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TTCバイオカフェ「ミクロな戦略を知って病気に強いイネを作る」

 2014年5月23日、東京テクニカルカレッジ(TTC)でTTCバイオカフェを開きました。
お話は(独)農業生物資源研究所 遺伝子組換え研究センター 耐病性作物研究開発ユニット長 高辻博志さんによる「ミクロな戦略を知って病気に強いイネを作る 〜食糧の安定供給を目指して〜」でした。
TTCの三上校長のご挨拶のあと、音楽は酒井絵美さん(フィドル、ブズーキ)、高梨菖子さん(アイリッシュホイッスル)、黒木彩香さん(クラリネット)の3名が演奏してくださいました。酒井さんと高梨さんの楽器はアイリッシュ音楽演奏用の楽器とのこと。1曲目は酒井さんと高梨さんのデュオで、リールと呼ばれるアイリッシュダンスの音楽を、2曲目は黒木さんも加わって演奏してくださいました。選曲はどれも今回のお話にちなんだもので、1曲目は「麦をゆらす風」(イネの曲がなかったので麦で)、「ハーベストムーン」、「ハーベスト 」のメドレー、2曲目は高梨さんが今回のイネのお話のために、青い田んぼをイメージして作曲してくださった「Growing」という曲で、これにはとても感激しました。

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三上校長先生のはじめのことば 高辻博志ユニット長のお話
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アイリッシュミュージックの演奏 会場風景


主なお話

病気と闘う植物(作物)
植物にはいろんな病気がある。ベト病やうどんこ病などの様々な病気にかって商品価値がなくなってしまう。カビなどの菌類、細菌、ウイルスなどが植物の病気の原因となる。中には人類の歴史を変えるような重大な被害を与えるものもある。例えば19世紀ヨーロッパに蔓延したジャガイモの疫病がある。アイルランドが一番ひどい被害を受け、「グレートファミン(大飢饉)」と名前がついているほど。当時800万人いた人口のうち100万人が亡くなり、150万人がアメリカなどへの移民となった。アメリカ大統領だったケネディのおじいさんもこの時の移民の一人だったことは良く知られている。
また、コーヒーさび病というのがある。スリランカは以前はセイロンという国名で、紅茶が有名だが、19世紀当時はコーヒーの栽培が盛んで、世界で2番目のコーヒーの産地であり、当時はイギリスでもコーヒーが飲まれていた。ところが、コーヒーさび病という病気が発生、蔓延してこの国のコーヒー産業は壊滅してしまった。これをきっかけにセイロンは世界的に有名なお茶の産地になった。
このように、重大な被害をももたらす植物の病気だけれど、今の時代も何も対策をしなければ、作物の多くは病気で失われてしまう。
 
作物の病気対策を何もしない場合、世界で収穫の50ー80%は失われるといわれているが、農薬を使うことなどの栽培管理を行うことでこの数字が26ー40%に抑えられている。日本人の主食であるイネには、カビが原因のいもち病、紋枯病、ごま葉枯病、また細菌が原因の白葉枯病などがある。いもち病だけでも、それを防ぐために年間220億円程度の農薬が使われていて、コストや手間がかかっている。様々な育種素材を利用して、交配で開発された抵抗性品種も利用しているが、効果が続かない。そこで、植物自体が持つ病害防御応答のしくみを調べて、戦略的な品種改良ができないかと考え、植物の持つ病気に対抗する力を引き出す方向の研究をしている。
植物にも自然免疫と言って、人の免疫に似た仕組みがある。そもそも、地球上の何十万といる微生物に囲まれていても植物は簡単に病気にならない。病原菌が来たことを認識して、感染シグナルが細胞内部に伝えられ、抵抗性を誘導して細胞膜や細胞壁を堅くするような防御反応を起こしたり、茎を通して感染シグナルを全身に伝えたりする。ところが、特定の微生物はエフェクターと呼ばれる因子を植物体内に送り込み、その結果植物の免疫が弱まる。この時点でこの微生物は病原菌となる。植物側もこれに抵抗してエフェクターを認識して強い免疫反応を誘導するRタンパク質を進化させる。このような植物の抵抗性を“真性抵抗性”という。ところが病原菌のエフェクターが変異するとRタンパク質による認識をすりぬけて再び植物に病気を起こさせる(抵抗性の崩壊)。このような“いたちごっこ”が繰り返され、植物と病原菌はともに進化してきた。これまで、いもち病に対する真性抵抗性を導入したイネの品種が開発され、稲作で利用されてきたが、2〜3年で抵抗性が崩壊していもち病にかかるようになってしてしまう。
植物での感染シグナルの伝達が詳しく調べられ、シグナル伝達の途中でサリチル酸という物質が植物の抵抗性反応を誘導することがわかっている。このような病害応答シグナル伝達経路をサリチル酸経路という。現在いもち病に対する農薬として利用されているプロベナゾールやBTHなどの抵抗性誘導剤は、サリチル酸経路に働きかけてイネの抵抗性を引き出している。抵抗性誘導剤は、病原菌を直接殺すのではなく、植物の病害抵抗性を引き出すことによって植物を病気から守る。Rタンパク質にはよらないので、 抵抗性が崩壊してしまう心配はないと考えられる。実際、プロバナゾールは開発後40年たっても耐性菌が出ずに今でも使用されている。人体や環境にも悪影響はないと考えられている。
そこで、BTHの効果を詳しく調べ、BTHによって引き出される植物の病害抵抗性に関係する遺伝子を利用して、BTHを散布しなくてもイネを同じような状態にすることはできないか、と考えた。その中で見つけたのがWRKY45という遺伝子。マイクロアレイという方法でBTH散布後の遺伝子の働きの変化を調べる中で見つけた。WRKY45遺伝子の働きを抑制したイネでは、BTHを散布してもイネのいもち病発病が抑えられなかった。
WRKY45は転写因子。転写因子は遺伝子のそばにあり、遺伝子の働きをコントロールするプロモーターというDNA配列に結合し、遺伝子を働かせる役割を持つ。つまり、転写因子がプロモーターに結合すると遺伝子配列がメッセンジャーRNAにコピーされ、その情報を基にタンパク質が作られる。WRKY45は、病気に対する防御遺伝子約300個の働きをコントロールしていた。WRKY45が働いて抗菌タンパク質や抗菌物質の合成が促進されると、病原菌の95%は植物の細胞に侵入する前にブロックされる。WRKY45をイネの中でたくさん作らせて見ると、いもち病、ごま葉枯病、白葉枯病に強くなる。このようにいくつかの病気に抵抗性を示すことを複合病害抵抗性という。それであればWRKY45を遺伝子組換えでたくさん働かせれば、BTHを噴霧した時と同じように病気に抵抗性を示すのではないか、そうなればBTHを使用しなくても済むようになるのでは?と考えた。
 
植物体内のエネルギーのトレードオフ
ただし、病気に強くしすぎると植物体全体の生育や収量が悪くなる。それは植物の生育やタネ(穀物)を作るために使うエネルギーやアミノ酸などの栄養分を病気に抵抗するために使ってしまうため。そこで、病害抵抗性と生育や収量とのバランスが大切になる。常に防御応答が働いていると、イネが生育に使うエネルギーを使いすぎてしまう。そのため、車のアイドリング状態と同じように、病原菌が感染していないときは防御応答が起こらないが、感染するとすぐに防御応答が始まるようにしたい。このようなアイドリング状態のことをプライミング状態という。
遺伝子組換えによりWRKY45の働きを強めたイネでは、抗菌物質の合成遺伝子が、いもち病菌に感染させると直ちに作られてくることがわかった。これはBTHを噴霧した場合と同じであり、つまり遺伝子組換えによりWRKY45の働きを強めたイネでもプライミング状態が誘導されていることがわかった。
また、WRKY45の働きを強めたイネは低温に弱いということも分かった。ではどうしたら良いのか?WRKY45の働きをコントロールするプロモーターを変えてみることにした。これまではWRKY45の働きをとても強くするようなプロモーターを使っていたが、安定にプライミング状態を誘導できるような少し弱いプロモーター、また病原体が感染したときだけWRKY45働かせるようなプロモーターの2種類の戦略に適したプロモーターを探すことにした。そのため、30種類のイネのプロモーターを使ってWRKY45働かせ、データを取った。調べてみると、弱いプロモーターに関しては、それまでに使っていたものと比べて1〜2割程度の量のWRKY45を作らせるプロモーターが丁度良いことが分かった。
ただ、やはり最終的には野外で栽培してみないと、実用的かどうか分からない。日本では法律上、野外栽培するのに準備や手続きに手間と時間がかかるので、その準備をしながら、もう少し手間のかからない韓国で野外栽培を試みた。韓国は日本より気温が低かったのか、常にWRKY45を常に強く働かせた状態の改良前のイネは生育が悪かったが、改良したものは生育に問題がなかった。コロンビアにある国際研究機関のCIAT(国際熱帯農業センター)がこの研究に興味を持ってくれたので、コロンビアでも野外試験栽培をした。この研究所は赤道直下に位置しているが、高度が高いところにあるので、イネを栽培するにも暑すぎる事はなくきちんと育った。
一方、病原体が感染したときだけ素早くWRKY45働かせるようなプロモーターについては、これだけを使ったのではWRKY45タンパク質の量が足りないせいで、強い病害抵抗性が得られなかった。そのために、プロモーターだけでなく、翻訳エンハンサーという、メッセンジャーRNAからタンパク質を作る過程を促進させるDNA配列を組み入れてみたら、これは成功し、非常に強い複合病害抵抗性と安定な収量が得られた。
 
現在は、この技術を飼料用イネに応用しようとしている。家畜の飼料は、現在ほとんどが輸入に依存していて、自給率を高めるためには生産コスト低減が必須。飼料用イネは食用と比べて背丈が高い。現在は、飼料用イネにこれらの遺伝子を組み込んだ組換えイネを国内で野外試験栽培し、良いものを選んでいる。
このような品種は遺伝子組換えでないとできない。遺伝子組換え作物や食品に対する受容がなかなか進まないのが残念だけれど、開発した技術を利用して飼料自給率の向上や食糧危機回避に貢献できればと思っている。
ここまで病害抵抗性と生育・収量とのトレードオフについて話をしたが、最近の研究結果から、病害抵抗性と環境応答とのトレードオフも重要だということがわかってきた。調べてみると、イネは低温などの環境にさらされた時、低温に対する応答が優先されて、病気への抵抗性が後回しになることがある。そこでこの関係を断ち切れればよいのではと考えた。冷夏など低温条件、例えば2003年の夏の冷害ではいもち病で4-7%の収量が減った。その原因として低温になるとアブシジン酸(ABA)が生成し、これがWRKY45の働きを抑えていることが分かった。WRKY45の活性化はWRKY45にリン酸基が付く(リン酸化)ことにより起こるのだが、WRKY45をリン酸化する酵素も他のリン酸化酵素によりリン酸化されることで活性化されていた。一方、ABAがあるとWRKY45リン酸化酵素からリン酸基がはずされて不活性化し、その結果WRKY45がリン酸化されないためにWRKY45の働きが落ちていた。そこで、このリン酸基をはずす酵素PTPの働きを抑えれば、いいのでは?と思い、やってみた。BTHは15℃という低温ではいもち病抵抗性を誘導できなくなる。ところがPTPの働きを抑えたイネにいもち病菌をかけてみたところ、この温度でもBTHが強い抵抗性を誘導することがわかった。つまり、PTPは低温による病害抵抗性低下のキーとなっていた。
このことを考えると、生育、環境応答、病害応答の三者がトレードオフの関係にあり、イネはその時々に最も深刻な脅威への対応に対してリソースを配分して過酷な自然界で生き延びられるよう進化してきたのだろうと考えられる。これらの間のトレードオフをうまく断ち切ることで、栄養豊富な栽培条件では3つに同時に対応できるイネの開発が可能なのではないかと考えている。



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酒井絵美さん、高梨菖子さん、黒木彩香さん(向かって右から) 大藤道衛先生からパパイヤのお話
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3種類の試食用パパイヤがTTCより提供されました ハワイ産 遺伝子組換えウイルス抵抗性パパイヤ「レインボー」と組換えでない「カポホソロ種」、フィリピン産 パパイヤ

遺伝子組換えウイルス抵抗性パパイヤ
最後に、同じ病害抵抗性で、すでに流通している遺伝子組換えのリングスポットウイルス抵抗性パパイヤの紹介をする。生食するものでは初めて海外から輸入された組換え作物がこのパパイヤ。ハワイでパパイヤの栽培が始まったのは1910年ごろ。オアフ島でリングスポットウイルスによる病気が出たのは1940年代。その後、被害が拡大し、オアフ島ではパパイヤ栽培ができなくなった。パパイヤ栽培はハワイ島に移動するが、そこでもウイルス病の被害が出て、生産量は半減。ハワイのパパイヤ産業は壊滅的になってしまった。交配による品種改良でも抵抗性品種はできず、ハワイ大学のゴンザルベス博士が1985年に遺伝子組換えで開発、1987年からハワイ島での栽培が始まった。日本では2011年から国内で流通できるようになった。
この組換えパパイヤは、研究機関が開発して実用化された初めての作物。組換え作物は企業開発のものが多い中、このパパイヤの実用化には私たちのような研究機関の研究者は勇気づけられた。
 
高辻さんのお話のあと、TTC・大藤先生が準備してくださったハワイ産の組換えパパイヤ、非組換えパパイヤ、フィリピン産のパパイヤを試食しながら、話し合いをしました。

話し合い 
  • は参加者、 → はスピーカーの発言

    • イネへの遺伝子導入の方法は → アグロバクテリウム法。はじめは双子葉類にしか使えなかったが、今は単子葉類でもできる。
    • PTPによって低温の被害と病気のトレードオフができたというが、他にデメリットは出てこなかったのか → 今までのところ悪い影響は見られない。もっと詳しく調べる必要があるが、大丈夫そうだと思っている。
    • 遺伝子組換えパパイヤ「レインボー」を日本で入手する方法 → 2011年12月からコストコから販売したが、それはそれっきりで終わってしまった。日本のスーパーでは買えない。私はハワイパパイヤ産業協会に直接、注文している。日本のイベントでは利用されている。(大藤先生)
    • 病気と収量のトレードオフが起こるのはなぜか → イネが生育するためには多くのエネルギーが必要。いつも防御タンパクを作っていると、米を実らせるためのアミノ酸をとられてしまうので、病気と闘うことと収量を同時に成り立たせるのは難しい。
    • 東北・北海道での冷夏に強いイネ品種はできているのか → PTPを使った病気と冷害に強いイネは実験室で見つかった段階。実用化までには、遺伝子組換え作物の安全性審査・社会受容促進などをクリアする必要があり道のりは長い。PTPに関しては組換えによらない方法も理論的には可能である。
    • 限られたエネルギーをトレードオフすることはわかったが、組換えでエネルギーを増やすのはないのか → 遺伝子組換えで光合成の効率を高める等の研究が行われている。
    • トレードオフの中で味はどうなるか → WRKY45の過剰発現で味が落ちる可能性は今のところ否定できないが、発現を適切に制御しているので大丈夫だと思う。
    • イネ科のイネ以外の植物で同じような研究はされているのか → 行われている。海外のコムギの研究者から問合わせが来たりしている。国内で小麦のWRKY45にあたる遺伝子を研究している人もいる。
    • 韓国で試験栽培をしたのはなぜ → とても急いでいたので国内での栽培許可を取る時間がなく、請け負い業者に依頼して比較的手続きが簡単な韓国での試験栽培をした。
    • WRKY45はプロモーターやエンハンサーを選んで、だましだましやっていると思う。WRKY45はセルフ(自分の遺伝子を使う)だから組換えではないのではないか → WRKY45やプロモーターはイネからとったが、所々に使っている他の短い配列はイネ以外の生物から使っているので組換え作物である。
    • 平成20年に農林水産省にいて、「急いで遺伝子組換えイネを作れ」といったのは私です。カルタヘナ法で少しでも他の生物の遺伝子が入っていると組換え。アグロバクテリウム法でアグロバクテリウムの遺伝子が入るのでそこで組換えになる。
    • プロべナゾール(BTHと同様の抵抗性誘導剤)という農薬を使った地域では冷害でもいもち病による収量減が少なかったときいている。このために、プロべナゾールはその後、爆発的に売れた → その情報は正しいと思うが、PTPをノックダウンしておけば、プロべナゾールはもっときいたはず。