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第8回談話会報告「化学物質管理から考えるバイオの安全性」

 4月23日(金)、くらしとバイオプラザ21会議室において、第8回談話会が開かれました。スピーカーは(独)製品評価技術基盤機構 安全審査課 山本耕市主任でした。最近良く使われることばである「リスク」とその考え方について詳しく、また関係する法律についてもわかりやすくご説明いただきました。

山本さんのお話

管理することが大事

わかりやすいたとえを使って説明する山本さん
わかりやすいたとえを使って
説明する山本さん

 現代社会は化学物質を抽出、合成して使うことが前提となった社会。化学物質の管理は世界のコンセンサスになっており、リオ宣言(*)のアジェンダ21第19章にも示されています。役に立つ化学物質でも製造過程で有害化学物質を大量に環境中に排出するものや、使用中及び廃棄後にヒトや生物に多大な影響を与えるものは適切に管理されるべきです。

管理するには情報が必要

 リスク管理上の最大の問題は、その化学物質に関する情報(有害かどうか、どの程度が環境に排出されているかなど)が不足していること。日本国内で作られている化学物質は10万種といわれているが、情報がそろっているのは数十種類、一部だけの情報があるものは数千種。

化学物質の安全性評価には事前審査と事後責任がある

 化学物質の安全性を調べるときは、人間が新しく作ったものは事前に調べ(事前審査)、長期間使用してきたものは公衆衛生の観点からの規制(事後責任)する仕組みになっている。遺伝子組換え食品や医薬品は事前審査し、天然物である化学物質は問題が起こったときに責任を取ることになる。

安全性評価の考え方

 ヒトや環境への影響は何か、既知見と予防的アプローチの利用、リスク交換の考え方(使用するリスクと使用しないリスクを比べる)、コストの負担、トータルリスク評価(製造から廃棄までを考える)と製品(プロダクト)のリスク評価を考えて規制は行われる。化学物質審査規制法(化審法)では既知見で評価するので、具体的な影響が想定されない物に対する規制は難しい。
 例えば、ポップス(残留性有機汚染物質(POPs)の規制)条約により、DDTはマラリアの被害のある地域では今も使われている。DDTを用いるリスクの方がマラリアにかかるリスクより小さいため。(リスク交換)

レシポンシブル・ケアと説明責任

 有害な化学物質を製造・使用している者には社会的責任(レシポンシブル・ケア)と、リスクとベネフィット、その責任の所在を説明する責任がある。
 国や自治体、企業、マスコミやNPO、科学者には化学物質の管理のためにそれぞれ、取り組むべき問題(社会的安定の確保、情報提供、倫理問題への取り組みなど)がある。学会などでは、トータルリスク評価の理解を求める動きが始まっている。

バイオの安全性との関係を考える

 バイオはトータルリスクを軽減するのに必要なプロセスだが、化学物質のリスクの考え方からバイオを考えると、環境や社会への間接的なリスクや歴史が短いために、未知な意図せざるリスクがあるといえる。
 バイオのリスク管理を考えるときには、ハザードとして何を考えるか、倫理・感情的問題に発展しやすい傾向があることなどを注意しなくてはならない。

 化学物質のリスク評価についてよりよく理解するために


質疑応答(○は参加者の質問や意見、→はスピーカーの発言)

それぞれの役割

○国、自治体、企業、科学者、マスコミやNPO同様、消費者の役割もあるのではないか。
→そうです。消費者教育や学校教育の役割、すなわち研究者の責任が大きい。

リスクとは

○組換え技術を応用すると不明のリスクが大きいという意味は?
→たとえば組換え食品は従来の食品と同じリスク。特定の種子会社が供給を独占すると、食料が独占されてなくなるかもしれないと思う人が居るということは、リスクがある、と表現する。組換え植物で環境が変ったり、組換え食品のために長生きできるところも短くなるかもしれないと懸念する人がいれば、その人にとってそれはリスクと表現する。
 私は組換え作物の宿主になった農作物が安全性評価を受けた数少ない従来農作物であるので、それがその種のなかでは一番安全だと思っている。

日本における化学物質の管理に関わる規制について

○化学物質には測定できないものが多いというが、問題が起きてから規制するのと一部の情報をもとに評価するのと二つの考えがあるのではないか。
→新しい化学物質へのハードルを低くしてモニタリングしてみようというのがTSCA(Toxic Substances Contorol Act:米国の「有害物質管理」)の考え方。日本の化審法は基本法がなくて物質ごとに対応する仕組みでできあがってきた。
 物質には製造時(入口)と使っている時と捨てる時の3つの規制があり、日本は入口が厳しすぎるというが、入口さえ通ってしまうと逃れやすいという特徴もある。
 過去の種々の事情から、化学物質管理に関する規制としてはハザードに着目した個別法が複数存在している。基本法を制定するには時間が掛かり、必要な規制を制定する際の合意が難しいためにそうなってしまうことがある。

○生命倫理は全体を体系的に見ずに個々を見ていますね。
→化学技術会議の中で生命倫理に関する基本法を制定してはどうかという議論もあったが、人クローン作成を速やかに規制するためには早く個別法を制定することが必要と言うことになった。

○化学物質には情報が十分でないからといって最初から使用を規制するだけなく、管理のやり方などのハードルを高くして情報を集めてから規制してゆく方法もあると思う。一方的に規制するだけでは企業にも国民にもマイナスだと思う。たとえば塩素系の溶剤は便利なのに、使えなくなってしまった。
→塩素系溶剤には規制の結果、より有害性の低い代替品が作られつつある。
 一般的に規制にはいくつかの意味がある。規制をすることにより制限を掛けるものと、規制をすることにより一定の範囲内における活動を則すものである。化審法においても、環境への排出等の管理を適正に行うことによる審査の緩和措置が導入されるなど、規制を改正して管理をきちんとし、環境排出がない物は使えるようにする動きもある。

予防的アプローチについて

○予防原則ということばについて。
→未知のものもすべて規制していく考え方は個人的には好きではない。予防的アプローチの背景には欧州の昔への回帰があり、それを考えることなしにはこの考えは理解しにくいと思う。

農薬の使用について

○中国産の野菜の残留農薬が問題になったことがあるが、輸入品には厳しく、国内には甘い印象を受けるが。
→これは規制の問題。原則として製品は出荷前に規制する。製造は製造者責任、輸入される物は輸入者責任であるが、実際にはその前に通関がある(輸入貿易管理令)。中国の野菜は通関で問題になった。日本国内では禁止農薬は使わないで出荷していることが前提になっているので農家の自主管理に任せている。それで甘く見えるのかもしれない。

○農薬のことを考えるとき、安全から安心まで広げるとかなりハードルが高くなると思う。
→人には危機をもたらすかもしれない農薬をなぜ使うのか、と考えてみる。
 リスクには使うリスクと使わないリスクがある。過去に、毛沢東が作物を荒らすスズメは悪いやつだと発言し、国を上げてスズメを駆除したが、 翌年害虫を食べるスズメが居なくなったので凶作になったという逸話がある。すずめに食べられる損失と害虫による被害の比較。
 何のためなら農薬を使ってよいと市民は思うのか。まっすぐな大根を得るためなら農薬は不要で、人が生きるための最低限の食料を得るためならよいと考える人は多いのではないかと思う。

○農薬については生産者と消費者の考えに違いがあり、両者は二極対立している。

作る行為の禁止について

○組換え分子に対する規制はありえるのか。
→DNAを作る行為は禁止されていない。毒物を用いた傷害行為が起これば毒物製造者も作った結果責任を問われることになる。

○生物兵器禁止条約にかかわっていたときの経験から話すと、この条約では作る行為そのものは禁止しないという立場をとった。
→ホスゲンは毒ガスとして使われたが、現在はポリマーの原料で製造され利用されているものもある。これは、利用のされ方によって危険な物質も製造され得る例。
→伝染病予防法で危険なDNA(コレラ、天然痘など)は輸入できないことになっているはず。

化学物質の情報提供について

○情報不足の中で化学物質に対する理解を進めるのか。
→大量に使われている化学物質は約1000種。それらのデータはかなり収集されている。微量で効果のわからない物については構造活性相関(SAR:分子の構造が毒性のある分子と似ているかどうかから毒性を予測する)という考え方を用いてはと言う議論もある。他にSARを使って優先的にデータを集めるべき化学物質探しをするためのプロジェクトも進行もしている。

リスク交換の考え方

○DDTのお話が面白かった。サリドマイドが今は同じ状況にあって骨髄腫の患者はサリドマイドが使いたいし、被害にあった人は反対している。
→タイ、ベトナムではDDTを使用している。BHCもインドでは使用している。DDTは遺伝毒性が問題になっているが、妊婦以外の人に対してはマラリヤの危険の方が大きい。

事前審査と事後責任

○事前審査で国がリスクを分担するというのはどういう意味か。例えば、組換え農作物で環境に悪影響が出ても回収は国でも不可能。
→当該物質について分かっている範囲で「国は問題ない」といってお墨付きを与えることで、責任を分担していると考えて貰えばよい。水俣病では、その当時は原因がわからなかったので責任を誰もとれない。民事的責任は製造者等の「その状況を作り出した者」が取る。


 リスクコミュニケーション、リスク分析などリスクということばはたびたび耳にしてきましたが、化学物質そのもののリスクとベネフィットを比較してそれを使用するか考えるだけでなく、リスクにはある物を使うリスクと使わないリスクがあることがわかりました。DDTを使うリスクとDDTを使わないために蚊にさされてマラリアになるリスクはまさにこの「リスク交換」と呼ばれる考え方によるそうです。カタカナのことばの定義や使い方はいい加減になりがちなので、大変よい勉強になりました。
 また他の分野でも言われますが、化学物質の規制も個別法で対応する縦割り型になっていることも興味深いことでした。


*環境と開発に関する国連会議は、1992年6月3日から14日までリオ・デ・ジャネイロで開催され、1972年にストックホルムで採択された国連人間環境会議の宣言を再確認した。これを発展させることを求め、各国、社会の重要部門および国民間の新たな水準の協力を作り出すことによって新しい公平な地球的規模のパートナーシップを構築するという目標をもち、すべての者のための利益を尊重し、かつ地球的規模の環境及び開発のシステムの一体性を保持する国際的合意に向けて作業し、我々の家庭である地球の不可分性、相互依存性を認識し、環境と開発に関するリオ宣言を行った。

参加者記念写真
参加者記念写真








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