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バイオカフェレポート「甘いだけではない糖(鎖)〜糖鎖は病気を見つけるサインとなるのか」

 2013年1月11日、くらしとバイオプラザ21事務所でバイオカフェを開きました。お話は立田由里子さん(理化学研究所)による「甘いだけではない糖(鎖)〜糖鎖は病気を見つけるサインとなるのか」でした。
 糖鎖とは、グルコース(ブドウ糖)などのいろいろな種類の糖が鎖状に繋がったもののことをいいます。私たちの体は約60兆個の細胞からできていますが、これら細胞は糖鎖で覆われているため、糖鎖は「細胞の顔」とも呼ばれています。これが、ガンを見つけるために役に立つ(腫瘍マーカーとして)こともあれば、疾患(COPDやアルツハイマー病など)発症と因果関係があることも分かってきました。糖鎖の構造は多様で、その構造と健康状態などとの関連性を調べることで発病のメカニズムの解明や新薬開発につながる可能性が大いにあります。しかし、まだ本質的な点が解明できる段階にはなっておらず、今後の研究の成果が大いに期待できる分野です。立田さんが取り組んでいる先端研究のお話にもつなげて、わかりやすくお話いただきました。

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立田由里子さん 会場風景1

お話の主な内容

糖鎖とは
「糖」と聞くと、砂糖のような甘い「糖」を思い浮かべる方が多いのではないでしょうか?砂糖は、ブドウ糖(グルコース)と果糖(フルクトース)がつながったもので、「砂糖」=「糖」ではない。「糖」は生体のエネルギー源としての働きがありますが、もう一つ、体の構成成分としての働きもある。それが「糖鎖」で「糖鎖」は糖が鎖状につながったもの。私が研究しているのはエネルギー源としての「糖」ではなく、体を構成している構成成分の一つとしての「糖鎖」についてです。
「みなさん、お隣の人と手をつないでみてください。次に手を代えてもう一度、やってみてください」
手が2本の私たちが隣の人と手をつなぐやり方が複数あるように、手が6本ある糖には、非常に多くのつながり方がある。鎖が長くなるとつながり方(結合様式)は天文学的数字にまで増える。このように糖鎖は多様性に富んでいるから多くの情報を担うことができる。糖鎖はDNA、タンパク質につづく第三の鎖といわれる。

糖鎖は生体のどこにあるのか
細胞膜は脂質二重膜になっていて、そこにタンパク質が浮いている。そのタンパク質をコーティング(修飾という)するように糖鎖がついている。生体のタンパク質の6-7割が糖の修飾を受けているという。細胞表面は糖鎖で覆われているので、糖鎖は「細胞の顔」ともいえる。細胞は糖鎖で他の細胞を認識している場合もあり、糖鎖は細胞のコミュニケーションに役立っている。
細胞がガン化すると表面の糖鎖が変化することがわかってきている。したがって、糖鎖の変化(細胞の顔が変わる)を見ることでガンが発見できることがある。ガン化する部位の細胞ごとに特定の糖鎖ができるので、糖鎖は腫瘍マーカー(ガンになるとつくられる特殊な物質)として利用される。
例えば、すい臓ガンになるとシアリルルイスAという糖鎖が多く発生し、転移に関わっていることが分かってきている。このシアリルルイスを検出するCA19-9は、腫瘍マーカーとして有用である。
その他にもガンマーカーには糖鎖を見ているものが多い。
ただ、ガンの特定にはいくつかの腫瘍マーカーを組み合わせたり、その他の検査と合わせ総合的に判断する必要がある。

疾患糖鎖研究
私は疾患糖鎖研究チームに属し、病気と糖鎖の関係を研究している。目的のひとつに、病気発見につながる糖鎖を見つけることがある(診断マーカーとして)。
どうして糖鎖の形がかわると病気になるのか、なぜ病気になると糖鎖が変化するのか、そのメカニズムを解明し、薬の開発や治療に役立てたい。糖鎖研究は将来性が大きい基礎研究分野のひとつ。
例えば、COPD(肺気腫と慢性気管支炎の総称で肺機能が低下する)という病気があり、WHOは、2020年には世界の死亡原因の第4位になるだろうといっている。たばこや大気汚染が主な原因と言われている。
COPDになると肺胞壁が壊れる。空気を吸うと肺胞が膨らむが、COPDになると肺胞壁(肺胞を支える細胞)が壊れて、空気を吸えても押し出せない。その原因に糖鎖が関わっている可能性があることがわかってきている。
現在、COPDの治療は対処療法しかなく、今後「糖鎖」という観点から新しい治療法を見つけて行きたい。
先天性筋ジストロフィーの中には、糖鎖異常によって発症する種類があることもわかってきている。

インフルエンザと糖鎖
インフルエンザウイルスと糖鎖との関係がわかったことで、開発された薬がある。それは、タミフル。
ウイルスの表面からは、ヘマグルチニン(HA)とノイラミニダーゼ(NA)とウイルスRNAから成る単純な構造をしている。HAには15種類、NAには9種類の型がある。H5N1などとして、ウイルスの種類を表すことができる。
ウイルスは宿主となる細胞にシアル酸(糖鎖)を見つけ、HAを使って、それを基にして細胞に侵入し増殖し、中で増殖する。その後、次の細胞に侵入するとき、NAを使ってシアル酸との結合を切る。タミフルはシアル酸に似せて作ってあるので、ウイルスは細胞のシアル酸と間違えてタミフルを切るうちに、結合部位となっているシアル酸を切り損ね、次の細胞に移れなくなる。このようにタミフルはウイルスをやっつけるのでなく、増殖を抑える薬だから、ある程度以上増殖が進むと効果が余りないことになる。
トリとヒトとブタの糖鎖には違いがある。原則として、トリインフルはヒトには感染しない。それぞれのウイルスは好みがあり、それぞれの糖鎖にくっつくから。しかしブタはトリとヒトのインフルエンザウイルスが好む糖鎖を両方持っているので、ブタを介してトリインフルがヒトに感染するようになるのではないかと心配された。
このようにインフルエンザのみならず、ある種のウイルスや食中毒菌の毒素などは糖鎖を標的とし私たちの体に侵入してくるので、糖鎖は感染症と関わりが深いと云える。

血液型と糖鎖
ABO型は赤血球の表面の糖鎖の違いによる。ベースはO型でこれにガラクトースがついた糖鎖を持つのがB型、Nアセチルガラクトサミンを持つ糖鎖を持つのがA型、AB型は両方の糖鎖を持つ。血液型は赤血球上の糖鎖の違いで決まっているので、よく言われる「性格」と「血液型」の因果関係については、今のところ科学的な根拠はない。ですが、それをよく知っている糖鎖の研究に関わる私たちも血液型の話ではよく盛り上がっているからおもしろいものです。
血液型と感染しやすさには関係があるかもしれないという説がある。O型の人のピロリ菌の感染率が高いということから、O型の糖鎖をピロリ菌はみているのではないか。ピロリ菌に対抗するためにA,B、AB型の糖鎖を持つヒトが出てきたのではないかという考え方がある。

糖鎖とアルツハイマー病発症のしくみについての研究
アルツハイマー病は認知症の5割強をしめる病気(記憶障害)で、発症率は先進国の中では急増している。今後患者数は200万人に達するといわれ、高齢化の進む日本においても社会的な問題となってきている。アルツハイマー病患者の脳のMRI画像をみると記憶を司る部分に萎縮がおきて隙間ができている。アミロイドβ前駆体タンパク質(APP)が酵素により切断され、できてくる断片にアミロイドβ(Aβ)と呼ばれるペプチドがあり、これが脳に蓄積することでアルツハイマーを発症すると言われている。この切断過程に、糖鎖が深く関わっている可能性があり、そのメカニズムを現在研究中である。


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初めて登場! 
手作りケーキはコーヒーケーキ
会場風景2

話し合い 
  • は参加者、→はスピーカーの発言

    • ロシュ社がつくったタミフルの研究に日本人が関わっている嬉しいと思う→糖鎖の基礎研究分野で、日本は進んでいるが、世界の競争は厳しく、薬の開発には多額の費用が必要であり海外と対等に戦うのはなかなかたいへん。
    • アルツハイマー病になると、APPに糖鎖がつくのはなぜ→APPそれ自体の生理的な機能がよくわかっていないということもありますが、糖鎖がなぜつくのか、その糖鎖がどのような役割を果たしているのかもまだよくわかっていません。
    • 糖鎖は病気のサインになるが、病気発症に原因なることもあるのか→イエス。例えば筋ジストロフィーは、糖鎖がつかなくなって起る病気。感染症では糖鎖が標的になって菌病原体にねらわれることもある。
    • ガン細胞における糖鎖の変化はどのくらいわかっているのか→癌マーカーとして活用されているものもあるが、基礎研究の段階では癌細胞だけではなく、あらゆる病気と糖鎖の変化に関わりがあることがわかってきている。
    • アレルギーと糖鎖は関係はありそうか→あると思います。
    • ひとつの細胞に何種類くらい糖鎖がついているのか→1つの細胞に存在する糖鎖の種類は理論的には天文学的数字。細胞ひとつの糖鎖をみるのは技術的に無理。調べたいタンパク質を集めてきれいに精製し、ついている糖鎖を調べる。糖鎖を上からひとつずつ切って、切った部分の分子量をMS(質量分析器)で調べる。たった一つのタンパク質に付いている糖鎖の構造を決めるだけで1年以上もかかることもある。ですので、細胞全体の糖鎖の種類となると、ただただたくさんとお答えするしかないです。
    • 細胞分裂すると糖鎖はどうなるのか→分裂後に糖鎖をつける酵素がどう働くかはわからないので、分裂前と分裂後で必ずしも同じ糖鎖がつくとは言い切れない。
    • 電子顕微鏡写真でみえた糖鎖の長さは→とても長いものを選んで写真にしている。細胞の中にあるタンパク質も糖鎖の修飾を受けているが糖鎖の長さは長いものから短いものまで様々である。
    • 細胞間コミュニケーションに糖鎖が関わるとはどういうことか→例えばインフルエンザ。シアル酸とウイルスはかぎと鍵穴みたいな関係。ウイルスが持つHAがシアル酸と結合するし、細胞の中に侵入してくる。つまり、ウイルスが感染する細胞を選ぶ上でのコミュニケーションに糖鎖が使われている。
    • DNAの次世代シーケンサーみたいに、糖鎖を一気に読める器機はできないのか→質量分析器でなく、レクチンという糖鎖に結合するものをはりつけておいて、糖鎖を篩にかける技術はある。
    • コンピューターを使ったシミュレーションではできないのか→糖鎖は質量からしか調べられない。同じ質量の糖でもつながり方が違うと働き方が違う。糖鎖を切るのもつなげるのも酵素(タンパク質)。ある糖鎖がタンパク質の立体構造にどのような影響を与えうるか、といったシミュレーション技術は現在かなり進みつつある。
    • 糖鎖はバクテリアも持っているのか→はい、持っています。ですが種によって糖鎖の繋がり方には特徴があり、バクテリアに比べ、ヒトの糖鎖の繋がり方はとても複雑です。
    • ガンになると特異的な糖鎖ができるというが、ガン特有の糖鎖をつなげる酵素を見つける研究をしている人はいるか→います。ただ、ガン特有の糖鎖の出現は、糖鎖を付ける酵素があるのかないのか、というシンプルな問題ではなく、その量や発現するタイミングが問題になってくる場合もあり難しい部分である。
    • タンパク質ができる前のRNAを調べる研究はあるか→あります。ただ、タンパク質の量がわかっても、活性までわからない。
    • 病気と糖鎖の関係があるのはガンだけか→他の病気も多分、糖鎖の変化と関係があると思うが、糖鎖と病気との関係についてはまだまだ研究段階である。ですので、私たちの研究チーム名は「疾患糖鎖研究チーム」で、「疾患」と「糖鎖」の関わりについて研究しています。
    • 研究チームは何人→12〜3人。研究テーマは、アルツハイマー病、糖鎖合成遺伝子、脳の損傷・修復に関わる糖鎖、ガンと糖鎖、糖鎖の形、糖鎖認識タンパク質の機能などである。
    • 研究費を得るのが大変というが→DNAやタンパク質などと違い、授業でも耳にしない「糖鎖」というものについて理解を得ることや、その重要性を認めてもらうのが難しい。
    • 日本は糖鎖の研究が進んでいるのか→日本は進んでいると思う。かつてはトップだったが、今はおされ気味。しかし日本はかなり頑張っていると思う。

     立田さんから最後に一言!糖鎖ということばを覚えて、血液型の話でもインフルエンザの話のときでも思い出してください。そして、「実はね、、、」と普段の会話に「糖鎖」という言葉を登場させて欲しいです。そうやって「糖鎖」という言葉が少しでも浸透していくと嬉しいです。糖鎖はとても重要なものなのです!