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  • バイオカフェレポート「将来の環境・農業に貢献する”核農学”〜植物版”PET”の応用〜」

     2015年10月16日、茅場町サン茶房でバイオカフェを開催しました。スピーカーは国立研究開発法人日本原子力研究開発機構(原子力機構) 植物RIイメージング研究グループ 藤巻秀さん、「将来の環境・農業に貢献する”核農学”〜植物版”PET”の応用〜」というタイトルでお話いただきました。
    はじめに、水野美香さんと吉川麻衣子さんによるクラリネットとファゴットの演奏がありました。


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    水野さん(左)と吉川さん(右)による演奏
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    スピーカーの藤巻さん

    お話の主な内容

     私の肩書にある「原子力」。かつて象徴は鉄腕アトムだった。アトムには妹弟がいる。妹のウランちゃんは良く知られているが、弟(原作の設定)はコバルト、という。ウランは原子力エネルギーに利用される代表的な元素。コバルトは放射線が利用される代表的な元素。エネルギー利用と放射線利用は長年原子力の二本柱とされてきて、近い経済規模を持ち、ちょうどこの二人が象徴している。現在、放射線は「量子ビーム科学」という新しい学術分野の中で、材料開発やバイオや医療などへ応用されている。
    自分は農学部出身で、イネの師管の研究などに従事、大学院修了後に農水省のプロジェクトで福島県の農村で花豆の栽培試験などをしてから、今の研究所に入った。
     作物とは、人間が利用するつもりで育てた植物で、その植物体の一部しか使わない。しかし、人間の都合と植物の生理は一致しない場合がある。例えばイネは、人間から見るとコメの部分ばかりが大きくて、背丈は低いのが理想だが、イネからすると体全体に栄養を送るのが自然。害になるような元素は、食べる部分に移動して欲しくないと人間は思う。植物が必要な栄養素(元素)17種類のうち、ほとんどが土壌の中にある。植物は根から栄養素を吸って導管で地上部に輸送し、葉で光合成により獲得した炭素は実などに送る。実などは家畜のえさや人間の栄養となる。
     土の管理に失敗した過去の例として、紀元前3,500〜2,000年ごろのメソポタミア文明では、不適切な灌漑で農地に塩類が集積し、また土から栄養素が収奪され、そうして作物が作れなくなると移住する、という繰り返しを行い、最終的には移住するところがなくなって、文明が崩壊してしまったと考えられている。
    現代文明も同じ問題を、しかも地球規模で抱えている。不要な元素の集積と必要な元素の枯渇が農地で起こっている場所がある。そこで、植物における元素輸送のしくみを理解、さらに人間がコントロールして安全な食料の安定的な生産に生かそうというのが、現在の農学・植物科学の大きなテーマとなっている。そして、元素輸送のしくみを理解するための優れたツールが、本日お話しする放射線イメージングである。
     
    放射線イメージング
     まず、放射線、放射能、放射性物質のおさらいをしたい。これらの言葉の最後の文字を見ればわかりやすい。放射“線”は「光線」、紫外線をずっと強力にしたものと思えばいい。放射“能”は「能力」、ある物質からどのくらいたくさん放射線が飛んでくるかという尺度。放射性“物質”は「物質」だから放射線を出すようなモノのこと。放射性物質のうち、とくに元素の種類に注目して話すときラジオアイソトープ(RI)と言う。表現として、“漏れる”のは放射線か放射性物質のどちらか。たとえば、放射線が漏れているなら線を遮る、放射性物質が漏れているなら物質を除去するのが、身を守るために重要ということになる。よく聞く「放射能が漏れた」という表現は正しくないうえに、曖昧で危うい言葉だと思う。
     放射線イメージングには大きくわけて二種類あって、例えば健康診断などで行うレントゲンやX線CTは放射線を外から当てると体の構造がわかることを応用している。もう一方の代表のPETは、がん組織に集まる性質を持つ糖にラジオアイソトープで目印を付けた薬剤を体内に投与して、放射線を目印にがん組織の場所を調べる。つまり、ラジオアイソトープを使うやり方だと、体の構造ではなくて体内での物質の動きがわかる。今日はこの輸送機能がわかることを植物に応用した話。
     
    元素と放射能
     原子核は中性子と陽子で出来ており、陽子の個数で元素の種類が決まる。たとえば炭素(元素記号C)の場合、陽子の個数は必ず6個と決まっている。通常は中性子のほうも6個で合計12(これを12Cと表して「炭素12」と呼ぶ)となるが、そのほか中性子の個数がちょっと違う11C、13C、14Cの 4種類が主に存在する。そのうち、11Cと14Cは放射能を持っていて、こういうもののことを「ラジオアイソトープ」と呼ぶ。
     中世、錬金術師は鉛から金を合成しようとした。金はできなかったけれど、代わりにいろいろなことがわかった。17世紀にはボイルが元素という概念をつくり、その当時元素は永久不変と思われていた。19-20世紀になると、ベクレルやキュリー夫妻が放射性元素を発見し、ラザフォードが原子核反応で元素が変わることを発見した。 空気中の窒素は14N、これに高速で陽子をぶつけるとビリヤードのブレークショットのようなことがおこり、11CとヘリウムHeになる。11Cの半減期は約20分、放射線を出してホウ素11Bになる。このように元素は変えることができるし、生じるものがラジオアイソトープである場合もある。
     原子力機構は高崎に研究所があり、50年ほど前から放射線を利用した研究を行っている。いろいろなものにイオンビーム(高速の陽子やイオン)を当てる研究施設がある。ラジオアイソトープを製造し、化学的に精製して、イメージングに使うための設備もある。
    私達が使っている植物用の撮影装置は、人間用のPETのようにドーナツ型の装置ではない。ドーナツ型では影ができる上、病院のように乾燥して涼しい環境は、植物は元々苦手。私達のシステムは、向かい合う2つの検出器が明るく暖かく湿度も保たれた植物培養庫の中に設置されたものになっていて、植物を検出器の間に置いて撮影する。このシステムを、植物ポジトロンイメージング技術、PETIS(Positron-emitting Tracer Imaging System)と呼んでいる。例えば植物の葉を挿入したケースに11Cを含む二酸化炭素を流してやると、二酸化炭素が瞬時に光合成で葉に取り込まれて糖となり、根などに向かって動いていく様子をPETISで見ることができる。ただし、検出器の視野はA5サイズ程度しかない。まるごと一個体を視野に収めようとすれば、植物を小さく育てないといけないので、そこにはテクニックが必要。
     
    農業現場への応用
    ・トマトのハウス栽培をする際の二酸化炭素濃度の検討
     植物の体内における炭素の動きを見るということは、植物の生産性を見ることと、ほぼ同じ意味を持つ。
    1つの例として、トマトの生産現場での二酸化炭素の濃度について検討した例を紹介する。一般にトマトのハウス栽培の生産性は露地栽培より高い。事実、ハウス栽培が盛んなオランダでは面積あたりのトマト生産量が日本と比較してかなり高い。暖房用の石油ストーブを焚くと同時にハウス内の二酸化炭素濃度が上がる。植物の光合成は空気中の二酸化炭素を固定してこれを材料に糖を作る働きであるので、この暖房により光合成の活性が高まってトマトの収量が上がる効果も期待できる。しかし、ある県の農業研究センターから、適切な二酸化炭素濃度の指標を作りたいという相談を受けた。そこで東京理科大学と共同で、トマトが葉で二酸化炭素を固定し、光合成産物を果実に送り蓄積する能力と、空気中の二酸化炭素濃度の関係をPETISで解析した。
     この時、測定で利用できるようなサイズで、かつ内部の二酸化炭素濃度を正確にコントロールできるような「ミニ温室」を学生が苦労してつくった。このミニ温室に入るサイズの実験用トマト「マイクロトム」を利用した。11Cを含む二酸化炭素を空気と共にミニ温室に吹き込み、11Cの移動する様子を撮影した結果、葉で光合成により11Cが固定され、続いて徐々に果実に移動する様子が観測できた。
     二酸化炭素の濃度条件を何段階か変えて実験を行おうとすると、通常の実験手法ならば条件ごとに別々の植物個体を用意しなくてはいけないが、そうすると結果を比較する段になって、植物の一本一本の個体が元々持っていた差、例えば果実の数や枝振りの違いに悩まされることになる。しかし11Cの場合は半減期が約20分と短く急速に減衰していくので、3時間ほど置くと11Cがほとんど消えて無くなるため、同一の植物個体を再利用し実験条件だけを変えて繰り返しデータを取ることができ、データの比較がより正確にできるメリットがある。
     このときの結果だが、二酸化炭素の濃度を1500 ppm以上に上げても、葉で光合成産物がたくさんできる割に果実に移動する量はあまり変わらなくなることが分かった。生産現場では3000〜5000 ppmまで二酸化炭素濃度を上げている農家もあったとのことだが、そこまでしてもメリットはないだろう、というのがこの結果から推測できる。
     
    ・イネのカドミウム対策
     カドミウムは腎臓病を引き起こし、イタイイタイ病の原因でもある。日本人にとってコメはカドミウムの主な摂取源であり、カドミウム対策は国策の1つ。現在では高度に汚染された水田に対する客土等によるカドミウム対策は大半が完了しているが、まだ低濃度で汚染されている水田が国内に広く残っていて、基準値を上回るコメが稀に出る。私達は秋田県立大学と共に、イネの植物体の中でのカドミウムの移動の様子を、放射性カドミウム(107Cd、カドミウム107)とPETISを利用して観察した。結果、カドミウムを水耕液に与えたイネでは、10分もしないうちにカドミウムが根の導管の中に入っていき、節で導管から師管に移り、時速5cmぐらいの速さで穂に向かって上っていくことが分かった。通常、水や糖は分速数cmで動くので、カドミウムの移動速度は比較的遅い。7時間後にはコメに届いた。最近、農業環境技術研究所では土壌浄化用のイネ品種を作ったことを発表した。この場合はカドミウムをどんどん吸ってくれたほうが良い。以前、その開発過程で、イネのインディカ型の候補品種とジャポニカ型の対照品種でPETISを用いて比較したところ、候補品種ではカドミウムが根にとどまりにくく、効率よく地上部へ動いて行くことがわかった。イネの根っこは、通常、収穫後も田んぼにそのままのこるので、土壌浄化の目的では根にカドミウムをたくさん吸収するだけでは不十分で、地上部に動いていくことが重要であり、その意味でPETISの解析に価値があった。このインディカ型のイネはカドミウムを根にとどめておく遺伝子が壊れていることがわかっている。
     
     秋田県では稲作からの転作作物としてアブラナを栽培しているため、アブラナにカドミウムが含まれないようにする必要がある。秋田県立大学との共同研究で、アブラナの根にアミノ酸から成るグルタチオンという天然物質を与えるとカドミウムが地上部に行きにくくなること、そのメカニズムとして、吸収したカドミウムを根から外部に「吐き戻して」いたことがわかった。根は物質を吸うだけでなく、都合が悪いものを吐き出すこともできる器官だということもこの結果は示している。
    中国のとある地方では亜鉛の鉱山近くでカドミウムによる汚染が広がっている。中国の南京土壌研究所では、その場所で、重金属を高濃度で貯めこむ性質がある「セダム」という植物を土壌浄化の目的で試験栽培している。農業環境技術研究所との3者の共同研究として、セダム栽培の際の窒素肥料を硝酸タイプにするかアンモニアタイプにするかでカドミウムの取り込み方に違いがあるかどうかをPETISで解析したところ、硝酸のほうがカドミウムを根から地上部分へ移動させる効果が高いことが分かった。



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    会場の様子

    ・セシウムの検出
     現在問題となっている放射性セシウム(主に137Cs)は、PETISでは原理的に画像化できない。2011年の原発事故後、名古屋大学と東北大学と共同で急遽カメラから作り直し、植物体内の137Csの動きを画像化できる「ガンマカメラ」を世界で初めて開発した。生産物が基準値を超える例のあったダイズを対象にして、実験室内で137Csを根から投与して、地上部での動きを観察した。その結果、根から茎を上がった137Csは、大きな葉があるのにも関わらず、先に子実のほうに集まってしまうことがわかった。このことから、おそらく137Csは導管を通って地上部に上がったあと、節の部分で師管にのりかえ、直接子実に移動しているのだろうと推測された。今後、セシウムののりかえに関与する遺伝子に変化が起きた新品種を開発できれば、放射性セシウムが子実に行かずに(利用部位でない)葉に集まるようにできるかもしれない。
     
    ・塩に強いヨシのしくみ 
     世界中で耕地への塩類の集積が起きていて、砂漠化が起こっている。地球上の利用可能な淡水が限られている一方で、現在は淡水の7割が農業用水として利用されている状況であるので、塩水を農業に利用できるようにならないか、というのは世界的な研究目標の一つである。
     イネは世界人口の半分が主食として食べている重要な作物だが、ナトリウムに弱い。同じイネ科の近縁の野生植物のヨシは、海水が混ざるような塩分の高い汽水域でも生育できる。共同研究先の東京農業大学では、このメカニズムを調べれば、ナトリウムに強いイネを開発するのに応用できるはずと考えた。
     ヨシの体内では、ナトリウムは根に吸収されるが地上部には上がってこないことがすでに分かっていて、どこかに排除されているのだろうと研究者たちは想像していた。そこで、ヨシのナトリウムの動きを放射性ナトリウム(22Na)とPETISを利用して調べた。結果として、ヨシはナトリウムを根からどんどん吸収するが、茎の付けねでUターンさせて下向きに送り返し、外部に吐き戻していることが明らかになった。
     現在はこの動きに関係する遺伝子を探しており、将来的にはイネに応用し、塩に強いイネを作りたいと思っている。
     
     PETなどの人間を対象としたイメージングで診断や治療に役立てる分野である「核医学」に対する言葉として、いま、自分は「核農学」という言葉を提唱している。植物の体内の元素の動きをイメージングで解析することで、農業の栽培条件や品種の評価と改良に役立てることができる。農業の問題は世界中にある。核農学でこれらの解決に貢献したい。

    話し合い

  • は参加者、 → はスピーカーの発言

    • 炭素の同位体を使う時に3時間、間をあけるのはなぜか。(半減期の)20分ではだめなのか →半減期が20分ということの意味は、20分ごとに半分、半分と減っていくということ。3時間経つと約500分の1になって影響を無視できるようになる。
    • アブラナ科以外の植物でグルタチオンが効くものはあるか →現在研究中。
    • 核「農学」と名付けた理由 →農学部出身なので、植物の基礎研究のその先に、農業に活用できるようにしたいと思っている。
    • 実験中に研究者の被ばくリスクはないのか →もちろん被ばくはするが、決められた基準よりも十分に低い被ばく量になるように管理している。具体的には、被ばく量の低減には、遮蔽する、距離をあける、時間を短くする、の3つの対策がある。私たちは個人線量計をつけて被ばく量を確認しながら手際よく作業をし、遮蔽のための鉛ブロックを置いて実験をしている。
    • カドミウムを吸ったイネはどのように処分するのか →収穫した稲は基本的には焼却処分していると思う。もちろん、カドミウムが再飛散しないように、フィルターをつけるなどの工夫をしているはず。
    • カドミウムを吸い上げないイネはできるか→農業環境技術研究所と東京大学が、マンガンの吸収に関係する、ある遺伝子を壊すとイネがカドミウムを吸わなくなることを見つけ、高崎研のイオンビームを利用して作られた「コシヒカリ環1号」という品種が、昨年品種登録出願された。
    • 環境浄化できる作物は開発途上国で使えると思うが、特許権はおさえているのか。遺伝子組換えなら挿入遺伝子の特許をとれると思うが、どのように研究上の知的財産を押さえるのか → 核農学という研究のアプローチ自体に特許権などを得ることは想定していないが、たとえば育種という具体的な結果につながった場合には品種登録の形で知的財産が得られることになる。
    • 「遺伝子を壊す」と聞くと何か怖いように感じられる。放射線を使った育種と遺伝子組換えとの関係は? →たとえばヒトの血液型でA型の元になる遺伝子が壊れるとO型になるといったように、何かの遺伝子が壊れるということは自然界で普通に起きていて、それが血液型の違いや種の多様性を生む源となっている。放射線を使った育種はそれと全く同じ現象を効率化しているだけなので、誕生したものは自然のものと本質的に区別できない。遺伝子組換えは、ある生物が元々持っていない遺伝子を人間が外から入れる手法で、法律の規制を受ける、といった点で放射線育種と異なる。
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