米国視察レポートNo.1「遺伝子組換えパパイヤ物語」
本視察の初めに訪ねたハワイ島における、パパイヤ・リング・スポット・ウィルス抵抗性遺伝子組換えパパイヤの誕生の経緯、栽培や流通の現場の状況について報告します。
ポイントは、
ウィルスの被害が余りに大きく、生産者に熱烈に歓迎され栽培されて今に至っていること、
スムーズな商品化の陰に生産者、行政、研究者の連携があったこと、
反対する環境保護団体がいないわけではないが、コストを考慮すると組換えパパイヤなしには経営ができないことを農家が認識していること、
遺伝子組換えパパイヤに対する日本の厚生労働省の認可が非常に注目されていること、
ゴンザルベス博士ご夫妻は組換えパパイヤを用いて世界の貧しい人達を救いため、現在はタイにおける活動に注力されていることです。
当然のことではありますが、新技術を用いた農作物の受容には、生産者の受容が最も強く働くことを感じました。以下に写真を交えて詳しくお伝えします。
1.リング・スポット・ウィルス(PRSV)の脅威
1970年、オアフ島のパパイヤはPRSVの被害を受け、この時点で「ハワイのパパイヤの95%を生産するハワイ島のプナ地区がこの被害にあうと深刻な事態になる」という指摘がありました。
PRSVはアブラムシの1種によって媒介し、葉は縮れ、実にも斑点が生じ、パパイヤを収穫できなくなる被害をもたらします。ウィルスに侵されたパパイヤを取り除けば、新しくパパイヤを植えることができますが、パパイヤは溶岩のごろごろした荒地に11リットルほどの土を入れ、そこに苗を植え、やがて根を張って成長するので、これらをすべて除いて新しく栽培するのは不可能です。このウィルスに抵抗性のある品種しか、同じ畑では栽培できません。また、パパイヤは実をつけるまでおよそ2年半かかり、人がひとつひとつ収穫するので、木の高さが収穫可能である高さに達するまでの2−3年だけ収穫することができます。けれど、いつ、ウィルスに侵されるかわからないので、全く収穫できずに、木を切り倒すことになるリスクが常にあります。
2.遺伝子組換えパパイヤの誕生
ハワイ出身で「遺伝子銃」という遺伝子を組み換える技術を研究していたデニス・ゴンザルベス博士(コーネル大学)はその指摘を受け、RPSVに抵抗性を持つ遺伝子組換えパパイヤの研究を始め、1991年には遺伝子組換えパパイヤの植物体が得られました。生産者と研究者、米国農務省動植物検疫局の協力のもと、プナ地区を含めた試験栽培を経て、商品化までこぎつけました。
遺伝子組換えパパイヤrainbowはウィルス抵抗性を持ったサンライズsunrise(果肉が赤っぽい)と果肉が黄色く色がきれいなカポホkapohoを掛け合わせて作られました。レインボウrainbowは、色が美しく、香りがよく、おいしく、大きめです。
「美しいパパイヤの畑!」を繰り返すゴンザルベス博士。博士の脳裏から壊滅状態にあったパパイヤ畑の惨状が消えることはない
向かって右がrainbow
3.種子の流通
プナにも被害は広がり、最高時4000万ポンドだったパパイヤの生産量は2500万ポンドまで落ち込みましたが、2002年の生産量は4000万ポンドに回復しています。 これには、農家の被害に応じてハワイパパイヤ産業協会が種子や苗を無料配布したことが功を奏しました。
ハワイパパイヤ産業協会長のベリーさん。彼の畑でプナでの栽培試験が行われた
ベリーさんの畑で行われたプナ地区試験栽培。畑の内側のパパイヤは組換えで青々と成長し、周りのパパイヤはウィルスの被害でとても貧弱
ウィルスにおかされて縮れてしまった葉
荒地で栽培されるパパイヤ。手前の雑草は除草剤で枯らしている
4.生産者の受容と組換えパパイヤの商品化
パパイヤの生産に関わっている人の多くはフィリピンから移民した人たちです。ウィルスの被害で職を失いつつあった彼らは、積極的に研究者、弁護士、農政部と協力して、野外試験を行い、商品化を進め、組換え品種の植え付けを始めました。勿論、農家は組換え技術を用いていることを理解していて、EPA(米国環境庁)、FDA(米国食品医薬庁)、USDA(米国農務省)の安全性審査を信頼し、すぐに取り入れていきました。
スーパーマーケットでも、遺伝子組換え技術によりウィルス抵抗性を加えたパパイヤである旨を任意で看板で示し、販売を開始。ハワイ島東部には反対する市民もいるが、十分な顧客を得ているので自信を持って販売をしているそうです。値段は組換えであるかよりも、品質、等級、ブランド(生産した農園の名前が示されている)に依存します。農園名のブランドシールがない非組換えパパイヤより、ブランド名入りの組換えパパイヤが安いこともあります。
生産した農園にブランドがなければ、組換えの方が安いこともある。写真手前の組換えは10セント安い。
「私の扱うパパイヤはナンバーワン!」とKTAの社長。KTAでは発売当初、組換え技術によりウィルス抵抗性が付与されたパパイヤであることを掲示したが、消費者の抵抗や拒否はなかった
5.非組換えパパイヤの栽培と分別流通
日本に輸出されているのは、最高級のkapoho(カポホ)で、ハワイ島から直接空輸されています。ハワイ州、米国本土、カナダではrainbow(レインボウ)が人気です。
交雑(パパイヤは自家受粉)やウィルス感染の防止、作業中の収穫物の混入予防のために、組換えと非組換えパパイヤの畑は、40メートルくらい間隔をおき、間に盛り土をして作られています。厚生労働省の認可がおりていない日本向け非組換えパパイヤを確保するためと、リスク分散のために組換えと非組換えの両方を栽培しています。非組換えは日本向けなので利益率が高いが、ウィルスに感染するリスクを帯びており、農家にとっては悩ましいところです。
流通センターでは組換えと非組換えを赤と白の箱に分けて扱っている。日本向けパパイヤは赤い箱(トロピカルハワイアンプロダクツセンターにて)
日本向け非組換えパパイヤを詰めた箱を保管する部屋にはJAPANの看板
6.生産者との意見交換
生産者は口々に「組換えパパイヤが誕生しなければ、今頃パパイヤ農園を経営していることはできなかっただろう」といいます。このために失業した人達も、共稼ぎを始めた夫婦もいるそうです。私たちの乗ったタクシーの運転手も「もう少し、早くできれば」と言っていました。「環境保護団体には、反対しているところもあるが、そういう人はどこでもいるので、組換えパパイヤを支持してくれる人を大事にしていく」そうです。日本の市場を期待して、今年から借地をして耕地を増やした農家もあります。プレミアム価格を期待して非組換えを栽培する農家、出来る限り組換えにしてリスクを小さくする農家、パパイヤの原価は安いので、パッキングまで自分の手でする農家、奥さんは教師や保険会社などで働いている農家、コスト削減は深刻な課題。
パパイヤの収穫は、実を下から棒で押し上げ、もう一方の手でキャッチする、という名人芸
収穫されたパパイヤは肩にかけられたデニムの袋につめこまれ、畑ごとに集められる。この作業も分別扱い
ガレージで生産者たちと意見交換。ここでも非組換えパパイヤのご馳走
パパイヤ畑の写真を見せて説明するキャサリンさん
7.生産者の受容について
7.生産者の受容について
キャロル・ゴンザルベス夫人がボランティアとして1999年に行った93人の農家を対象に実施したヒヤリング調査から、いかに早くスムーズに生産者に遺伝子組換えパパイヤが受け入れられたかがわかりました。
たとえば、1998年の種子の無料配布から、16ヶ月以内に76%の人がすでに播種しています。彼らは遺伝子組換え技術をヒトの予防接種のように理解しており、パパイヤの壊滅を救ってくれた救世主として、受け容れています。また、組換えパパイヤが有償だったら購入するかという質問にも、適正な価格ならば86%が喜んで買うし、組換えに関わらず新種が出たら試してみたいという回答した農家が88%。「優れた品種ならば栽培してみたい」のは生産者に共通の思いと日本から参加した生産者は共感を覚えていました。
従って、消費者に対しても、彼らの知る権利として(25%)、むしろ高品質であることをアピールするために(75%)、組換えであることの表示が必要であると考えています。
8.日本への輸出について
現在、日本では、遺伝子組換えパパイヤの厚生労働省の認可を進める作業が続いています。日本に高品質のパパイヤをプレミアム価格で輸入してもらうのが重要なので、東南アジアから低価格の非組換えパパイヤが輸入されていることは、ハワイの関係者には気になることです。日本では、ハワイのように毎朝食するほど、パパイヤはなじみのある安価な食材ではありません。特別なデザートのような感覚で受け容れられると、パパイヤも幅広く親しまれるようになるでしょうか。日本には遺伝子組換え食品に関する情報ばかりが氾濫し、なかなか実物にお目にかかることがありません。日本の店頭にrainbowが現れるとき、その品質と、遺伝子組換え食品であることが、消費者の選択の天秤にのせられることになるでしょう。キャサリンさんは、日本の判断、日本の消費者の反応を世界が注目しているといわれました。
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