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TTCバイオカフェ「絹糸だけじゃない!医療にも役立つ“おカイコ様”

 2014年2月7日、東京テクニカルカレッジ(TTC)でTTCバイオカフェを開きました。
お話は(独)農業生物資源研究所 遺伝子組換え研究センター 遺伝子組換えカイコ研究開発ユニット長 瀬筒秀樹さんによる「絹糸だけじゃない!医療にも役立つ“おカイコさま”〜カイコってどんな昆虫?」でした。前日に「第1種使用(養蚕農家でやるような従来の方法での遺伝子組換えカイコの飼育法)」が承認されたというニュースが日経新聞や朝日新聞などで紹介されたこともあり、大入り満員となりました。

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三上校長のウエルカムスピーチ 瀬筒秀樹さん

主なお話の内容

カイコって
卵から孵化すると4回の脱皮を繰り返して、大きな幼虫になり、繭をつくってさなぎになる。蛾が繭から出てくると、交尾し、卵を生む。カイコの一生はおよそ7週間。
カイコは5000年前に中国で家畜化され、日本にやってきた。最も家畜化された動物(昆虫)といえる。クワコが飼いならされて大きい繭を作るようになり、家畜化が進み飛べなくなり、狭い所で共食いもせずに飼育できる。こうして、生糸はシルクロードを往来することになる。
日本ではカイコが経済を支えた時期もあり、日本の輸出の6割をしめていた。
また、カイコの餌である桑には血糖値を下げる働きがある。韓国では、その桑を食べたカイコにも同じ効果があるとされて、高価な食材として食べてられている。中国、韓国、長野でもさなぎは昆虫食として利用されている。FAOが食料不足にむけて昆虫食を勧める報告を昨年出して、話題になった。この中でカイコの卵はおいしい昆虫の第8位にランクインされている。
今は、桑の葉が手に入らない時期でもカイコが飼育できるように、桑の粉を羊かん上にした人工飼料が開発され、利用されている。
 
カイコの遺伝学と関わりの歴史
カイコの研究は日本の得意分野で、日本には長い歴史がある。外山亀太郎先生は1906年にカイコでメンデル遺伝を再発見、1915年には雑種強勢の発見をした。最初にメッセンジャーRNAが発見されたのもカイコを使った研究だった。カイコの遺伝学、生理学、分子生物学の研究成果はすばらしいものが多い。
また、長い間、たくさんのカイコを飼育してきたので突然変異体もたくさん発見されている。それらを利用して目の色、繭の色や形、異なる餌を食べるカイコの品種ができている。
ピーク時と2012年を比較すると、1929年に221万あった養蚕農家は571軒、1930年には40万トンあった生産高は202トンになり、機械製糸工場は1951年の288軒から2軒になってしまった。
今でも美智子妃殿下は紅葉山御養蚕所で養蚕をなさっている。2月からパリで展覧会も開催される。飼育されている小石丸というカイコの品種は農業生物資源研究所から提供しており、カイコの話題は身の回りにもたくさんある。
富岡製糸工場は、来年、世界遺産登録される予定。4月にはシルクサミットが開かれる。
私たちはカイコで新しい技術革新を起こしたいと思っている。


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つくばからやってきた癒し系のカイコたち 会場風景

光るカイコって
外来遺伝子が染色体に組み込まれると、次世代以降に遺伝して、新しい性質がでてくる。
カイコは1頭で500個の卵を産む。卵がかえると蛾が出てくるが、逃げないし飛べない。クワコからカイコに品種改良されるのに5,000年間かかったが、カイコの遺伝子を組換えて新しい性質に変えるのには14年間しか、かからなかった。5,000年と比べて、非常に短い。
遺伝子組換えカイコは組換えDNAを卵に注射する。それがうまく精子や卵子にとりこまれると遺伝子組換えカイコができる。
カイコの卵に注射できる人は世界にひとり、我々の研究所にしかいなかったが、今では高校生も機器を使って卵に注射できるようになった。カイコの卵の殻は固いので、金属の針で一度穴を開け、その穴からDNAを注射し、乾燥しないように接着剤で穴を閉じる。精巣や卵巣になるあたりに注射すると組換えが起こりやすい。卵のどの位置に注射したらいいかもわかってきた。
GFP(緑色蛍光タンパク質)をカイコに作らせて、幼虫の体全体が光ったり、目だけ光ったり、光る位置も組換えでコントロールできるようになった。遺伝子が組み換わったかどうか、早い段階で知りたいので、幼虫の色で見分けられるような遺伝子組換えの目印(マーカー)も開発している。
今、必要なのは、遺伝子組換えカイコを飼育するための広い飼育場所。
 
新しいカイコで何ができる
カイコを使った基礎研究では、遺伝子機能解析、蝶類の研究、農薬開発、家畜モデルとしてカイコを利用する研究などがある。
カイコゲノムの配列を私たちの研究所が中心となって解読した。蝶の仲間では、世界初で、昆虫では4番目。その情報を元に、突然変異カイコを比較することでいろいろな遺伝子の機能を調べることもできる。働きのわからない遺伝子とGFPを一緒にはたらかせて、いろいろな場所を光らせることで遺伝子の働きを確かめることもできる。
私は、昆虫の多様性、特に蝶も大好きで、5,000万年でこんなに色や形が多様な蝶ができたのだと思うと感動する。夢としては大きなサイズ、例えばペットボトルくらいのカイコや、羽の模様や形の面白いカイコをつくりたい。
また、カイコで薬や化粧品の開発のための動物実験にもちいることも期待されている。動物愛護運動によって哺乳類を用いた動物実験ができにくくなってきているため、替わりにカイコを用いる研究が国内でも東大の関水先生やノエビア等がすすめている。
オスのカイコのフェロモンの検知能力は高く、およそ170分子で検知できるすごく感度のいいセンサー。東大の神崎先生らによって、カイコがロボットを操縦してメスに近づく研究が行われている。実験でコナガのフェロモンを受容できるオスを遺伝子組換えでつくったらコナガに近づいた。その他、光を検知するカイコも作れている。
新しいシルクとしては着色、強度、繊維度、細胞接着性、抗菌性などで優れたシルクをつくろうとしている。タンパク質を大量生産できるしくみを利用して、ワクチンや医薬品をつくることもすすめている。将来的にはカイコが薬の工場になる。
どのくらいカイコの物質生産能力が高いのか。成熟したとき、カイコの体重の4割は絹糸腺。1,000から1,500メートルの長い1本の糸で繭をつくることができる。生糸はフィブロインの2本の糸がセリシンという水溶性ののりで包まれている構造をしている。通常、絹糸を作る時は、精練という工程でセリシンを洗い落とし、フィブロインの糸になる。タンパク質のフィブロンを組換えると光る糸になる。セリシンの部分を組換えると、溶解すれば医薬品の原料として集められる。
光らせる本当の目的は、遺伝子を組み換えて何が起こるのか、遺伝子の働きを確認したり、光る遺伝子のかわりに他の遺伝子を働かせる技術を確立したりするため。クラゲの遺伝子を入れると緑に光り、サンゴの遺伝子を入れると赤く光る。繭糸に光るタンパク質を作らせたとき、光る繭はできたが、光る絹糸はすぐにできなかった。糸繰りをするときに煮繭(しゃけん)と言って繭をお湯で煮るのだが、そのときに熱に弱いタンパク質が壊れ、色が消えてしまうから。光る糸ができるまでに5年かかった。その間に繭が大きくなるように交配を繰り返した。最終的に煮繭の工程を真空にし、薬剤を使うことで、タンパク質を壊さずに繭をほぐせるようになり、糸ができた。
米国では、クモの糸の防弾チョッキ、パラシュートをつくる研究が行われてきた。それなら、カイコにクモの糸のように強度の高い糸を作らせられないか、研究をすすめている。これまでにできたものとしては、世界一細いシルク、これは光沢も良く、染色も美しくなった。浜ちりめんを織って手描き友禅にしたらプロも絶賛するほど、とても綺麗なものができた。また、人工血管の素材としても研究がすすんでいる。現在6ミリ以下の人工血管はいいものがないが、絹が細い人工血管の素材として優れているという結果もでている。
 
実験 繭を溶かす
今回は繭糸の構造や遺伝子組換えカイコの応用例を体験してみようと、簡単な実験をしてみました。
操作は簡単で、用意された種類の繭(AとB)を数ミリの断片にはさみで切り、それぞれの記号がラベルされたマイクロチューブ内の溶液に入れ、数分待つだけです。AとBの繭は、ともに遺伝子組換えでGFPが作られており、ライトを当てると緑色に光ります。違いはフィブロインかセリシンのどちらかにGFPが含まれている点です。もし、セリシンにGFPが含まれていれば、溶液にセリシンと一緒にGFPも溶けて、溶液が光るようになるはずです。どちらの繭がセリシンにGFPが含んでいるのか、最後にマイクロチューブにライトを当てて確認してみました。
実際には、このGFPの変わりに他のタンパク質を作らせて検査薬のタンパク質成分として利用したり、化粧品材料にしたりしています。


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光るカイコの繭を溶かすと液が緑色に光る 光る糸(手前は自然光)

実用化されているものと実用化の近いもの
ヒトと犬の血液検査薬や、カイコに作らせたヒトのコラーゲンの入った化粧品が2011年から市販されている。2013年12月には、アステラス製薬と免疫生物研究所が組換えカイコでつくるヒトタンパク質を医薬品として利用する共同研究を行うことが発表されたりもしている。群馬県では前橋市にある県の施設を利用し、第2種使用(閉鎖系)で遺伝子組換えカイコ飼育組合(6軒の農家が加盟)による受託飼育が開始されている。農業生物資源研究所は第2種使用(養蚕農家でやるような従来の方法での飼育)を申請書し、隔離施設での試験飼育が近く認めらそう。
「カイコの未来」として、生物工場としての利用、シルクの質の向上、マウスの代替としてのカイコ、機能食品への利用、教材・アート・福祉分野での利用などがあると思う。遺伝子組換えカイコが、よりよい人のパートナーとなることを期待している。

質疑応答 
  • は参加者、 → はスピーカーの発言

    • ヒトの病態モデルになるのだろうか → ヒトとカイコの血糖値のコントロールのメカニズムは似ている。インシュリンをカイコに注射すると血糖値が下がる。ショウジョウバエよりはカイコのほうがヒトのモデルとして使いやすいと思う。
    • 繭から糸をとるとカイコは死ぬのか → 繭を切ってさなぎのままおいておけばそのまま蛾になる。糸をとるときは繭を煮るのでカイコは死ぬ。卵をとるカイコと糸をとるカイコは分ける。
    • 繭から糸をとるときの「糸口」の探し方  → 繭をゆでて米をとった後の稲の穂でかきまぜると糸がひっかかってきて、糸口が見つかる。稲の穂がとても適している。
    • 煮繭後のゆでた後のさなぎはどうするのか → 魚のよい餌になる。錦鯉用の餌など。さなぎ粉(こ)のねり餌は釣りで使う。よく魚が集まる。
    • 今回、第1種使用が承認されることの意義は何か → カイコは飛んでいかないが、閉鎖系以外で飼うことが承認されると、一般農家が参入しやすくなるという利点がある。また、第1種使用だとごみ処理コストがかからない。閉鎖系での第2種使用だとごみを冷凍するかオートクレーブするなどの処理をしてから廃棄しなくてはならない。
    • 遺伝子組換えカイコを農家が野外飼うときは、糸をとるのか、薬にするのか → どの使い道でも使えるようにしたい。生の桑の葉だといい糸がとれる。
    • 抗体医薬をカイコに作らせるとき、糖鎖はどうなのか → タンパク質には糖鎖がつく。抗原へのくっつき方や体内での安定性などが糖鎖によって変化する。カイコにウイルスに感染させてタンパクをつくる方法と比べると糖鎖がヒトの糖鎖と異なるが、絹糸腺でヒトタンパクをつくらせるとヒトの糖鎖に近いものができる。それを修飾して、ヒトのタンパク質により近づけることもできるかもしれない。たとえば、フコース(糖の仲間)がないほうが抗体医薬として効き目が高いのだが、カイコのつくる抗体医薬はフコースがつかなくて効き目が高い。
    • 冬に、カイコは桑しか食べないという写真を撮りたくて、野菜と桑の中においたら、人工飼料で育てられているカイコはホウレンソウの方に行ってしまった → 実験用のカイコには、まずい人工飼料でもよく食べるように育種した品種を使っている。そういうカイコだったので、ホウレンソウの方に行ったのかもしれない。しかし、ホウレンソウを食べてもさなぎになれない。その理由はわかっていない。雑食性のカイコを創出したいが、桑しか食べない理由もわかっていない。
    • 建築家の立場から富岡のシルクサミットをみると、富岡製糸工場は日本で初めてのれんが工場。シルクサミットのようなイベントで、生物関係の人が建築関係と関わるようになったり、二酸化炭素や環境の視点でのコラボしたりする、ということもありえるのではないか → シルクサミットやこのバイオカフェなどで異分野との交流を行う事によって、未知の分野からの参入が実現することを期待している。