2015年1月13日、くすりの適正使用協議会会議室にて、第14回コンシューマーズカフェを開きました。農林水産省農林水産技術会議 鈴木富男室長をお招きし、新しい育種技術(New Plant Breeding Techniques NBT)とは何か、日本のNBTに対する取り組み、その背景にある遺伝子組換え作物・食品の現状についてわかりやすくお話をいただきました。
鈴木富男室長のお話 | 会場風景 |
1.はじめに
これまでは遺伝子組換え作物・食品のリスクコミミュニケーションを行ってきたが、今はリスクだけに着目するのでなく科学に親しんでもらう、サイエンスコミュミケーションという視点で情報提供などを行っている。
遺伝子組換え作物というとアメリカだけで作っていると思っている人も多いが、アジアでも栽培され、組換え作物の耕作面積は世界の耕地面積の1割。この流れのなかで日本も生きていかなくてはならない。
トウモロコシ、ワタ、ナタネなどの主要輸入国の栽培面積の9割以上が組換え品種だから、日本で使っている食用油の多くには組換え原料が使われている。農林水産省は遺伝子組換え作物の国内栽培を承認しているが、実際に行われている商業栽培はバラだけ。
この背景に、国民の意識がある。平成19年のアンケートをみると、農薬、遺伝子組換えは不安で、期待していないという回答が多い。
ところが、最新の情報を受け取っている食品安全委員会のモニターのアンケートを見ると、不安は減ってきている。時間はかかるが情報発信が大事であることがわかる。
遺伝子組換えの不安の理由をみると、事業者への不信よりも科学的根拠だという。科学的にわかりやすい説明が足りないのではないかと思う。
2.遺伝子組換え作物と食品について
育種とは
人に飼いならされた植物が作物。選抜と交配の繰り返しの結果を今は塩基配列の変化として知ることができる。いろいろな生物の遺伝子の数や働きについてもわかってきている。
マーカー育種
例えば、おいしいコシヒカリをイモチ病などに強くしようとすると、おいしくないイネの遺伝子を導入しなくてはいけない。何度もコシヒカリと交配して、おいしくないイネの部分を消し、コシヒカリの部分を残しつつ、イモチ病抵抗性だけを残すようにする。
遺伝子組換え技術
交配では作れない作物ができる。土壌微生物のBtタンパク質合成遺伝子を切りだして、農作物に入れるなど、交配で獲得できない形質をとりこむことができた。
遺伝子組換え農作物は、自然界で起こり得ない外来遺伝子を組み込んだので、食べたことも育てたこともない作物が出来る。安全性確認を経て輸入したり、栽培したり、食べたりできるようになった。
進化する育種
γ線をあててナシの突然変異体を誘導して病気に強いナシ「ゴールド二十世紀」ができた。どの染色体にどんな働きをする遺伝子があるかに見当をつけておいて交雑を繰り返す「マーカー育種」も行われている。NBTの場合は種の壁をこえるケースとそうではないケースがある。種の壁をこえないNBTは遺伝子組換えでないと考えていいのだろうか。これからの課題。
事例紹介
○花粉症治療米
非臨床試験は、ほぼ終了している。効果は認められると考えられる。アレルギー誘発のリスクは低いが薬事法のもと、よく調べて世の中に出したい。
○複合的な耐病性が強い遺伝子組換えイネ
イモチ病予防に使われているベンゾチアゾールのメカニズムを解明したところ、ベンゾチアゾールが働きかける遺伝子(WRKY45)が見つかった。WRKY45を働かせて高い防御機能をもつ遺伝子組換え飼料用イネをつくる研究がすすんでいる。
○遺伝子組換えカイコ
遺伝子組換えカイコのつくるタンパク質が化粧品素材として利用されている。軟骨など実用化の近いものもある。カイコは2か月くらいで成虫になるので、昆虫工場として少量多品目のタンパク質を合成できる。機能性シルク(光るシルク、極細、クモの糸など)も開発中。
3.NBTとは
歴史
2007年、オランダがNBTについて検討することを提案。8種類の技術について科学者が検討し2012年にとりまとめられた。欧州委員会での取り扱いは決まっていない。日本では2011年から検討を始めた。2000年から科学論文が増えてきた。アメリカを中心に特許もおさえられてきている。
欧州研究センター(JRC)が出した未来技術研究所報告書では、7つの技術の農作物への導入が検討されている。組換えでないと判断されれば2-3年後に商業化されるだろうとも言われている。
バイオ企業では開発コストが大幅削減されることを期待。最終製品に外来遺伝子が確認されるかどうかに着目している。
NBTの種類
○ODN 突然変異を人工的に起こす技術。
遺伝子組換えでは20から100塩基対の短い配列を植物に入れる。塩基1〜2個だけが異なるDNA断片をいれると植物は自分の遺伝子だと認識して複製してしまう。これは遺伝子組換えか。
○人工制限酵素
Zinc Fingerは特定の長い配列を読んでその場所だけを切断する酵素を働かせる。植物は自ら再生しようとして、正常に修復するはずだが、たまたまそこで塩基が入れ替わり、変異が生じることがある。人は切るだけで、植物が修復するときに変異をつくる。
具体的には、酵素をつくる遺伝子を植物に入れ、できたタンパクが制限酵素として働く。タンパク質が発現すると遺伝子は消え、できたタンパク質が残って働く。
動物の場合はタンパク質を直接、導入する(遺伝子を操作していない)。
○接ぎ木
台木が遺伝子組換え植物で、ほしい形質をもつ植物を穂木にして接ぎ木する。
○アグロフィルトレーション
病気を発現する遺伝子をウイルスに導入し、そのウイルスを植物の葉に感染させる。感染しなかった植物は抵抗性のある植物だと云える。最後に選ばれた「抵抗性のある植物」は遺伝子組換え体だろうか。
○早期開花遺伝子を用いた果樹の開発
ローマビユーティというリンゴは、黒斑病になりにくい遺伝子(Vf)を持っているので、野生リンゴだった。りんごを病気に強くするのに戻し交配を6世代にわたって行い、1926年から約50年かかって、耐病性があるゴールドラッシュが1994年にできた。一方、FT遺伝子という任意に花を咲かせられる遺伝子が見つかった。リンゴ小球形潜在ウイルス(ALSV)にFT遺伝子を組みみ、ALSVに感染させると2か月で花が咲き、花粉ができて交配が可能となる(1世代が1-2年)。5-6年で目的の果樹になる。また、導入した外来遺伝子は花粉には原則残らないので、出来たリンゴは通常の交雑育種のものと変わらない。
○人工酵素
ゲノムの狙った位置に任意の変異を起こすことができる人工制限酵素を作り出す遺伝子を導入する。Zinc Finger(ZFNs)、TALENs、CRISPR-Cas9などがある。
例えば、イネのアレルゲンやジャガイモの有毒物質をつくる遺伝子をノックアウトする。オリゴ糖の多い根菜類を作り出す。低温でも大きくなるトマトなど。導入した外来遺伝子は、その後育種選抜で除去される。
4.NBTをどのように捉えるか
人が起こした突然変異を遺伝子組換えとみなすか。たとえば、イネの野生種(カサラス)は脱粒性があるが、「日本晴」は脱粒しにくい。この違いは第一染色体の1塩基の違い。人間は、育種という歴史的な選抜プロセスを経て脱粒しにくいイネを手に入れた。
シロイヌナズナに重ビームを照射し、1塩基を欠失させることができる。NBTで1塩基を変えるのも同じことではないか。
NBTs推進にむけた背景
・育種技術の選択肢が限られ、新品種開発に要する期間が長くなっている。
・海外からの遺伝資源の入手が難しくなっている。
・NBTで作出された作物の中に外来遺伝子が存在しないことが確認されたら、生物多様性影響にかかるリスク評価が簡素化される。消費者が受容する可能性もある。
NBTの研究開発をし、国内産業利用に結び付け、日本発のNBTを開発したい。3倍多収のイネ、養殖しやすいマグロ、機能性に富んだトマトなどの研究が行われている。
外来遺伝子が存在しないことを立証して、リスク評価を簡素化し開発コストを下げたい。
自然界ではDNAレベルで同じことが起こっていることを国民に理解してもらいたい。
まとめ
研究室では、遺伝子を操作するので規制が必要だろうが、商業化された最終製品では組換え規制の摘要の可否をよく事前に規制当局と協議し、審査も簡素化されるようにする。
育種の歴史を科学的な視点からわかりやすく説明することが必要。今日、ゲノム解析が進み、そうした科学的な説明が可能になった。
マスコミにどのように情報を発信するか。産業界におけるサイエンスコミュニケーションを充実させる。
国際的な規制の調和をはかるために、OECDバイテク規制監督調和作業部会において科学的な見地からハーモニゼーションをはかり、アメリカ、豪州とも協調していきたい。
- 生産者です。今日の話で生産者の話が出てこなかったが、NBTをつかった作物を欧州でだれがつくるのか。 → 2007年からのEUにおける検討は、先端技術の導入に意欲的なオランダの提案によって始まったもの。その内容は、リンゴの同じ種の遺伝子を切りだしてリンゴに入れるのに、組換え作物の規制を適用する必要があるかという提案だった。
EU内でも国によって考え方は違い、オランダ、イギリスは、導入に意欲的な見解を示している。豪州や南米の諸国でも、この技術を農林水産業に応用すべきという意見がでてきている。我々が一昨年に訪問したEUの種苗業界では、この技術を実用化すべきという意見だった。ということは農業者も利用するだろうと認識しているからだろうと思う。 - アメリカのサイトを検索したが、NBTではヒットしなかった。日本で一般市民にNBTについて情報発信する意味はあるのだろうか。日本はアメリカと同じ流れになると思う。しかし、アメリカはNBTの扱いについて余り考えておらず、欧州は考えているように思う。 → アメリカはプロダクトベースで考えるので、本質的に組換え技術を用いたか否かには着目しない。米国は、組換え技術を使ったか否かではなく、出来上がった農作物をプロダクトベースでケースバイケースで判断するとの考え。基本的には日本も同じになるであろう。
- NBTの技術だけをとりだして議論すると、GMと同じで十人十色の答えが出てしまうだろう。「政府は進めます」とはっきりした態度を示してほしいと思う。 → 規制の要否は、科学的な観点からだけでない。たとえば食品表示は科学の観点だけではない。NBTでは、自然に起き得るものだといえる科学的知見を増やし、早期から一般の方々と議論したい。科学の進歩にどの程度予防的であるべきかは国民が判断すべきことであり、我々はそのための客観的な情報を分かりやすく発信する責任がある。
- 早い時期に出されたNBTの特許はどんなものか教えてほしい。 → ODMは1992年で特許をとられている。接ぎ木で作られた農作物が商業栽培されているかどうかはわからない。組換え台木の上に接ぎ木された通常の果実を遺伝子組換え食品として規制することは容易ではないと思う。ODMは突然変異の誘発の確率が低く、商業的な品種の作出には至っていない。今は、TALENs、ZFNs、DRISPR-Cas9にシフトしてきている。開発者は、規制当局側の見通しをウォッチしている。
- EUの検討状況は? → 我々も注目している。欧州委員会はガイドライン(GL)を出すらしい。今年度は欧州委員会の選挙でせわしなかったが、選挙の後、中断していた作業が進むと期待している。委員の中にはプロセスベースでGM並の評価を求める人もいるようだ。EU27カ国の調整には時間がかかるだろう。
- 遺伝子組換えに関わるコミュニケーションをしてきた。プロセスでなくプロダクトで伝えられたら、理解されやすいと思う。遺伝子組換えの定義をプロダクトベースで国が示すと、組換え微生物をつかった食品添加物も説明しやすくなると思う。
- 外来遺伝子が除去されていれば、組換えの規制から外すのはわかりやすいが、遺伝子組換えはよくないものだから除去したと人々が認識しないことが大事。国としての明確なメッセージが重要!そうすればコミュニケーターも説明しやすくなる。口に入るものについて、特にはっきり発言してほしい。 → 外来遺伝子が残っていれば規制の対象だというと、遺伝子組換えがよくないものになるので、育種のストーリーをよく伝えるべきだと思っている。しかし、遺伝子組換え作物はカルタヘナ法でチェックされていることも同時に伝えなければならない。一連のストーリーとして説明していく。技術にこだわっても意味がないことを理解してもらいたい。また、種の壁を超えた遺伝子組換え農作物であっても安全性確認をしていることをしっかりと伝えていきたい。
- スギ花粉治療米は薬事法で検討しているということだが、食品でやり直しはできないのか。 → 効能を謳う限りは薬事法に従う必要がある。
- 機能性の表示ができるようになるので、スギ花粉治療米を機能性食品として仕切り直しはできないだろうか。 → 導入するのはスギのエピトープなので、念のためアレルギーショックがあり得ることを想定する必要がある。医師の診断の下に扱う必要があるので医薬品になる。
- 食品として通常のコメの隣で植えると、交雑する可能性はあるので、食品用のコメとは隔離した環境での栽培が必要ではないか。 → 離島などでの分離栽培が現実的ではないかと思う。
- 国内の噂では、花粉症治療米の実現は無理だろうといわれているが。 → 3か月この米を食べるとアレルギーが治る可能性があり、3千万人とも言われるスギ花粉症患者にメリットがある。商業化の段階では錠剤になるかもしれない。
- すでに成功している組換えイチゴを利用してはどうか。 → イネを使うのは、米に含まれるブロテインボディ(スギのエピトープが発現するタンパク質)が胃酸で消化されず、腸まで届き、腸管免疫の仕組みが利用できるから。
- 植物におけるセルフクローニングやナチュラルオカレンスはどうなるのか。 → 微生物では組換えの規制対象外として扱われる。仮に、将来認められるにしても開発者が勝手に判断するのでなくガバナンスが効く仕組みが必要だろう。
- NBTによってつくられる作物に生産者は魅力を感じるだろうか。 → 生産者にモノをまだ示せていない。早く花を咲かせる遺伝子を使って、おいしいリンゴを作るなどが考えられる。皆が評価してくれる品種を早く作りたい。