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  • 第3回がんに挑むバイオカフェ「がん治療の最前線と新薬実現にむけて」

     2015年10月18日、第4回がんに挑むバイオカフェ「がん治療の最前線と新薬実現にむけて」が、三鷹ネットワーク大学で開かれました。講師は東京大学医科学研究所附属病院 特任講師 安井寛さん。ナビゲーターである松田偉太朗さんの初めのことばでスタート。

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    安井寛さん
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    会場風景1

    松田さんの初めのことば

     今日の話題のひとつである「免疫療法」は、がんを取り除く、やっつけるに対し、免疫抑制をはずすことで免疫細胞がどんどんがんと闘う「第三の作戦」らしい。いろいろな治療法をご紹介いただき、科学的な裏付けのある選択肢を見極め、自分にあった治療法を選ぶことが重要。そういうことを考えながら、お話を聞きましょう。

    安井さんのお話

     私が1999年に医師となり16年が経ちますが、この間、がん治療はずいぶん進歩したと思います。先日のノーベル医学生理学賞を受賞された北里大学の大村先生が発見したイベルメクチンはオンコセルカ症に有効で1億2000人を助けましたが、この他にも、日本人は抗がん剤等たくさんの新薬を開発し、がん治療に貢献してきました。
    しかしながら医薬品開発の特性は、成功確率の低さ、研究期間の長さ、コストの高さ、など多大なリスクを伴います。2004年から2008年までの製薬協のデーターでは、成功率は約25,000分の1との報告でした。
     
    1 がんの本態にあわせた治療の開発 
    一言にがんと申しましても、がんは臓器ごとにあり、さらに、ひとつのがんの病名の中にも、いろいろな病型があります。例えば、悪性リンパ腫という血液がんには、主なものでも50種類以上の病型があります。同じ病名でも、病型によって治療法が異なることがあります。さらに、同じ人に発生したがんでも、その細胞は全て同じとは限りません。このため、がんの本態に合わせた医薬の開発が必要とされております。私の専門である血液がんについて、例を上げます。白血病には、急性白血病と慢性白血病があり、慢性白血病のひとつに慢性骨髄性白血病があります。わたしが医師になった16年前は、平均5年で急性白血病に転化して死に至るため、長期生存を目指すには造血幹細胞移植が必要とされました。この病気の原因が、9番染色体上のABL遺伝子の切片と22番染色体上のBCR遺伝子の切片とがくっついて出現したBCR-ABL融合遺伝子が細胞増殖に働くためであることが分かり、近年、その機能を阻害する内服薬グリベック®が開発、2001年に治療薬として当局に承認されました。その結果、患者さんの状態にもよりますが、医薬のみで長期生存が可能となっております。さらに、2009年にタシグナ®、スプリセル®、2014年ボシュリフ®  という3種類の医薬が承認されております。慢性骨髄腫白血病は、分子標的治療の開発が最も成功した例と思います。
     
    2 がんの3大治療と免疫療法
    がんの治療法には局所療法と、全身療法があります。
    局所療法は、がんが限局しているときに行われ、①手術や、②放射線療法などがあります。一方、全身療法は、転移や周囲に浸潤しているときなど、局所療法で対応できない場合に行われ、従来の③薬物療法に加え、近年、④免疫療法が4つ目の治療法として取り上げられるようになりました。
     
    免疫療法
    120年程前、米国の外科医Coleyが、がん患者に対して細菌を投与し免疫反応を活発にすることで、がんが小さくなることがあると発見したことが、がん免疫療法の最初とされております。1990年代以降、がん抗原の発見、がんワクチン療法や抗体医薬の研究が進められ、現在では、多数の抗体医薬品が治療薬として承認されております。
    とくに、2010年代は、抗PD-1抗体などの免疫チェックポイント阻害療法が実用化されました。PD-1は、京都大学の本庶先生が発見した分子です。リンパ球ががん細胞に抵抗できなくなったとき抗PD-1抗体が入ると、リンパ球が再びガン細胞を攻撃できるようになります。抗PD-1抗体は、治験の結果、日本では世界に先駆けて悪性黒色腫の治療薬として承認され、非小細胞肺がんでも現在、当局に承認申請中とのことです。アメリカでは、悪性黒色腫と非小細胞肺がんで承認されました。
     
    がんワクチン療法
    1990年代、がん細胞に特徴的な抗原が発見され、それに対する免疫反応を強化するがんワクチンを作ろうとする試みがされております。現在、医科学研究所でも、膵臓がんを対象にがんワクチンの医師主導治験が行われております。
    各病院のホームページには、現在、どのような疾患に治験が行われているか、掲載されております。
     
    支持療法
    支持療法は、がんそのものに伴う症状や治療による副作用に対しての予防策、症状を軽減させるための治療のことです。患者さんが治療を続けられるよう、病気と付き合えるようにいたします。近年は、支持療法の治療薬が増えて、多職種連携も進み、ガイドラインの作成も進んでいます。制吐薬適正使用ガイドライン、外来がん化学療法看護ガイドライン、がん疼痛薬物療法に関するガイドラインを例に示します。
     
    3 橋渡し研究
    橋渡し研究は、基礎科学の成果を医療へとつなげるための研究です。本日は、橋渡し研究の成功例とされる多発性骨髄腫を例にお話しします。
    多発性骨髄腫は、骨髄に多発する血液のがんで、骨がとけたり(骨の破壊)、血液が造れずに貧血になったり、特徴的につくられるMタンパクが腎障害を生じたりと多彩な症状を示すとともに、治療経過の中で薬が効かなくなってきます。残念ながら、未だにほとんど治癒には至りませんが、医科学の進歩の成果は新薬開発につながり、2003年以降、アメリカで6種類の医薬が承認されました。日本では、そのうち5種(2006年ボルテゾミブ、2008年サリドマイド、2010年レナリドミド、2015年ポマリドミド・パノビノスタット)が承認され、生存期間の延長につながっております。
    このうち、サリドマイドについてご説明します。サリドマイドは以前、睡眠薬として使用され胃薬にも配合されておりましたが、1960年代に胎児への健康被害を起こしたため、世界中で販売中止となりました。その後、ハンセン氏病に効くことがわかり、見直された薬です。1999年には多発性骨髄腫に効果があることが報告され、現在、治療薬として承認されております。
    わたくしが留学したハーバード大学ダナファーバーがん研究所では、骨髄腫の新薬を開発するために、基礎、臨床ともに多くの研究がおこなわれ、成果をあげています。研究成果を新薬開発に結びつけるため、産・官・学・患者団体等で連携した取り組みがされておりました。近年は我が国でも、橋渡し研究、多職種連携の取り組みが進められております。ELSI(Ethical Legal Social Issue 倫理的・法的・社会的問題)の理解、受容は必要不可欠となってきています。
    今日のカフェのような機会で、社会と研究者とが意見する機会が増えると良いかと思います。


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    松田偉太朗さん
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    会場風景2

    話し合い

  • は参加者、 → はスピーカーの発言

      • 自然食の代替利用などの栄養食品だけでがんに対処しようとする人たちもいて、その声の方が大きく、しっかりした情報が届いていないように思いますが、いかがでしょうか。 → インターネットを見ますと、医療で認められていないものの検索順位が高いこともあり、玉石混交のようにも見えますので、一般の方々には判断が難しいかもしれません。国立がん研究センターのがん情報のサイトは、患者さん向けの情報発信として、よく取り組まれていると思います。困ったときは、医師と相談してください。薬剤師や看護師も専門の方がおります。
      • 免疫治療は費用、人手がかかると思いますがいかがですか。複数の治療法を組み合わせる集学的治療は良いですが、コスト、副作用の負担も小さくないかと思います。 → 難しい問題です。これらの疑問については、学会等での検討や、臨床試験や臨床研究で検討されます。個人的には、研究段階では、より良い治療法を開発することに重きをおいて良いかと思います。
      • ヒトの遺伝情報のデータベースでがんの予防や治療に役立てられるのではないでしょうか → わたしもそのように思います。国や大学、がん研究センター等も取り組んでおります。
      • 個人遺伝情報の管理と合わせて頑張って進めてもらいたいと思います。 → ありがとうございます。頑張ります。
      • 臨床試験コーディネーターの話しを聞きたいときは? → 医療機関によるかもしれませんが、治験を行っている病院に連絡すると、進行中の治験について相談できるかと思います。
      • 医薬品には、一般名と商品名があるが、医師と相談する時はどちらで話すと良いですか。 → 医師や薬剤師と相談するときは、一般名でも商品名でも良いかと思います。
       
      松田さんのまとめのことば
      臓器の数だけがんがあるくらい、がんには種類がある。今日はその人にあった、いろいろな治療法があることがわかった。患者は専門の先生と相談して決めていくことになるだろう。治療する医師も遺伝情報をもとにするなどして、治療法を決める段階に進んできているのだと理解した。がんになっても元気に暮らせる日数をのばせるようになってきている。
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