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サイエンスカフェみたか「遺伝子組換えカイコの衣料・医療分野での実用化」

 2014年7月10日、三鷹ネットワーク大学において第7回サイエンスカフェみたかを開きました。お話は(独)農業生物資源研究所遺伝子組換え研究センター 河本夏雄氏による「遺伝子組換えカイコの衣料・医療分野での実用化」でした。光る糸の観察や光る繭の溶解実験などもあり、盛りだくさんのバイオカフェでした。

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「どちらの繭の溶液が光るでしょうか」河本夏雄さん おみやげは星と風のカフェ特製「カラー繭と桑」のクッキー

お話のおもな内容

カイコとは
クワコという野生の蛾が中国で5000年前に家畜化された。薄い繭が立派になり、餌をもらえないと餓死するまで動かないほど家畜化がもっとも進んだ生物になった。
 
カイコの一生(動画を見ながら説明がありました)
1mmくらいの楕円形の卵から黒い毛の生えた幼虫(けご)が出て、桑の葉を食べ、繭を作るまでの3週間で体重は1万倍になる。卵から出た段階が一齢、しばらくして食べなくなると脱皮して二齢、三齢とすすみ最後は五齢になる。足場の中で繭を作り、繭の内側も厚くするとサナギになる。
口から繭をほぐす液をだして、蛾が出てくる。メスがフェロモンをだすとオスがやってきて交尾する。2-3時間したら人がこれを引きはなし(割愛)、一夜で500個くらい卵を生む。
カイコの卵を作る専門の業者が、異なる系統のオスの蛾とメスの蛾を掛け合わせて卵を産ませる。地域の農家による共同施設でまとめて幼虫を三齢まで育て、農家には四齢の幼虫が配られる。配蚕(はいさん)という。農家では蚕室で、上から桑を枝ごとかぶせるようにおいて飼育する。
繭を作る時期になったカイコを「まぶし」(繭を作らせる小部屋のようなもの)にいれる。幼虫は上に上る性質があるので、回転まぶしにいれて、上にカイコが集まると重くなってまぶしが回転し、一つの場所におさまっていない幼虫が上にのぼると、またまぶしは重くなって回転しながら、まんべんなくカイコがそれぞれの部屋で繭をつくるようになっている。
まぶしから繭を押し出して集め、熱乾燥でサナギを殺す。こうすると繭は保存できるようになる。
 
絹産業
日本は絹を輸出してきたが、1930年をピークに衰退してしまった。221万戸の養蚕農家で40万トンの繭が作られていたが、今は571戸で202トン。
絹の需要はあるが、中国などの絹が安い。私たちは付加価値のある高い繭をつくって新しい養蚕業を興したい。
 
カイコのメリット
・自分から餌を探しに行かないなど、逃げないので飼うのが楽。
・短期間でぐんと成長する
・繭糸はタンパク質からできている
・繭を作る時期のカイコの体重の3割が絹糸腺(絹糸を作る器官)
従って、遺伝子を組み換えれば、短期間でほしいタンパク質を大量に作らせられる。
農業生物資源研究所では、世界で初めて、2000年に遺伝子組換えカイコをつくりだした。カイコの卵にDNAを注入して遺伝子組換えカイコをつくるが、殻が固くて注入に使うガラス針が折れてしまう。そこで、最初に金属の針で卵に穴をあけ、ほそいガラス針でDNAを入れる方法を開発した。それでも最初のころは難しい方法だったが、今は新しい機器を取り入れて効率があがった。DNAを注入する時期の卵の中ではすでに細胞がたくさんあるので、そのうちの精子や卵子などになる細胞にDNAが入ると、その次の世代の一部が遺伝子組換えカイコになり、その形質は代々受け継がれることになる。
繭糸の断面をみると、2本のフィブロインというタンパク質から成る糸をセリシンというのりがまとめている構造になっている。
今では遺伝子組換えカイコを使って作ったタンパク質が診断薬や化粧品の保湿成分として製品化されている。農家には付加価値のある糸をつくってもらいたい。
 
~溶け方のちがいによる実験~
繭糸は、水にとけない糸の成分のフィブロインと、水溶性でのりの役目をしているセリシンからできている。水溶性タンパク質を抽出する液をふたつのチューブに入れて、①フィブロインと一緒にGFP(緑色蛍光タンパク質)を作る遺伝子組換えカイコの繭、②セリシンの層にGFPを作る遺伝子組換えカイコの繭の断片をそれぞれ入れる。しばらくおいて、ブラックライトをあてて観察する。②の溶液にはGFPが溶け出して、液が緑色に光るはず。
 
水溶性タンパク質と絹糸のタンパク質
フィブロインは後部絹糸腺、セリシンは中部絹糸腺でつくられるので、後部絹糸腺で働くようなプロモーター(遺伝子のスイッチを入れる役割)にGFP遺伝子をつなぐか、中部絹糸腺で働くようなプロモーターにつなぐかで、GFPはフィブロインと一緒に発現したり、セリシンの層で発現したりする。後者は今日の実験では水溶性のり成分と一緒に溶解すると液を光らせるようになる。医薬品の材料を中部絹糸腺で作らせると、簡単に溶解させて集めることができる。
光る糸などの糸に工夫を施したいときは、後部絹糸腺で遺伝子をはたらかせる。
有用物質を遺伝子組換えカイコにつくらせて実用化した例としては、臨床検査薬、ヒト型コラーゲンを含む化粧品にいれたものがある。
開発中のものでは、動物医薬品のインターフェロン、患者数の少ない難病の治療薬、抗体医薬品の原料、血液から精製して使われているフィブリノゲン、アルブミンがある。
カイコを用いると、①効率的、②水に溶かしたときに不純物が少なく簡単に回収できる、③培養細胞でつくるより安価、④ヒトとカイコには共通に感染する病原体がないので安全性が高い、⑤人工飼料で清浄飼育できる、⑥遺伝子組換え生物としては動き回らないので扱いやすいなどの利点がある。
糸としては、高機能絹糸として、光る糸、色がついた糸、人の体になじむ糸などがある。
超極細の糸もできる。普通の糸は2.5デニールだが、1.5デニールまでつくれるようになった。糸が細いと布の風合いが変わる。染まりやすくなるという性質も持っている。
生物の作る糸(クモ、水中に棲むトビゲラ、スズメバチ)をカイコにつくらせて安くする。フィブロインのアミノ酸を変化させて細胞がくっつきやすくすることで、生体になじむ人工血管や再生医療材料として人の細胞と置き換わっていくようにするという研究がされている。
高機能絹糸の生産を養蚕農家でおこなえれば、低コストで大量に生産できる。医薬品ならば単価が高いので、閉鎖系で、人工飼料で飼育し、コストが高くなってもいいが、衣料材料は安いほうがいい。
今年度、遺伝子組換えカイコの第一種使用が認められ、7月14日から緑色に光る糸を作るカイコを農家と同じような空調がない環境で飼育する実験を始める。組換え動物の第一種使用は、本当はかなり画期的なこと。カルタヘナ法の規制をうけ、組換えカイコが生物多様性に影響を与えないことが確認できた場合だけ可能になる。一方、実験室で飼えば環境への影響はない。ヒト型コラーゲンは閉鎖系でつくっている。
カイコは自分では外に出ないし、蚕室(さんしつ)で飼う。成虫は飛べないのだから、なぜ大臣承認による第一種使用が必要なのかと思う人もいるだろう。課題になったのは、カイコを飼い終わったときの桑の枝などのゴミの扱い。普通、それらの桑の枝は畑に捨てる。そこに1匹でも幼虫がのこっているかもしれない。それで第一種使用を認めてもらわないといけなかった。化粧品等を作るために閉鎖的に飼育する第二種使用では、残った餌を24時間冷凍してから捨てている。
近縁野生種のクワコが日本にいるので、組換えカイコのメスに野生のオスがとんできて交尾する可能性が考えられる。これまでに日本各地の3600頭のクワコの遺伝子を見たが、カイコと交雑したクワコはなかった。そもそも養蚕農家では繭(サナギ)を出荷して熱乾燥ですべて殺してしまうので、クワコと交尾できるカイコの成虫は生じない。また、野外にカイコをおいて試験したら、交尾の前にアリなどの虫や鳥に食べられ生き延びられなかった。カイコとクワコの交雑個体が野外で見つからない理由ではないか。
モニタリング(野生のクワコにおける交雑の有無をみる)は続ける。
クワコの繭は薄い黄色だが、日本の農家で通常飼われているカイコの繭は白がほとんど。品種改良の中で、突然変異の白い繭が選ばれて今のカイコになったと思われる。かつてフランスなどでは黄色の繭も作られていたようだが、この黄色の色素はセリシン層にあるので、最終的にセリシンを洗い落としてきれいな絹糸にすると白くなってしまう。


話し合い 
  • は参加者、 → はスピーカーの発言

    • 組換えカイコの選抜の目印は → 光る遺伝子が眼で働かせると蛾の目が光る。幼虫の目も光る。卵やさなぎの中で目が光ると、動かないので見つけやすい。
    • 医療への期待はどうか。人工血管が将来、がんになることはないのか → これから調べて、薬事法で厳しく審査されることになる。はじめに動物で試験し、その次に臨床試験となるだろう。
    • 人工皮膚なども作られると聞いた → フィブロインを砕いて加工し、スポンジ状にしたりフィルム状にして怪我をしたところに貼って活用する研究はある。
    • 養蚕農家が減ったというが、組換えカイコを飼うメリット、農家にとってどのくらい魅力があるのか → 組換え絹糸はまだ売られていないので価格はわからないが、今でも織物会社などからほしいとはいわれている。今回の試験飼育で大量生産して値段をつけてもらうのも実験の目的のひとつ。医薬品をつくっている会社は閉鎖系で飼っているが、養蚕農家が飼育を請け負っていて、そのような農家からは自分の蚕室でも組換えカイコを飼育したいという声もある。しかし、養蚕農家でも高齢化が進んでいるので、次世代が継承するまでに新しい養蚕業が実現するように私たちの研究も急がないといけない。
    • 繭の色に濃淡はつけたりできるのか → カイコのゲノムの遺伝子の入る場所、入れる遺伝子の数でよく光る糸ができることがわかっている。遺伝子の数と入れる場所をコントロールできたら、濃淡もできるはず。
    • どれくらい大きいタンパク質までつくれるのか → GFP(緑色蛍光タンパク質)の分子は小さいが、実際にはフィブロインと融合させて作っているので、ある程度の大きさがある。これまでの実験では入れられるタンパク質の大きさの制限は感じていない。
    • GFPは水で洗っても色落ちしないのか → 水には強いが熱に弱いので、アイロンで色が消える可能性はある。繭を煮ると熱で色が消えるので、真空で糸をほぐす方法を開発した。
    • 世界で遺伝子組換えカイコのビジネスはあるのか → 日本以外ではないようだ。組換えカイコをつくる特許はとった。そのほかにも、光るタンパク質など様々な特許が関係する。輸出したいが、知的財産権で問題にならないようにしなくてはならない。
    • 系統の保存は → それはカイコの課題でもある。1年に1回は飼育しないといけない。植物の種子は何十年も保存できるが。カイコの卵はうまく保存できても長くて2年。保存したい系統が増え続けると保存はできない。精子の冷凍保存の研究をしている。
    • 農業生物資源研究所で保存しているカイコの種類は400-500あり、小淵沢の試験場ではすべて毎年、飼育保存している。系統維持は大変。カイコの系統は厳密な意味での純系ではないので、遺伝的な多様性を保ちつつ性質が変わらないように維持するのは大変。以前は交配や自然にでてきたものだけだったが、遺伝子組換えカイコはどんどん種類ができる。
    • 産業用に使われる虫は他にあるか → ミツバチ、天敵昆虫としてのテントウムシ。ミツバチは飛んでいくので生態系への検討が必要。産業用としてもカイコがいい。遺伝子組換えで不妊にした蚊を放って蚊を退治する研究も行われている。これも昆虫の利用になるかもしれない。沖縄では放射線で不妊にしたウリミバエを放って、島のウリミバエを絶滅した。今も管理している。放射線は、死なせずに不妊になるようにちょうどよく照射するのが難しい。