2013年6月4日、農林水産省は国際獣疫事務局(OIE)から牛海綿状脳症(BSE)の清浄国であるという証明書を受け取ったと発表しました。BSEの「リスクを無視できる国」とは、OIEが決める各国のBSEのステータスのことで、BSEの国内発生はあったものの、過去11年以内に生まれた国産牛にBSEの発生がなく、BSEの報告・教育義務などが7年以上守られ、飼料の管理が8年以上実施できていると認められた、BSEの危険性を無視できる国のことです。これまでの獣医師や畜産業従事者はじめ多くの関係者のご努力が実り、大変に喜ばしいことだと思います。
BSE発生の経緯
BSEは1985年頃から、イギリス南部で広がり始め全国に広がりました。1988年、その原因が牛の飼料に含まれる肉骨粉の異常プリオンであることがわかり、1990年に英国は肉骨粉の使用を禁止しました。この英国生まれのBSEは定型BSEと呼ばれ、2000年にEUが肉骨粉の使用を禁止するまでに、アイルランド、ポルトガル、スイス、フランス、オランダ、ベルギー、イタリア、スペイン、ドイツ、オーストラリアなど西欧諸国で見つかりました。2001年以降はスロバキア、スロベニア、ポーランド、チェコなどの東欧諸国、日本、カナダ、アメリカにも広がりました。日本以外のアジアや中近東の国々も、欧州産の肉骨粉を輸入していましたが、日本以外のアジア諸国からはBSEの報告はありませんでした。
日本での発生
WHOがBSEは人にも感染すると認めたのは1996年で、日本にBSEプリオンに汚染した肉骨粉が欧州から輸入されたのも、丁度その頃と考えられます。日本で最初にBSEが発見されたのは、2001年の夏、千葉県で報告された一頭の牛でした。日本は当時、EUで開発され承認されていた迅速診断キットを用いて、全てのと畜牛の検査を実施すること(全頭検査)が決められてしまいました。実はこの迅速検査は、EUではBSEのおよその発生(分布)状況を調べるために開発された検査方法で、EUは各国に検査頭数を割り当てて実施されました。実際にはこの検査ではBSEに感染している牛の約20%位しか見つけることが出来ないのに、日本では「全頭検査=全頭安全」という誤解が社会に広がり、定着してしまいました。全頭検査は費用もかかり、科学的な安全性確保には適していないのに、安心につながる検査であるかのように誤って解釈され、これまで続けられてきました。本当の安全対策は、迅速検査と同時に開始された特定危険部位の除去で、30ヵ月齢以下の牛の場合は扁桃と回腸遠位部、30月齢超の牛の場合は舌と頬肉を除く頭部、脊髄、回腸遠位部の除去が行われたため日本の牛肉の安全を守ることができました。
第2回目のBSEの発生は、北海道で生産された肉骨粉が原因で、北海道で2004年から2009年までBSE陽性牛が報告されてきました。2001年から2009年までに日本全国の迅速検査で陽性と認められた牛は、合計36頭で、それ以降はBSE陽性牛は見つかっていません。これは飼料の管理が適切に行われていることの証明でもあります。幸いなことに日本におけるBSE感染者は英国に滞在したことのある一人だけですみました。
日本でのBSE確認状況(厚生労働省)
全頭検査の見直し
食品安全委員会は、2013年5月13日、厚生労働大臣に対して、「国内措置の検査対象月齢を48か月齢に引き上げても、人への健康影響は無視できる」との評価書を送りました。2002年1月以降に生まれた牛ではBSEが発生していないことから、今後、BSEの発生する可能性はほとんどないとしたのです。この具体的な根拠は、①EUで発見されたBSE牛の98%が48か月齢以上であったこと、②経口投与実験(BSE感染牛の脳組織1gを経口投与した牛で44か月目に異常プリオンタンパク質が検出された)の結果などです。
食品安全委員会評価書「牛海綿状脳症(BSE)対策の見直し」
7月1日から全国一斉にBSE検査が48か月齢超に限定されることが、全国の自治体の聞き取り調査で確認されたと厚生労働省は発表しました。
BSE全頭検査の見直し
今後の課題
過去に「検査済みの安全な牛肉です」という表示を見てきた消費者の一部には、未だに検査した牛はすべて安全という認識が残っているように思われます。BSEの迅速検査は飼料の管理などのリスク管理が有効かどうかの状況を把握するためのものであるということが、未だに十分に理解されていないようです。
これからも牛の飼料に肉骨粉が使われないよう管理は続けられると思いますが、同時にBSEのサーベイランスの考え方が正しく消費者に伝わるための活動は今後も重要であると思います。確かに「検査済みだから安全」という認識は今も多くの消費者に残っています。BSEの迅速検査は飼料の管理などのリスク管理が有効かどうかを把握するための検査であるということは、まだ十分に浸透していないようです。これからも飼料の管理は続けられますが、サーベイランスの考え方が消費者に正しく伝わるための活動は今後も重要であると思います。
また今日までに世界で見つかった数多くの牛のプリオンのなかには、英国から世界に広がったBSEプリオンと異なった性質をもつプリオンが、極めて稀ではありますが報告されています。この非定型BSEの分布状態や人への感染性は今研究中で、この問題をどう扱うべきかOIEは明確にする必要があると思います。
参考文献:小野寺節、杉浦勝昭、BSE問題の現状と課題、明日の食品産業(5) 7-14, 2013.