バイオカフェレポート「こんなところにも酵素が」
2012年11月9日、茅場町サン茶房にてバイオカフェを開きました。お話はノボザイムズ ジャパン㈱レギュラトリーマネージャー 橋田みよ子さんによる「こんな所にもはたらく酵素」でした。初めに佐野理恵さんによるフロート演奏でした。ドビュシー生誕150年にちなんで亜麻色の髪の乙女などが演奏されました。
|
|
佐野理恵さんによるフロート演奏 |
橋田みよ子さん |
話の主な内容
自己紹介
ノボザイムズはデンマークの会社で産業用酵素を製造・販売している。食品メーカー、洗剤メーカーなどに酵素を提供する。世界各国で約6,000人が働いている。わが社の売り上げは約1600億円(現在の為替レート)で、世界の市場の半分にあたる。社長は研究開発出身だが、デンマークの本社ビルの壁から麹菌が生えているオブジェがあるようなユーモアもある会社。ノボザイムズジャパンでは、日本の発酵を学んだ人が研究を担当している。
酵素とは
生物(植物、微生物、ヒトなど)すべてが酵素を持っていて、酵素は生命活動に必要なタンパク質。
生活雑貨のいろいろなところで酵素は使われている。例えば、洗濯洗剤(タンパク汚れを落とす)、歯磨き(歯垢を分解)、胃腸薬(消化酵素など)など。
歴史をたどると、高峰譲吉が麹の酵素をアメリカで製品「タカジアスターゼ」にし、三共株式会社(現 第一三共株式会社)の初代社長となった。
〜実験〜
ぬるま湯を入れたひとつの容器には、洗剤の原体、もうひとつの容器には洗剤の原体とタンパク質分解酵素を加え、「人工汚染布」というミルク、血液、カーボンブラックをつけた布を2枚ずつ入れる。30分くらいゆっくりと振る。結果は後述。
|
|
洗濯実験開始 |
本社ビルの麹のオブジェ(ノボザイムズ社 提供) |
酵素の歴史
酵素は様々な場面で活躍していた。
・子牛の第4胃にミルクをいれると適度に固まっておいしくなることを発見し、これがチーズの起こりになった。ミルクを固める酵素の働きによる。
・うぐいすの糞が洗顔剤として売られた。小鳥の消化管は短く、タンパク質分解酵素が糞に含まれていたから。本当は他の小鳥でもよかった。うぐいすだと美人になるというイメージがあったのだろう。
・藍染め:藍の葉を水に入れる。インディゴという色素は水に溶けない。灰を入れてアルカリ性にすると、そこで繁殖する微生物の酵素が作用して、ロイインディゴをつくる。これが水に溶けて布を染め、乾かすと青い色がつく。
味噌、醤油、酒:麹のつくる酵素が米のデンプンや大豆のタンパク質を分解する。
ビール製造には麦芽(大麦の芽)が用いられる。大麦が発芽するときに作られる酵素の働きよって原料のデンプンが分解される。ビール用の麦芽をつくる会社が、欧州では酵素ビジネスの始まりと言える。
日本の酵素ビジネス
日本では室町時代に麹を神社が独占的に作って売り、お神酒をつくっていた。日本の酵素ビジネスは欧州より早い。
レンネット(チーズを固める酵素)は世界初の酵素製品(動物由来)
タカジアスターゼは世界初の微生物由来酵素製品
東京大学の有馬啓先生は微生物由来レンネットを世界で初めて見つけた。
大学の研究室だと数mgの酵素を大事に使うが、産業用酵素は少なくても数10Kgの単位で販売され、洗剤は1tという大きな袋で利用する。
家庭用洗剤
石鹸は汚れを落とすが、汚れを分解することはできない。対象は油、タンパク質、デンプンの汚れ。草原で靴下が葉の汁で汚れることがあるが、これもタンパク質の汚れ、ケチャップやカレー粉は主にデンプン汚れ、口紅は油汚れなど。それぞれにあった酵素がある。
酵素は繊維の中に入り込んだ油汚れを分解して、落とすことができる。
セルラーゼ(繊維分解酵素)は繊維を分解する酵素。セルラーゼというと、服が傷むと思っている人もいるが、セルラーゼは布の表面の「けばけば」だけを分解して切り取り、本体の繊維はそのまま。「けばけば」が取り除かれ、色がすっきり見えるようになる。
酵素製品は液状、または顆粒状である。顆粒の場合には種々の色をつけることができる。
繊維
木綿の布を織る場合には、扱いやすくするために糸に予め糊付けをする。この糊は織り上がった布には不要のものなので、以前は布を酸でぐつぐつ煮て、糊を落としていた。アミラーゼを使うと、常温で糊を落とすことができる。また、繊維に含まれる物質(ペクチン)をペクチナーゼで分解し、より純粋な「綿」にすることができる。繊維は過酸化水素で漂白することが多いが、使われた過酸化水素水はカタラーゼで分解し、安全に排水する。
仕上げには、プロテアーゼ、セルラーゼ、ラッカーゼを使うことがある。
ストーンウォッシュは元来、石でごろごろ洗って洗いざらし感を出していた。酵素を使うと、装置を石で傷めることもなくなる。
甘味料
砂糖の甘みは強いが、果糖のようなすっきりした甘さはない。デンプンを数種類の酵素で順番に切ってブドウ糖にし、一部を果糖に換えると、さわやかな甘味料になる。
製パン
いろいろな酵素を使うことによって、パンのボリュームやきめを改善することができる。
キシラーゼ:小麦粉にはキシランという多糖類の不純物が含まれ、パン生地を作った時にグルテンの架橋に絡まることが知られている。これを酵素で分解することによってグルテンネットワークの伸びが良くなり、パンが膨らみやすくなる。
マルトース生成アミラーゼ:特異的に特定の糖を少し出すので保水性があがる。
リパーゼ:穀類の油やリン脂質を部分的に分解する。分解された油は乳化剤になる。
家畜飼料
フィターゼ:フィチン酸は穀類中に2-3割含まれる。豚や鶏は家畜飼料中のフィチン酸を分解できず排泄する。フィターゼは穀類のフィチン酸を分解し、リンを遊離させて栄養源にする。また、糞に出るリンが減ることによって環境への負荷を低減できる。
酵素を見つける・酵素の顆粒をつくる
植物、動物由来の酵素もあるが、わが社では有用な酵素を微生物から見つけている。選ばれた菌を液体培養して酵素をとる。入社したころは、どこ行くにもビニール袋を持たされて、土地、落ち葉、動物の糞などを拾ってきては、工夫した寒天培地(酵素を出すと、培地の色が変わるようにしてある)にまいて菌を探していた。見つかった菌は最初はシェークフラスコ、その後5ℓ程度のジャーファーメンターで培養して試験をする。酵素製品の製造には、トン単位のタンクが用いられる。酵素生産菌の培養後に何段階ものろ過で微生物を除去し、液状製品の場合は、その培養液の活性をしらべて規格化する。顆粒状製品の場合には、4階建てビルに相当する顆粒化タワーの中で、上からコア(酵素の顆粒の核になるもの)を落として、酵素などをふきかけて顆粒をつくる。
日本の酵素メーカーは、タンク培養の他に固体培養で酵素製品を製造している。固体の栄養物をトレイのような容器に入れ、その上で菌を培養し、その後水などで抽出して製品を作る。
〜実験の結果〜
酵素が入った方が布は白くなり、液は黒くなった。
|
|
酵素を加えた洗剤の液体の方が汚れている |
洗剤だけの液で洗った人工汚染布の方が汚れている |
話し合い
は参加者、→はスピーカーの発言
- 温度によって洗剤の効果は違うか →酵素は暖かめのほうがいい。浸け置き洗いが効果的。欧州は洗濯機が水温を60-70度まで上げる仕組みになっていて、お湯を使う。10年ほど前に日本の洗濯条件に合わせて低温で働く「カンナーゼ」という製品を発売した。このアイデアは最近になって「環境に優しい酵素」として欧米に紹介されている。
- 遺伝子組換え技術を使った微生物のつくる酵素はあるのか。規制はあるのか→遺伝子組換え技術を使った食品用酵素を使うための規制がある。最終製品から微生物が完全に取り除かれていることは、その安全性審査の際に確認される。
- 日本特有の酵素は、麹菌(かび)のほかにあるか→納豆菌(バクテリア)がある。納豆菌はダイズのタンパク質を分解し、粘性のある糸を出す。
- 酵素でパンは膨らむのか →膨らむのはイースト菌が二酸化炭素の気泡をつくるから。酵素はデンプン分解、保水性向上、架橋(粘りがでる)がよくできるようにする働きをする。
- ストーンウォッシュングの柔らかい風合いのジーンズはどうやって作るのか→軽石を使ってゴロゴロ洗わなくてよくなる。さらに、酵素だと繊維を壊さずに繊維を柔らかく出来る。軽石を入れて洗濯機を回さないで、装置が傷まないので、装置を破棄せずにすみ、環境に優しくなる。
- 組換え技術を使っている酵素はどのくらいあるのか→わが社では、7割以上が組換え技術を使っている。遺伝子技術を使わないと、微生物は目的外の物質も作り出してしまう。組換えの方が酵素の品質が安定している。必要な物質だけ作るように微生物の性質が改善されている。純粋なタンパク質ができる。ロット差も小さい。
- 組換えでない微生物の良さは→今まで知られている酵素と全く違うものは、遺伝子組換え技術では見つけることができない。新規の酵素を作る微生物探しは常に続けられている。LCA(ライフサイクルアセスメント)といって工程すべてにおける環境負荷を考える手法がある。例えば木綿繊維の糊抜きで、酸を高温で用いるときと酵素を使ったときの環境負荷を計算すると、酵素を使ったときの方が明らかに負荷が低い。遺伝子組換え微生物による酵素を使った方がさらに、環境負荷が低い。
- タカジアスターゼはアミラーゼのひとつか→イエス。アミラーゼはデンプンを分解するが、端から切るタイプ(エキソ型)。中から切るタイプ(エンド型)もある。タカジアスターゼはエンド型。酵素は機能で分類する。酵素と酵母を混乱する方がいるが、酵母は微生物の種類で、酵母も他の微生物も酵素はつくる。
- 洗濯実験で布がきれいになったのは、カーボンブラックが分解されたのか→酵素は、カーボンブラックを布に付着させた血液とミルクを分解した。
- 有用微生物探索は難しくなってきているようだが→国際的な条約により、海外の微生物の持込みは難しくなった。最近はカルチャーコレクション(微生物の収集機関)の微生物を利用することが多い。
- コンピューターでデザインするのか→構造を調べたり、温度をあげたときの揺らぎやその部位をコンピューターでシミュレーションをしたり、デザインしたりする。
- 酵素の働きは分解するだけか→学問的には加水分解 酸化還元 転移酵素など、酵素は大きく6つに分類される。産業用酵素は加水分解が中心。
|
|
会場風景 |
|