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科学ジャーナリスト賞2010年授賞式

 2010年5月18日(火)、プレスセンタービル(東京・霞ヶ関)で、科学ジャーナリスト賞授賞式が行われました。始めに、柴田鉄治JASTJ賞選考委員長の開会の辞があり、選考委員から記念品が手渡されました。

受賞者のみなさん 柴田委員長

開会の辞          JASTJ賞委員長 柴田鉄治氏

「無力で小さい団体だったわれわれが科学ジャーナリスト賞を2006年に始めて、少しずつ認められつつある。この存在感が大きくなってきた理由のひとつは立派な外部選考委員のご協力が得られたこと。受賞者が受賞後に活躍されていることも、プレゼンス増大に寄与していると思う。今回は81の候補作品が集まった。新聞の応募が少なかったのが残念。選考委員は最低3名が読んだり見たりするようにし、第1次選考として10候補を選んだ。最終的に5つの作品(大賞を含む)が選ばれた。 
 大賞は、井出真也さんと植松秀樹さんの作品で、映像になりにくい数学を、CGを駆使して飽きさせない番組に仕上げ、世界をリードする作品と満場一致で決まった。青野由利さんは世界の状況をしっかりまとめられた。松村由利子さんは、短歌に詠まれた作品の解説と自分の作品をまとめ科学をわかりやすく伝えた。佐藤健太郎さんは、医薬品業界が直面する問題をうまく捉えていた。外岡立人さんは、医者、保健所長を経て、ジャーナリストも頼りにしていた情報源となるWEB活動をして、社会へ貢献した」


毎日新聞論説委員 青野由利氏「インフルエンザは制圧できるのか」の著作に対して

プレゼンター 科学技術振興機構 理事長 北澤宏一氏のことば
「青野さんは薬学部出身のライターとして、この本を書く責任があったと思う。世界の研究所を訪ね、データを蓄積・分析され科学的にも深いものにしている。『できるのか』というタイトルの背景には難しいことだが、戦わなくてはならないという意味が込められている。
 例えば、フランスのリオンの感染症研究所長の取材では、永井荷風が銀行員であったころにリオンにいたこと、所長はその時代に生まれたことを導入にしており、フランスの感染症対策の歴史の長さを語っている。こういう書き方に感心した。制圧の難しさとどう取り組んだらよいかが良く書けている」

受賞者のことば
「パンデミックは必ず来るとの専門家の言葉を聞き、書き始めようと思った。鳥インフルーエンザH5型にヒトもうつるようになるなら、リアルタイムに起こる、何十年に一度のことを書きたかった。
 スペイン風邪のウイルスを復元するという研究では、アラスカのスペイン風邪の死者の遺体の掘り起こした。これも書くきっかけになった。出版のあてもなく書いていたところ、出版社が誘ってくれて書いていたら、2009年4月25日の朝刊でメキシコのパンデミックを知った。鳥でなく豚でなかったので、出版の話はなくなるかと、日々の取材の中で死ぬ思いで書いた。書き終わったが今もこの問題は持続している。新型インフルエンザではH5型でなく、幸いなことに小康状態にあるが、これからも追いかけていきたい。
 欧米のジャーナリストはまとまった内容のサイエンス本を書いており、日本でも翻訳出版される。そこには海外の科学者が登場する。日本の科学者が登場する本を書きたかった。日本に優秀な科学者がいてこそ、日本のライターは書けるのだと思う。第一線で頑張っている日本の研究者の情報を書くことには、書き甲斐もある。科学者とライターは批判する緊張関係もあるが、信頼関係もある。本を書くことが信頼関係の助けになれば嬉しい」。


歌人・フリーライター 松村由利子氏「31文字のなかの科学」著作に対して

プレゼンター 慶應義塾大学名誉教授 米沢富美子
 「短歌とサイエンスは異次元の話のように受け取られることもあるが、そうでもない。私は短歌が好きで与謝野晶子の全集を持っている。京大時代、湯川先生のそばに10年もいられたが、先生はすばらしい短歌を多く作られた。湯浅年子、石原純も歌人。
 科学者で短歌を作る人には、①科学者として有名で短歌も上手な人と、②歌人として有名な人が実は科学者である人(斉藤茂吉、近藤よしみ 建築家、上田よしみ 医者)があると思う。科学者と歌人は相容れないものではない。松村さんは①文型出身で新聞記者、②科学者でない人が科学を題材に詠んだ短歌を通じてジャーナリストの視点から疑問を呈した(臓器移植、原子核、生殖医療など)ところが評価された。様々な歌人による連作から出来上がったような本。歌人、松村さん、読む人の3層構造になっている面白さもあり読者も受身でなく判断を迫られ、面白い」

受賞者のことば
「華やかな場で大きな賞を頂き責任を感じている。英文学でシェークスピアを学んだ人間で科学の素養がないので気恥ずかしい気持ちもする。毎日新聞の科学環境部に5年。戸惑いと失敗の繰り返し。新しいことの取材が楽しかったので、それを本に書いた。
科学と短歌は隔たっていないと言って頂いた。このふたつの共通点はセンスオブワンダーだと思う。それが私の一番言いたかったこと。優れた歌人も何気ないことに感動して歌を詠む、科学者も自然の中に新しい発見をする。短歌は平安時代から今まで続いていて、小さな器に大きな世界観を盛ることができる器。HeLa細胞を爽やかに教えてくれた先輩とは青野由利さんのことで、青野さんをはじめ、本で紹介した短歌の歌人たち、毎日科学環境部の記者のみなさんに感謝します」


サイエンスライター、東京大学広報担当特任助教 佐藤健太郎氏「医薬品クライシス」の著作に対して

プレゼンターのことば 東洋英和女学院大学学長 村上陽一郎氏
「主題は2010年をきっかけにした医薬品のライセンス切れとジェネリックの誕生によって生じたクライシス。日本の創薬や世界が抱える問題をわかりやすく伝えている。著者は有機合成の専門家で製薬企業で働いていた。この本には薬の機能、作用の仕方をわかりやすいことばで書かれていて感心した。
 サイエンスコミュニケーターは、ライター、インタープリーター、コミュニケーターなどの異なる役割を担っている。ジャーナリストは主題への批判精神がほしい、インタープリターには、すでにある楽譜を上手に読んで演奏する演奏家のような側面がある、ライターにはサイエンスの面白さを科学者でない立場で伝える役割もあるかもしれない。今日はライターとしての佐藤さんを受賞者として迎えられて嬉しい。科学技術と一般の人をつなげる役割を持つ人として、この授賞に意義があると思う」

受賞者のことば
 「2010年問題とのタイミング、良いタイトルなどの幸運に恵まれ1作目でこの賞を射止められて幸運。十数年間、製薬会社に勤務。化学の一般向けの本が少ないので、会社を辞めてライターになるときに勇気が要ったが、伝えるべきことをきちんと伝える。面白いものを書くことは重要なことだと思う。この本は真実を曲げない範囲で工夫して書いた。薬が出来るまでの苦労など、薬をめぐって知られていない多くのことを書いた。フリーで一年経ったころ、中丸先生にお世話になるようになった。授賞で中丸先生に恩返ししたい」

医学博士 外岡立人氏「鳥および新型インフルエンザ海外直近情報集」のWEB活動に対して

プレゼンター 筑波大学名誉教授 白川英樹
 「WEBと著書の両方で候補として推薦され、本を先に読んだ。すごい情報量に驚き、この情報の上に本が書かれ、WEBに対して賞を差し上げることにした。
 昨年の新型インフルエンザが流行した後も、しっかり国内外の情報を集め続け、一日に何度も更新されている。医療関係者、報道関係者の活動に貢献し、貴重なデータと意見を提供しているのは、異色かもしれないが、科学ジャーナリスト賞に値すると選考委員は考えた。これからも我々に指針を示して頂きたい」
 
 受賞者のことば
 「推薦者、選考者に感謝。医師の私が賞を頂いたことと、私の活動が認められたことは二重の喜び。社会の情報共有は大事なこと。昨年から新型インフルエンザ情報の収集を始め、対策を提案した。自治体、企業、家庭の主婦からも反応があった。家庭の主婦には怖い話しか届かなかったが、私のサイトで広い視野が開けたということばを頂いた。
 インフルエンザは世界の問題。新型では流行の長期化はないと考えられる。2009年、WHOの新型インフルエンザの危険を発表した。WHOの信頼性が問われる出来事だったと思う。
 日本では情報機関整備が急務、その管理も大事な課題。自分のWEBが情報発信の役割を担うことができ、賞をいただいたことを感謝したい」

科学ジャーナリスト大賞
 日本放送協会(NHK)チーフプロデューサー 井手真也氏・ディレクター 植松秀樹氏
 「素敵な魔力に囚われた人々〜リーマン予想・天才たちの150年の闘い」の番組に対して

プレゼンター 慶應義塾大学 名誉教授・元物理学会長 米沢富美子氏
 「素数の魅力、魔力をいかんなく伝えるべく丁寧に作られた番組。視聴者にはいろんな見方があり、番組の反響をネットで見ると数学への関心のなかった人の反響も大きかった。90分番組で7回見た。すごく面白かった。自然数はプラスの素数で、ものを数える順番として使ってきた。素数は1と自分自身以外の約数がない数で古代ギリシャから素数は無限にあることが知られていた。この番組のポイントは①素数は計算の道具だけでなく宇宙のメッセージを持っていることをわかる形で見せたこと、②ツェーター関数に関連した未解決の問題「リーマン予測」に焦点を当てたこと。
 全体として数学の魅力がフルに語られ、素人でも興味深く見られる。この数学の問題は問題設定が単純に見えて、つい手を出したくなり、一生を棒にふった数学者がどんなに多いことか。
 数学は絵にならず番組作成が難しいのに、数学を対象に面白い作品を良くぞ作って下さった!私も余生を棒にふるかもしれないくらい沢山のオイラーの本を買ってしまいました。そのくらい影響力の大きい作品でした」
 
 受賞者のことば 井出真也氏
 「素直に喜んでいる。リーマン予想提出150年で始めた番組づくり。オンエアまでに、何度も手をつけたことに後悔し苦労した。リーマン予想を理解するのはまず無理と諦め、視聴者に判った気になってもらうようにと思って作成した。社内の企画採択する人への説明が難しく、リーマン予測についてはわかりませんといい続けて耐えていたら通してくれたので、取材を開始。あの番組は金融危機の番組だと局内でも誤解されていたくらい。
 経済社会番組作成セクションにいたことも影響したようだ。リーマンショックは数学者に予測されていたのですねともいわれた。そのくらいリーマン予想はなじみのないものだったが、知的なエンターテインメントとしてご覧頂けたのならCGに関わったクリエーターやデザイナーのお蔭。正しくデフォルメすることの苦労。数学者が素数に対して抱く畏怖の念を取材の中で感じた。数学者への畏怖の念をメディアは伝えられるだろうかとも思った。スタッフ全員でこの喜びを分かち合いたい」
 
 受賞者のことば 植松秀樹氏
 「本当にありがとう。ディレクターとして10年間、賞と無縁だったので嬉しいが、気恥ずかしい気持ちもある。大学と大学院は情報処理を専攻し、挫折してテレビ局に入り10年たって、科学の賞を頂いた。制作は難航し、2ヶ月間、制作室に篭り、ひげぼうぼうになってリーマンさんのようになってしまった。頑張ってよかった。数学は専門外で東工大黒川信重先生を何度も訪ね、無茶な質問で困らせていた。黒川先生にお礼を言います。インターネットを含めて一般の数学に興味のない人から、「わからないけれど面白かった」と言われた。これからも精進していきたい」

外岡さんと白川先生 佐藤さんと村上先生


過去の授賞式のレポート:
2009年 https://www.life-bio.or.jp/topics/topics366.html
2008年 https://www.life-bio.or.jp/topics/topics316.html
2007年 https://www.life-bio.or.jp/topics/topics265.html
2006年 https://www.life-bio.or.jp/topics/topics208.html