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第8回「私たちのDNA」開かれる

 2013年9月28日、東京農工大学遺伝子実験施設と共催で標記実験教室を開きました。
第8回目の今年は、成人を対象としてきた本実験教室に初めて、医学部志望の高校生が参加しました。高校生は、自分のDNAではなく、講師が準備した模擬サンプルを用いて実験操作を体験しました。
この実験教室は、NPO法人個人遺伝情報取扱協議会、バイオ・ラッド ラボラトリーズ株式会社の協賛、東京テクニカルカレッジ バイオ科の協力を得て行いました。
 初めにこの活動を応援してくださっている個人遺伝情報取扱協議会堤正好会長、遺伝子実験施設丹生谷博教授から開会のことばがありました。
 次に大藤道衛先生から、実験教室の概要の説明がありました。
「Alu配列の検出で親からAlu配列をもらったかどうかがわる。日本人は世界の中ではAlu配列を持っている人がやや多い傾向がある。Alu配列はAluという制限酵素で切れる配列のことで、ゲノムの10%ほどにあたる。病気や体質に関係ない配列だが、8番染色体のAlu配列の有無と心筋梗塞には関係があるという論文もある。300塩基くらいの大きさで、今回は16番染色体の中のAlu配列を調べる。Aluの周囲のDNA配列は染色体によって異なっており、PCR実験では周囲の配列をみて増やすので他の染色体のAlu配列は増幅されないような仕組みに設計されている」
実験の概要を踏まえ、自分の口腔粘膜細胞から取り出した自分の遺伝情報が含まれるDNAを使って実験することの意味や、実験で用いたDNAを最後に塩酸で分解して個人遺伝情報を保護することなどについて理解したうえで、ご自分のDNA用いて実験することに対する同意書に全員が署名して実験を開始しました。

実験

 参加者は食塩水でうがいをして口腔粘膜の細胞を集め、目的のDNA配列だけをプログラムインキュベーターという装置でPCR増幅しました。DNAがマイナスの電気を帯びていることを利用して、寒天ゲルの中をプラス極のほうに調べたいDNA断片を移動させる電気泳動という方法で、PCR増幅したDNAを分析しました。
 同時に綿棒で口内をこすって口腔粘膜細胞を集め、界面活性剤で細胞を壊し、エタノールを注いでDNAを沈澱させました。ふわふわとした白いDNAが、目視で観察できました。


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大藤先生を囲んで打合せ 実験概要の説明
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ピペッティングの練習 TA(teaching assistant) 中内彩香さん
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目的のDNA断片を増幅するPCRを始める 緊張の電気泳動への試料の注入
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自分のDNAを見て、感激! 実験を見守るTA 須田亙さん
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TA 立田由里子さん

ラボツアー

 お弁当の後は、丹生谷博教授に案内していただき、遺伝子実験施設の見学をしました。


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遺伝子組換え植物が部屋の中で栽培されていた

講義

ヒトの遺伝情報とはどういうものか、その情報が患者さんひとりひとりにあった治療に利用される研究が進んでいるというお話をうかがいました。

講義1「DNAと私たちのからだ・病気-遺伝子の情報はどのように私たちの体にかかわっているか」
          日本医科大学付属病院 遺伝診療科・部長、准教授 渡邉 淳先生

染色体とは
 細胞には固有のタンパク質が存在しており、それらのタンパク質がその細胞らしさを出している。染色体には、遺伝子情報がパッケージングされて格納されている。ヒトには22対44本と性染色体2本の合計46本ある。各細胞にはこの46本が保存されていて、細胞分裂によってできる体細胞には同じ染色体が伝わる(複製)。また、子孫に伝えるときは父親由来(23本)・母親由来(23本)の受け継がれる。
 ヒトの受精卵は40週で生まれるが、10週目に体の形ができる。そのような内臓や体の形ができるときに、遺伝子は的確に活躍している。発生のときには、よいタイミングに必要なたんぱく質ができなければならない。そのためには決まった時に特定の遺伝子が働かなければならない。
 例えば、染色体不分離では、減数分裂せずにそのまま1対で伝わってしまい、そこにもう1本染色体がくる。このようなことはどんなカップルにも起こり得る。また、エタノール分解酵素がうまく働かないと、お酒があまり飲めない。これもDNA配列の違いと関係がある。
 
病気発症と遺伝要因
 単一遺伝子病:ひとつの遺伝子が原因で起こる病気で、1997年以降はすべての赤ちゃんが検査されている(フェニルケトン尿症などを見つけるため)。ミルクを特別なミルクに換えるだけで赤ちゃんのときに治せる病気もある。
 ヒトは平均的に10個くらいの遺伝子に変異がある保因者である。1万人に1人の患者が出現するときは、その保因者は50人いると考えられる。
 
遺伝子検査のルールづくり
 遺伝子検査の指針(ガイドライン)を2011年日本医学会が作成し、主治医が責任をもって説明することになった。
 遺伝子異常で起きる疾患と遺伝する病気は違うが、これが正しく理解されていない。ガンは正常な遺伝子が変化し、細胞分裂のときにミスが重なり、がん化する。生まれたときに問題はないが、分裂するうちに体細胞変異が起きて発症する。
 例えば、遺伝する病気に、家族性腫瘍がある。その特徴は若年発症、多重がんになる可能性があること。乳腺の予防的切除を行ったことを公表して、女優のアンジェリーナさんが話題になったが、これも遺伝する病気のひとつのケース。遺伝性乳がん・卵巣がん症候群は45歳以下で発症する特徴がある。家族性腫瘍診断を行うと予防や早期発見から早期に治療ができるようになる。ひとりが遺伝子検査を受けるために、兄弟姉妹のがんの予防につながるかもしれない。検査結果によって予防的切除を希望する人も、しない人もいる。がんの予防にも選択肢があることを知ってほしい。
 
ファーマコゲノミクス(Pharmacogenomics : PGx 薬理ゲノム学)
 遺伝子多型といって、個人の遺伝子は少しずつ違っている。この遺伝子の違いを知ることで薬の副作用を避けたり、より効果的な薬を選んだりするとき、ファーマコゲノミクスという学問分野の知恵が役立つ。
 例えばワーファリンの適切な投与量は人によって異なる。個人差や食事でも薬の効果は違ってくる。ワーファリンを、2mg、3.5mg、5mg投与して、どれがその人にいい量であるかを知り、それぞれの投与量とその人の遺伝子の関係の研究が進められている。
C型慢性肝炎はIFN48という遺伝子と関係があることがわかり、薬を選ぶ時の重要な情報になっている。
 
遺伝情報の利用と課題
 遺伝子検査結果をつかうと、適切なくすりの効果を最大にすることができる。しかし、遺伝情報は血液型と同じように扱っていいのかという問題も出てくる。例えば、新型出生前診断では、母体の血液から、胎児の13番・18番・21番染色体から染色体異常がないか、生まれる前に調べられる。
 
心の問題
 がんの告知後の心理変化の研究が行われている。同じように遺伝子診断の結果をうけとめるときの気持ち、遺伝する病気とつきっていかなくてはならない人の気持ちも研究しなければならない。遺伝の課題には、まず人それぞれに考え方の違いがあること知り、遺伝病は誰にでも起こる可能性があることを皆が認識することから始まると思う。
 
質問:妊婦の血液から胎児がわかるのか。
回答:妊婦の結成に胎児にDNAが少量出てくるので、妊娠10週から行える。その結果をみて、羊水を使った確定診断をすることができる。しかし、この検査には流産のリスクがある。
質問:渡邉先生はお医者さんのほかにどんな活動をされているのか。
回答:医学部の学生や遺伝カウンセラーを目指す学生への教育。学会の遺伝教育の対応として、高校の先生方とジョイントしたりしている。
質問:「遺伝」の記述が教科書から消えた現在、教科書に載せられること、扱えることはどんなことだと思うか。高校教師が教えやすいものは何か。
回答:一塩基多型や染色体は扱えると思う。未だ病気になっていなくても発症のリスクのあるケース、家族性の病気のこと。また、同じ医者も考え方が人によって違うし、一般人も考えが異なっていることも認識すべきだと思う。


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渡邉淳先生のお話 末松浩嗣先生のお話

「個別化医療って何?」
        日本PGxデータサイエンスコンソーシアム(JPDSC)運営委員 末松浩嗣先生

なぜ、今、個別化医療なのか
 お医者さんは、患者さんをひとりひとり丁寧に診てくださり、昔も今も「個別化医療」であった。ではなぜ今「個別化医療」という言葉を聞くようになったのか。これは、ヒトやヒトの疾患の分子のレベルでの理解が進み、その理解に基づいて医薬品のあり方が変化してきたからである。例えば、がんの理解が進んだおかげで、それぞれのがん患者さんに最も適した抗がん剤を選ぶことが可能になってきた。
 医薬品の副作用についても理解が進んでいる。副作用には、「スティーブンス・ジョンソン症候群」のように、重症の薬疹が皮膚に認められ、死亡に至る重篤なものもある。これは、副作用を発症しやすい患者さんを見分けることができず、同じ医薬品が同じように投与されてしまうためである。そこで、現代の医療では、より効果的な治療のために、ひとりひとりを「見分ける」ことが望まれている。
 現代の科学技術では、ひとりひとりをより「解像度」を上げて見分けることができる。その見分ける代表的なものが、遺伝子を担う物質DNAである。ヒトのDNAには、1000か所に1ヶ所くらいの割合で、個人間で異なる配列がある。そして、その違いが、副作用の発症のしやすさに関係していることがある。副作用が出た患者さんたちのDNAを調べると、DNAのどういった違いが副作用と関係しているが分かるようになってきている。
 
副作用関連遺伝子の解析について
 ひとつの例として、血液中のコレステロールを低下させる薬であるリポバスの副作用である黄紋筋融解症について、その関連遺伝子が発見されている。この遺伝子はリポバスを肝臓に取り込む働きをしており、この遺伝子に特定のDNA配列があると、リポバスの肝臓への取り込みが悪く血液のリポバスの濃度が高くなり、副作用の発症につながると考えられている。
 速やかに副作用関連遺伝子を見出す目的で、日本の製薬企業が参加している日本PGxデータサイエンスコンソーシアム(http://www.jpdsc.org/)では、3000人のDNAデータベースを構築した。医薬品の副作用がでた患者さんのDNA情報を、このデータベースのDNA情報と比較して、副作用に関係する遺伝子を見つけ、その成果を一人一人の遺伝情報に応じた医療に結びつけるのに役立てる。こういったデータが蓄積されれば、副作用を回避するための遺伝子検査の開発も可能になってくる。
 
おわりに
 日本では、自動車は、1990年くらいを境に、交通事故は増え続けているのに、事故死亡者数は減ってきている。その理由のひとつとして、エアバッグのような安全装置の技術の進歩と普及が考えられる。であるならば、副作用の心配をせずに安心して医薬品を使ってもらえる時代の到来のためには、遺伝子解析の技術の進歩と普及は必須であろう。

質問:自己紹介でいわれた「医薬品の種をさがす」とは、どういうことか。
回答:例えば、ネズミに白内障を起し、点眼してその発症を抑制する物質を探しだすことができれば、それを白内障の医薬品の「種」と言っている。しかし、ヒトの患者さんでその効果を確認するためには、いろんな動物で安全性を確認するなど、さらなる多くの基礎試験を行った上で、法律を遵守し、厳格なルールに従って、きちんした臨床試験計画を定め、その計画の審査を受けて承認され、参加する被験者さんの同意を得た上で、試験を実施し、ヒトでの効果を確認しなければならない。

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バイオカフェ風景1 バイオカフェ風景2

話し合い  
  • は参加者、→はスピーカーの発言

  • 実験が終わってから、今日を振り返って感想を話し合いました。
    • 中学校教員。新指導要領になってDNAをどう教えようかと考えている。技術を受け入れる教育が必要。今日の経験を生かしたい。
    • 遺伝カウンセリングの勉強中。今日はオーダーメード医療の必要性を感じた。遺伝情報が医療に生かされている。その情報がどのように必要なのかを考えていきたい。
    • 医学関係の翻訳をしている。今後の翻訳に今日の経験を役立てたい。母の病気、自分もやがてなるであろう病気について考えた。今の教科書を見て、リテラシーが変化してきていると思った。
    • メディカルライター。自分は文系なので、今日の実験は今後の文筆活動にとって有意義な経験だった。
    • 高校3年に生物2を教えている。道具が不足し実験も十分にはできない。進学校だから受験勉強を優先しないといけないが、今日の経験から生徒にたくさん話し、いろいろやらせたいと思った。
    • SSHの高校教員。学校では物理や化学が盛ん。DNAは抽象的なもので、学習してそれらを頭の中で組み立てなければならず、そういうときに実験をすると、可視化できる。ゲノムは身近なものと知るには、大人も子供も体験するのがいいと思う。新学習指導要領ではDNAの多様性と共通性だけを教えればいいことになっている。これにも問題を感じる。お金をかけない手作りの実験について考えていきたい。
    • 今日の参加者のみなさんをみていて、一番勉強していないのは、わが社の役員たちだと思った。今日の報告をして、会社のレベルアップにつなげたい。
    • 遺伝病は身近なものであるが、その研究はこの数年で劇的な進歩を遂げてきた。これから数年で更なる進歩があるだろう。臨床だけでなく、いろんな人に大事なことなので、これからもこういう活動を手伝っていきたい。
    • IT関係の仕事をしている。ラボツアーでDNA分析装置などが数千万、一億円もすると聞いて、すごいと思った。個別化医療の話をうかがい、これはどんどん普及したらいいと思った。DNA情報を利用しより良い医療が可能になるだろうと感じた。
    • 学会誌の編集をしている。編集や原稿を書くときに実験のことを体験して知っているのが大事だと思い、実験がしたいと思って参加。楽しかった。中国の才能教育におけるDNA情報の利用について聞いてショックを受けた。
    • 食品管理の仕事をしている。久しぶりに実験をして楽しかった。
    • IT関係の仕事。静岡から参加。中国の英才教育の話が印象的だった。DNAでヒトの体のことがわかるのが不思議だと思った。自分のように生物について全然知らない人間が最新の設備、一流の先生たちと安い参加費でこのような体験ができ、貴重な時間だった。
    • 比較的簡単な作業で分析ができてしまった。DNA情報を利用している分野を垣間見たように感じた。私はイラストレータだが、今日は製薬、医療、教育の話を聞くことができた。これからはテレビや雑誌を見る目が変わると思う。
    • 理科離れというが、子供たちは理科が好き。理科は面白いと知ってもらいたいと、日本中で実験教室を開いている。今日は久しぶりにピペットが持てて、講義も聞けてよかった。
    • 遺伝子検査キットを売るケーブルテレビの宣伝がひどいと思う。こういう宣伝をみていると、人々のリテラシーを高めるべきだと思う。
    • 高校生です。生物に興味を持っている。実験をしたいと思っていたので楽しかった。
    • 中学校の日本語教師。この実験教室に参加したのは2回目で、1回目はDNAの目視観察に感激した。今回はAlu配列の話が新鮮で収穫だった。くすりのお話もわかりやすかった。

    ここで、電気泳動ゲルの写真撮影を終えたTAさんも話し合いに加わりました。
    • TAとして、みなさんと実験ができてよかった。今、ゲルの写真撮影をしてきたが、みなさん、良い結果が出ています。楽しみにしてください。
    • TAです。みなさん、実験は成功でした。今日はありがとうございました。
    • TAです。この分野は2-3年でどんどん新しい知見が得られる。薬や病気治療もどんどん変わっていく。この教室の経験を活かしてください。

     最後に、この実験教室を協賛してくださったバイオ・ラッド ラボラトリーズが行っているゲノムリテラシー(ゲノム情報を適切に利用する能力)を向上させるための活動について大藤先生から紹介がありました。
     「米国では、学校などで科学リテラシー教育が盛んにおこなわれており、知識不足からおこる新しい科学技術に対する無用な不安の解消に役立っている。米国バイオ・ラッド ラボラトリーズが行っているヒトゲノムDNA抽出やPCRを用いた遺伝子解析など実験教材の開発や教員向けワークショップを通じた普及活動は、全米理科教員協会(NSTA)でもたかく評価され、中学生や高校生のゲノムリテラシー向上に貢献している。これらの教材は、現在米国が進めている1つのテーマを科学(S)、工学(T)、技術(C)、数学(M)的側面から学ぶSTEM教育にも活用されている。」

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    全員集合 バイオ・ラッドからのプレゼントのTシャツを着て