アクセスマップお問い合わせ
遺伝子組換え作物・食品“リスコミはじめて物語”

 食の安全を守るために、日本ではリスク分析という手法がとられています。リスク分析には、リスク評価、リスク管理、リスクコミュニケーションの3要素があります。くらしとバイオプラザ21では食品や医薬品のリスクコミュニケーションに取り組んでおり、主に遺伝子組み換え作物・食品やくすりの副作用をめぐるリスクコミュニケーションを行ってきました。

参考ページ 食品安全委員会の取り組みについて

 このたび、米国食品医薬品局(FDA)元バイオテクノロジー専門官 マリアンスキー氏に、遺伝子組換え食品のリスクコミュニケーションが初めて米国で行われたときのお話をうかがう機会を得ました。また日本の生活協同組合はどのように歩んできたのか、日本生活協同組合連合会安全推進室長 鬼武和夫氏、コープこうべ参与 伊藤潤子氏、雪印乳業社外役員 日和佐信子氏からもお話をいただきました。併せて報告します。

お話の内容

初めてのバイオテク食品
 米国で初めて誕生した遺伝子組換え食品は、日もちを向上させたトマトでした。環境影響の評価、安全性確認は終わりましたが、遺伝子組み換え作物・食品が社会に出ていくのは初めてであることから、1994年、FDAではあらゆる関係者と話し合うことに決めました。これが世界で初めて行われた、遺伝子組み換え食品をめぐるリスクコミュニケーションです。
 1999年には、Washington DC、シカゴ(イリノイ州)、オークランド(カリフォルニア州)で、遺伝子組換え食品をめぐる大々的なリスクコミュニケーションが行われました。それぞれの都市で午前と午後の2回に分けて行われました。午前の部は、遺伝子組換え作物・食品の科学的な側面について、午後の部は表示などについて話合われました。三都市で総計35人のパネリスト、約250人の講演者に対して、35,000のコメントが寄せられました。会場では、専門家とFDA専門官による情報提供の後、事前登録した人が、ひとり2分間の持ち時間で意見を述べました。ひとつの会場につき、およそ85名の人たちが、会場中央に一列に並び、ルールを守りあってスピーチをしました。
 日本でもタウンミーティングが行われることがありますが、10名以上の人が簡潔に意見を述べるということは今でも余りなく、20年も前にこのような会合が持たれていた事は、驚くべきことです。また、日本で初めての遺伝子組み換え食品をめぐるコミュニケーションを行うとすると、主催者は一般市民の声を吸い上げるよりも、一流の専門家がいかにわかりやすく説明するかに注力しよう。マリアンスキー氏になぜ、アメリカはあらゆる立場の人が参加することを最優先にしたのかと質問したところ、移民時代から行ってきたことだから、当然とのことでした。このあと、アメリカではグリーンピースなどの活動が盛んになり、遺伝子組み換え作物・食品の争点は科学技術の安全性から政治的・経済的な問題へと変貌していくことになります。
 
日本でのリスコミの始まり
 日本で遺伝子組換え食品の使用・不使用・不分別表示が始まったのは2001年4月です。日本生協連では、義務表示の対象になっていない食用油、マーガリンなどを対象に、遺伝子組換え原料が含まれるかもしれないとする「不分別」表示を、「親切表示」としていち早く始めました。現在、価格の安い不分別のマーガリン・食用油のほうが多く売れています。また、遺伝子組換え食品に関する問い合わせ電話はほとんどなくなっているそうです。このような状況に落ち着いているのは、生協という特徴ある組織における早期からの検討、共考の成果ではないでしょうか。
 ここで日本生活協同組合連合会(COOP 以下日生協)の成り立ちについて調べてみましょう。日生協は、360もの単協(単一の生活協同組合。たとえば、生活協同組合コープこうべ、生活協同組合コープみらい、生活クラブ生活共同組合など)から成り、組合員数は2500万と、国民の約5分の1にあたる規模を持っています。日生協としての考え方はあるものの、単協はそれぞれの自主基準を持ったり、独自の活動をしたりしており、互いの違いを尊重しつつ歩んできました。
 たとえば、遺伝子組換え技術に対しては、「原材料、製造過程で遺伝子組換え技術を使っている酵素などの食品添加物を使用していることを理由に排除しない」というのが日生協の立場ですが、単協によっては安全性に問題はなくても、原材料や飼料において使用しない、できるだけ使用しないという方針を守っているところもあります。
遺伝子組み換え食品に関する議論をもっとも早く始めたのはコープこうべでした。1997年3月から9月までに8回の研究会が、当時、神戸大学 大川秀郎教授、神戸大学 金沢和樹助教授、近畿大学 渡邉和男助教授(現 筑波大学教授)を迎えて行われました。座学だけでなく、実験室の見学を行ったり、食品につける「GMO」マーク案まで検討されています。伊藤潤子参与は当時を振り返り、「遺伝子組換え食品に反対しようと意気込んでいたが、学ぶうちに薄皮をはぐように遺伝子組換え食品を特別視する考えがなくなった。知識を学ぶことは重要だと実感している」そうです。そして、「『自ら学ぶ消費者の役割』があるはずではないかと」といわれます。
 その後、日生協では、遺伝子組換え食品と食品照射についてふたつの有識者会議(遺伝子組換え食品の会議の座長は林光氏(京都大学教授 当時))を設置し検討を行いました。その結果、食品照射も遺伝子組換え食品もともに安全性に問題はないという結論が得られ、遺伝子組換え食品については、以下の3点がまとめられました。
・科学的に安全性に問題はない
・安全性審査をきちんと行うように国に要請する
・日本生活協同組合連合会としては、遺伝子組換え技術の利用を理由として作物・食材を避けない
 特に、日本の食卓は油の原料、甘味料などに用いるデンプン、飼料において遺伝子組み換え作物に負うところが大きく、生協が遺伝子組換え作物を利用しないと決めた場合、日本の食品産業に大きな影響を与えることも想定しての決断だったといいます。遺伝子組換え微生物によって産生されるもの、たとえば酵素もこの対象となります。このことをハンドブックに明記している単協もあります。
 鬼武氏・日和佐氏によると、現在のようにJAS法による、「遺伝子組換え原料使用」「不分別」「不使用」の表示が決まる前から組合員への情報提供を行っていたそうです。残念ながら現物は残っていませんが、店頭に発泡スチロールでつくった看板を掲げていた単協もあったといいます。この方法はハワイでウイルス耐性遺伝子組換えパパイヤが現地に売り出された時と同じ方法です。
 このような経緯を経て、現在、表示義務のない不分別原料(味噌や醤油のダイズ、甘味料のトウモロコシ、食用油のトウモロコシ、ダイズ、ナタネ)の使用を表示しているのはCOOPとイオンなど一部の食品メーカーだけが、その種類は、食用油、マーガリン、ドレッシング、焼き肉たれ、菓子、カップめんなど何十種類にも及びます。
 「○○不使用」などの宣伝文句が使われると、○○に該当する遺伝子組換え原料が危険だから表示があると誤解する人が少なくなりませんが、日米の消費者が学習しながら歩んできた道を振り返ると、学ぶことが多くあると思いました。

写真 写真
コープこうべの報告書「遺伝子組換え食品研究会報告書
  1997年9月20日」
レインボーには「遺伝子組換え」のシールがはられている

遺伝子組換えパパイヤ「レインボー」ホテルのレストランに登場
 安全性が審査された遺伝子組換え作物・食品しか流通しない仕組みになっていますが、不安や懸念が払しょくされた状況にはなかなかなりません。遺伝子組換えウイルス耐性パパイヤの輸入も許可されて、もうすぐ2年になるのに、国内ではほとんど入手することができません。
 2013年8月、レインボーが、インターコンチネンタルホテル 東京ベイ シェフズライブキッチンでのハワイフェアに、期間限定で登場しました。入口には「遺伝子組み換え」のシールをはったパパイヤがかごに盛られ、遺伝子組み換え技術でウイルス抵抗性が付与されていると解説がありました。スライスだけでなく、ドレッシング、パパイヤに付け込んだ肉料理、シャーベットに利用され、おいしい食材として用いられていました。これまでレインボーについては、その安全性に関する情報提供ばかりが行われてきましたが、今回のような「おいしい」という、食物として当たり前の切り口もあるのだと改めて実感させられました。