第17回コンシューマーズカフェ「食の安全~地方衛生研究所、食品安全委員会、クドア」
2016年1月13日、くらしとバイオプラザ21事務所でコンシューマーズカフェを開きました。お話は、川崎市健康安全研究所長 岡部信彦さんによる「食の安全~地方衛生研究所、食品安全委員会、クドア」でした。地方衛生研究所の役割、臨床現場の情報の流れ、食品安全委員会から昨年10月に出されたクドア評価書のことをお話いただきました。生協、メディア、企業、一般市民いろいろな人が集まって話し合いました。
岡部信彦さん
会場風景
主なお話
はじめに
私は小児科医で、子どもに多いお腹の病気を多くみてきた。国立感染症研究所情報センターでは食中毒を扱うことも多かった。その中で食の安全とも関わるようになってきた。川崎市健康安全研究所(旧 川崎市衛生研究所)では食の安全確保の活動をしている。
川崎市は細長い地域に150万人が住み、鉄道が何本も横断している。川崎市から働きに出る人と働きに来る人が同じくらいで昼夜の人口がほぼ同じ。これは交通、人の出入りが盛んで、感染症が入ってきやすい地域といえる。
地方衛生研究所
地方の公衆衛生に関わる機関は、自治体と政令指定都市などに80機関あるが、〇〇安全研究所とか△△保健センターとか名前の付け方は一律でない。試験検査、調査研究、公衆衛生、情報発信、研修指導と、食の安全、健康危機管理などを行う。
川崎市健康安全研究所は、①微生物部門(ノロウイルスなど)、②理化学部門(残留農薬、食品アレルギー、放射性物質、食品添加物、水道水以外の水などの理化学的検査)、③企画調整部門(感染症情報を含む)で構成されている。
〇理化学検査
食品:食品添加物、動物用医薬品、遺伝子組換え、苦情食品、自然毒などの検査。アレルギーの原因究明など行う。
家庭用品:例えばホルムアルデヒド検査(輸入品のパジャマのワッペンに基準以上に含まれていないかなど)
環境汚染物質検査:多摩川の鮎は食べても大丈夫かを調べるなど。食べてもOK。
放射能検査:ゲルマニウム半導体検査機をチェルノブイリ事故のために購入し、ほとんど使わなくなっていたが、3.11以降は年間400-500件の検査をしている。学校給食検査もやっている。
〇微生物検査
ウイルス分離培養:食材に食中毒微生物はついていないか。患者の検体からの感染症検査。お風呂の水のレジオネラ菌の検査や、蜘蛛がセアカゴケグモだったなどの確認。インフルエンザウイルスなどの同定。
結核検査:川崎市には、日本の中では中程度の結核感染者がいる。結核菌の培養・同定、結核菌の遺伝子診断を行う。
特定細菌・ウイルス検査室:BSL3施設もあり二重ドアで気密性の高い検査室になっている。MERS、鳥インフルエンザウイルスなどの分離培養ができる。
消化器・食品細菌検査:食中毒の原因病原体が食品に一定数にとどまっているか、食中毒の原因微生物は何かなどを調べる。
腸管系感染症の新しい検査法の開発:下痢の原因菌追及でどんな菌がいるか、菌のDNAを調べる。公定法ではは菌をつきとめるのに5日かかったが、新たに開発した遺伝子チップを使う一括簡易迅速検査だと1時間でわかる。
例)2014年4月30日 給食用牛乳で「牛乳がまずい」という苦情があり、検体の検査をした。腐敗か、異物混入か、人為的混入か?の検査を行った。
飛行質量分析計(TOF-MS)などで調べたら、風味異常のある牛乳と、正常な牛乳に差がなかった。その場で検査員と私は、牧場でのむような濃い牛乳の臭いがしたように感じた。これがいつも飲み慣れているのと異なる。
例えば、和歌山カレー事件(1998年)では、微生物の検査、吐しゃ物を検査して2週間くらいを要した後にヒ素だとわかった。今なら、川崎市においてはもっと早く解明できるようになっている。
他の例では、平成26年 家庭菜園のゴボウを食べたら幻覚としびれの訴え。食べたものを分析したら、アトロピン・スコポラミンという物質が検出されチョウセンアサガオが疑われ、DNA検査でゴボウではなくチョウセンアサガオを食べたらしいことが判明した。家庭菜園では目的外の植物は除草するように注意喚起。
感染症情報の流れ
臨床現場 → 保健所への届け出 → 自治体 → 国立感染症研究所(情報の集約)・厚生労働省に伝達 → 地域や医療機関にフィードバック
川崎市では、市の7割の医療機関の協力で、私たちの研究所にインフルエンザ情報が毎日集まり、これを翌日に報告をしてくれる医療機関にフィードバックしている。ID,PWを持っている医療関係者が詳細な状況を知ることができる。これらの日々のサーベイランスがMERS、SARSなどの新規感染症がでたときの迅速なサーベイランスに生きてくるはずで、今のインフルエンザサーベイランスはいわば本番に備えてのジョッギング。
またID, PWを持っている医療関係者とは、情報共有掲示板でクローズドの情報交換をしている。
例)感染性胃腸炎と食中毒
嘔吐、下痢の原因は、冬はノロウイルスが多く、春はロタウイルスが多い。報告は主に小児科定点から届く。これは結果として食中毒も含まれるが、食中毒以外の「感染症としての胃腸炎」が主体。
食中毒は食べ物、飲み物等飲食物に関連したものが原因。食品、添加物、器具などが関わる。自然毒、病原体、化学物質などが毒物の正体ということになる。
微生物由来は多様で、食中毒菌ばかりでなく、ウイルス、原虫、食品寄生虫も原因になる。
感染症の届け出と、食中毒(食品衛生法に従って医者が保健所に届ける)の両方を私たちの研究所では、その発生状況をみており、原因物質の検査を行っている。
ノロウイルス新規遺伝子型の登録
保健所や地方衛生研究所の業務の一つは、下痢、嘔吐の患者の原因物質を突き止めるところにある。たとえばノロウイルス。しかし、その先の遺伝子型の詳細までの答えを行政検査として求められているわけではない。しかしその先をやるのが科学であり研究であるので、検知されたノロウイルスについて、その先まで進んでウイルス遺伝子の詳細を調べたら、近年では珍しいノロウイルスGII.17(ジーツー)であることが判明、さらに詳細な解析によってこのGII.17の遺伝子構造は新たに検知されたものであることが分かった。これをノロウイルスの国際委員会(Noro Net)に問い合わせたところ、新規遺伝子型だったことが確認され、GⅡ.P17-GII.17(Kawsaki 2014)と名付けられ登録され公表された。その後国内外で、GII.P17がみつかってきた。新規ウイルスであればまだみんなが免疫を持っていないので、今後2003-4年のように大流行する可能性があり、ノロウイルス対策をきちんと実施することを啓発した。また、このことは現行の診断キットの精度、開発中のワクチンの効果の範囲などの見直しに影響を与えている。今回は通常の検査の中から若い人が好奇心を持って追求し、新たな発見が世界で注目される成績となってとても嬉しい!
食品安全委員会とクドア評価の現状
食品についての管轄は、大まかに分けると原材料は農水省、病気は厚労省、表示は消費者庁となっている。
具体的には食品安全委員会は主にリスクの評価をやり、厚労省・消費者庁・農水省などの国がリスクを管理する。啓発・説明するのは食品安全委員会、消費者庁。
食品安全委員会では大きく分けて化学系、生物系、新食品の3パートで評価を行っている。
ある種の食中毒症状に共通の食材は生のヒラメで、ヒラメにクドア・セプテンプンクタータという寄生虫が見つかった。粘液胞子虫類で4つの核から成る。微生物・ウイルス専門調査会では、この病原性のあるクドア属のリスク評価を行った。このクドアの生活史はあまり明確になっていないが、ゴカイ類の中にいて、ゴカイを餌として食べた魚類の筋肉に入って膨らむ(シスト形成)ようだ。クドア属は多様でブリ、カンパチ、ボラ、キハダ、マダイなどにいる。存在しているからと言ってすべて禁止することはできないが、そのリスクをどう評価するのがむつかしい。
害としては人に食中毒をおこさせたり、ヒラメの肉をゼリー状(ジェリーミート)にしてしまい、商品価値をなくすなどがある。
症状としてはクドアが含まれている食品(ヒラメ)をかなりの量を食べた後、早い時間に下痢、嘔吐が起こる。症状は軽く自然に治る。毒性評価は動物実験やヒトの培養細胞で行った。
生食用生鮮ヒラメにクドアが一定量(筋肉1gに10万個)以上いたら食品衛生法6条違反になる。韓国からの輸入ヒラメ(流通ヒラメの4分の1)に多く見つかったが、ヒラメの輸入禁止にまでは至っていない。しかし、下関港・大阪港などでは、輸入ヒラメに関するモニタリングを開始している。
冷凍(-40度2時間以上。-20度4時間以上)か、加熱(75度5分)でクドアは死ぬが、解凍ヒラメの刺身は食感が落ち、商品価値が落ちる、というのも問題である。食品安全委員会・微生物・ウイルス専門調査会がまとめたクドア評価書は、2015年10月に公開された。クドアによる食中毒は、2011年33件、2014年までに1年に30-40件報告されているが、クドアによる症状は、ほぼ自然に回復し軽症におわる。ノロウイルスやカンピロバクターほどではない(腸管出血性大腸菌によるユッケや生レバーほどの厳しく制限しなくていいと考えられた)。疾病負荷においてはDALYs(Disability-Adjusted Life Years、障害調整生存年)の試算結果を用いて判断した。
2013-2014年の調査をみると、輸入養殖ヒラメ44件、国内産天然ヒラメ10件、国内養殖ヒラメ1件などで、農林水産省は国内のヒラメ養殖上にクドアセプテンクンクタータの防止策を通知した。その内容は、養殖段階で寄生虫がいない稚魚を使い、餌としてゴカイを与えないなどの飼育管理、飼育環境の清浄化、養殖ヒラメの出荷前検査などである。
2013年以降、クドア食中毒は減った。韓国、日本での生産段階の対策は続けられているが、食品としての規制等は、今回は行っていない。
まとめ
クドア食中毒については、自己責任という考え方も重要。しかし、リスクの説明はすべきであり、消費者はリスクの存在を知ることも必要。
話し合い
- 地方衛生研究所からの発表はどのくらいあるのか? → 決められたことを調べるのが任務だが、決められた以外のことを調べるのが科学の進歩として重要。地方衛生研究所はそのような役割もある。でもその予算と余裕が多くの研究所で縮小されつつある。今回の発見はスタッフの好奇心と努力によるところが大きい。私たち上に立つものは研究費を集める力も必要。
- ヒラメの刺身で体調が変だと思っても、クドアは自然に治るのを待つのがいいのか → 症状がでたら、我慢しないで医者に行ってください。クドア以外の病気の可能性もある。また診断がつけば公衆衛生において重要な情報になる。
- 医療機関からみると少数の下痢の患者かもしれないが、その届け出患者数が復数箇所から出て、いつもより多いといったことは、地方衛生研究所でデーターをとりまとめることにほって傾向がみえてくる。それらのお弁当やレストランが共通で、調べたら調理担当のスタッフが下痢をしていたなどということわかり、ここをおさえると再発防止になる。感染症の疫学調査は犯人探しではなく、再発防止がもっとも重要だとわかってほしい。
- 川崎市健康安全研究所は少ない人数でこれだけの成果をあげているのはすごいと思った。安全であることがわかっている食品添加物の検査などで、検査員が疲弊するのは困ったもの。誰がそれを指摘するのか → 「誰が」というのはむつかしい。しかしこの改善には私たちはいろいろな機会に声を大にして現状を訴えている。(川崎市の状況としては良いほうに入る)。しかし検査員が疲弊するのは困るが、普段の検査を続けていることも大事で、その技術があってはじめて異常が感知できる。
- クドアの生産段階における食中毒予防対策がリスク管理部門で守られているかどうかを食品安全委員会が監視するのか → 食品安全員会が底を監視するわけではない。しかし管理部門は評価部門の提言を尊重している。たとえば最近では豚レバー生食禁止の提言は規制につながった。
- ルーチン検査をこえた研究を岡部先生は奨励しているのか → そういう雰囲気を醸し出している。そのためには予算も必要。私たちの場合にはわずかであるが経常的研究費と、厚労省のノロウイルス研究班の研究費や感染症研究所の研究所の協力(次世代シーケンサーを共同研究として使わせてもらった)の合わせ技。川崎市の研究職の能力は高く、この研究所にいるチャンスを生かしたている研究をしている。地方衛生研究所という枠組みからは行政検査という義務範囲から外れることになるが、地味な検査の積み重ねから科学者を育てないといけないと思っている。それが今回の発見に発展した。私たちの成果を知り、他の地方衛生研究所で元気になったところもある。
- カキでノロウイルス食中毒に3回なった。免疫ができてもうあたらなくなるか → ノロウイルスに対する腸管の免疫はできるが、それほど強い免疫ではない。繰り返すことによって免疫は強くなる症状は軽くなってくるが、異なる型のノロウイルスにあたればまたかかってしまう。
- ノロウイルスのワクチンの研究は進んでいるのか → 日本でも研究がすすめられているが、まだ治験にまでは至っていないと思う。これらのワクチンがノロウイルスの遺伝子の変化においついていけるかが課題。
- ウイルスは培養できないというが、どうやって研究するのか → インフルエンザウイルスは犬の腎臓や卵の中で増やせることがわかっている。ノロウイルスはヒトのお腹の中以外で増やせないので、研究が難しくなる。ネコカリシウイルスという類似ウイルス感染をモデルにすることもある
- 外食産業では従業員がノロウイルスにかかると困るので対策を求めている → 治っても4週間くらいは便にウイルスがいることがある。短くても7-10日は出ている。従業員教育が必要。特にアルバイトまでの衛生教育が行き届いていないのが問題。
- 感染症と届けるか、食中毒で届けるかで状況把握が変わってくると思う、もっと広範囲な情報共有できないのか → 全国の保健所や地方衛生研究所で登録し、感染症研究所に集約される。これらのデーターは、共有される。またたとえば大腸菌の遺伝子型を共有し、それぞれの食中毒事例が共通の食材の仕入先だったことがわかったりする。情報共有のしくみは進んできている。〇自覚症状が出ない人はどうしたらわかるのか → 食中毒事例などでは積極的疫学調査(同じものを食べた人が何人いて、どのくらい症状がでたかを聞き取り調査など)が必要。
- 生協組合の協力をえて 何を買い、どんな症状がでたかをインターネットなどで調べる積極的疫学調査をしたことがあるが、全国の消費者対象にはできない。生協では自分たちの製品の安全性担保として、サンプリングとして積極的疫学調査を活用している。生協のリスク管理は進んでいると思う。
- 報道をみて潜在的な患者が名乗り出ると、潜在的患者を見つかるかもしれないが、そうでない人も患者であるような気になる(心理的な影響)人も出てくるのではないか → その通りで、危ないという報道の後の結果(被害は小さかったなど)の情報も出してほしい。
- 食品メーカーの品質管理をしていたとき、消費者に教えられる「いつもと違う?」という感覚が大事なこともある → そのとおり。感染症法などによる届け出でもいつもの届け出が大事。これはお上から命令された「おいこら届け出」ではない。そのためには日ごろの信頼関係が大事。ふだんの状況の把握が重要で、ベースラインができて初めて異常が察知できる。
- 市民はこういう話をきく機会がなかなかない。消費者へのサジェスチョンは → いつも関心を持ってみる、知るのはむつかしいが、困ったときに辞書をひけるようにしておきたい。我々はその辞書作りが必要。また情報は、話しかける対象をみて伝え方を工夫することも必要。難しいことをわかりやすく話せる人を育てる必要がある。感染症研究所時代にはメディア勉強会をしていた。メディアは咀嚼して人々に伝えてくれるので、いわば我々はよい素材の提供、メデイア側には情報の上手な調理役をお願いしていた。メディアも読んでくれないと仕事にならないというところもあるが、地味な部分と話題性のある部分を共存させて伝えるようになってきているところもある。