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「核酸医薬品〜核酸を使ったくすり」

 2014年3月14日、くらしとバイオプラザ21事務所で、バイオカフェをひらきました。お話は、日本新薬株式会社 東部創薬研究所 高垣和史さんによる「核酸医薬品〜核酸を使ったくすり」でした。現在、治験が行われている筋ジストロフィー症のくすりをめぐる患者さんとの関わりのお話では、みんな胸があつくなりました。

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高垣和史さん 会場風景

主なお話

はじめに
私たちの体はタンパク質、脂質、糖などで構成されており、卵、バター、砂糖などとイメージできるが、核酸は身近に連想できる存在ではありません。核酸を見ようとすると、くらしとバイオのHPで紹介しているような、ブロッコリーからDNAを取り出す実験などをしなくてはなりません。
核酸の構造は、糖とリン酸の鎖から4種類の塩基(A、T、G、C)が生えた形です。塩基のAとT、GとCは二本の鎖の間でペアを作ってひきあい、二重らせん構造を形成します。このペアを形成することを「相補性」といいます。立体的には、らせん構造で安定しています。相補的でない部分は開いてしまい、別に相補的な領域が近くにあればこれとペアを作っていろいろな構造を形成します。
核酸にはRNA(リボ核酸)とDNA(デオキシリボ核酸)があります。RNAは糖のOH基がありますが、DNAはOがとれて(デオキシされて)Hがついています。DNAには反応しやすいOH基がないために安定しています。このことから、RNAは機能、DNAは遺伝情報の保管の役割を担っていると言われています。
 
核酸の働き
1.複製・転写・翻訳
遺伝子には、遺伝情報があります。DNAは糸巻き状のタンパク質に巻き付き、さらにまとまって染色体になります。遺伝情報は染色体の形で保管されています。
細菌よりも高等な生物の細胞には核があり、染色体は核膜の中で守られています。
二本の鎖の一方鎖を鋳型にして相補的なAとT、GとCの性質を利用して順番にくっつけていくと、簡単にしかも間違えずにもうひとつの鎖ができます。これを「複製」といいます。つまり相補性は複製するときの便利な「仕掛け」になっています。
3つの塩基はひとつのアミノ酸を表す暗号です。DNAの塩基の並びを写し取ったメッセンジャーRNAが核から出てきて、3塩基ずつ読んではアミノ酸をつなげていくと求めるタンパク質ができます。
DNAからメッセンジャーRNAをつくることを「転写」、RNAからタンパク質をつくることを「翻訳」といいます。ウイルスではRNAからDNAをつくる「逆転写」が起こることが知られています。
2.核酸は立体構造をとることができる
核酸は、相補的な領域とそうでない領域があるために、これらを組み合わせていろいろな立体構造をつくることができます。
3.触媒のはたらき
リボソームはアミノ酸をつなげてタンパク質をつくるのを促す触媒の役割をしているもので、RNA(3分の2)とタンパク質(3分の1)からできています。触媒の機能を果たしてるのはRNAであり、メッセンジャーRNAの配列に従ってタンパク質をつくります。
ここで「RNAワールド仮説」について話します。ビッグバンで宇宙が誕生してからDNAを持つ生物が生まれる前の世界に関する仮説です。RNAは、情報の保管・伝達、構造形成、触媒機能など多様な働きをしていましたが、安定性の高いDNAができて遺伝情報の保管を担当し、タンパク質ができて構造形成や触媒機能を担当して、今見られるような生命誕生につながったというものです。
二重らせん構造のつくりやすさはRNAもDNAも同じでしょうが、RNAのほうが触媒としての働きが強いので、RNAワールド仮説が生まれたのだと思われます。
 
これまでの医薬品
医薬品を低分子医薬品、抗体医薬品、核酸医薬品に分けて考えます。
低分子医薬:細胞の表面の受容体にアンタゴニスト(ぴったりはまる物)が来ると、例えば「細胞をつくれ」「細胞を縮めろ」などのシグナルが伝わります。
不完全な伝わり方だと、「少し増殖せよ」「少し縮め」などの命令は、部分的なシグナルになります。受容体を覆う物がつくと、例えば、血圧上昇、細胞増殖など、その受容体を利用したシグナルは一切伝わらなくなります。低分子医薬品をつくるときは、だくさんの化合物を化学合成し、受容体にくっつく物、作用するものをさがします。
抗体医薬品:がん細胞や外来の異物にくっついて、働きを止めます。抗がん剤では、がん細胞の表面の特徴的なタンパク質に抗体が一杯くっついてがん細胞をやっつけます。このときは、がん細胞に特徴的なタンパク質の形を認識してくっつきます。
 
核酸医薬品
核酸医薬品はDNAやRNAの配列を認識して相補的に標的部位と特異的な結合をします。その結果、好ましくない遺伝子の働きを阻害します。抗がん剤の例では、がん細胞のメッセンジャーRNAの20-30塩基に「アンチセンス核酸」(20-30塩基)がくっついてがん細胞を増やすのを阻害します。アンチセンスとは標的に結合する相補的な配列のことで、アンチセンスが結合した遺伝子はタンパク質をつくることができなくなります。
(1)標的にくっつく
特定の場所にくっつき、種々の因子が働くのを阻害します。例えば、翻訳のステップでは、リボソームがRNAを読み進んでいくのを遮りれば、翻訳がとまります。
(2)標的を切る
20-30塩基のアンチセンス核酸が標的の1本鎖メッセンジャーRNAにくっついて、切ってしまいます。また、21前後の塩基長の2本鎖RNAを入れると、細胞内でメッセンジャーRNAにくっついて切ってしまいます。後者の現象を「RNA干渉」といい、発見者 ファイヤー教授とメロー教授にはノーベル医学生理学賞が与えられました(2006年)。
(3)結合因子を奪う
2本鎖のDNAのデコイ(まがいもの)を一杯入れると、結合因子がデコイにくっついてしまい、本来の標的につかないようになります。
(4)形を認識する
1本または2本鎖の核酸で、特定のタンパク質にくっつくものをアプタマーといいます。これは試験管内で分子進化法で作製することができます。抗体が小さい領域を認識してくっつくのに対して、アプタマーは大きい範囲(例えばタンパク質の形)を認識してくっつくことができます。
 
上市された核酸医薬品
(1)アンチセンス核酸
・「Vetravene」エイズのサイトメガロウイルス性網膜炎症の治療薬。眼内注射(1998年)。
・「Mipomersen」家族性コレステロール血症治療薬で全身に投与(2012年)。
(2)アプタマー
「Macugen」加齢黄斑変性症の治療薬。眼内注射(2004年)。
 
核酸医薬品で上市されているのはこの3つ。特徴は高い活性作用と高い選択性。病気の原因になるDNA配列がわかればアプローチでき、簡便迅速な医薬設計が可能です。個別医療に適しており、創薬期間が短く低コストという利点もあります。
 
核酸医薬品の課題
・デリバリーの開発
 生体内に核酸を入れると、ウイルスなど外来の核酸と認識して分解されます。生体からの攻撃をかわして、患部に届けることをデリバリーといいます。
 患部がはっきりしている病気なら患部に注射したりできますが、全身の病気では患部に届けるのが難しく、運ぶ間に分解されてしまいます。
・化学的修飾して分解して患部にくすりを届けます。たとえば脂質で包んで、細胞膜を通り抜けやすくします。一方、化学的修飾で副作用が大きくなることもあります。
また、低分子比べると医薬品として製造する方法が確立されておらず、非臨床の品質規格やガイドラインも整備されていません。臨床治験環境の整備も必要です。
 
日本新薬でつくっている核酸医薬品
日本新薬と国立精神神経医療研究センターで、2009年から、アンチセンス核酸医薬品として、デュシェンヌ型筋ジストロフィー症(DMD)の共同研究を開始し、2013年には、国立精神神経医療研究センターで医師主導型治験が開始されています。DMDは男児3,500人にひとりの発症率。3歳くらいで発症し11-13歳で歩行困難になり、20歳台で呼吸不全で亡くなります。このごろは、医療技術の進歩、特に人工呼吸器の発達で30歳代まで平均寿命が延びてきています。
筋線維をささえるジストロフィンというタンパク質をつくる遺伝子に変異ができるとタンパク質がうまくできなくなります。
ジストロフィン遺伝子はヒトが持っている最長の遺伝子で、2.4メガ(240万塩基)。この遺伝子は全ての情報をタンパク質に使うわけでは無く、いらないイントロンという部分を抜かして、必要な部分(エクソンという)だけを集めて、その配列を読んでジストロフィンが作られます。エクソンの割合は全体の2%。
エクソンの欠損で一部の情報が失われるが読み枠がずれずにすこし短いジストロフィンタンパクが生成されるのがベッカー型で、症状は軽いです。エクソンの欠損で読み枠がずれてしまい、遺伝子の機能全てが失われ、ジストロフィンタンパクが生成されないのが、デュシェンヌ型です。
たとえば、48から50番のエクソンが欠失すると読み枠がずれてしまいますが、もう一つ余分に無くなった48〜51番の欠失ならば、読み枠はずれないので、遺伝子が機能するはずと考えました。この原理を応用して、デュシェンヌ型の患者さんの無くなったエクソンの次のエクソンの一部分をふさいで、そこを読み飛ばして(エクソン・スキッピング)軽い症状に変えてしまうアンチセンス核酸をつくりました。国立精神神経医療研究センタ-の実験で、筋ジストロフィー症の犬にアンチセンス核酸を投与したら、うまく歩けずに座り込んでしまう犬が、尾を振ってどんどん歩けるようになりました(動画)。
ジストロフィンタンパク質が生成されていなかった患者さんの細胞にアンチセンス核酸を投与することで、短縮型ジストロフィンタンパク質の発現が確認されています。今は、患者さんに協力してもらって医師主導治験を実施していただいて安全性を調べています。


話し合い 
  • は参加者、 → はスピーカーの発言

    • RNAは2本になるとDNAのように安定になりますか → RNAも1本より2本の方が安定。それでもDNAよりは不安定。
    • RNAワールドでは、生命はどうなるのですか → RNAは自分で複製できない。ウイルスでも、RNAからDNAに戻って複製する。RNAだけでは生命体になれなかったのでしょう
    • アンチセンス核酸医薬品が必要な配列を非意図的にふさいでしまうことはありませんか → 間違ってふさいでしまいそうな、似た配列がないか遺伝子データベースを用い、配列検索を予め行います。20〜30あれば、そんなに似た配列はありません。一方、低分子医薬品は間違って受容体についてしまうこともありますが、使ってみないとわかりません。その点、核酸医薬品は配列から副作用の一部が予測できるから、これはメリットだと思います。
    • 患者数が少ない病気のくすりの開発に取り組む姿勢に感激しました。かなり投資していても、その患者数ではペイしないと思いますが、国は支援しないのでしょうか → 現在は、医師主導型治験を実施していただいています。完成すると、オーファン医薬品(患者数のが少ない病気のくすり)として厚生労働省の支援は受けられるかもしれません。この薬はオーファンよりも患者数がさらに少ないのです。
    • このくすりはどうしてうまく患部で働くのでしょう → 運動すると、患者さんの筋肉が損傷し、やがて回復します。回復のときに核酸医薬品が取り込まれるらしいのですが、その仕組みはよくわかっていません。
    • 市場に出るのはいつごろ → 安全性をみている段階なので、しばらくかかると思います。
    • 患者さんたちはどう思っているのか → 患者団体の方から医師にどうしたら協力できるのかと申し出てくださり、筋ジストロフィー治療研究班の会議にも熱心に参加されています。
    • 遺伝子治療とどう違うのですか → 遺伝子治療には、たとえば、欠損している遺伝子をウイルスにのせて感染させて体内に取り込む方法があります。これだと足りない遺伝子を恒常的に補うことができるので、なんども投与しなくてよくなります。
    • 核酸医薬品に注目したのはいつごろですか → 20年以上前から、細く長くやっています。