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高崎量子応用研究所バス見学レポート

 2012年10月30日、公益財団法人日本科学協会と共催で、(独)日本原子力研究開発機構高崎量子応用研究所へのバス見学会を行いました。学生、行政、研究者、生協、ジャーナリスト、一般市民など33名のにぎやかな道中となりました。
お天気に恵まれ、8時に茅場町を出発しました。車中では同協会常務理事中村健治の開会のご挨拶に始まり、参加者全員の自己紹介や参加目的を含めた短いスピーチを行ない、往復4時間、講演会と3つの施設見学と盛りだくさんの見学会は元気にスタートしました。

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小林泰彦さん 講演会会場

講演会「食品と放射線〜食品の放射性汚染の健康影響から生レバーの放射線殺菌まで」
             講師 マイクロビーム細胞照射研究グループリーダー小林泰彦氏

 高崎量子応用研究所は、日本における量子ビーム応用研究の中核拠点。量子ビームとは、人工的に作り出され、よく制御された放射線のこと。コバルト60ガンマ線照射施設、電子線照射施設およびイオン照射研究施設(TIARA)を用いて身近な生活に役立つ研究開発を行っている。

「放射線とはなんだろう」
放射線とは、広義には空間を伝わるエネルギーの流れであり、狭義には物質を電離する能力を持つエネルギーの流れ。ざっくり以下の3つに分けられる。
1)極めてエネルギーの高い光子(極めて波長の短い電磁波):電磁波の振動数は光子エネルギーに比例し、約1016 Hz以上になると紫外線からX線と名前を変える。X線もγ線(ガンマ線)も実体は同じ高エネルギー光子線であるが、原子核内から発する電磁波をγ線と呼んで区別する。
2)極めて高速の荷電粒子:ウラン原子核などから放射されるα線(アルファ線)はヘリウム原子核すなわち裸の4He原子の流れであり、β線(ベータ線)は電子の流れである。熱電子や、電荷を持たせた原子(イオン)を人工的に加速したもの(電子線、イオンビーム)も放射線となり、そのような装置を加速器(法律上は、放射線発生装置)という。
3)中性子:低速域では物質中の原子核への捕獲反応で放射性物質を生成し、高速域では主として水素原子核への弾性衝突による反挑陽子を介して物質に作用する。
不安定な原子核が余分なエネルギーを放射線の形で放出して安定な原子核に変わる変化を放射性壊変(崩壊)といい、そのような原子核(核種)を放射性核種(放射性同位元素、放射性物質)、そのような性質・能力を放射能とよぶ。

放射線に関する単位
ベクレル(Bq):放射能の強さを表す単位。1秒に1回の割合で放射性壊変が起きているとき、1ベクレル。放射性物質の存在量(不安定な原子核の数)に対応する。
グレイ(Gy):放射線を浴びたときに物体が吸収したエネルギー量を表す単位。吸収線量。1kgの物体が1ジュール(J)のエネルギーを吸収したとき1グレイ(Gy)。放射線が物体を完全に透過すると、エネルギー授受はなく、放射線の作用もない。
シーベルト(Sv):人体への影響度を表す単位。実効線量。ガンマ線やベータ線の場合、1Gy=1Svと考えて良い。様々な放射線を様々な異なる状況で浴びた場合の人体への影響(主として発がん確率の増加)を見積もるための、放射線防護上の目安。ある放射性物質をある量(Bq)だけ摂取した際に最終的に人体が受ける累積の内部被ばく線量の合計「Sv」は、「Bq×(その放射性物質の)預託実効線量換算係数」で算出できる。

私たちが受ける放射線
地球には天然の放射性物質が存在し、いつも自然界の放射線を浴びている。農作物にも人体にもカリウム40などの天然の放射性物質が含まれていて絶えず内部被ばくしている。日本ではこれらの自然放射線量は年間約1.5 mSv。さらに、年間約数mSvの医療放射線も受けている。
放射線は細胞を傷つけることがあるので、強い放射線は生物にとって危険。これを逆手にとって、放射線殺菌やがん治療などに利用されている。しかし、危険かどうかは放射線の量による。自然放射線か人工放射線かは関係ない。シーベルト(Sv)の数値が同じなら内部被ばくも外部被ばくも人体への影響やリスクの大きさは同じ。

確定的影響と確率的影響
生物の遺伝子(DNA)は、自然界の放射線や紫外線の他にも、タバコの煙の中の化学物質や呼吸で生じる活性酸素などによって絶えず損傷を受けている。全ての生物はDNAの損傷を修復する仕組みや異常な細胞を取り除く仕組みを持っているので、ある程度までの損傷は修復できるが、修復能力の限界を超えて一度に大量の放射線を浴びると、生命活動の維持に必要な細胞が死滅して障害が起きる。これが「確定的影響」で、ある線量以下では全く影響が出ないという線量(=しきい値)が存在する。
確定的影響が現れない範囲でも、人体に一度にある程度以上の多くの放射線を受けた場合、その後の発がんリスクが高まる。これが「確率的影響」で、約0.2 Gy(200mSv)以上の急性全身被曝の場合には発がん確率が増加することが分かっている。しかし、発がん以外の影響や、子孫に対する遺伝的影響は知られていない。

放射線防護の考え方
原爆被爆者などの疫学調査では、一度に受けた線量が100 mSv以下の場合、発がんは増えているようには見えない。しかし、統計的な誤差に隠れてしまうくらいわずかに増えている可能性もあり、「増加はない」と断定することはできない。そこで、念の為に「発がんの増加にはしきい値は無い」と仮定し、どんなにわずかな線量でもそれなりにわずかにリスクがある、と安全側に立って用心するのが国際的な放射線防護の考え方。
同じ線量の放射線であれば、ゆっくり受けた場合は短時間に一度に受けた場合よりも影響が小さいことが分かっている。どれくらい小さくなるかについては、2分の1から10分の1などのデータがあるが、安全側に立って「リスクは2分の1」と仮定されている。
法律上の一般公衆の線量限度「年間1mSv」は、 何も利益がないリスクは避けるのが賢明ということで、 自然放射線と医療以外の無用の被ばくは、自然放射線の変動レベル(地域による違い)に相当する年間1 mSvを超えないように、放射線使用施設の方を規制する、言わば環境基準のようなもの。安全と危険の境界線ではない。

食品中の放射性物質
食品中の放射性物質の基準値は、子どもの健康にも配慮され、相当の安全側に立った目安であり、ずっと食べ続けても問題ないと考えられるレベル。超えれば即有害と思うのは間違い。さらに、現在出回っている食品中の放射性セシウムによる内部被ばく線量は、例えば日本生協連の陰膳調査では過大に見積もっても0.011〜0.022 mSv/年と、十分に低い。消費者の安心のためと称して国の基準値より低い独自基準を設けても、リスクはほとんど減らず、「安全」には関係ない。

不安な気持ちに対して
強い放射線は危険、大量の放射性物質は強い放射線を出すので有害。しかし、今回の原発事故で心配されるのは、放射線の健康影響ではなく、むしろ避難生活など放射線防護措置に伴う生活上の負担と過度の不安ストレスによる心理的・精神的影響である。放射線の影響はその量に依存する。侮ってはいけないが、心配し過ぎてもいけない。科学的な知識と正しい情報を味方につけて、無用の不安や被災地を苦しめる風評被害(風評加害)、不安につけ込む詐欺的商法などの「害」を減らそう!

放射線の利用・応用
放射線は、物質を透過しながら、ごくたまに作用し、全体の温度を上げずに局所的に化学反応を誘起する。放射線は、物質中のごく一部に反応性に富んだ活性点(ラジカル)を導入することによって、高分子鎖間の架橋(橋かけ)による三次元の編目構造の形成や、グラフト重合(基材となる高分子に、異なるモノマーを接ぎ木する反応)を起こさせ、その結果として高分子材料の性質を劇的に変化、向上させるような場合にこそ威力を発揮する。逆に、低分子の原料の全てを同じように反応あるいは分解させるような反応では放射線を用いるメリットは乏しい。
放射線の利用目的によって必要な線量が何桁も異なる。原子炉用の電線ケーブルや人工衛星の電子部品などの耐放射線性の評価試験、高分子材料の製造・加工には100万Gy以上の高い線量が使われる。
プラスチック注射器や医薬品の非加熱殺菌・滅菌には数十kGy、香辛料や冷凍肉・冷凍エビなどの殺菌は1〜10kGy。10 kGy=10,000 J/kg=2.4 cal/gであるから、10 kGyを照射した水の温度上昇は高々2.4℃に過ぎず、生レバーなど生鮮・冷凍食品の殺菌も可能である。
熱帯果実などの病害虫の殺虫(植物検疫)には100〜400Gy、ジャガイモの芽止めは100Gy前後。がん治療や輸血用血液製剤のリンパ球不活性化は2〜50Gy程度。
1 Gy未満の領域では利用例が見当たらない。これは、低線量域では生物への作用(影響)が無いことを反映している。医療でのX線透視やX線CTスキャンなどは0.1 mGy〜10 mGyの線量域に当たるが、これらは人体中の各組織におけるX線の透過性の差を画像化して利用するものであり、放射線の生物作用を利用するものではない。


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見学に出発 グループ1 見学に出発 グループ2
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施設に入るとき、身につける個人線量計 随所に置かれている放射線測定器
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プール水中の美しいチェレンコフ光 放射線源はプールの中に保管され、ラックの組み替えなどは水中で行う

施設見学

 2つのグループに分かれ、高崎研OBで現在は(財)放射線利用振興協会所属の関根俊明さんと須永博美さんが説明しながら案内して下さいました。
(1)ガンマ線照射施設
 合計8つの照射室を使い分け、約0.04Gy/hの低線量率から約20kGy/hの高線量率の広い範囲でコバルト60のガンマ線の照射実験ができる。コバルト60線源は金属製の筒に密封され、水深6mのプール水中に平板状または円筒状に並べられている。線源周辺の水は「チェフレンコフ光」と呼ばれる青白い光を発していた。ガンマ線によって水分子から叩き出された高速の電子が発する光、とのこと。照射する時は昇降装置で線源のラックを照射室内に持ち上げる。照射室はガンマ線を外部に漏らさないように厚さ1.3mの重コンクリートの壁で囲まれている。
(2)電子線照射施設
 200万ボルトの高電圧をかけて加速した電子を大気中に取り出し、試料にあてて実験を行う。電子は垂直方向と水平方向に出てくる。

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電子線照射施設の構造 鉛ガラスの窓から照射室内を覗く
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照射室は厚い壁や扉で囲われている

(3)TIARA(イオン照射研究施設)
 イオンビームを使って主として材料・バイオ分野の研究を行っている。イオンビーム育種(品種改良)は世界で初めて高崎研で開発した新しい放射線利用技術。側枝(わき芽)を少なくした白い大輪菊“新神(あらじん)”はこの施設で誕生した。重粒子線がん治療や新しい放射性医薬品開発の基礎研究も行われている。


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細胞を狙い撃ちできるマイクロビーム装置 サイエンスプラザの展示室
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田部井豊さんのBBカフェ


バス・バイオカフェ(BBカフェ)

 帰りのバスでは、参加者のおひとり、田部井豊さん(農業生物資源研究所)が、バイオの最新情報のお話をしてくださいました。
(1)遺伝子組換え作物事情
 遺伝子組換え作物の始まった1996年は、世界で170万haで栽培されており、その後、13年間で94倍に増加した。
日本には推定、約1184万tの遺伝子組換えトウモロコシ、ダイズ約200万t、ナタネ約200万が飼料、糖などの加工原材料として輸入・利用されている。これらはすべて大臣承認を得ている。
 除草剤耐性作物とは、特定の除草剤に対して体制を持っていて、雑草だけ枯れて作物は影響を受けない。害虫抵抗性作物では害虫害だけでなく、害虫に齧られたところに生えるカビの毒のリスクも軽減する。このほかに昨年からウイルス抵抗性パパイヤも輸入され、ハワイでしか食べられなかった生のパパイヤが日本で食べられるようになった。
青いバラと青いカーネーションはサントリーが開発したもので、商業栽培されており、日本ではスギ花粉症治療イネの薬事法に基づく試験が行われている。食品安全モニターアンケートをみると、不安を感じる人は減りつつあり、よい研究成果を社会に出していきたい。
(2)遺伝子組換え蚕
 蚕の遺伝子組換えに成功して12年。存続が危ぶまれていた群馬県の養蚕業に希望が生まれた。現在、世界一上質の絹を生産しているのはブラジルで、エルメスなどのブランド品となっている。第2位が日本の生糸だが、日本は人件費のために単価が高い。そこで付加価値のある絹糸を作る研究・開発が行われてきた。
極細糸から人工血管を作ったり、桂由美さんが光るドレスを作ったりしている。
絹糸はフィブロインとセリシンという2種類のタンパク質から成ることから、蚕に特定のタンパク質をつくらせる研究も行っている。 
 温室などの閉鎖系で遺伝子組換え生物を利用することを第2種使用、野外を第1種利用という。蚕の第2種利用の施設を、塩害被害を受けた被災地につくるというアイディアもある。

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田部井豊さんから綺麗な繭のお土産 見学施設 番号に従って見学しました

 18時、運転手のお心遣いで、ライトアップした東京駅の新駅舎をみながら丸の内口に到着しました。参加者には実際の施設を見たい、研究の動向を知りたい、食品に含まれる放射性物質は本当に危険なのか知りたいという方がおられましたが、研究所の皆様の心のこもったご対応に、ほとんど予備知識がないと行きのバスで発言していた参加者から「孫の食べるものについて心配しなくてよくなった」「もっと勉強したいと思った」という発言がありました。参加者全員にとって充実した見学会となりました。