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茅場町バイオカフェレポート「知っておきたい熟成肉の豆知識」

 2015年4月10日、茅場町サン茶房でバイオカフェを開きました。「熟成肉の豆知識」と題して、株式会社東京食肉安全検査センター長の中島和英さんがお話されました。お話の前には弘田久美子さんのバイオリンの演奏がありました。

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弘田久美子さんの演奏 中島和英さんのお話

お話の主な内容

食肉の生産から消費まで
まずは牛がお肉になるまでのことを知ってほしい。魚や野菜と違って見る機会が少ないと思うので、お話したい。
平成8年、堺で発したO157食中毒事件が起こり、次の年の平成9年4月に検査センターができた。元々、スターゼンではマクドナルドのパテを製造しており、マクドナルドからの要望でスターゼン検査部ではO157の検査ラインが整備されていた。当時、検査成績書が保証書になってしまうような状態で、日本食品分析センターなどは1か月待ちの状態だったので、芝浦のと畜場からも検査依頼がきていた。
 
お肉が届くまで
4つ足動物は法律上、と畜場で解体しないといけないことになっている。と畜場以外で行うのを密殺といって法律違反になる。
家畜が育つときは、繁殖農家(仔をとる)、肥育農家(仔を買ってきて育てる)、などに分かれていて、育った牛は家畜商、生産者団体(松坂牛などのブランド牛の出荷団体など)、家畜市場に牛を出荷し、と畜場に出す。この段階では家畜伝染病予防法、飼料安全法が関わってくる。
と畜場では獣医師がと畜前の生体検査、と畜後の検査を行う。枝肉に解体され、すべての検査に合格するとせりにかけられ、卸問屋や加工メーカーなどへ出荷される。これらの段階ではと畜場法(生きている家畜が対象)、食品衛生法(枝肉になってからが対象)がそれぞれ関わってくる。
せりにかけられた食肉は加工メーカーでハムなどに加工食品にされたり、卸からすきやき屋さんに行ったりする。すき焼き屋で場内に加工する場所を持っている店があるなど、形態は様々。
生産から消費まですべてをカバーするのが牛トレーサビリティ制度。耳につけてある目印「耳標」は生まれた時につけられる10桁の番号で、個体識別番号という。パックになって売られても生まれた場所からトレースできる。BSEをきっかけにできた制度だが、東日本大震災後、牛肉中に基準値を超える放射性物質を検出した際、固体識別番号をおいかけることで福島から来た牛の肉をスーパーの店頭から外すことができた。7月後半からは私たちも24時間体制で放射性物質の検査を行い、検査頭数が多いときは1000頭待ちの状態だった。検査員である獣医師はホテルに缶詰めで検査にあたった。
 
食肉加工の今昔
牛の体重はおおよそ750kg。と畜場で解体し、頭部、足を取り除き、皮をはいで放血する。この状態を枝肉といい、おおよそ470kgになる。さらに骨や脂肪を取り除くと、部分肉といい、およそ330kgになる。さらに筋などを取り除き、精肉になると300kgになる。枝肉を背骨で切ったものを半まるという。背骨をはずすと肉がゆるんでしまうので、枝肉ではわざと背骨をつけたままにしている。
昔は枝肉で専門店に出荷することが多かったが、今は加工が消費の川上に上っており、スーパーに真空パックで部分肉として出すことが増えている。そうするとスーパーのバックヤードではスライスするだけで店頭に並べることができる。
このような作業は惣菜加工などと同様に、衛生管理のため目だけが出ているような服装で行い、混入防止に努めている。床もドライで室温は10度。解剖学的に解体して技術が必要で、力で捌いているのではない。
 
と畜検査
生きている家畜が搬入される。疲れていると乳酸がたまっているので、前日に搬入して一晩休ませてから、獣医師による生体検査として歩行検査、外観観察を行い、と畜する。と畜の際には特定危険部位(回腸、扁桃など)の除去を行う。BSEの検査は48か月齢以上の牛を対象に行っている。
合格印をおされた枝肉は、芝浦のと畜場では業界団体が出資して、全頭の放射能検査をしている。放射性物質の検査はと畜場法の範疇ではないのだが、東京都の芝浦の食品検査所で検査している。せりの後に卸が放射能検査を持ち込むこともある。
 
肉の等級
A5、A4などのランクを聞くと思うが、これは味の良し悪しで決めているわけではない。アルファベットのA〜Cは歩留まりを、数字の5〜1は肉質を表している。
歩留り等級は、歩留まりを求める専用の計算式があり、骨を抜いた時の歩留まりが多い順にAからCとなり、これは牛の種類である程度決まる。黒毛和牛はA、交雑やホルスタインはB、経産のホルスタインはCとなる傾向にある。
肉質等級は脂肪交雑、肉や脂肪の色、しまりなどによって決められる。
BMS(脂肪交雑)12の区分に分かれていて、12が一番さしが入っている。これを5段階に等級付けする。BCS(牛色基準)、BFS(脂肪の色)は7区分あり、それを5段階に等級付けしている。
仔をとると肉の色が濃くなり、脂肪は黄色くなる。仔を取った後に再肥育すると脂肪色が白くなるので白上がりの経産と呼ぶ。格付けは専門の検定員がせりの前に行っている。豚にも同じように豚の等級がある。
 
熟成肉とは
昔から枝肉を“枯らす”といって、冷蔵庫に長期間保存してカビをはやしておくと肉が柔らかくなるといわれていた。私は熟成肉というと「いまさら」という感じもする。
昭和50年代以降の高度経済成長にあわせて牛肉もよく食べられるようになり、真空パック技術が日本にアメリカからきて真空包装で流通していた。
熟成肉には包装しないで専用の冷蔵庫に数十日保管するドライエージングと、真空包装したものを冷蔵庫で保管するウェットエージングの2種類がある。保管する際の温度や湿度、日数などの条件は各社違うのが現状。
そもそも、熟成肉には定義はなく、各社に定義は委ねられている。ドライエージングビーフ普及協会では、チルド状態の肉を扱うときの前提条件が決まっていて、保管条件などを基本要素として定めている。
保管の方法については、吊したり、網棚に置いたりして表面には白いカビが生える。風を保管庫内に扇風機をおいて温度や湿度を一定に保つ、他の製品と混在させない工夫もされている。
温度について、肉は1.7度で凍るので温度は0-2度、湿度管理70-80%ぐらいが酵素が働いて腐敗しない環境として考えていて、条件がよいと私は考えている。肉の表面には菌がいるが、内部は無菌。表面ではカビをドミナント(優勢)にして腐敗の菌が優勢にならないようにコントロールする。カビは味には影響するという人もいるが、腐敗させないためにはカビが必要だが味には影響しないと私は考えている。
最終的には表面は黒くなるので使えない。熟成庫に入れると歩留まりは半分になり、値段は倍になる。硬くてやすい枝肉が柔らかくおいしくなる。
70-80%の湿度だと歩留まりは悪くなるが、安全性、味を考えるとこの湿度がいいと思う。そして、専用の冷蔵庫を使うこと。豚、牛、ジビエを一緒に入れるのは、付着微生物が異なるものを一緒にすることになるし、肉の種類によってそれぞれに合う温度や湿度がある。
 
熟成のメカニズム
筋肉はタンパク質でできている。筋原繊維をコラーゲンが覆っている構造をしている。牛肉の硬さはコラーゲンの量に関係している。熟成が進むと、元々肉の中にあるタンパク質分解酵素がコラーゲン繊維を分解し、筋肉が柔らかくなる(軟化作用)。と同時に、タンパク質が分解されてアミノ酸が増えつことでうまみが向上する。熟成肉の仕上がり、味・香には牛の個体によって異なってくるので、味の再現性は高くない。
匂いは独特で液臭、獣臭は余りなく、ナッツ臭がある。肉には4つの香りがある(東京農大 沖谷先生)とされている。肉の匂いは、生牛肉熟成香、煮牛肉熟成香(すきやきなどの匂い)、焼牛肉熟成香(ステーキや焼肉の匂い)、熟成発酵香の4つがあると言われている。
 
腐敗と熟成
では、腐敗と熟成の違いは何か?腐敗は細菌で分解し有毒物質、悪臭が生じる。熟成は温度、湿度、保管時間をコントロールしてうまみが増し、付加価値が高くなる。専用の熟成庫の中でもコントロールに失敗すれば腐敗してしまうこともある。発酵は外から加わるが、熟成は自らの酵素で変化する。マグロを熟成している寿司屋があり、赤身をさらしで巻いて1週間置くそうだ。
熟成は食材の特性をよく理解して、食材のおいしさを最大限に引き出せないと腐敗させてしまう。腐敗と熟成は紙一重。
 
消費者としての注意点
加工者は、よい枝肉を選び、徹底した衛生管理をしている。冷蔵庫、熟成後の骨抜き、流通の温度、消費期限の管理を徹底している。消費者は信頼できる店を選び、購入後の持ち運び、自宅では刺身と同じように十分に管理する。また、加熱は十分に行う(O157防止)ことが重要。
熟成肉にはリスクがあることを理解してほしい。


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会場風景


 中島さんのお話を聞き、参加者からは牛からお肉になるまでに様々な人々が関わっていること、検査や衛生管理がされていることなど、消費者としてもっと知ったほうがよい、熟成肉について安易に家庭で作るものではないことがわかった、などの意見がありました。