2014年10月10日、くらしとバイオプラザ21事務所にてバイオカフェを開きました。お話は東京大学医科学研究所附属病院 感染免疫内科長 鯉渕智彦さんによる「海外渡航時に必要な感染症の知識〜マラリアにご用心」でした。デング熱への関心が高まっていることもあり、参加者全員から活発な発言がありました。海外の感染症について不安があるときは、適切な病院への受診が大切であることがわかりました。
東京大学 先端医療研究センター 感染症分野・医科学研究所附属病院 感染免疫内科
http://www.idimsut.jp/
鯉淵智彦さんのお話 | 会場風景 |
海外に行く日本人が1700万人と増え、海外からも1000万人と増えている。日本人海外旅行先は多い順で、中国、韓国、ハワイ。グローバルな時代になって、人の往来は増えていくので、感染症について知ってもらいたい。海外の感染症には日本国内ではめったにみられないものもあり、診断が遅れて、重症化、死亡することもある。
主な感染症
主な感染経路から感染症を分類すると、経口、蚊、傷口からの3つがある。
1. 経口感染 食べ物、水、フルーツ
- A型肝炎 A型肝炎ウイルスによる。国内の年間患者報告者数は数百人。
アフリカ、南米、インド、中近東に多い。アメリカ、ヨーロッパ以外に行く時は、ワクチンをうつべき。発熱、肝機能障害、重症化すると死亡することがある。 - 腸チフス チフス菌による。国内の年間患者報告者数はおよそ100人。
消化器症状が起こらず熱だけのこともある。腸チフスワクチンは日本で未承認なので、渡航者向けの限られた施設でしかワクチンはうてない。
発症したら入院するのが一般的(便に菌が出るので隔離が必要)
東南アジアからインドに多い。
- デング熱 長い間、日本では国内感染は確認されていなかった。主に媒介するネッタイシマカは日本にいないが、日本にいるヒトスジシマカも媒介できる。有効なワクチンや予防薬はまだない。
蚊にさされて3-6日(潜伏期)で発熱、自然に治まることが多い。熱が下がるころに発疹が出る場合がある。ウイルス血症といってウイルスが血液にいるのは4-5日間(熱が出ている間)。この時に蚊にさされると、その蚊はウイルスを運んでいき、次に刺された人が発症する。重症化すると、デング出血熱になり血便が出ることがある。
アフリカ、インド、東南アジア、オーストラリア東南部、中米、南米に多い。来年のWHOの統計では、日本にも発症地域とされる可能性がある。
世界では1億人も発症していて、ありふれた病気。帰国者でこれまでも100-200人が毎年報告されていた。代々木公園から国内感染の患者が出て話題になったが、直接ウイルスを検出できる試験は一般病院ではできないので診断が難しい。迅速キットがあれば血清で調べられる。10月下旬には、蚊の活動はおさまるだろう。
ヒトスジシマカは日本に昔からいたが、日本に感染者が入ってこなかったので、デング熱はなかった。海外で感染した人が帰国し、その人をさした蚊が誰かをさしたのだろう。温暖化の影響で、ヒトスジシマカの分布北限が北関東から東北に上がってきている。
1999年から2010年の国内での発症は873例。そのうちデング出血熱は36例で4.1%、死亡は0.1%。
ちなみに、季節性インフルエンザの死亡率は0.1%。 - マラリア ハマダラカ(日本にはいない)が媒介する。
予防薬は、副作用があるので医師と相談してから検討する。
アフリカとアジアほとんどと中米、南米で発生していて、世界では3-5億人が発症。日本では海外で感染してくる人が100人くらいいる。
マラリアには4種類あるが、その中で重症化しやすいのは熱帯熱マラリア。マラリア原虫は赤血球内に入り込む。顕微鏡でみると、赤血球の中にポツポツとマラリア原虫が入っているのが見える。
予防:蚊にさされないような服装をする。蚊帳をつる。虫よけをこまめにつける(海外のものはDEETという成分が日本よりも高濃度に含まれていて長く効く)。ハマダラカは夜行性だから夜間の外出は控える。
日本で入手できる予防薬にはメフロキンとマラロンがある。メフロキンは週に1回のめばいい(長期滞在向き)が、うつ病の人には使えない。マラロンは毎日服用しなくてはならない(短期滞在向き)。お医者さんに相談して選びましょう。 - 日本脳炎 コガタアカイエカがウイルスを媒介。
意識障害やマヒを起こし、死亡することもある。中国、東南アジア、南アジアで流行している。
日本は定期接種で年間の患者報告数は10名以下だが、世界では3-4万人。ブタの日本脳炎ウイルスの抗体獲得状況のモニタリングを毎年続けている。日本でも油断してはいけない。
- 黄熱病 赤道周辺アフリカと南米。世界の患者は、20万人。
発症すると死亡率が高い。流行国に滞在するときは、ワクチン接種を奨める。
- 破傷風 世界中の土の中にいる。日本では年間で30-50人発症している。
致死率は20-50%と高い。
筋肉のけいれんのためか、口が開きにくくなるのが特徴
子どものときにワクチンをうつが、10年に一度はうったほうがいい - 狂犬病 日本では根絶されているが、世界で最も致死率が高い感染症の一つ。
ワクチンはある。犬だけでなくコウモリ、キツネからもうつる。
発生数=死亡者数というぐらい、致死率が高い。
世界で狂犬病がないのは日本とオーストラリアと北欧ぐらい。海外旅行では必ず狂犬病ワクチンをうつべき。日本では2006年に二人フィリピンで犬にかまれて発症し、二人とも死亡。噛まれた直後にワクチンをうてば発症しないこともある。安易に動物に近づかないこと。犬が走って飛びかかってくることもあるので、半ズボンはできる限り避ける。
図1 感染症と感染経路、ワクチンについて |
まとめ
ワクチンの接種回数や接種の間隔はそれぞれ異なる。ワクチンには、不活化(病原体の一部をとりだしてくる)ワクチンと生ワクチン(病原体そのものがはいっている)があり、生ワクチンを接種した後に、別なワクチンをうつ場合は1か月以上あける。黄熱ワクチンは生ワクチンだからスケジュールを考える必要がある。
海外渡航の6か月くらい前から準備期間をとってワクチンスケジュールをたてること!
潜伏期は各疾患によって異なるがおおむね数日から4週間程度のものが多い。蚊に刺されて翌日に発熱したら、少なくともマラリアではない。
「旅行者下痢症」と言われる疾患があり、発展途上国に1か月滞在すると30-70%が下痢になると言われている。病原性大腸菌、カンピロバクターなどの感染症やストレスなどが原因らしいとわかってきている。
古くから地球にあった感染症に対して、近年発見されて世界的に広がりつつあるエボラ出血熱などを総称して新興感染症という。
○エボラ出血熱 エボラウイルスによる
1‐3週間の潜伏期。2013年12月 ギニア、西アフリカで発生し、3月12日WHOはアウトブレイク(拡大している)と発表。
自然宿主はコウモリと言われているが未確定。1976年 コンゴで発見され、アフリカに拡大した。現在のアウトブレイクは今までで最大。西アフリカで発生したのは今回が初めて。初期診断の遅れが響いた。
症状は、突然、発熱し、頭痛から筋肉痛となり、今回のアウトブレイクではおよそ7割が死亡している。
感染リスクが高いのは患者の家族・近親者や医療従事者で、遺体に直接触れないようにすることが大事。空気感染はしない。現在は対処療法しかない。
渡航時には、厚生労働省、JICA、外務省ホームページなどから世界の医療情報を入手して注意してほしい。
- デング熱は蚊がいなくなってなくなるとおさまるのか → ボウフラは冬に生き残ることはなさそうで、デング熱もおさまると思う。蚊の寿命は1か月程度。
- デング熱の発見は難しいそうだが、昔もあったのではないか → 昨年も一昨年もあったが、今年になって診断された患者が出たという可能性もあると思う。
- 狂犬病にかかったら必ず死ぬのか → 発症した場合は致死率100%だが、噛まれた直後にワクチンをうてば、発症を阻止できる可能性がある。イヌの唾液中にウイルスが含まれている。かまれた当日、3日,7日,14日,90日後と計6回のワクチンをうつ。噛んだ犬を捕まえておけば、狂犬病を発症した犬は1週間ぐらいで死ぬので、観察することが大切。ワクチンをうっても発症するかどうか心配しながら過ごす日々が、犬の健康状態をみることで変わるかもしれない
- 日本に狂犬病がないのは → 犬の予防接種が広く普及している日本は世界でも珍しい環境。日本の犬で狂犬病が発症したら大変なことになる。犬の予防接種への啓発が必要。
- 現在のデング熱の対応はどうか → デング熱はそんなに恐れる疾患ではない。病気への不安を過剰にあおる必要はないと思う。冷静に、グローバル化の中では当然のことだと受け止めるのがいいのではないか。
- 不活化ワクチンと生ワクチンの違い → 不活化は病原体の一部をいれている。生ワクチンには病原体そのものを弱くして発症しないようにして入れてあるので、ウイルスなどが生きている。
- 生ワクチンにおいても不活化ワクチンにすることをめざしているのか → 現在の技術では生ワクチンでないと抗体がうまくできない疾患があるのだろう。ポリオの生ワクチンは、今ではほとんど不活化に移行している。
- 留学時の予防接種は高かった → 保険適用でないのでそれぞれの保健機関が価格を決める。1本1万円以上するものもある。公的機関は一般的に安い。
- 2006年に狂犬病で日本人が2人死亡したときも、みんなが予防接種を受けようとしてワクチンが品薄になった。その際、噛まれる前の予防目的接種は控えてもらい、噛まれた後の人への接種を優先したこともあった。
- 蚊は病気を運ぶ虫なのか → 吸血する微生物が生き延びるのに、蚊に寄生するのがいいということになったのだろう。
- インドネシアに行った後、1日10回くらい下痢したことがあった → 本当は病院に行ったほうがよかったと思う。できれば、医科学研究所のように渡航者を診なれている病院に行ってほしい。
- 日本の感染症対応はいいのか → ワクチンによる予防は遅れている。たとえば、腸チフスのワクチンは日本では未承認。欧州の方が体制は発達している。植民地だったアフリカによくリゾート旅行に行くので、「旅行医学」が進んでいる。
- 予防接種のスケジュールを6か月前から完璧に実行したらどのくらい効きますか → 5~10年はもちます。10年たったら、やりなおしてもらいたい。破傷風、黄熱は10年に1回。
- 全部の予防接種をしたらいくらぐらい? → どのワクチンを接種するかにもよるが、5-6万円ぐらいはかかる場合がある。
- 狂犬病は日本にいないのは → 犬の管理がある程度できているから。しかし安心はできない。
- 多剤耐性菌で注意すべきことは → 世界的に懸念はある。インド、東南アジアは抗生物質の管理があまりよくないので気をつけた方がいい場合がある。インドではチフスの薬が町で簡単に手に入ると聞いたことがある。インド帰りの患者から耐性をもつチフス菌が出てきたことがある。
- 帰国時に潜伏期のチラシを旅行者に配布して、必要な時に受信するように促してほしい。
- 温暖化と関連して日本で起きそうな病気は → これからはマラリア。かつて琵琶湖周辺など国内でマラリアが発生した時期もある。国内発生の可能性も否定はできない。
- 秘密で持ち込まれる動物が病気を運ぶ可能性は → 犬であるならば、動物検疫で一定期間とめおかれて健康を確認してから日本に入れている。だから、動物を介して狂犬病が入る可能性は少ないと思う。
東京大学 先端医療研究センター 感染症分野・医科学研究所附属病院 感染免疫内科
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