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バイオカフェレポート「ライフサイエンス夜話」

 2014年1月17日、茅場町サン茶房でバイオカフェを開きました。お話はGEヘルスケアの梶原(かじはら)大介さんによる「ライフサイエンス夜話」でした。飯室淳史さんも一緒に話に加わられました。はじめに荒井友美さんによるバイオリンで、往年の映画音楽がなつかしく演奏されました。

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荒井友美さんによるバイオリン演奏 梶原大介さんのお話
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飯室淳史さんのお話 会場風景

お話のおもな内容

はじめに
GEヘルスケアジャパン統括本部 藤元宏和さんが、2005年よりメルマガに書いたものが「細胞夜話」「生化夜話」1巻-5巻という本にまとめられています。今日は、この本について紹介します。
私は、GEヘルスケアジャパン学術部で、大学や製薬企業の研究者の学術サポートを行い、お客様と一緒になって実験の問題解決をしています。生化学を専攻し、タンパク質の機能や将来の利用、くすりになりそうな人工タンパク質をつくる実験などをしてきました。より広い分野の研究者と議論しながら、解決策を探す、今の仕事を楽しんでいます。
世の中で語られるサイエンスの話は成功物語ばかり。成功事例を研究者は学術雑誌に論文を発表し、成功した部分だけを論理的に説明したものが認められ、予算につながります。これは「いいところどり」。藤元さんは論文の裏にあるいろいろなことを伝えようとしています。例えば、失敗をきっかけに違う結果が出て方向転換して成功したことなどを、理科に興味を持つ学生さんに失敗から学ぶことが多い事例として伝えたい。実際は、100回失敗して1回成功するくらいで、よい結果を出すのは難しい。
裏話を知ってほしいという著者の気持ちを私たちも伝えたいと思っています。
 
グラム染色の話
19世紀、ホフマンという有機化学の著名な研究者の弟子であるパーキンは、自宅に実験室をつくるほど熱心な研究者だった。マラリア(マラリアは今でも世界で最も死亡者の多い病気)の特効薬であるキニーネを合成するという課題取り組んでいた。結果としてキニーネの合成には失敗したが、黒い沈殿物ができ、薄めるときれいな紫色になった。この色素は化学染色工業で広く用いられ、新しい染料合成のきっかけとなった。
1878年、グラムは医学で学位を取得後、ベルリンでフリートランデルの研究所に行き、腎臓の柔組織と管状円柱の染め分けの研究を始めた。当時、行われていた染色法では、細胞核、フィブリン、細菌、管状円柱が同じように染まってしまっていた。グラムは全部が染った後に脱色し、核だけが染まるようにし、それから管状円柱を対比染色しようとした。結果は組織全部が脱色され、細菌だけ脱色されずに残った。こうして、細菌染色法を確立したことになったが、グラムは染まらない菌があり自分の考え出した染色法は不完全で、染色されるその中に染まる菌と染まらない菌が複数いると思わず、うまく染色ができていない失敗だと思った。のちにグラム染色の基本となる膜が厚い菌だけが染まり、膜が薄くて染まらない菌があることがわかっていなかった。今ではグラム染色で、グラム陽性菌とグラム陰性菌に分類され、菌の同定に役立っている。
 
プロテインA
プロテインAは黄色ブドウ球菌の表面に発現しているタンパク質であり、世界中で抗体医薬品をつくるときに利用されている。黄色ブドウ球菌は多くの人の皮膚や鼻腔の常在細菌だが、ひどい場合には命にかかわる病気を起こす菌として、スコットランド人医師によって発見された。1950年代、イェンセンは黄色ブドウ球菌をすりつぶして、抗原を分離しアンチゲンAと名付けた。アンチゲンAが免疫していないヒト血清で沈澱することが知られていたが、これはヒトの持つ自然抗体にくっつくためだとイェンセンは考えていた。
アンチゲンAにはいろいろな成分が含まれおり、レーフクヴィストとシェークイストはアンチゲンAをゲル濾過と電気泳動で分離した。その画分(分けた成分)の中にヒト血清と反応するものがあったので、これがアンチゲンAだと推測された。しかしそれはトリプシン処理をすると沈澱がなくなるので、アンチゲンAは多糖ではなくタンパク質だろうということになった。そこで、プロテインAという名前がついて定着した。
プロテインAと免疫グロブリン(IgG)の結びつき方を調べると、抗体(Y字型をしている)の上部につくのではなく、下部につくことがわかった。このためにプロテインAにはたくさんの種類の抗体がくっつく。そこでいろんな種類の抗体がくっつくことを利用して、抗体を集めるのに使えないかということになった。今では、抗体精製用試薬として販売され、世界のすべての抗体医薬をつくる製薬企業に使われている。
製薬企業が薬をつくるときに、薬事法にしたがって承認された製造方法で作り続けなければならない。あまり利益があがらなくなった試薬を製造中止したくても、やめることができない。製薬企業が安全性確認をとったやり方は変えられない。
 
デキストリン
第二次世界大戦ではスウェーデンは中立だったが、フィンランドに義勇軍を送るなどしており、スウェーデンの研究者に失血死する兵士のために血漿の凍結乾燥の課題が、タンパク質の研究をしていたティセリウスの研究グループにもちこまれていた。
一方、製糖会社でサトウダイコンから夾雑物を取り除くときにフィルターが詰まってしまうという問題が、同じように持ち込まれていた。その正体はデキストランというドロドロした物質だった。デキストランについて調べようとウサギにうったところ、拒否反応がなかった。そこでデキストランをうって血圧が下がらないようにして、低血圧のショック死を改善できると考えられた。その結果、製薬会社は代用血漿の原料となるデキストランをつくる工場をつくり、ファルマシアに納入することになった。ファルマシアは、スウエーデンの薬局だったが、これがGEヘルスケアの始まりになった。
 
リンゲル液
リンゲル液は細胞や組織を保存する液。研究者のリンガーは、助手が休みの日に精製された水をつかって培養液を作ったら、入れた細胞がすぐに死んでしまった。そこで、リンガーは助手のフィルダーが水道水で培養液をつくっていたことに気づいた。そこで、水道水のどの成分が細胞組織が生きるために必要なのかを詳細に調べて、カルシウムが必要であることをつきとめた。こうして、ドイツ読みでリンゲル液というが、今も利用されている。
 
最後に
著者の藤元さんは、国会図書館、大学の図書館、海外の図書館に紙の論文を求め本シリーズを書き上げた。
ライフサイエンスアカデミーといって、研究者向けの実験のやり方、原理をオンラインで学べるラーニングサイトがある。ここで夜話を読めるので利用してください。


話し合い 
  • は参加者、 → はスピーカーで(I)は飯室さん、(K)は梶原さんの発言

    • バイオ研究支援企業というのは、一般の人にはあまり知られていないように思うが → 一般の人に知らせることに時間はほとんど費やしていない。特別な領域の本で 数千から数万部がアマゾンで売れている。日本のバイオの研究者は数万人なのでよく売れているといえるのではないかと思う(I)。
    • 本を出すのは会社の仕事ではないと社内でいわれたりしませんか → 社内でも売り上げに関係ないという声もある。本人がメルマガのクリックも増えないので、連載をやめるといったら50通のフアンレターがきた。そこでアマゾンで本にして自費出版し、フアンレターも本に載せた。文部科学省の指定図書になり、図書館にもいれた。
      お客さんである研究者がそのゴールに届くと、ゴールの先で市民生活への寄与がある。研究からストレートに結果がでることの方が珍しい。失敗を隠すよりも失敗を繰り返して大きな成果につながることを知らせたいというのが我が社の考え。日本中が成果追求に邁進すると、すぐにテーマを変えたりすることになる。研究を本当に発展させるために、これから研究を始める人に失敗をめぐるエピソードを伝えたいと思っている。
      宣伝広告費にほとんど予算をかけないわが社では、論文の材料と方法の所にわが社の製品名が書かれることが宣伝。次の仕事につながるために、私たちの同じキットを使ってもらいたい。売上の86.5%が口コミで売れているもので、感謝している。お客さんの役に立つことが宣伝だと思う。
      細胞夜話を大学の教科書に使ってもらったりしていて、これもわが社のフアンを増やすことにつながる。仕事が楽しいと、いい社員が長く会社にいてくれる(I)。
    • 失敗例は人に言いにくいと思うが → GEヘルスケアは失敗に寛容で、失敗を発見と考える。だからいっぱい失敗して、いっぱい発見するほうがいい。失敗を報告すると3-4日で次に進める。準備に時間をかけて一度で成功するより、失敗して、意見交換する方が進みも早く、人が育つ(I)。
      会社に入ったころは自分をよくみせたかったこともある。ただ、今は自分で考えているより、失敗して他から助言をもらったほうが早く質が高くなると考えている(K)。
    • エピソードの裏をとっていて、文献を取り寄せ、関係者にヒヤリングをしているので、読んでいて感動した。
    • バイオ研究支援企業は、きれいなデータを出せるような機器を用意してくれる。ファルマシアの赤いカラムにお世話になった。本をみつけたのは2010年だったが、きれいなデータがとれるように支援企業が命をかけているエネルギーを感じた → お客様のためになることであれば積極的に実行する文化がある(I)。
    • 社内に失敗事例報告会はあるのか → 社内のChatterに1日300件くらい、お客さん苦情や失敗や成功の報告がのり、社長以下全員、200人が閲覧している。
      初めはいいことを書きたくて失敗を書きにくかったが、最近は、お客様の困っていることや失敗をすぐに伝えて、詳しい人を見つけてみんなで解決するような流れが出来た。問題解決が5倍くらい早くなった(I)。
    • 日本仕様の製品はあるのか → 日本向けのカスタマイズはやっていないが、日本市場にマッチした製品は日本だけで販売する。日本人に合わせてマニュアルをつくり替えてサポートすることは我々の仕事(K)。
    • 思わぬ発見をして他の方向に進んだとき、元の研究はどうなるのか → 研究室の責任者の方針による。懐が広い先生の研究は広く発展していくように思う(K)。