2014年11月1日、千葉県立現代産業科学館でバイオカフェを開きました。お話はキッコーマン株式会社環境・安全分析センター長 半谷吉識さんによる「しょうゆのサイエンス」でした。初めに、松本宗雄さんによるバイオリンとヴィオラの演奏がありました。
松本宗雄さんの演奏 | 半谷吉識さんによるお話 |
しょうゆの原料
現在、しょうゆをつくるのには大豆、小麦、塩、水、微生物を使う。キッコーマンのしょうゆで使う麹菌は門外不出の「キッコーマン菌」。丸い胞子の特徴的な形をしている。
大豆はアメリカやカナダから輸入。国産大豆を使うしょうゆもあるが、大豆の自給率は8%で、大体は納豆と豆腐につかわれて、しょうゆまでは回って来ない。カナダの小麦は、外側の皮だけとって使い、メキシコ産の塩を水に溶かして用いる。
しょうゆのできるまで
蒸した大豆と、炒って砕いた小麦に麹菌を植えてしょうゆ麹をつくる。3日間、温度と湿度をコンピューターで管理する。麹菌が生育すると大豆と小麦を引っ張って固めてしまい、製麹中に送り込む風が抜けてしまうので、温度や湿度の制御ができなくなる。そこで、自動的にときどきかき混ぜる仕組みになっている。
麹菌がつくる酵素で大豆のタンパク質はアミノ酸に、小麦のデンプンは糖になる。
アミノ酸と糖が結び付くことでしょうゆの色が生まれる。
麹に食塩水を混ぜたものを諸味と呼ぶ。諸味は発酵タンクに入れられる。タンクは屋外にあるが、二重構造で間に水が入っていて、完全な温度管理をしている。このとき、乳酸菌も添加される。ヨーグルトをつくる乳酸菌にくらべると、しょうゆの16%の塩濃度で生きられるテトラジェノコッカス(4連球菌)という種類の乳酸菌を使う。4つ固まって増えていく特徴がある。温度を低くして乳酸発酵をさせる。するとpHがさがり酵母発酵の環境を整えると同時に酵素の働きでアミノ酸や糖がでてくる。諸味の温度管理ができるようになったおかげで、1-2年かかった醸造期間が半年になった。
乳酸発酵の後、酵母が活動しアルコールや香り成分をつくる。
しょうゆには300種類の香り成分が含まれている。これが「香りの調味料」といわれる由縁。
乳酸菌、酵母が働き、両者の活動がおさまると、熟成が数か月続く。
長い布に諸味を詰めて、包んだ布を折りたたむ。その重さでしょうゆがしみでてくる。最後にプレスして、時間をかけてしょうゆをしぼる。ゆっくりしぼるので澄んだしょうゆになる。
火入れ、加熱する。酵素、微生物は働かなくなる。容器に入れる。
基本的工程は昔と同じで、色、味、香りの良さを守っている。
しょうゆの働き
・味 しょうゆの味には五味(甘味、塩味、酸味、苦味、うまみ)がある。
・加熱効果 火が入るとよい香りがする。しょうゆを塗って焼く。
・消臭効果 肉などの生臭みを除く。
・制菌効果 菌の働きをおさえる(塩濃度が高く、アルコールが含まれる)
・対比効果 しょうゆを少し加えることで甘いものがより甘く感じられるようになる。
世界へ
1957年から本格的なアメリカ進出を始めた。しょうゆを使ったアメリカ人のための料理を考案した。それまでの利用は世界の日系人に限定されていた。
同じように欧州でも展開中で、アジアにも進出している。
今では世界各地に生産工場を持っている。
しょうゆの成分
酵母はしょうゆの中でアルコールをつくる。しょうゆのアルコール含有量は4%弱。ワインが14-15%、ビールが5%だから低くはない。
しょうゆの制菌効果は、塩濃度、乳酸・クエン酸などの有機酸とアルコールによる。
もろみで泡がでるのは、酵母の出す二酸化炭素。だが、ビールなどのように泡がふくことはない。
酵母によってしょうゆの特徴香であるHEMFという物質ができる。HEMFは単独だとカラメル臭でしょうゆに多い。
しょうゆの機能
調味料としてしょうゆを使うのは、おいしくするため、いい香りにするため、照りをだすため。生しょうゆは火入れしょうゆに比べ香りが柔らかい。
生しょうゆは火入れをせず、膜でろ過するので、麹菌由来の酵素が少し残っているために、タンパク質・澱粉・セルロース・ペクチンの分解酵素が入っている。このため、まぐろの漬けをつくると、ぬめりがでることがある。
ドレッシングに片栗粉やペクチンでとろみをつけている場合は、そのとろみが分解されてしまうこともある。
もちろん肉を漬けこめば柔らかくする効果がでる。
健康機能
○リラックス機能 日本人はしょうゆの香りでほっとする。海外の人にはないのではないかと思われる。
〇食欲増進機能 焦がしたときの匂い。アメリカで売り出す時には店頭で焼いて香りが出て、成功した。
〇しょうゆによる不快臭低減効果 しょうゆの香りで不快臭が低下する。肉の臭み(アルデヒド)は肉の脂質が過酸化脂質になりアルデヒドになるから。しょうゆでは不快臭が減るのは、アルデヒドが減り、しょうゆのよい匂いがつくから。
○しょうゆを使っての減塩効果 しょうゆの食塩濃度は16%(海水は4%)。食塩を減らしてしょうゆを使ったほうが満足度が高く、全体として減塩になる。
〇抗高血圧効果 日本人の平均食塩摂取は10-12g。WHOの基準は5g。この味付けが高血圧の原因ではないかと言われている。日本人の食塩のうち、25%はしょうゆから摂取しているというので、血管を収縮させないアンジオテンシンという抗高血圧の物質ペプチドを増やした製品を開発した。
御用蔵の話
御用蔵とは、江戸川沿いにあったものを野田の見学コースに移築。宮内庁用のしょうゆを製造している。一月に一樽ずつ仕込む。高温になるので、8月、9月は仕込まない。
しょうゆの香りと味をひとりひとり味わいました | 半谷吉識さんによる解説 |
○キッコーマン火入れと他社のしょうゆのにおいの比較
キッコーマンの方が濃い。
○生しょうゆのにおいは?
においが弱い。
しょうゆは加熱すると刺激の強いにおいが出る。火入れ前のしょうゆの香りは優しい。
生しょうゆ色が黒くなって品質が劣化しやすい。これが生しょうゆを販売できなかった理由。
○生しょうゆと火入れしょうゆの味の比較
塩分は変わらない。好みによる。
しょうゆは香りの調味料といわれるくらいだから、製造元によって香りは異なる。他社のしょうゆと比較してみると味より香りの違いがわかると思う。
生しょうゆを使うと素材の味が生きる。つけるときは生しょうゆで、煮ものように大量に使う時は火入れがいい。
生しょうゆは容積で見ると、火入れの5倍の値段。
しょうゆの味は3段階に変化するという。プロの利き味では、火入れしょうゆは先味が強いが、生しょうゆはずっと柔らく変わらない。
味の感じ方は、鼻は口の中でつながっているので、しょうゆの香りは味として感じられる。
業務用でも生しょうゆを使う人がふえてきた。素材の味が生きる。
千葉県立現代産業科学館 荒井喜代美さん | 「満員御礼」のポスター |
- 減塩しょうゆは塩分をおさえると発酵に時間がかかるのか→減塩しょうゆには、①少ない食塩で作る方法と、②作った後から塩分をぬく方法がある。キッコーマンは後者をとっている。電気透析という方法で塩だけを抜く。減塩しょうゆの市場での割合は6%程度で、長い間大きく増えてきていない。
- しょうゆ粕は何に使うのか→飼料にする。動物も塩そのものよりもしょうゆ粕を好む。うまみなどもあるから。
- 添加する酵母と乳酸菌はどうやって作るのか→しょうゆと砂糖をたしたものを希釈して培地を作って育てている。
- 生しょうゆの保存方法は→常温がいい。冷蔵しないでください。
- 容器が二重構造になっているので、押すと外容器は戻るが、中の容器は戻らないで空気が入らない。それで色が変わらない。
- 冷蔵庫に入れておくと、出したときにこぼれてしまうので、冷蔵庫に入れずに90日間で使い切ってほしい。外のボトルが戻るときにビーと音がするというクレームが来た。音がしないようにする努力をしている。冷蔵しても品質的には問題はない。
- しょうゆが黒くなるのは→メイラード反応(糖とアミノ酸が結合して長くなると色が濃くなる。黒くなっても味はあまり変わらないが、時間とともに揮発性成分が飛び、よくない匂いがのこる。
- キッコーマンはみりんも作っているのか→作っている。最近、ボトルに、にぎりが付いている「スクイズボトル」に入っているものも発売した。みりんも時間がたつと黄色が濃くなるので、二重容器にいれて変化しないようにしている。
- いいしょうゆは窒素濃度が高い。タンパク質は、よい麹菌でよく分解されたときにできる。
- 国産大豆のしょうゆは作らないのか→一部作っているが、大豆の供給量が多くないので生産が限られる。中小のしょうゆメーカーは、製造量が少ないので国産大豆を使っているところも多い。
- アルコールを含まないしょうゆはないというが、国内でハラル対応のしょうゆは買えないのか→ハラル対応のアルコールを含まないしょうゆは、何十年も年前から製造し国外で売っている。ハラル認証にも程度がいろいろある。2020年のオリンピックはポイントになるだろう。