2014年5月1日、くらしとバイオプラザ21会議室で、カジュアルな談話会「STAP細胞、私はこう思う」を開きました。大藤道衛さんにお話いただきました。
大藤道衛さんのお話 | 会場風景 |
1月29日のSTAP細胞のニュースを聞いたとき、私は、細胞にストレスを与えて初期化するというのは、あり得る研究成果だと思った。哺乳動物の細胞は植物のように再生しないが、切れたトカゲの尾は生えるようなケースもあるからである。とはいえ、STAP細胞の話題をすぐ自分の講義にとりいれようとは思わなかった。
また、神戸の理研では、これまでも27歳でチームリーダーとして活躍した研究者がいたので若い女性のユニットリーダーの登場も違和感なく受け入れられた。ただ、映像の演出からは派手な印象をうけた。
パブピアー(PubPeer)という匿名投稿サイトには、1月末からNature論文のデータに不正疑惑があると出始めた。メディアでも2月の中頃にデータが怪しいという話がでてきた。このあたりで、新聞報道を意識された方も多いと思う。そして、3月になって疑義に関する中間報告が行われた。
日本での話題は Natureという雑誌のピアレビュー(同じ分野の研究者による審査)に問題はないかなどと、筆頭著者個人に話題が集中してきた。さらに、理研はスクラップアンドビルド(終了したプロジェクトは解散し新たな有望なプロジェクトを再構築する仕組み)の組織ゆえ、研究者の就職問題にまで話題が広がってしまった。
今日は私なりに情報の交通整理をして、ふたつの話をする。それは、1)STAP細胞とは、何か? 2)論文不正をどうとらえるか? である。
多能性細胞研究の流れとSTAP細胞
ニンジンを切って培養すると、カルスという未分化で色々な細胞に変わりうる「赤ちゃん細胞」の塊になり、植物ホルモンで処理すると再び分化した根や葉に変わっていく。プラナリア、イモリのように切った組織が再生するケースがある。しかし、哺乳動物はニンジンのように、「赤ちゃんの細胞」に戻れない。
2012年にノーベル賞を受賞したガードンは、1962年アフリカツメカエルの大人の小腸の細胞核を、核を除いた卵細胞に入れて発生させると、オタマジャクシになることを報告した。大人になった細胞の核にも赤ちゃん細胞に戻す力があった!
2012年にガードンと共にノーベル賞を受賞した山中先生は、大人になったマウスの細胞に、いくつかの遺伝子を入れることで赤ちゃん細胞に戻ることを示した。この初期化された細胞がiPS細胞である。
そして、ガードンの報告からちょうど50年でのノーベル賞受賞である。
ヒトの場合、受精すると卵の分裂が始まり、5-6日で「内部細胞塊」と「栄養膜幹細胞」になる。これらは、各々胎児と胎盤の元になる細胞で、子宮に落ち着いて、分裂を繰り返し様々な細胞に分化する。内部細胞塊の細胞がES細胞(胚性幹細胞)、すなわち何にでもなれる「赤ちゃん細胞」である。
受精卵は分裂して、血液、皮膚、腸管、筋肉など様々な細胞に分化していく。50年前のガードンの研究以前から、核にある遺伝子がDNAという物質であることは、わかっていた。
しかし、その当時は、細胞は分化していくと、使われない遺伝子は封印されたり、なくなったりして、分化した細胞は二度と「赤ちゃん細胞」には戻れないと考えられていた。いろいろな細胞に分化できる能力のことを、全能性、多能性という。受精卵は胎児にも胎盤にもなれる全能性をもっている。一方、内部細胞塊の胚性幹細胞は、様々な細胞に分化できる多能性をもっていることから、多能性幹細胞という。
分化していくとは、神経、筋肉、腸管などの「専門性をもった細胞」になるということを意味する。ところが、ある程度分裂しても、私たちの体には色々な幹細胞が存在するため、例えば神経細胞だけに分化できる神経幹細胞など、専門性をもった幹細胞(体性幹細胞)が、大人の細胞に混じってたくさん存在している。これらの細胞は分裂するときに、「専門性のある細胞」と幹細胞とに非対称な分裂をすることで、いつも体性幹細胞が確保できるようになっている。
細胞の核にある遺伝子全体のゲノム情報は、卵、内部細胞塊、分化した細胞のどの段階も同じである。それゆえ口腔細胞を調べても、体中の細胞がもつゲノム情報のことがわかる。ただし、免疫細胞や生殖細胞に関してはゲノム情報が少し違っている。
iPS細胞は、2006年にネズミ、2007年にヒトで成功した。4つの遺伝子を入れることで分化した細胞が内部細胞塊にあるES細胞の様に初期化された。そこから今度は培養条件を変えて確認すると、いろんな細胞になれる多能性細胞であることがわかった。
なお、iPS細胞作製に必要な遺伝子について、山中先生は2003年ごろに横浜の理研のグループが作成したマウスのデータベースをもとに、多能性細胞でよく働いている24種類の遺伝子をしぼりこみ、その後、実験で細胞を初期化するために必要な4遺伝子を決定した。
ここで、STAP細胞とは、Natureの論文によると、若いマウスの分化した細胞に刺激を与えることで多能性のある細胞への変化が引き起こされた。この現象をSTAP現象とよぶ。
学術論文にはアーティクルとレターがある。アーティクルには概要、要旨、実験材料、方法、結果、考察があるフル装備。レターまたはショートコミュニケーションは短く簡潔。STAP細胞を紹介した報告は、アーティクルとレターの形で2報が掲載された。
細胞を初期化するというのは、専門化された大人の細胞が「赤ちゃん細胞」の多能性細胞に戻ること。これに対して、細胞を選択するというのは、大人の細胞の中にわずかに残っている未分化で多能性をもつの「赤ちゃん細胞」を分離すると多能性のある細胞に戻ったように見えるという説。
Natureの論文では、生後1週間以内のマウスの腎脾臓の細胞に酸性の刺激を与えたら初期化したサイズが小さいSTAP細胞の塊が得られたと書かれている。
一方、私たちの体細胞の中には、専門化されているといっても、多能性を持つ細胞が、わずかにまぎれているということが、これまでにいくつか報告されている。この一つを「ミューズ細胞」という。界面活性剤で処理をしても生き残り選択された細胞がミューズである。これらの細胞は共通して小さい細胞である。再現性は難しいがその小さい細胞には多能性があるという論文はいくつかある。
STAP細胞のつくりかた
Natureには、生後1週間の遺伝子組換えマウス(Oct4-GFPの融合遺伝子が組み込まれていて、細胞が初期化されると緑色蛍光に光るようになっている)の脾臓の細胞を取り出し、フローサイトメトリーという装置にかけてリンパ細胞を分けてから酸性処理をしたら、光り始めた。さらに特殊な条件で培養すると(これは理研 丹羽先生が開発された手法)、増殖できる「赤ちゃん細胞」(STAP幹細胞)となった。そして様々な細胞に分化する多能性をもつところが確かめられたといっている。
例えば、免疫能がないピンクのヌードマウスにこのSTAP幹細胞を入れると三胚葉(神経や皮膚などの外肺葉、血液や筋肉などの中胚葉、腸管などの内胚葉)に分化したテラトーマができることが分かったので多能性が確認された。また、キメラマウス(2種類のマウスが組み合わさったような遺伝子を持ったマウス)を使って、STAP細胞が内部細胞塊の細胞のように分化していくかどうかが調べられた。この研究に関ってこられた若山先生は、初期化した細胞でキメラマウスを作製する手法の専門家である。
ステップ1の光るところまでは追試したという人はいる。しかし、Natureに書かれたような細胞が初期化されたSTAP現象なのか、もとから存在した未分化の「赤ちゃん細胞」がとらえられたのか分からない。
バカンティは、多分化能をもつ「小さい細胞」があることに早く気付いていて、小保方氏はこのテーマでバカンティのもとで研究していた。
今は、理研が行っているSTAP現象やSTAP細胞の検証結果を待ちたいと思う。
私はこうしてサンプルを保存しています | 活発な参加者の発言 |
一方、実験していなかったり、他の実験データを借りてしまうのは明らかなねつ造。
理化学研究所や文部科学省ではFFPの防止を呼び掛けている。理研では、計算ミスのような悪意のない間違いはFFPには含まないとしており、文部科学省は論理がきちんとしていることが重要だとしている。
過去のリトラクト(論文取り下げ)されたものでは、例えば、降圧剤が脳こうそくのリスクを下げるという仮説のもとで行われ、データが改ざんされた研究などがある。
実験データの管理と論文作成
○サンプルの保存:研究に用いた検体、DNAなどは、元をたどれるようにサンプルも保存し、検証できるようにしておく。
○実験ノート・データ管理:ノートでなくても、パソコンの中でもいいが、データを後で検証できるようにすることが大切。
データ管理、研究のルールについてはどこかで教育を受けているはずで、研究室に配属されたときに多くの人はそこで習っていると思う。私も恩師に教えられた。
データは教室会などで他の人と議論する中で、精査されて鍛えられていく。
英語の論文作成では、ネイティブチェックといって、英語を母国語とする研究者にみてもらって鍛えられていく。このような研究のプロセスは、結果としてFFPを防ぐことにもなる。
〇研究論文の責任者:
小保方氏の地位であるPI(ユニットリーダー)とは、独立した研究者で、自分で研究計画をつくり、資金とスタッフを確保できる。研究には全責任がある。論文の著者名の位置には意味がある。最初に名前が書かれている「筆頭著者」は実験をした人。最後に名前が書かれている「最終著者」は、研究チームのボス。研究費を獲得する。
「責任著者」はコレスポンデントと呼ばれ、論文内容について問い合わせを受ける責任ある著者である。
若手研究者へのアンケート(2010年 分子生物学会にて実施)をみると、ラボノートは研究室で管理されていて、ボスが閲覧してもいいと思うとほぼ全員が回答していた。アイディアだけ出した人は謝辞に名前をいれるか、著者名に入れるかは必ずしも一致しなかった。データの管理の重要性やだれが論文の著者になるかについては、若い研究者も十分に注意していることがうかがえる。
メディア情報をどのようにみるか
今回のSTAP細胞と小保方氏の報道は、非常に注目された。ニュースのインパクトは、めずらしさ、ストーリー、アクションで決まる小島正美氏の著書「メディアを読み解く力」に書かれていたが、今回の報道はまさにこれに当てはまっている。
1月29日の時点では、女性研究者(少ない)が、なかなか論文がアクセプトされない苦労というストーリーがあり、Natureに投稿したというアクションがあり、確かに小島さんの法則にのっている。
また、4月9日の小保方氏の会見で、STAP現象を200回確認したと言い、理研という大きな組織にもの申したというのが事実があった。
メディアはインパクトのある切り口で記事を発信するので、注意深くみていかないと、本質からずれてしまうこともある。
まとめ
私はこう思う
1.STAP細胞は、本当に細胞の初期化だったのか、元からあった多能性細胞の選択だったのか。あるいは実験上の問題か。検証結果に期待したい。
2.論文不正は、研究者にとって常に陥る可能性があるもの。罠がいっぱいある中で研究者は実験、論文執筆をしないといけない。実験者への教育が本当に大事だと思う。
3.あふれる情報の取捨選択。原著を読めなくても、理研プレスリリースはまとまっていて事実論文の内容がわかりやすい。また、新聞の科学欄、科学雑誌も利用できると思う。科学的な話は科学的な視点で臨むようして頂きたい。そして、科学リテラシー(科学用語を調べつつ)を身に付けることが大切です。
- 委員長がデータの切り張りがあったと辞任したとき、数年前は許されたと発言したのが気になった → 適正かどうかは専門誌のレフリーが判断することだと思う。
- 電気泳動実験は分子の大きさや形の違いみるときと、電気泳動バンドが出るか出ないかで分子の存在の有無をみることがある。現在のデジタル化された電気泳動データの場合は、もし切り貼りされたら分かり難いので困る。
- 異常値をはねる(上と下)のは許されるのか → はねる基準を決めてあればいい。
- 一流雑誌にでたら、広報は信用してしまうだろうと思う → Natureに載ったらすごいと思って読むし、ピアレビューがあるから信用する。Natureでは実験の細かい手順よりも論理構築をみるので、広報の人は判断しにくいだろうと思う。
- マウスのリンパ球を若山先生はもらったというが、初めから多能性を持つ細胞があったかどうかわからないものなのか → 小保方氏のアメリカでの研究テーマは多能性を持つ微小な細胞を見つけることだった。はじめから多能性を持つ小さい細胞があったのか、刺激で初期化されたのかは確認できない。今、理研で行われている「検証」に期待したい。
- 免疫細胞はDNAの配列が変わってくるので、そこで分化した細胞が初期化されたかを比べたのが問題となった電気泳動のデータ。未分化細胞ならば光るように遺伝子を組換えたマウスで実験しているので、光ってももとからあった未分化細胞か初期化されたSTAP細胞か区別できない。
- Natureは有名雑誌で、いい論文もでているが、ねつぞう論文も多いことを指摘したい。
- 使っている酸の溶液の種類がわからない。この実験でSTAP細胞ができたのは酸性のためか、その溶液特有の性質のせいかがわからない → いいご指摘だと思う。pH5.7の緩衝液の調製方法は論文に書かれている。酸性のためか、成分のためかはわからないが、その液の作り方が示されているので、レシピとしては十分である。成分が重要か、pHが本当に重要かの検証は、次のステップだろう。STAP現象が存在するならば、メカニズムを調べることが大切。
- iPS細胞の研究でも2006年のマウスの実験では、分化した細胞が4種の遺伝子で初期化され、多能性幹細胞になったことが観察だったが、今では、DNAメチル化などエピジェネティックな研究等からそのメカニズムがわかってきている。