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第9回「私たちのDNA」開かれる

 2014年10月4日「私たちのDNA」を開きました。今回は参加者の3分の2が女性で、生物系の関係者が最も少ない教室でした。質問の内容は幅広くなり、また積極的に発言する参加者も多く、実り多き実験教室になりました。初めに丹生谷博先生の開会のことばがあり、大藤道衛先生の実験の説明の後、個人遺伝情報についての説明と同意書の作成を行いました。


実験

個人遺伝情報の意味、扱うときに必要な配慮を説明し、自分の遺伝情報を用いることに対する「同意書」をつくりました。参加者はうがい液から口腔内細胞を集め、Alu配列を調べるための試料調製と目視観察を行いました。調製した試料はPCR(特定のDNA配列のみを増幅させる)にかけ、電気泳動を行いました。


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大藤道衛先生の実験概要の説明 微量の溶液を扱うピペッターの練習
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うがい液から取り出した口腔粘膜細胞をこわすために加熱 立田由里子さんの実験指導
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須田亙さんの実験指導 温度を上下させて目的のDNA断片を増幅するPCR装置
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DNA断片を大きさで分離する電気泳動装置 バイオ・ラッド ラボラトリーズ㈱から実験ノートのプレゼント
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丹生谷博先生のご案内で施設見学 室内の温室でタバコがピンクの花をつけていました

講義「遺伝子検査で体質や病気のなりやすさ、あるいはご先祖様もわかる?」
認定遺伝カウンセラー(米国、日本)胎児クリニック東京 医療情報・遺伝カウンセリング室 田村智英子さん

はじめに
 遺伝カウンセリングでは遺伝学的に深刻な方がいらしたら、よくうかがって正確な情報を提供する。私のクリニックでは、出生前診断のカウンセリングを行っている。高齢妊娠される方がよくみえる。不妊治療を経て妊娠して出生前診断を受けて、とても厳しい状況になることもある。
 
遺伝子やDNAの解析
インフォームドコンセントが必要な理由は、①本人に衝撃があるかもしれない、②リスクがある、③遺伝情報は一生変わらず個人を特定できる、④家族で共通、⑤説明が難しいなどの特殊性がある、などいろいろな状況が考えられる。体温や血圧測定や一般的な血液検査にも、インフォームドコンセントが必要だと思う人は少ないでしょう。
一方で、欧州のお医者さんたちからは「遺伝子検査だから重要で特殊との考え方をそろそろ変えたらどうか。問題は遺伝の内容の深刻さではないか」という意見も出てきている。日本では遺伝子検査に関わるガイドラインが省庁や学会などによりつくられている。
遺伝子に関係する病気には、単一因子疾患と多因子疾患がある。多因子疾患である糖尿病になりやすい体質でも、暴飲暴食に注意していたら発症しなかったということもありえる。多因子疾患は遺伝子を調べてもあまりわからない。
 
いろいろな遺伝子検査
例えば、検査料12,600円で、アンドロゲン受容体という禿頭の遺伝子を調べることができる。DNA配列中のある繰り返し(CAG)の多さを調べる。同じように、5,250円で肥満の型がわかる検査もある。肥満では3種類の代謝の遺伝子が対象。遺伝子検査には、科学的根拠が希薄なものも多く、サプリメント販売などと直結しているものもある。
子どもの能力を調べる遺伝子検査がある(価格64,800円)。それによって子どもの習い事や将来を決めるのは科学的にナンセンスだし、子どもに対して倫理的に失礼なことではないかと思う。そうみてくると、実用的に利用価値のある遺伝子検査は多いわけではない。
KCNQ1遺伝子をもっていると、2型糖尿病の発症率が1%から1.4%に増す(確率が1.4倍になる)。ある型の遺伝子を持っているとアルツハイマーの発症が2倍になる。アルツハイマーの発症するリスクは1%だから、これが2%になる。
このように研究では意味があるが、実用化はまだほど遠いものもある。
 
遺伝子検査を受けてみて
「マイコード」とは(株)DeNAと東大医科学研究所が始めた会社が販売する遺伝子検査の商品名。DNAの多様性に基づく解析を行い、多因子疾患の発症リスクを算定する。
私もマイコードの検査を受けてみた。すると、乳がんのリスクが1.44倍だから、運動、食事などのアドバイスが書かれていた。骨密度が高い、日焼けしやすい、腰のくびれが目立たない、長生きの傾向がやや高いという結果だった。この検査結果をみて、自分でなるほどと思う事はあっても検証できない。
検査結果が正確なのか、結果をみて人々の生活習慣は変わるのか。例えば、肺がんリスクが低いと書かれていたからといって、タバコをいっぱい吸うだろうか。逆に高い確率を示されたからといって、生活習慣を改めるだろうか。多因子疾患の場合、もとから1%だった発症確率が3%になるくらいしか、違いは出てこない。
私の恩師でヒトゲノム計画の中心人物であったフランシス・コリンズ先生は、「遺伝子検査を体験してみて面白かった」と感想を述べている。遺伝子解析技術は向上してきているが、その結果を十分には利用できていない。薬との相性はまだあまりわかっていない。
 
遺伝子からルーツをたどる
アメリカには、非白人に奨学金を与える制度がある。あるアメリカ人の遺伝子を調べたら、11%が北アフリカ、9%がアメリカ先住民だったといって奨学金を要求したが、認められなかったそうだ。また、連続レイプ犯人のDNAから黒人だと予測されたが、目撃情報は白人だった。このようにDNAから人種まではわからない。
スティーブン・ピンカー博士(ハーバード大学 心理学者)は、「DNA検査結果をみて、あたっている部分とあたっていない部分があった。私の奥底にあるDNA情報を知ることは楽しかった。私が持っている知識を使い、DNA解析結果を分析してみた」と言っている。
大事なことは、環境と遺伝子の関係は難しいことを理解することではないか。
 
単一遺伝子病とは
単一遺伝子病はあるひとつの遺伝子が適切に働かないときに発症する。遺伝性疾患にはいろいろな臓器、いろいろな種類があり、発症時期も異なっている。私たちの疾患には親から伝わるものも、突然変異もある。
筋ジストロフィーのような神経難病の一部、網膜色素変性症などの目の病気や聴力障害、マルハン症候群のように複数の臓器に関わる疾患。神経線維症I型のように、医学的、健康面で問題がなくても美容的に問題があるものもある。
そして、遺伝性のがん(がんの90%は多因子疾患)がある。遺伝性のがんについては、がん検診で早期発見し、治すことを勧めたい。遺伝子を調べて、効率よく検診をうけたらいいのではないか。
 
乳がん・卵巣がん
乳がんや卵巣がんでは、目印になる遺伝子を調べて、早期に治療を始めることができる。自分のがんのリスクと予後について知っていれば、早く見つけて治療できるだけでなく、子ども、兄弟姉妹などの血縁者の健康管理にも役立つ。
女優アンジェリーナ・ジョリーさんが乳腺の予防的切除を行った。同意する人も、そうでない人もいる。BRCA1遺伝子・BRCA2遺伝子と乳がん・卵巣がんの関係がわかっているので、遺伝子検査から乳腺や卵巣・卵管の予防的切除を行うと、がんを80-90%減らせる。
例えば、決定的な治療法がないアルツハイマーの1割は遺伝性。結婚の判断に影響するだろうか。単一遺伝子病は科学的根拠があるだけに深刻。
病気が軽いから遺伝子検査を受けてもいいということもある。遺伝子病でいじめられた経験があると、子どもの遺伝子を調べたいと思うこともあるだろう。
 
まとめ
いろいろな病気の可能性がわかる出生前診断が、簡便な試験でわかる日は近付いている。互いの違いを認めて、自分はどうしたいのかを考えることが大事。そのための社会的サポートも必要。いろいろな選択があり、自分とは異なる選択をする人もいる。
遺伝子検査といっても根拠のあやしいものも、ある程度結論が出ているものもある。単一遺伝子でおこる遺伝病に関連する遺伝子の異常があっても発症しないかもしれないし、発症時期も予想できない。知らないでいる権利もある。だからこそ、インフォームドコンセントが大事。
遺伝性がんについては遺伝情報をうまく利用して予防に使えるが、日本では保険が使えず、そのような社会的な仕組みも整っていない。科学的根拠のある遺伝子やDNAの情報は病気の治療や予防に積極的に使われるとよいと思う。遺伝カウンセリングだけが答えではなく、自分でよく理解して考えて判断してほしい。それができる体制、それぞれの考え方と認めあう社会も重要だろう。
生活習慣病と遺伝子情報の関係には不確定な要素も多く、解析サービスを行う企業への規制も必要ではないか。 一方、自分のDNA情報を知って好奇心を満たすことも、その人の自由。ただし、それで子どもの将来を規定するようなことはあってはならないと思う。


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田村智英子先生の講義 大藤道衛先生の講義
質疑応答 
  • は参加者、→はスピーカーの発言

    • 遺伝がすべてではないと感じるが、生活習慣はどのくらい関係があるのか → 生活習慣と遺伝子の両方が関係しており、病気の種類でいろいろ。たとえば、感染症でも10人のうち1人だけ感染したとき、残りの9人がなぜ感染しないのか、遺伝が関係するかはわからない。
    • 遺伝子検査の結果で単一遺伝子疾患のかかりやすさがわかるのか → 標準的な遺伝配列に対して、ある場所の配列の異なる人が1%いたら「多型」という。それより少ないバリエーションについても、世界で疫学的にデータベースとして統合し、調べようとしている。
    • 機能からわかるときもあれば、家族から推測したりするときもある。今までは、病気の人だけを調べて、それらの人の特徴と病気との関係を考えてきた。遺伝子が変化しているのに、病気でない人がいる例が見つかってきて、疫学統計が見直されている。
    • メディアで、「がんの研究成果はよく出てくるのに、未だに撲滅できない」という記事をみた → 科学的にわかっても、それを医学的にどう使うかというところが難しい。
    • 単一遺伝子疾患で早く亡くなる病気の方の遺伝子が受け継がれているのはなぜか → デュシャンヌ型筋ジストロフィーの変異が親から伝わるのは3分の1。早く亡くなってしまった方の遺伝子は受け継がれないが、3分の2は突然変異で起こっている。
    • インフォームドコンセントを患者さんからとるように、医師に対しも約束通りに検体を利用するという誓約書をとるべきではないか → 病院や大学の倫理審査委員会に対し、研究に関わる人は誰で、この目的以外に使わないと書いた研究計画書を提出し、審査を受けている。何千人ものデータが必要な場合、アメリカでは組織をこえて目的外利用ができる。
    • 遺伝子情報を利用されるとどんな不利益があるのか → 遺伝子検査で罹患率が1.4倍でも実害はないという気持ちがある一方で、知らないところで利用される「気持ち悪さ」を感じる人もいる。アイスランドのように、健康政策に国民のDNAを登録して使っている国もある。


    講義2「ゲノムの話〜ゲノムですべてが決まるのか?」
              東京テクニカルカレッジ 大藤道衛先生

    ゲノム・DNA・遺伝子とは 
    DNAには、4種類の物質(塩基)が連なっていて、その配列によりタンパク質をつくる情報を持っている遺伝子の部分とそれ以外の部分がある。私たちの体で実際に働いているのは酵素などのタンパク質。DNAから写しとられるRNAの中には機能を持っていて多様に働く「機能性RNA」もある。
    ゲノムはgene(遺伝子)とchromosome(クロモゾーム:染色体)からの造語。ゲノムに遺伝子の1セットがのっている。DNAはゲノムを構成する化学物質。遺伝子が働くとは遺伝子の情報に基づきタンパク質が作られる(このことを「遺伝子が発現する」という)ことで、生物が生きるときに大事なことは、タンパク質の発現。
    ヒトゲノムプロジェクトと呼ばれるヒトのゲノムを解読する国際プロジェクトは、実は日本発。1980年代初頭、和田昭允先生のプロジェクトがゲノム科学の基礎の考え方を提示し、日立製作所などが技術面で支えた。
    2004年までにヒトゲノムが初めて解読され、この後、ゲノム情報を解読するDNAシーケンサーが進歩し、今では、最新型の次世代シークエンサー(NGS)を用いると1000ドル(10万円)でヒト1人のゲノム配列が読めるようになった。
    ゲノム情報は両親からもらう。すなわち、生殖細胞で減数分裂が起き、私たちは父方、母方から遺伝子の1セットであるゲノムをもらう。
    発生の過程で、胚盤胞に多能性を持つ細胞ができる。この多能性細胞から作られた培養できる細胞がES細胞。すべての細胞は同じゲノムを持っている。皮膚や神経への分化は、遺伝子の使い方、すなわちどの遺伝子が発現するかによって生じる。ひとつのパソコンもソフトによって異なる使い方ができるように、同じゲノムからでも発現の違いで異なる組織、臓器になっていく。このように、ゲノムには遺伝情報を親から子に伝えるばかりでなく、適切な時期に遺伝子を発現させる役割がある。
     
    Alu配列と多型
    ホモサピエンスは、アフリカからでてユーラシア大陸を横断してきた。ヒトゲノムにAluIという制限酵素で切れるAluと呼ばれる配列が、ある時期に入ったらしい。本実験で調べた16番染色体のPV92ローカス(部位)にあるAlu配列の入っている人がアジア人には多い。アジアに移動する時期にAlu配列が挿入され、Alu配列挿入あるなしの多型が生じたのだろう。
    ある集団に小さい変異ができても、生きていくことに支障がなければ、その変異は残る。変異を持つ人が増えて1%に達したら「多型」という。
    ALDH2という酵素の遺伝子にある1塩基の多型(SNP)でAという配列を持っている人(AA型、AG型)は飲酒時にアルデヒドがたまり、顔が赤くなる。アルデヒドは発がん物質でもあり、このような人では食道がんのリスクが高い。
    「私のDNA」には、これまでの人類の歩みが刻まれているので「私たちのDNA」である。
     
    エピジェネティックス
    植物で30年以上前から、ヒトで20年前から、DNAの配列の違いに依らない遺伝子発現調節の重要性がわかってきた。
    例えば、遺伝子を制御するプロモーターと呼ばれるDNA配列にメチル基がついて「メチル化」するとその遺伝子が使われなくなる(働かなくなる)。ミツバチの働き蜂と女王蜂はともにメスでゲノムは同じだが、食べ物が違う(女王はローヤルゼリーを食べる)。メチル化を阻害したら、女王蜂になったという研究報告がある。メチル化には環境や食事が影響しているかもしれない。
    双子の人は、お互いにゲノムは同じであるが、メチル化の度合いを調べたら、3歳児の双子のメチル化はほぼ同じだが、年齢が進むと違いでてくる。ゲノムは同じでもメチル化が双子の違いを生み出している。
    このように、生まれた時のゲノムDNAが同じであっても育つ環境により、遺伝子の使い方に違いが出る。ゲノムで人生が決まるわけではない。
     
    ゲノム解析のこれから
    ヒトのゲノムは1週間くらいで解読できるようになった。価格も安くなった。
    がんで亡くなったスティーブ・ジョブス氏は、自分のゲノムを調べて、がんの分子標的薬を使ってほしいと希望し、全ゲノム配列を調べたが、彼の治療には間に合わなかった。これからのゲノム情報に基づく医療を暗示してくれた。
    ゲノム解読の高速化は、大きな技術革新でこれからの医薬品や治療方法の開発に影響を与えるだろう。
     
    ゲノムリテラシー教育
    1990年代、クリントン米大統領は「21世紀はITとBTの時代」だとして基礎教育に国家予算がつけた。
    そのような1990年代中ごろ、元高校教師 ロン・マディジャンさん(故人)が遺伝子解析の教材などを開発した。この教材は、バイオ・ラッド社より市販されている。ロンさんは今でも遺伝子組換え実験などを授業に取り込む遺伝子教育をとりいれた人としてNSTA(全米科学教員協会)で評価されている。
    アメリカの高校生物学教育ではヒューマンバイオロジー(ヒトを中心とした生物学)や実験が重視されている。実験を含む生物学や化学などの教室は、座学と実験ができる構造になっている。
    これまでも国際バカロレアプログラム(IB)や大学科目と互換できるAPプログラムも実施されているが、2009年からは、一つの教材から多角的に科学を学ぶSTEM(科学、技術、工学、数学)教育が推し進められている。さらに科学教育を運用するためのNGSS(Next Generation Science Standards)などの新カリキュラムがある。NGSSを使っている学校はアメリカの高校の3割くらい。
    協賛企業のバイオ・ラッド ラボラトリーズ㈱から実験ノートのプレゼントをいただいている。初めのページに消えない筆記具で記入すること、修正は線を引いて修正したことが見えるようにしておくこと、実験者と指導者が署名するなどの実験のルールが書かれている。同社では、実験キットを利用する高校生に実験ノートを書く習慣を進めている。

    質疑応答 
  • は参加者、→はスピーカーの発言

    • Alu配列はいくつもあるのか → いくつもある。全ゲノムDNAの約10%が、Alu配列。
    • ヒトはひとつの染色体を1対ずつ持っているということだが、どちらが父からでどちらが母からだとわかるのか → わからない。ミトコンドリアDNAのように母性遺伝するものならば、母由来だとすぐにわかる。



    バイオカフェ

     電気泳動をスタートさせてから、全員でお茶をいただきながら、今日の感想を話し合いました。天文関係の人たちから、「超新星爆発からの生命の流れを感じた。まさに我々は星の子だと思った」「楽しくてあっという間だった」「研究施設を見られて感激した。ことにピンクのタバコの花がきれいだった」「自分が親からもらったものの意味を感じた」など、多くの方から発言がありました。


    参加者のみなさん


    この実験教室は、東京農工大学遺伝子実験施設と共催で、NPO法人個人遺伝情報取扱協議会、バイオ・ラッド ラボラトリーズ株式会社の協賛、東京テクニカルカレッジ バイオ科の協力を得て行いました。