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トマトバイオカフェ「トマトの魅力〜野生種から今日のトマトまで」

 2015年2月15日、神奈川工科大学 エクステンションセンターで、トマトバイオカフェ「トマトの魅力〜野生種から今日のトマトまで」を開きました。お話は玉川大学農学部生物資源学科 教授 田淵俊人さんでした。めずらしいトマトの野生種を観察したり、ガラパゴスの野生のトマトを試食したりしました。

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田淵俊人教授のお話 トマトの野生種(向かって右)と現代のトマト(向かって左)

お話のおもな内容

はじめに
 私の研究室では原種のトマトの種子を約500系統を保有している。これは、わが国の大学でも一番の多さであり、お互いが交雑しないように気をつけて保存・育成している。
トマトは生命力の強い作物であり、世界で最も多く食べられている野菜だが、日本の消費量は世界で24位と多くない。
 
トマト、人気の秘密
理由1 彩り
 スーパーでは入り口から入ってすぐの正面に陳列するのが、世界標準になっている。それは、赤色は購買意欲、食欲を増すからであると言われている。
理由2 栄養
 全ての栄養素がバランスよく入っている。
理由3 旨み
 グルタミン酸を多く含むので、ゼリー状の部分が多く味のベースになる。
理由4 健康に良い
 トマトの果実に含まれる赤い色素のリコペンとβ‐カロテンは、生活習慣病の原因となる、活性酸素を除去する働きがあり1990年頃からブームになった。がん(特に子宮がんと前立腺がん)の予防にも効果があることがわかってきている。たとえば、リコペンとβ‐カロチンはシャーレ内のがん細胞が増えるのを抑えるという研究例があり、特にリコペンの効果は著しい。
 トマトのリコペン含有量は、他の食材と比べても高く、トマトがダントツ。ニンジンのβ‐カロチンは体内でビタミンAになるので以前から注目されていたが、当時はトマトの赤色は重要視されていなかった。トマト果実中のβ‐カロチンとリコペンの合計をとると、ニンジンの合計を超えるほどである。最近では、リコペン入りのニンジンの研究も始まっている。
 
トマトの原産地
トマトの原産地は南アメリカ。アンデス山脈の5,000mの高地からメキシコの湿地帯までに分布している。日本にはペルーの原産地から、メキシコを経て、スペインに渡り、ポルトガル船によって長崎にやって来た。ゾウガメで有名なガラパゴス諸島にもトマトの原種がある。
主要な作物の原産地は南米が多い。例えば、トウガラシ、ジャガイモ、トウガラシ、カボチャ、タバコなどがそうである。トマトの野生種には主に9種があり、それらの全てが南米に分布している。
私がトマトの研究において、種子を保有するようになったきっかけは、著名なトマトの研究者であるカリフォルニア大学トマト遺伝資源研究センターのチャールズ・リック博士から野生種トマトの9種類の種子をもらったことにある。野生種トマトを守ることはトマトの研究にとって大事なことで、これらの中にはすでに絶滅したものも多いので、今やこれらを絶やすことがないようにしている。
野生種のトマトの研究によって、新たな薬への利用などが展開されるかもしれない。
 
原種のトマトの特徴
トマトはナス科の植物で、病気に強いものが多い。メキシコから中米原産の野生種は高温、多湿で雨が多いので、そのせいか病気にかかりにくいものが多い。原種のトマトの果実の色は、赤色だけでなく、黄色、緑色(熟しても)、紫色など、いろいろある。
原種は一般的に小さくて、1cmから3cmくらいの大きさであまりおいしくない。中には、有毒のものもある。
○ガラパゴス諸島の野生種
ガラパゴス諸島はイグアナやゾウガメがいる、活火山の島々から成り立っている。
島ごとに色、形の違うトマトがある。現在、ここの原種を用いて塩害に強く、津波の被災地でも育つトマト品種の育成を研究中である。
どうやって南米大陸から1000kmも沖合にある島々に、原種のトマトが流れ着いたかは謎のままである。1000kmキロ飛べるツグミが種を運んだとか、木材に付いて流れ着いたとか言われている。
○ペルーアンデスの野生種
熟しても緑色のままの果実が多く、食べると口の中の感覚がなくなってしまう。
栽培品種の‘桃太郎’の葉を一晩で坊主にするほど、トマトの葉が大好きなテントウ虫さえも、原種の葉は食べなかった(セロテープで固定しても食べなかったほどである)。
 
葉や果実にベタベタした粘液を出す毛があるものは、害虫を葉や果実表面に付着させる。この原種トマトを栽培品種のトマトと交配すると、そのベタつきは子どもに遺伝する。この成分は,害虫の防除に役立つ可能性がある。
果実が熟すと緑色の原種のトマトは、ビタミンC(クエン酸)が多い。他にも、ウイルス、乾燥に強いトマトもある。また、果実が熟すと紫色になる原種トマトは、ポリフェノールをたくさん含んでいる。これは、アンデス高地の強い紫外線から身を守るためであろう。甘い野生種もある。
原種トマトの中でも、もっとも原始的なトマトの中には、アンデスの6000mの高地で育つものがある。これは、糖度は高いが、渋くて苦く、食べると舌がしびれる。バニラの匂いがする原始的なトマトもある。これは熟しても外からはわからない、5mの高木になるものもある。
 
野生種のトマトの研究
野生種のトマトには9種が知られていて、その中で地域によって異なる系統は2000を超えるくらいたくさんある。世界中の論文に書かれている、病気に強いトマトの種子は、今では保存されていなかったりもする。このような原種は、栽培していく上で役に立つので種子として、あるいは株として守らなくてはならない。
野生種トマトの果実にはどんな成分が含まれているかわからないことが多い。薬効成分をみつけて、ベンチャーを立ち上げた人もいるくらいである。本学では、ホルムアルデヒドを吸収・分解して二酸化炭素に変える原種トマトを発見したので、シックハウス症候群の対策として使えないか、研究中である。
タバコモザイクウイルスに耐性のあるトマトもある(タバコを吸いながら世話したのに枯れなかったトマトがあり、それがきっかけで発見された)。
原種のトマトから、今食べているような栽培種ができた経緯は、いまだにわかっていない。原種トマトは熟しても緑色だが、それが赤色になった理由、果実が大きくなった理由、切ったときに断面に見える部屋の数が増えた理由など、まだ何も分かっていない。
そこで、野生種から栽培種の起源や進化をたどる研究も行われている。
 
わが国のトマトの歴史
○江戸時代
 浮世絵の赤いトマトは菊型で観賞用。この時の品種は描かれた葉の形や大きさから、‘レッドチェリー’であろう。 浮世絵には、直径2〜3cmのトマトが描かれている。これはメキシコの原種と似ていた。
 よって、原種のトマトに近いものが品種になって渡来してきたようだ。
○明治時代
 新しい野菜としてトマトの栽培が始まる。当時のトマトは、いわゆる青臭い、俗にトマト臭と呼ばれる臭いが強いものだった。
○大正時代
‘ポンデローザ’という桃色で甘い品種が好まれた。赤いトマトは血に見える、赤いトマトは酸っぱい、という先入観などから嫌われたようである。
○昭和時代
 品種‘ファースト’が流行る。 この品種の果実は、先がとがっていて、糖度は4〜5で、皮が薄くて果肉が柔らかく、ゼリー部分が少ないなどの特徴がある。
 現在では、3月から5月の一定期間、限定で売られている。わが国で発達した品種で、昭和の懐かしい風味が楽しめる。ただし、完熟した後は日持ちがしない。
 
現代のトマト
 現在、売られている主な品種である‘桃太郎’は果実が硬く、糖度6〜7で甘い。多くの桃太郎’シリーズがある。‘桃太郎’は完熟しても日持ちが良いので、「完熟型」トマトともいわれ、熟してから1〜2週間はもつ。果実の果肉の細胞壁や皮が厚く、食感があり、甘いなどの特徴がある。
昭和初期の宮沢賢治の作、『黄色のトマト』に登場するトマトがなぜ黄色いかというと、当時のトマトの茎には細かい毛がびっしりと生えていて、太陽の光で黄色く光るためであった。このように昔のトマトには、茎や葉、果実に毛が多く、青臭いにおいがしていたようである。原種トマトや、昔のトマトの茎葉、果実には青臭い香りがするが、近年の赤いトマトは青臭さの少ない品種が多い。
 
生で食べるトマトの他に、ジュースやケチャップの原料にする加工用トマトは、支柱を立てずに地を這わせて、1株から100個程度の果実を取ることも可能である。ゼリーにまでリコペンが入っていて、中まで赤いので加工用に適している。
 
本学では、1つの房に多くの果実をつけて、ブドウのデラウエアのように房ごと収穫できる品種を作ろうと試みたが、非常に酸味が強くてあまり好まれなかった。
近年では、受粉しないでも果実ができるトマトが作られている(京都大学で研究中)。
 
まとめ
トマトの品種改良には原種の野生種トマトが必要だが、野生種トマトの保存がうまくいっていない。ガラパゴス諸島では、大陸のトマト種子が入りこんだおかげで、島にあった原種のトマトが駆逐され絶滅してしまった。アンデス山地では、地球環境の激変により豪雨があったりして、野生種が非常に少なくなっている。
ガラパゴス諸島では、ゾウガメが食べたトマト果実は、糞となって種子が排泄され、そのような種子はすぐに発芽する仕組みがある。つまり、ゾウガメと原種トマトは長い年月をかけて共存関係にあったのである。
私は、トマトの野生種を守りながら研究をしている。しかし、2012年にトマト種子は輸入禁止作物に指定され、また生物多様性条約などの関係で原種トマトの種子の輸入は非常に困難になっている。
遺伝資源としての原種のトマトを私が守っていくことは、「野生種のトマトで夢を見なさい!小さな種子、1粒には大きな夢と可能性が詰まっている」とおっしゃった、チャールズ・リック博士の精神を継承することだと思っている。


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会場風景

質疑応答 
  • は参加者、 → はスピーカーの発言

    • よく実をならせるには? → 開花したら、花を振動させる。花をたたいて、振動受粉させる。トマトは枝の房に花がつくので、房ごとたたくと花粉が出る。晴天の日の10〜14時に、花粉がもっともよく出るので時間も気をつける。めしべは‘やく’の中に入っている。たたくと花粉がめしべに着きやすい。マルハナバチは、花を振動させ受粉を助けるが、ハチはきまぐれなので、人の手でたたくのが効果。受粉したら、水をたっぷりあげる。それ以降は乾いたらあげるようにする。
    • トマトは虫媒花ではないか? → アンデスのような高地で虫がいない所では風だと思う(風媒花)。ハチがいる所ではハチが媒介する(虫媒花)。ガラパゴスは風も虫もない。そして、花粉がすごく多くて、確実に自家受粉できる。野生種から栽培種なるほど花粉の量が少なくなる。
    • 継続して種を維持するのに注意されていることは? → 花粉が混ざらないようにして純血種を守っている。具体的には作業は区別して行い、アルコールで消毒したピンセットを用いる。
    • 原種のトマトはどんな動物の餌になっているのか、人は食べるか? → ガラパゴスでは、ゾウガメとツグミが食べている(ツグミはヒヨドリくらいの大きさでくちばしが細くて尖っている)。メキシコではホウズキはサルサソースにするが、トマトの野生種は食べない。インカの人も食べなかったようだ。
    • 実付きを良くするホルモン剤の効果は? → 着花促進剤、ホルモン剤を使うと、2週間程早まり、実がふくらむ。
    • 青いトマトをラッキョウのように甘酢につけている → 房どりトマトは日持ちする。ミニトマトは置いておくと、呼吸によって、甘さがおちる。
    • 黄色のトマトはどうしてつくるのか? → 緑色と赤色を交配して作ると黄色が現れる。隠れた黄色の遺伝子が出てきたらしい。黄色が甘いということはない。
    • トマトの肥料は? → 肥料はたくさんやって欲しい。元肥も追肥も多く。追肥は4段目の房がついた時を目安に施す。化成肥料や液肥(2週間おき)でOK。肥料が根に触れると根が痛むので、根から離す。そして水をたっぷりあげるとよい。