンパク質を絹糸という形で体の外に出してくれる。それであれば、遺伝子組換え技術によって、バイオ医薬品の成分を繭の絹糸の中に作らせるようにしてやれば、大量に、かつ容易に抽出・精製ができるのではないかと考えた。家の庭にたくさんの樹があるので、遺伝子組換え技術で実のなる樹にしてやれば実がたくさん採れるようになる、ということ。
    では、カイコは組換え生物として利用するのに適しているのか、考えてみたい。まず、カイコの飼育技術はすでに確立している。高密度で飼育しても病気にならないし、共食いもしない。また、低温や高温に管理する必要がなく、室温で飼育できるので大量の電気を使う必要もない。そして、運動性が低く、逃げない。幼虫は人間がエサをくれるまでじっと待っている。繭から羽化して成虫になってしまっても、飛べないので逃げだす可能性は極めて低い。また、実験昆虫としてもよく研究されており、カイコの性質は良く理解されている。これらのことを考えると、カイコは昆虫工場に適した生物といえる。
     
    遺伝子組換えカイコの作り方
    カイコの卵はおよそ1mmの少し楕円の形をしている。遺伝子組換えカイコを作るときは、この卵にDNA溶液を入れる。カイコを飼育したことがある人はわかるかもしれないが、カイコの卵は産卵されてしばらくすると黒く色が変わる。実験には色が変わらず、クリーム色のままの品種を使う。また、DNA溶液を入れるときは、産まれて数時間後の卵を使う。
    卵にDNA溶液を入れる際、動物細胞では、ガラス管を卵に刺す。しかし、カイコの卵には殻があって固いので、一度針で穴を開けた後、同じ穴にガラス管を指して溶液を入れる。開いた穴は開いた穴は瞬間接着剤などでふさぐ。この1mmの卵に穴を開け、同じ穴にガラス管を指す操作は顕微鏡をのぞきながら行うが、技術が開発された当初は手動で行っており、とても難しい作業だった。最近は機械でコントロールできるようになったので、以前よりは作業がやりやすくなっている。
    卵に入れるDNAは2種類、新しく追加したいパーツの設計図と、一戸建ての設計図に新しい設計図を追加する道具として使う酵素の設計図を同時に入れる。DNA溶液を入れた卵から生育した個体のうち、うまく生殖細胞にDNAが入ると、その次の世代で新しい性質のカイコが産まれてくる。
    カイコの5齢幼虫の体内は、およそ4割が絹糸線という繭糸の素と作る器官が占めている。繭糸にタンパク質を作らせるときは、この絹糸腺で組換えタンパク質を作っている。繭糸は繊維となるフィブロインとそれを取り囲む水に溶けやすいセリシンとに分かれているが、絹糸腺もそれぞれの素を作る部分が分かれている。水に溶けやすいセリシンに欲しいタンパク質を作らせれば、簡単に欲しいタンパク質を抽出してくることができる。



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    会場の様子
     
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    立松さんが繭をくださいました
    (組換えではありません)

    医農工福連携 -カイコで抗体医薬をつくる

    現在、私たちの研究所では、国立医薬品食品衛生研究所と一緒に抗体医薬の一種であるリツキシマブの開発を試みている。まさに農と医の融合研究。リツキシマブはリンパ腫など免疫疾患の治療薬で、海外では関節リューマチや全身性エリテマトーデスの患者さんへの治験も行われている医薬品。免疫に関係しているB細胞ががん化して病気になるのだが、B細胞表面のCD20という部分にリツキシマブが結合することでがん化を防ぐ。
    抗体はL鎖とH鎖という2種類のアミノ酸の鎖がセットになり、それが2セットで抗体1分子となる構造を取っている。繭糸のセリシンに、リツキシマブのL鎖とH鎖をそれぞれ作るような組換えカイコを作った。まずは、組換えカイコの絹糸腺からまたは繭糸から抽出し、きちんとリツキシマブが作られているかどうか、調べてみた。結果、絹糸腺と繭糸、両方にリツキシマブがきちんとできていることが確認できた。次に、その抗体がきちんと働くか、細胞を使って活性を調べた。そうすると、販売されている、培養細胞で作られたリツキシマブよりも、組換えカイコで作ったリツキシマブは高い活性があることが分かった。活性の高さの違いは、抗体分子に結合している糖鎖構造の違いではないかと予想した。
    タンパク質には、小さな分子が結合して初めて働くようになったり、結合する分子の構造の違いにより働きが変わったりすることがある。小さな分子が結合することを「修飾」という。抗体分子を修飾している糖鎖分子の結合している場所や種類が、培養細胞で作った抗体と組換えカイコで作った抗体では異なることがある。カイコはもともとフコースという糖鎖を分子に修飾することがほとんどできない。そのため、カイコが作ったリツキシマブにもフコースが結合しておらず、活性が高いことが考えられた。フコースが抗体に結合していないと活性が高くなる現象はこれまでにも分かっていて、「ポテリジェント技術」という協和発酵キリンが開発している。これまでは、カイコが結合さえる糖鎖はヒト抗体と構造の異なるため、利用できないと考えられていた。しかし、今回の結果から、逆に、効果的に利用できるものがあることが分かった。
    現在、医薬品ではないが、組換えカイコが作ったタンパク質としてコラーゲンを含むお化粧品や病気の検査薬が開発され、すでに販売されている。今後は、抗体医薬の製造も含めて、欲しいタンパク質をたくさん作らせること、糖鎖修飾のコントロールなどの研究を進めていきたい。将来的にはオーダーメイド医薬品を組換えカイコでつくれたら良いと思っている。


    話し合い

  • は参加者、 → はスピーカーの発言

    • タンパク質を取ってくる方法として繭を溶かして取ってくる方法と絹糸腺から取ってくる方法があったが、どちらが良いのか?  → どちらが良いとは一概に言えない。幼虫を解剖しなくても、絹糸腺を取る方法がある。実用化された時には実際に製造する企業が決めることになる。
    • 他の蛾や蝶も繭を作るが、組換えカイコのように使えるものもあるのか?  → 大きさがもっと大きな繭を使う、という手段はあるかもしれないが、成虫が飛ばない、エサも少なくてよい、という点はカイコのメリット。
    • カイコの幼虫には真っ白だけでなく、黒や茶の縞模様や柄がはいっているものもあるが、それと繭の色とは関係あるのか?  → 関係はない。白いカイコはアルビノでもない。繭の黄色い色素はエサとなる桑の葉のカロテノイドやフラボノイドでメラニン系の色素ではない。黄色い繭はセリシンに色素が入っているので、絹糸にする際に色落ちして、できた絹糸は白くなる。
    • 人工血管を作っているという話があったが、シルクは伸びないので体内に入れたときに折れたりしないのか?  → 最近、クモ糸の一部の成分を含む組換えシルクが開発され、絹糸の伸びが良いことが分かっている。それを利用して人工血管と作ると良いかもしれない。
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