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TTCバイオカフェ「世界の医療にも貢献する植物での物質生産」開かれる

 2015年5月15日、東京テクニカルカレッジ6階のカフェテリアで第18回TTCバイオカフェを行いました。今回は国際植物の日(2015年5月18日)にちなみ、植物の話題として農業生物資源研究所の小沢憲二郎さんに「世界の医療にも貢献する植物での物質生産」というタイトルでお話いただきました。
 お話の前に、東京テクニカルカレッジの大藤道衛先生よりご挨拶をいただきました。音楽演奏ではオリジアス弦楽四重奏団のみなさん(津留崎護さん、今村恭子さん、田淵良子さん、末永直さん)の演奏があり、すばらしい演奏に参加者のみなさんもすっかり聞き入ってしまいました。

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オリジアス弦楽四重奏団のみなさんの演奏 スピーカーの小沢憲二郎さん


お話の内容

モレキュラーファーミング 植物でタンパク質を作らせる
 モレキュラーファーミングという言葉がある。モレキュラーmolecularは分子、ファーミングは農業farmingと薬学pharmingをかけてつけられた言葉。植物でタンパク質など有用物質を作らせること。海外では注目されている分野で、ニュージーランド、アメリカ等、多くの国で農業への貢献を期待されている。例えば日本ではイネ、米も値段が今年はとても安い。これに有用物質を作らせることができれば、付加価値がつき、より高い価格で売ることも可能になる。
 最近は植物を使ってタンパク質をつくることが効率的で有用であることがわかってきた。これから普及するには研究から実用化への橋渡しと、関係する規制づくりが必要。
 
どうしてタンパク質をつくらなくてはいけないのか?
 最近の世界の医薬品売り上げランキングの上位10のうち7つがタンパク質医薬品。21世紀は抗体医薬の時代と言われている。バイオ医薬品、現在はがん、リュウマチに特異的な抗体を作り、薬にすることが増えてきている。でも、薬代が高価で、1ヶ月に200?300万円もかかることもある。もっと安価になればもっと広く使われると思うが、生産費を下げることが難しいと言われている。現在は、薬となる抗体を作る動物細胞を大量に培養して、そこから毒物となるエンドトキシンなどを除去し、抗体だけ精製して取ってくる。このような作り方だと、コストの3割が培養に、7割が精製にかかると言われている。細胞培養の施設だけでも数百万ドル以上もかかる。研究は日本でも進んでいるが、多くの特許はアメリカがもっている。また、動物細胞を使うので人畜共通感染症やウイルス感染のリスクがあり、実際にアメリカなどで事例があった。
 植物だけでなく、今はカイコでもタンパク質の生産をしようとしている。カイコはカイコ自体を食べることもあるが、今はタンパク質を精製することを考えている。植物はそのまま食べることができる利点がある。 そのまま食べられると、医薬品成分を抽出、精製する必要がないので、理論上は製造の7割のコストダウンが可能となる。 イネでつくると、栽培することを考えても1gあたり60円ぐらいで製造できる。人間に感染するようなウイルスなどの汚染も無く、玄米の状態で長期間、常温保存が可能となる。
 お米以外の物質生産の研究は、実験レベルではシロイヌナズナ、タバコ、アルファルファ、クローバー、小麦などで可能になっている。また、浮き草、ゼニゴケなどはタンク培養での利用も研究が進められており、それぞれにメリットデメリットがある。
 では、植物にタンパク質を作らせるメリットは何か?1つは生産性のスケールアップやスケールダウンが簡単であること。動物細胞で作らせる場合、キロリットル規模の培養タンクは設置費用も高額で、また製造量を変えることも困難である。メリットの2つ目は生産速度が速いこと。タバコは最短4週間、お米は3ヶ月で製造できる。 タバコの培養細胞は、暫定的にエボラ出血熱のパンデミックに対応するためのワクチン製造に利用されている。メリットの3つ目は室温で長期保存や輸送が可能であり、人間に対する病原性微生物やウイルス、毒素を持たないこと。これは医薬品の安全性向上と抽出精製のコストを減らすことができる。
 
実用化へのハードル
 今、世界中の研究者がモレキュラーファーミングを実用化しようと頑張っている。すでに利用されているものとしては、アビジンという研究用の試薬がある。これは組換えトウモロコシを野外栽培して製造している。お米では、日本の企業がインターロイキン10という物質を作らせ、抽出して化粧品を作っている。2012年には、ニンジンの培養細胞で作られたエライソという酵素が医薬品として初めて米国で認可され、コストを3割減できたと言われている。その他、インフルエンザワクチンやアルブミンの製造なども行われている。また、日本では昨年からイチゴで作らせた動物用医薬品が発売されている。
 植物を利用した物質生産には実用化の3つのハードルがあると言われている。基盤技術、規制対応、社会的受容の3つ。
 
1つめのハードル:基盤技術の開発
 タンパク質をつくる基盤技術の開発について。既存の方法と比べて、本質的に製造コストの競争力は高い。植物の能力からして、植物1kgから最大20gのタンパク質が作れると考えられている。イネではこの技術が確立されている。植物を野外栽培する際の施設は安価だが、花粉飛散のリスクが考えられる。この花粉飛散リスクが低い方法が、タバコの一過性発現という方法。葉にスプレーで導入遺伝子を持ったアグロバクテリウムをかけてタンパク質を作らせる。生殖細胞の花粉には遺伝子が入らないので花粉飛散はないが、遺伝子導入に利用するアグロバクテリウムが環境中に放出されてしまうという、別のリスクがあるのと、タバコはそのまま食べられないので、必す抽出精製をしなくてはいけない。
 自分はイネに物質を貯めこませる技術開発の仕事をしている。作らせたいタンパク質遺伝子の前につけて、どこで、どのくらい遺伝子を働かせるのかコントロールする、プロモーターというDNA配列がある。この部分を工夫すると、タンパク質を貯める量や場所を制御できる。たくさんタンパク質を貯め過ぎても、まるで風船が空気を入れすぎると爆発してしまうのと同じようにお米の品質の劣化が起こるので、そうならないような工夫も必要。遺伝子がうまく入った細胞を選ぶ技術、遺伝子をいれる場所をコントロールする技術、一度にたくさんの遺伝子を入れてうまく働かせる技術などを研究している。さらに、遺伝子組換えイネの混入防止策として、花が咲かなくする、識別マーカーとして色をつけるなどの技術の開発もすすんでいる。
 例えば、プロモーターによってイネ種子中の蓄積量や場所をコントロールしたり、特定の配列を入れ、コメの胚乳中のでんぷんの貯蔵タンパク質はPB-1、PB-2に貯めたり、その他のオルガネラに貯めたりすることができる。その技術を利用して、スギ花粉症のアレルゲンタンパク質を作らせたコメを開発している。白樺花粉症についても試みている。
 なぜイネなのか?組換えのイネはやめて欲しいと言われることもあるが、コメに医薬品を作らせるのは上述のように、植物でタンパク質を作らせるメリットがある。さらに、天然のタンパク質貯蔵装置がコメにはある。特にPB-1は消化されにくく、胃液で分解されないので腸管まできちんと届く。腸管免疫系はもっとも重要な免疫系であるが、タンパク質が分解され、腸管に届かないと治療効果が表れない。同じ研究室の高岩さんの仕事で、コメのPB-1が腸までたどり着くことがわかり、まさに天然のドラッグデリバリーシステムであることがわかった。
 生物研では、スギ花粉症の他、ヒノキ、白樺、ダニのアレルギーに対応した治療用のコメなどを開発している。動物では生物活性をもつサイトカインは動物細胞では作りにくいが、植物では作用しないので大量に作らせることも可能になる。
 植物で抗体医薬品を作らせる場合、抗体本体のタンパク質に結合する小さな糖分子の種類が問題になる。植物とヒトでは糖の種類が違うので、できるだけヒト型の糖分子を作らせて、抗体に結合させなくてはいけない。そうなると、植物の付けた糖を切り、新しい糖をくっつけたりしなくてはいけないが、そうなると一度に10個程度の遺伝子を植物に導入し、それらがうまく働くようにしなくてはいけない。これは簡単な技術ではない。
 
スギ花粉症の治療薬としてのコメの開発
 人口の3割がスギ花粉症患者と言われており、治療する薬が望まれている。現在は対処療法が多く、毎年病院に通わないといけない。完治させる治療としては減感作療法という方法がある。抗原特異的免疫療法とも言われおり、アレルゲンを少しずつ摂取する。3年程度通院するが、治らない事もあり、そうなると患者のショックは大きい。皮下注射の場合は痛み、3年間の通院、アナフィラキシーショックのリスクなどのデメリットもある。舌下療法はアレルゲンをしみこませたパンを舌の下に3分間おくことで体内に取り込むが、完治率は高くはない。
 日本は免疫系の研究レベルが高く研究が進んでいる。利根川進先生がノーベル賞を受賞した研究も免疫関係の研究である現在でも大阪大学を中心に高いレベルの研究が進められている。アレルギーが起こるしくみの各ステップがわかってきたので、研究の延長にあるものだが、免疫系に作用する新たな治療方法の開発が進められている。免疫療法において有効な治療のためにはある程度の量のアレルゲンを体内にいれなくてはいけないが、コメにアレルゲンを作らせた場合はミリグラム単位で経口摂取することが可能。
 現在の医薬品では、1グラム数千円程度もするスギ花粉からアレルゲンを粗抽出しているので大量につくるのが難しく、コストがかかっている。また、アナフィラキシーショックなど副作用の可能性が高くなる。そこで私たちが開発しているスギ花粉症の治療に用いるイネには、副作用を低減するため、スギのアレルゲンの免疫に関係している部分だけを、コメのPB-1に大量に貯めるようにした。市販のパック米は1食80gぐらいのコメで炊かれているが、それを一定期間食べ続ければ治療に充分なアレルゲンを取り込むことができる。スギ花粉を購入してつくるよりも安全で、安価にできる。
 
規制対応
 植物で医薬品を製造するときに関係する規制は薬機法(医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保に関する法律、以前の薬事法)、カルタヘナ法(遺伝子組換え生物等の使用等の規制による生物の多様性の確保に関する法律)、の2種類がある。アメリカとEUは物質生産用の遺伝子組換え植物に関する規制を準備しており、ガイドラインが日本にはない。日本でもそのガイドラインを作らないと、実用化できない。現時点では組換え植物の栽培は農林水産省、医薬品製造工程は厚生労働省、と2つの省庁の管轄になる事が予想されている。
 栽培については、アメリカのルールを日本に当てはめて植物から物質生産しようとすると、畑の設置管理、栽培管理、栽培後管理、教育訓練手順などかなり細かくて厳しい。産業技術総合研究所が温室で栽培したイチゴで動物用医薬品の開発、製品化したのは良い戦略だと思う。もしこれが植物を野外栽培して製造しようとすると、それを管轄する省庁が決まっていない。植物で医薬品をつくろうとする場合、研究段階では文部科学省、実用化する際は厚生労働省、農水省になる。また研究段階でも品種育成に使う場合は文科省ではなく、農林水産省になる等、複雑である。非食用の遺伝子組換え植物の取り扱いについて、野外栽培は禁止するのか、厳格な規制で対応するのか等、具体的な対応方針が明確になっていない。これが決まらないと実用化に進まない。
 医薬品製造とみなす場合、各ステップで薬機法がかかわるが、例えば製造現場には薬剤師が常駐しないといけないが、コメ由来を原料とする医薬品の開発では栽培している田んぼに薬剤師がいなくてはいけないのか、種子を増やし方はどうすればいいのか、精製する場合と、パック米やバナナのように直接医薬品を栽培して製造する時はどこからが医薬品製造工程なのか等、GM植物を野外栽培して医薬品製造をするには、多くの解決すべき規制上の問題がある。
 これらのルールについては規制担当の部署とのやり取りを続けており、道筋は少しずつ見えてきている。今後、「産業利用一種」というこれまでになかった枠組みで野外栽培の許可の申請を出す予定。
 
 植物での物質生産、医薬品製造の実用化、産業化には規制の上でも決めなくてはいけないことが多いが、期待度は高く、世界中で研究が進んでいる。アメリカでは9つの企業がモレキュラーファーミングの研究で植物の野外栽培の申請をしている。日本も農家がリッチになる産業化に貢献できるとよいと思っている。


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会場の様子。満員御礼でした。

話し合い 
  • は参加者、 → はスピーカーの発言

    • 米は食べ物と思っていたが、今日は医薬品、物質生産用の米のお話だった。物質生産とはどんなものができるのか → 試薬、インターフェロン、プラスチックの原料、燃料などが考えられる。付加価値が高い医薬品に期待・注目している。ゴールデンライスは2016年に商品化するらしい。ビタミンAの前駆体の物質生産をすることになる。
    • タンパク質は加熱すると変性すると思うが、お米は炊いたら変性するのか → PB1はとても安定しているので炊飯してもこわれない。130度でとタンパク質は分解してくる。PB1さえ壊れなければ、タンパク質が少し変性しても腸管に届くはず。
    • 蓄積したいものが増え、何かが減っているはずだから、味はまずくなるのか → PB1は膜に包まれて消化されずに排出されるものなので、味には変化はないらしい。臨床研究ではコシヒカリに入れているのでおいしいと言われているようだ。
    • 抗体医薬を作る場合、抗体につける糖鎖は植物になくてヒトにあるものに変えるのか → 糖鎖はタンパク質に結合してタンパク質の活性に影響する。つける糖鎖の種類で抗体の活性が変わってしまう。糖鎖がついているとタンパク質は分解されにくくなる。たとえばシアル酸をつけたほうがヒトでは分解されにくくなることがわかっている。タンパク質工学の研究がこういった部分で活かされている。
    • 臨床研究用のコメは野外栽培でつくるのか → 文部科学省で、研究二種と一種を申請し、野外栽培をしているが、臨床に用いるには農林水産省に産業利用のための栽培申請を再度、申請する必要がある。
    • 植物は年ごとに成分が変化すると思うが医薬品として許容できる範囲の変動なのか → 規制当局PMDAと相談しながら進めている。植物だから、ある程度の変動はある。スギ花粉抽出物由来の医薬品、シダトレンは3?7マイクログラムのCry j 1量であることが明示されている。この程度の成分量の変化は許容範囲内ではないかと考えている。日本のコメの栽培技術は高く、タンパク質含有量を出荷基準にした栽培管理体系を既に確立し、コメ中のタンパク質量を6%?7%にコントロールしたコメを安定生産している。
    • 医食同源ということばがあり、食物に含まれる栄養が腸から吸収されるということだと思うが、組み換えたために目的外のタンパク質はできないのか → 目的外のタンパク質ができる可能性は低い。また医薬品として開発するので、改訂された薬機法の厳しい基準に従って進める。安全性は非臨床試験から始め、臨床試験を実施し厳密に確認することになっている。
    • 実験室 → 小規模栽培 → 大規模栽培を通じて、バイプロダクトなどは全配列をみて確認すると思う。すべての遺伝子を解析して変な副産物が合成されていないかと確認するだろう。