2月13日(金)、くらしとバイオプラザ21会議室において談話会が開かれました。
スピーカーは三菱ウェルファーマ(株)創薬企画部奥本武城さんにおいでいただき、治験以外でのヒト組織の研究利用に関してわかりやすくお話しいただいた後、17名の参加者全員で活発な討論が行われました。
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ヒト組織を利用する理由とそれに関わる法令類の整備について |
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お話をされる奥本さん |
医薬品の研究開発にはヒト肝臓、心臓、血液、老廃物などのヒト組織が必要です。米国ではヒト組織を研究利用する理由として、臨床予測性を上げ、試験動物を削減し、ヒトの病気をより理解するためとFDA(食品医薬品局)や NIH(国立衛生研究所)が主張しています(1987年、1993年)。日本では1998年厚生省厚生科学審議会の答申書(黒川レポートと呼ばれている)の中で、米国と同じ理由に加えて医薬品の製造や再生医療のためにヒト組織利用は必要であると述べられています。2001年、文部科学・経済産業・厚生労働省告示のヒトゲノム・遺伝子解析研究に関する倫理指針(共通あるいは三省指針と呼ばれている)の中では、「ヒトゲノム・遺伝子解析研究は科学の進歩に貢献し、人類の健康や福祉の発展や新しい産業の育成等に大きな役割を果たそうとしている」と述べられています。
1998年以降に、ヒトゲノム解析研究等を含めヒトを対象とした研究に関して、国、学会、団体から法律やガイドライン等が次々に出されました(下記)。このような法律やガイドライン類ができるまでは、製薬会社は国内では実施しないで、外国で実施したり、法令類の整備を要求するという姿勢をとっていました。
- 手術等で摘出されたヒト組織を用いた研究開発のあり方について "医薬品の研究開発を中心に"(黒川レポート 厚生科学審議会) 平成10年
- 細胞・組織利用医薬品などの取り扱い及び使用に関する基本的考え方 平成12年
- ヒト由来細胞・組織加工医薬品等の品質及び安全性の確保に関する指針 平成12年
- 家族性腫瘍に関する遺伝子診断の研究とこれを応用した診察に関するガイドライン 平成12年
- ヒトゲノム研究に関する基本原則 平成12年
- 遺伝子解析研究に付随する倫理問題等に対応するための指針(ミレニアム指針と呼ばれている。共通指針の施行により廃止) 平成12年
- ヒトに関するクローン技術等の規制に関する法律 平成12年
- ヒトゲノム・遺伝子解析研究に関する倫理指針(共通指針) 平成13年
- ヒト遺伝子検査受託に関する倫理指針 平成13年
- ヒトES細胞の樹立及び利用に関する指針 平成13年
- 特定胚の取り扱いに関する指針 平成13年
- 遺伝子治療臨床研究に関する指針 平成14年
- 疫学研究に関する倫理指針 平成14年
- 臨床研究に関する倫理指針 平成15年
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日本でヒト組織を利用するときに満たさなくてはならない条件 |
研究者は上述の法令やガイドライン等を遵守して研究を進めています。共通する事項として、(1)十分な説明、(2)提供者の自由意志により、文書による同意、(3)善意の意思による無償提供、(4)関係各機関の倫理審査委員会の事前承認、(5)個人情報の保護等です。
ヒト組織の研究利用にかかわる法令類は国により異なります。例えば、日本と異なり米国では、移植不適合臓器を研究利用することができます。外国から輸入したヒト組織を日本で研究利用する場合は、研究者は研究計画と輸出国の法令類を遵守して収集したことを証明する文書を倫理審査委員会に提出して、審査、承認を得た後に入手しています。
ヒト組織を研究利用する場合、バイオハザード(生物学的有害物質)対策等も欠かせません。
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ヒト組織の収集 |
各国の法令類にしたがって行われており、日本では提供者へ説明をして文書同意を得て試料収集・搬送が行われています。米国では脳死患者組織の利用が可能で、非営利の研究資源バンクがあり、ヒト組織を集めるビジネスをするベンチャーまであるところが日本と異なるところです。
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業界団体(日本製薬工業協会、製薬協と呼ばれています)ではどんな対応をしてきたのか |
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難しい話の中には笑顔も |
黒川レポートが出た後、各社の倫理体制の整備について啓発活動を行いました。その一環として、アカデミアの先生と製薬協加盟の数社で外国から輸入した試料を用いた共同研究を行いました。前述したように、ヒト試料を提供する機関の証明書を添付した研究計画書を全研究実施機関の倫理審査委員会に諮り、承認を得た後に使用しました。経過や研究成果等は公開しながら実施しました。
ミレニアム指針が出た後は、製薬会社43社でファルマスニップコンソーシアム(PSC)を設立して約1000人のボランティアから血液を集めヒト遺伝子解析を実施しました。この研究事業でも経過や研究成果等は適時公開しました。社会への貢献を目的に多数の製薬会社がまとまって事業をしたのがよかったと思う。
製薬協加盟の43社は、「日本人の薬物動態関連遺伝子多型に関する研究」事業を行うために平成12年9月にPSCを設立しました。PSCと関係機関の倫理審査委員会でPSC研究計画(同意取得説明文書や同意文書を含む)の承認を得た後、ボランティア募集を開始しました。ボランティアの方々にPSC研究計画を説明して、文書で同意した約1000人の日本人から血液を提供していただき、薬物動態関連遺伝子多型の頻度解析(理化学研究所が実施)やリンパ球をセルライン化しました(東京女子医科大学が実施)。PSCの研究成果は、医療の向上や生命科学の進歩等に役立ててもらえるように学術誌等に公表するとともに、頻度解析データはバイオ産業情報化コンソーシアムから公開し、セルラインは公的研究資源バンクに倫理的手続を踏んだ上で寄託しました。
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今後の課題 |
ヒト組織の研究利用に関してまだ検討すべき課題等があります。下記について具体例が紹介されました。
1) 法令類
2) 提供者
3) 医療機関、研究資源バンク
4) 研究者
5) 文化等の違い
6) 医薬品の研究開発
7) 産業
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患者の立場が一番弱いのではないか |
- 企業、被験者、研究者の立場のそれぞれの倫理があるが被験者への目線が弱いのではないか
- 指針が出る前には患者のモノは自分のモノというような認識のお医者さんもいた
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わからないことには近づかない |
- 生命倫理といわれても健康な一般的な家庭ではとてもそこまで関心が持てない
- よくわからないから献体や試料提供への協力はまずやめておこうというのが本音
- よくよく説明され、理解しなくては同意の説明が難しいくらいなら、といって協力をしなくなるのが心情でしょう
- 病気で来院した患者が1対1で説明を受け、平常心でインフォームドコンセントに同意しているとは考えにくい
- 自然体で説明を聞けられるような教育が必要
- 何かを考えなくてはと思いつつ「何をしたらいいの」というのが心境
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日本のコンセンサスはどこに |
- 日本は欧米とは違う生命倫理感があるはず
- 生命倫理の考え方はひとつではないはず。複数を認め合うべき
- 官僚や専門家の考え1本になっていくことは不合理だし危険
- 日本ではそういうコンセンサスを得る作業をどこがするのだろうか
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ヒト組織試料の不足 |
- 手術の技術があがって切除する部分が少なくなり手術で得られる試料の量では少なすぎる。法的に移植不適合臓器が研究利用できるようになっても、現在の移植例数からみると量不足の解決は難しそう
- 一般市民は薬の開発にヒト組織が必要なことも、不足していることも、海外のお世話になっていることも知らない
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生命倫理への理解促進(→はスピーカーのコメント) |
- 生命倫理に対する理解促進活動を行うといっても、一般市民にも中小企業にも遠い話でしかない
- 生命倫理の専門家にヒヤリングしたが、専門家の中でも考え方はいろいろだった
- 倫理観は多様なものだが、特許取得時の倫理審査基準について世界の標準化は可能だろうか。→宗教、文化等の違いがあるので難しそう
生命倫理というと宗教、哲学と難しく話が発散しやすいために、懇談会などで扱うのは敬遠されがちです。くらしとバイオプラザ21談話会で医療、生命倫理を扱ったのははじめでした。予想通り、ばらばらの意見がでました。今回はスピーカーの気さくな応対に助けられて、「考えないとね」「答えはひとつではないし、複数の考えを聞く姿勢が大切なんじゃない」とそれぞれの参加者の心に響く議論ができました。
まずはたった十数人集まっただけでもこんなに意見が異なることを知り、無理にひとつにまとめないこと!に慣れなくてはいけないような気がしました。
私達はこれからもこの分野の問題にも逃げないで取り組んでいきたいと思っています。
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談話会の熱い討論の後で |