2014年11月20日、茅場町サン茶房にてバイオカフェを開きました。お話はサントリーグローバルイノベーションセンター(株)水科学研究所 専任上席研究員 芦刈俊彦さんによる「水と人との歴史」でした。初めに後藤澄礼さんによるヴィオラ演奏がありました。バッハがチェロのために書いた無伴奏組曲から5曲が演奏されました。
後藤澄礼さんの演奏 | 芦刈俊彦さんのお話 |
はじめに
サントリー入社時から、植物と微生物の分子育種に従事してきた。最初に取組んだ仕事では遺伝子組換え技術を使って効率的にアルコールをつくる酵母を開発したが、新しい技術なのでパブリックアクセプタンスが難しく、実用化には至らなかった。その後、植物の分子育種では青バラ開発にも関わった。その際にフロリジンというオーストラリアの植物バイオベンチャーを買収し、6年間、メルボルンで社長をしていたこともある。2009年から、水科学研究所所長。2014年3月に役職定年を迎えた。
水科学研究所は山崎(京都)にある。水の安心・安全・おいしさ、水資源保全のための水研究をしている。
今日は、バイオの視点を加え、人と水との関係がどのように変化してきたかを話したい。
人と水の出会い
○アボリジニと水
オーストラリア原住民であるアボリジニは数万年前にオーストラリア大陸に渡ったといわれている。アボリジニの一部の人たちは、今も当時の採集狩猟型のくらしをして生きている。
彼らは「水は聖なるもの」と信じ、貴重で神秘な湧水の場所をソングライン(乾燥期に水の有る場所を知らせる歌)として今も伝えている。
○ホモサピエンス拡散の軌跡
ヒトの遺伝子を調べて、ヒトの起源をたどると、十数万年前のアフリカに行き着き、化石による調査結果と一致していた。オーストラリアと東南アジアは、2万年以前は陸続きであったが、その後の気候や地殻の変動で分かれ、一種の隔離状態となった。農耕の始まりは約1万年前といわれており、そのため、オーストラリアでは農耕定住の生活が近世まで伝わらなかった。
狩猟採取という生き方は動物を追って縄張りを広げ、食糧を求めていく。食料が豊富な場所があると移動する必要もなく、定住するようになる。その一つが古代オリエント文明発祥の肥沃な三角地帯だった。豊富な食糧で人が増え、移動するような「生活力」は落ちていく。
ところが、約1.3万年前、気候変動で自然からの食糧供給が減り始めると、人はますます川の周囲に集まるようになった。そして必要に迫られた後に農業生産が始まった。農耕は、土地を耕し灌漑し、川の氾濫と闘う、つまりは水をコントロールすることでもある。
ユーフラテス川の支流に、9000年前の井戸の遺跡が見つかった。このことは、当時既に川の水は、糞尿や微生物で病気を仲介していたのではないかと想像させる。
しばらくすると、カナートと呼ばれる地下水路が発明され、水と少しうまく付き合えるようになって来た。
さらに時代が進むと水と人との関わり方も変わってくる。紀元前3世紀から3世紀、ローマに大規模な水道施設ができた。全長300kmにも及ぶ地下水道がローマ人100万人を支えていた。当時、衛生問題が一番の課題で、深いきれいな地下水が大事だった。ローマ人が征服した他国の土地にも水源地から水を引いてくるための水道をつくって衛生的な水が使えるようにした。
ここまでは、動力でくみ上げたりしない、「重力に従った水とのつきあい方」といえる。
水の利活用
水と人との関わり方は産業革命以後大きく変わる。ポンプの発明により地下に穴を掘れば、水は比較的簡単にどこからでも得られるようになり、「貴重なもの」から「消費財」として扱われるようになった。
○アラル海の消滅
アラル海という旧ソ連にあった九州より一回り大きい湖がなくなった。南北戦争を経てアメリカで奴隷解放が行われ綿花が高騰したために、ソ連はアラル海辺りを開墾して綿花を栽培した。そのためにアラル海が枯れることを知っていたのに、自然改造計画としてアラル海に流れ込む川や地下水を大量に利用して灌漑した。ソ連がなくなり、アラル海もなくなった。湖がなくなっても国が栄えればいいという考え方。
○オガララ帯水層
アメリカ合衆国中部の乾燥地帯、グレートプレーンズの地下に分布する浅層地下水層。グレートプレーンズは米国有数の穀倉地帯で、小麦をはじめ大豆やとうもろこしを多く生産しており、しばしば「アメリカのパンかご」と呼ばれる。降水量が少ないところで、地下水(化石水:地層が形成されるときに閉じ込められた水。涵養されることがない枯渇性資源)をポンプで大量にくみ上げて耕作していたが、地盤沈下が起こった。今は、センターピボット方式で灌漑をおこない、必要な所だけに水を撒いているが、それでも地下水は減り続けている。
世界の水資源
21世紀は水の世紀といわれる(20世紀は石油の世紀)。
水資源というと淡水のことをいう。地球上の水は14億立方キロメートルで、そのうちの0.76%が水資源として利用できる水。世界の年間取水量は40,000立方キロメートル、2050年には52,350立方キロメートルが必要になるといわれている。
水は循環している。海水から蒸発する水は50万立方キロメートル。循環水(川などの地表の水や大気中の水蒸気)をうまく使えば水は足りなくならないはず。地下水への依存と汚染、枯渇が問題。
涵養量(しみこんだ水量)に対し、アメリカ中部はくみ上げ量が多すぎた。日本はくみ上げ量を見る限り、水は不足しないだろう。
水資源の問題は一つの国だけにとどまらない。国境を越えて流れる国際河川、たとえばメコン川はチベット高原に源流を発し、中国を経て、ミャンマー、ラオス、タイ、カンボジア、ベトナムへ流れていく。上流に位置する中国が多くのダムを建設し問題となっている。流域諸国が集まっての管理が必要。
また、水は人の衛生問題にも影響を与える。だから、水への教育が大事。
降った雨から蒸発した水を引いた値を水資源量と呼ぶ。世界平均で1人あたりの水資源量は8000tだが、日本人は3000tという計算になる。日本は水資源が多くないのに、困らない一つの理由はヴァーチャルウォーターを使っているから。農作物をつくるときに一番たくさん水を使うが、他国の水資源でできた食品を輸入したら、その国の水をつかったことになる。家畜に使う水も同じ。これらはヴァーチャル、眼に見えない仮想の水といえる。たとえば、牛肉100gを得るのに、2000リットルの水が必要。日本の灌漑用水量は590億立方メートルだが、使っているだろうバーチャルウォーター(仮想水)は640億立方メートル。日本は世界で最も仮想水を輸入している国の一つである。
水と生きる
サントリーのオリジンは水。「水と生きる」はサントリーのコーポレートメッセージで、企業理念は「人と自然と響き合う」。「水と生きる」を実践するために、水の持続可能性の実現を目指している。
エコファクトリー、水育(みずいく:水と生きる教育)などを行っている。
天然水製造工場を水源地につくることにこだわっており、「南アルプスの天然水」は白州町、「奥大山の天然水」は鳥取、「阿蘇の天然水」は熊本と消費地から離れた場所で生産している。
雨の水は表層土壌に浸透し主に砂礫からなる帯水層に辿り着く。これを地下水涵養という。井戸では帯水層から水をくみ上げるが、その帯水層と地表の間に粘土層のような不透水層が存在する場合があり、これを深井戸とよぶ。一方、不透水層のないものは浅井戸と呼ばれ、深井戸に比べて細菌や化学物質で汚染されやすい。
サントリーが利用するほとんどの地下水の起源は森林に降った雨である。山に降る雨は森林土壌に浸透し地下水となる。良質な地下水を豊富に得るためには森林土壌が健全であることが必要であるが、多くの森林では、手入れ不足や鹿害による表土流出や土砂崩壊などの問題を抱えている。
サントリーでは、水源環境を守るために、くみ上げている天然水を涵養する森林(7000ha)の保護を行っていて、2011年に達成。今は7600haを達成した。
植林にはどんな植物がいいのか。土壌の状態はどうか。地下水の流れ方はどうか。水の涵養はうまくいっているか。これらを検討し、水源涵養林としての森林業を産業として成立させることを目指している。
2013年からは社員森林保全活動を全社員で行っている。
会場風景 | 3種類の「天然水」のボトル |
- 軟水と硬水について教えてください → 山の沢水は地下にしみ込んだ水または湧水で、硬度は関係ない。 → 軟水と硬水は水道評価の指標として定められた。軟水は石鹸の泡がたつ、硬水はたたない。硬度300でも、味も変わらないし、安全性にも関係ない。
ミネラルウォーターはカルシウム、マグネシウムの量できまる。
「天然水」と硬度は関係ない。軟水と硬水との違いは地層による。欧州は海だったところにできた堆積層だから、貝殻などに由来するカルシウムが豊富。日本は火山性土壌でカルシウムは少ない。 - サハラ砂漠はなぜできたのか → 砂漠化は世界中で起こっている。雨が減ったことが一番の原因。伐採で木が減っている。木は使った水を内陸地に水をおくる役割もしている。
黄河周辺に森林を増やすとりくみもある。サハラ砂漠の境界の移動は、何万年単位で起こってきたこと。 - お土産の天然水のボトルのデザインがいい。
3種類の天然水の違い。阿蘇は硬度80、南アルプスは30、奥大山は20。この違いはほとんど感じられない。日本の国内での硬度の差は20-80くらいだが、欧州の硬度は300から1000くらい開きがある。
一般に地元の水は地元の人に愛される。同時に、地元の水は飲みなれている。水の産地にちかい地域で、そこの水を販売するようにしている。 - 大気汚染は一つの国が汚すと空でつながっているが、水はローカルな問題だと思う → 発展途上国の衛生問題は水道設備でかなり解決すると思う。日本は明治時代、水の塩素殺菌で衛生問題が改善した。チフスやコレラの流行に水道設備が役立った。
- 水育とはどんなことを学ぶのか → 「水育」は子どもたちが、自然のすばらしさを感じ、水や、水を育む森の大切さに気づき、未来に水を引き継ぐために何が出来るかを考える、次世代に向けたプログラムです。サントリーのフィールドに来ていただき、自然を体験する「森と水の学校」、小学校へ講師が出向き、先生と連携して行う「出張事業」の二つのプログラムがあります。