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  • がんに挑むバイオカフェ・レポート「どうしてがんはできるのか」

     2015年7月26日、三鷹ネットワーク大学でがんに挑むバイオカフェシリーズ第1回「どうしてがんはできるのか」を開きました。お話は東京テクニカルカレッジ講師大藤道衛さん(医学博士)、ナビゲーターは松田偉太朗さん(くすりの適正使用協議会元事務局長)。

     初めに松田さんから、医学が進歩して細胞やDNAレベル(ミクロの視点)で、病気や健康をとらえる時代が来たこと、私たちも一緒に学んでいきましょうという開会のことばがありました。大藤さんからは、がんができるときには、関連する遺伝子に変異といわれる変化が起こっていることについて、いろいろな種類のがんを例にしてお話がありました。

    主なお話

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    お話は大藤道衛さん
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    ナビゲーターは松田偉太朗さん

    はじめに
    私の専門は分子腫瘍医学でモレキュラーオンコロジーという。がんを分子レベルで調べる学問です。がんを分子でみる視点を知っていると、将来がんになったときの考え方、がんの患者さんにであったときの配慮への助けになると思います。
     
    1.毎日の生活とがん
    悪性新生物(=がん)の患者数は増えている。抗生物質のおかげで減った結核とは対照的。
    循環器などは横ばい。統計上では、ふたりにひとりががんにかかり、3人にひとりががんで亡くなる。いまや、がんは身近な病気。
    一般の人に聞くと、がんの原因として、食品添加物、タバコ、遺伝、普通の食物などがあげられる。アメリカの疫学調査(統計で病気についてみる)ではがんの原因の第一位はタバコ、普通の食事と肥満が2位で、このふたつで60%をこえる。内閣府の調査(対象は一般市民と食品安全委員会の委員)ではたばこ、加齢、飲酒、偏食・過食は両者で一致して多いが、市民と専門家でギャップが大きいものもある。
    1978年 ドール卿(英国)は20年間の喫煙者の追跡調査で肺がんリスクが統計的に、10-100倍高いと結論した。いまでは、タバコの成分で起こる遺伝子の変異をもとに、がんになるメカニズムがわかってきた。
    1978年の大腸がんと牛肉摂取量の調査では、日本人の摂取量は30g/日と低く、リスクは低かった。黒木登志男さんはハワイの日系人の食生活をもとに、普通に食べているものが、がんの原因になっているらしいといっている。
    ヒトがんは、ゲノムDNA上の変異(DNAの並び方が変化することを変異という)が関係する。変異が起こるには環境要因(ウイルス、変異原物質(変異を起こす物質)、放射線)、個人の体質など、と遺伝的要因がある。遺伝に関係する家族性腫瘍はがんの5%に過ぎない。
    病気というものは遺伝的要因と環境的要因の組み合わせで起こり、複数の遺伝子が関係している。
    「遺伝」と「遺伝子」の漢字は似ているが、英語では各々”heredity” “gene”であり違う。遺伝子の実態は化学物質であり、親から子へ遺伝子が受け渡され、似た性質が伝わることを遺伝という。遺伝子は、細胞が必要なときタンパク質を合成する情報を担っている。
    最近の傾向は、がんは自然に起こるという論文が多い。がんの環境要因の研究をしてきたヴォーゲルシュタインは不幸な偶然が重なってがんができるという論文を最近発表した。
    幹細胞の分裂数でがん発生のリスクが上がるといっており、加齢でがんのリスクは高まる。
    がんの特徴は①増殖し不死化する。②浸潤や転移する。食べたもののエネルギーは血液にいくので、③がん細胞は血管を引き寄せて栄養を集める働きをする(血管内皮増殖因子という)。
    がん細胞にも幹細胞がある。がん細胞を切除してもがん幹細胞が除去しきれないと再発する。幹細胞の性質を持たない「非がん幹細胞」と「がん幹細胞」があり、がん細胞をとってきても中は不均一になっている。このためにがん細胞の中身は複雑。
     
    2.DNAからみるがん
    がん研究の流れをみると、がん発生のメカニズムが基礎研究でわかってきた。そこで原因変異をみつけ、診断や医薬品開発につながるようにする。そして治療、予後、持続的ケアに医師や研究者が連携して、研究成果を活用する。これをトランスレーショナルリサーチという。
    世界に70億の人がいて、ひとりが、37兆個の細胞を持っている。ひとつの細胞には、30億塩基対のDNAがある。この塩基配列はタンパク質の合成方法の情報をもっていて、それを遺伝子といい、全部をゲノムと呼ぶ。ゲノム(genome)とは遺伝子(gene)と染色体(chromosome)をあわせた造語。
    (英文字表示を補い、造語であることを強調)
    DNAの一部を写し取ったRNAをもとに必要なタンパク質ができる。タンパク質はアミノ酸がつながった鎖のような構造。できあがったタンパク質はクチャクチャとまとまり立体構造をとる。


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    細胞のモデル、回覧用のサンプル(サケの遺伝子を水に溶かしたもの、DNAはアルコールに溶けないので、白い糸状になったもの。乾燥させたもの。そして、大藤さんのDNAのサンプル)。
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    会場風景

    DNAはヒストンというタンパク質に巻きついている。これをヌクレオソームという。
    最近、血液に漏れ出たがん細胞のヌクレオソームを調べてがんの診断をする研究も発表された。
    発がん物質(食べ物、たばこ)や紫外線が体内に入ってくると遺伝子に変異が起こることがある。生命が誕生して35億年の間に紫外線を浴びたら修復機能が働いていた。これらの変異が重なるとドライバー(運転士)変異(がんを起こすような変異)となる。これに対して、がんにつながらないような変異をパッセンジャー(乗客)変異という。がんに関係のある変異が重なると細胞ががん化する。これが分子レベルでの発がんメカニズム。がん原遺伝子のつくるタンパク質はがん細胞の増殖を進めるアクセルとなる。がん抑制遺伝子のつくるタンパク質は、がん細胞の増殖にブレーキをかける。
    加齢によってがんはできやすくなる。1980年後半、ヴォーゲルシュタインはポリープがたくさんできて大腸がんになるケース(家族性大腸せんしゅ症)の分子レベルの研究を行い、いくつかの遺伝子変異によるがん発生の仕組みをつきとめた。
     
    1. CYP遺伝子
    CYP遺伝子は発がん物質を解毒する酵素をつくる。
    2. APC遺伝子
    APC遺伝子に変異が起こると、がんを抑制する働きが弱まる。APC遺伝子に変異がおこると、大腸がんになるメカニズムが解明されている。
    3. RAS遺伝子
    細胞表面にあり成長因子の受容体がある。成長因子が受容体につくと、RASが働いて細胞が増える。例えば、膵臓がん、大腸がん、肺がん、急性骨髄性白血病、皮膚がん、膀胱がんでは、RASの変異が関わっている。マウスの培養細胞に変異を起こしたRAST53遺伝子を入れると、シャーレの中でがんができる。
    (ここでマウスの正常細胞のがん化したサンプルが回覧されました。これはRAS遺伝子で起こしたもの。)
    4. TP53遺伝子
    がんを抑えたり、細胞を殺してしまうタンパク質TP53(tumar protein)を作る。
    5. ミスマッチ修復遺伝子
    ミスマッチDNA修復遺伝子に変異が起こると、この修復酵素が働かなくなり、変異が生じても修復できなくなる。遺伝性大腸がんでは、修復遺伝子変異により起こるがんもある。
     
    家族性の場合は変異をもった遺伝子がうけつがれている。これが遺伝性のがん、家族性腫瘍。実際にあった話で、ピーナッツ農園のジミーさんは親、兄弟をがんで失っていた。これはピーナッツの発がん物質か遺伝性かと疑われた。ジミーさんとは元アメリカ大統領のジミーカーターさんのことで、家族性ではなかったが、本当の原因はわからなかった。
    ただ、ジミー・カーター氏は2007年ニューヨークタイムスのインタビューで「親兄弟と私の違いは、私はタバコをすわないことだ。」と語った。
     
    (“The only difference between me and my father and my siblings was that I never smoked a cigarette,” Mr. Carter said. “My daddy smoked regularly. All of them smoked.” August 7, 2007)


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    患者カード
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    「カードに肺がんと書いてあった人は手をあげてください」

    3.がんに挑む
    患者カード(ハワードヒューズ医学研究所制作)をみなさんに配りました。「ご自分のカードにはどんながんで、どんな遺伝子に変異が起こっていると書いてありますか」
    アメリカでは1970年代、ニクソン大統領がん撲滅運動を行った。1970年は、遺伝子組換え技術を使って、大腸菌に人間のタンパク質がつくれるようになり、ヒトの病気の研究が飛躍的に進んだ。アメリカでは科学技術は国民のそばにあるべきという考え方が貫かれており、研究費の5%を使って研究者は市民へのアウトリーチ活動(市民に情報提供をするなど)をしなければならない。ハワードヒューズ医学研究所は双方向性をキーワードにした教材を提供し、中等学校での「がんのリテラシー教育」に貢献している。
    患者カードには、がんの種類と変異が起こっている遺伝子、遺伝子の機能が記されている。自分に配られたがん患者カードをみて、どんな種類のがんか、どんな遺伝子に変異が起こっているか。TP53のようにいろいろながんと関係するものもあれば、そうでないものもあることを知ることができる。
    がんの治療には主として、外科手術、医薬品を用いる化学療法、放射線治療と選択肢がある。
    研究の場でどんな変異が起こるとどんながんになるかのデータがたまってきていて、がんになるメカニズムが解明されて、正常細胞にはダメージを与えず、がん細胞だけを攻撃する分子標的薬などもつくられてきている。
    くすりのメカニズムとしては、受容体を抑える方法、血管増殖因子を抑える方法などがある。作り方も合成する方法、抗体をつくらせる方法がある。
    中には、コンパニオン診断薬といって、診断薬と抗がん剤がセットになっているものもある。たとえば大腸がんとか肺がんでも個人により原因になっている変異は異なっているので、診断薬で原因を調べて治療薬を選ぶ。
    次世代シークエンサーという技術の目覚ましい発展でDNAの配列を短時間に調べられるようになったことも治療法をえらぶのに役立つ。
    スティーブ・ジョブズさんはがんで亡くなったが、自分のがん細胞の遺伝子を研究者に解析してもらい、治療方針を模索しようとしていた。アメリカではがんに関連する遺伝子を評価し、治療方針をきめるような「がんのカタログづくり」が進んでいる。
    例えば、がんゲノムアトラスプロジェクトで卵巣がん489例を調べたら、96%でTP53に変異があったというように。
    今年1月にオバマ大統領は「Precision Medison Initiative」という提案をした。これは一人一人の患者さんの分子情報に基づいて、病気を精密に理解し治療に結びつけようというプロジェクト。日本でいうと個別化医療(オーダーメイド医療ともいう)で、その患者さんに適した治療方法を、マーカー(目印になる遺伝子)をみて決める。

    まとめ
    すべての食べ物にはなにかしら変異原性物質があり、変異原性物質の摂取をゼロにするのは不可能だから、バランスの良い食事がいいことになる。がん研究振興財団では、食事のバランス、適度な運動、がん検診の受診など、がん予防の12か条を勧めている。

    話し合い

  • は参加者、 → はスピーカーの発言

    • 女性に大腸がんが多い。お酒や肉を多く摂取するわけでないので、便秘が原因のひとつかと思う → 食べ物には変異原性物質が含まれているから、便秘で長時間、ある変異原性物質が腸に接していると変異を起こす可能性も増えるかもしれないと思う。
    • 肺がんのくすりのイレッサは副作用で報道されていたが、使われているのか → 使われている。副作用はゼロではない。というのは、分子標的薬といってもがん細胞の塊である腫瘍は不均一なので、効かないがん細胞もある。全部の肺がんが治るわけではない。がんの状況を調べることが大事。
    • マクロビオティックの食事と添加物入り弁当を食べているのでは、がんになるなどの差が出るという人が多い。偏食はがんの原因になるのか → 科学的な視点では食品添加物は国がコントロールしているので安全性は担保されている。自分で栽培している野草に対しては、国は科学的に安全性の保証はしていない。感情的に自然がいいという気持ちはわかるが、野菜の元になった野生種の植物は食べられないように動けないので、毒を持っていて動物に食べられないようにしていた。品種改良されて作物に変化させる間に毒は減らされている。
      エイムズは、1990年、キャベツに49種類の変異原性物質があることを見つけたが、キャベツの栄養価は高く大事な食物である、49種類の微量の変異原性物質のためにキャベツを食べないより、栄養価が高いキャベツを食べる方がいいとしている。毎日キャベツだけを食べていたら変異原性物質が効いてくるかもしれない。動物実験では、ヒトではありえないほど、大量に食べさせてリスクを評価する。だからいろいろなものをたべるとリスク分散ができる。
    • 良性腫瘍と悪性腫瘍の違い → 良性・悪性は人がつけた名前。臨床では、組織や細胞の形や増殖性、腫瘍に特徴的なタンパク質があるか、遺伝子に変異があるか、などを総合して悪性と良性を判断する。


    ナビゲーター松田偉太朗さんのまとめのことば
    最近のがんについて考えると、分子生物学が基礎になっている。分子生物学は私が学生時代にできた学問だが、技術が成熟してきたことを感じている。生態の中でみられるようになり、ミクロの世界を理解しなくてはならないと思った。分析もミクロレベルになり飛躍的な進歩。次回はマクロの視点からのお話を期待したい。

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