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バイオカフェレポート「『すごい!何これ!?』を引き出す魚の透明標本の活用〜進化生物学研究所の活動から」

 2012年10月12日、茅場町サン茶房にてバイオカフェを開きました。
お話は(財)進化生物研究所研究員・東京農業大学非常勤講師 蝦名元さんによる「『すごい!何これ!?』を引き出す魚の透明標本の活用〜進化生物学研究所の活動から」でした。初めに後藤澄礼さんによるバッハ無伴奏組曲のヴィオラ演奏がありました。美しい標本がいっぱい飾られた店内に、秋らしい落ち着いた音色が染み渡っていきました。

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後藤澄礼さんによるヴィオラ演奏 蝦名元さん

主なお話の内容

進化生物研究所の紹介
標本の活用をどう活用して、研究、教育普及活動をしているか。
財団法人進化生物学研究所は、東京農業大学育種学研究所を前身として1974年に、遺伝・育種学者でナチュラリストであった、東京農業大学名誉教授の近藤典生先生を理事長、京都大学名誉教授の木原均先生を所長として設立されました。
近藤典生先生は種無しスイカを作出、自然再現型の動植物園のプロデュース等をされた方だが、博物学では「お客さんにいるところに出て行こう!という考えを実践され、デパートでの昆虫展など実現された方でもある。
飼育している生物:マダガスカル産原猿、無翼鶏ウイングレス、淡水魚類(ナマズ、古代型魚類)
栽培している植物:多肉植物(バオバブ等マダガスカル産の植物、サボテン、アロエ)、資源植物、有用植物(生活の道具としてヒトは生物を取り込んでいるか、崇拝の対象になる植物)
化石や標本:エピオルニスの卵、トリケラトプスの全身骨格、1万箱の昆虫標本、ブータンシボリアゲハ等

標本とは
標本は、①趣味のコレクションの対象、②学術研究の対象のふたつの役割がある。
光るものを集める習性がある鳥がいる。人間も変わった石を集めたりする。ものを集めるのは動物の一種の本能か。
古代に集められたものは、①政治的意義、②宗教的対象、③宝物として利用された。
領土や属国の宝を略奪して持ち帰って飾るのは、権力の象徴。
大航海時代には、コレクションが盛んになり、貴族は権力自慢のために船を出して珍しくて自慢できるもの、実用性が無いものでも好奇心で集めたプライベートコレクションが誕生し、博物館の始まりとなった。長期間、航海する間、劣化しないように持ち帰るために、運搬、保存、管理を行う標本学の基礎が誕生した。集めたものは、分類して陳列し、収蔵技術が発達した。
昔から興味を引くものは標本の価値が高い。大きいこと、珍しいことは価値になる。
学術標本には、①研究(実物を手元にキープして調べる)、②証拠(調べた結果、珍種や新種)、③教育、普及(博物館)の3つの意味がある。


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お店の中が博物館 長いヘチマの前で
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美しい透明標本 透明標本を光にかざしてみる

透明標本とは
理科室の標本というと、ホルマリン漬け、骨格標本など、グロテスクで気味が悪いイメージがあるが、透明骨格標本は美しい。標本のイメージを一新することができる。興味を湧かせる大きなインパクトを与えることができる。
透明標本の優れたところは、骨の形成過程が観察できるので、ヒレや骨の構造と数がわかり、分類の決め手になる(立体的に見られるため)こと。
40年ほど前に開発された技法で、初めは硬骨を赤く染める方法ができ、その10年後に軟骨を青く染める技術ができた。赤と青を一緒に染める「二重染色法」もある。骨格標本は硬骨しか保存できないが透明標本は軟骨を保存できる。
透明標本だと小さい骨や軟骨、エイなど軟骨でできた生物が観察できる。骨格標本では硬骨を再度組み立てなくてはならないが、その必要がない。
尾ビレや背ビレの開閉の仕組みが見えるので、ヒレの構造が泳ぎの役割によって異なっていることがわかる。
欠点は、薬品をしみこませては抜き取ることをくりかえすので、ヒトの手のひらサイズが限界。厚みがあるものも難しい。
今日、持ってきたのは、キイロハギ、ナイフフィッシュ、エレファントノーズフィッシュ(あごがひげのように伸びていて、あごの先から電気を出して砂の中のものを探る)、アジ(お腹に食べてしまったウロコが入っている)、メダカ、ドジョウ、ピラニア、ハタタテハゼ、マウスの胎児(ホルマリンで固定し、ヒフを剥ぎ、内臓・脂肪を除いてから染める。軟骨が多い。硬骨に変化する過程が観察できる)、カエルになりかかりのオタマジャクシ(脚が生えて手が生える前段階、ヒフ1枚下に手が出きていて、一瞬に手が生える)。

透明標本の作り方
何種類もの薬品が必要で、危険な薬も含まれている。使った薬品の処分法も大変。博物館などの講座でつくるのがいいと思う。道具・薬品を一通り揃えるには十数万円かかる。
①ホルマリンでタンパク質をしっかり固める
②水につけてホルマリンを抜く
③軟骨染色液(エタノール、酢酸、アリューシャンブルー)につける。色素は軟骨のコンドロイチン硫酸に沈着する。
④つける液を95%エタノールから薄いエタノールに徐々に変えて、水にもどす
⑤純水につけてからトリプシン(酵素)混合液につける。どのくらいつけるかは魚によって様々。感覚で経験していくしかない。トリプシンの作用は温度にも左右される。文献にはアバウトな情報しかない。
⑥尾部の骨がみえてきたら、硬骨染色液(水酸化カリウム水溶液、アリザリンレッド)につける。つける時間で調節する。水酸化カリウム水溶液につけて透明化を進める。1ヶ月つけることもあるが、長すぎるとぼろぼろになる。
⑦水酸化カリウム水溶液から徐々にグリセリンに置換して行く。
グリセリンにつけると更に透明になる。ウロコをとって、防腐剤も加える。

生命を扱う
近年、透明標本にはオブジェの意味も持ち始めている。人々の目に様々な場面で触れるようになり、生き物への興味が湧く機会が増えることは非常に良いことだが、商業主義に陥ることを避けたい。常に「命を扱っていること」を忘れないようにする。
研究所では2005年より透明骨格標本講座を行っているが、あえて生きた魚から標本への工程を行う。生命を頂いた責任で、出来上がった標本を大事にするように話をする。生命を「食」としてではなく「知識」として自分の身に頂くということ。タイリクバラタナゴを利用することで外来生物の学習もできる。

魚を使って命を勉強する利点
研究所は東京農業大学「食と農」の博物館にて、肉食魚の生体展示を行い、生きた餌を使った給餌タイムを行っている。(単なる命を使った給餌タイムでなく、「食う―食われる」の様子を目の当たりにする、食することの意義を事前によく説明をする。生きた餌を利用する給餌タイムであることを確認して頂いてから行う)
今は携帯機器等で、その場で感じた率直な意見をすぐに発信できるので、誤解されて発信されたりしないように注意している。
魚の利点は我々は丸ごとの形の魚に慣れていること。店頭では魚の死体が並んでいるが、驚かない。尾頭付きといって、頭部のついた魚の料理も見慣れている。
給餌タイム時、魚はまぶたが無く表情が出にくい、声を出さないことも大きな利点。
食べる側の魚も食べられる魚もパクッっと一瞬、一口で食べることができる魚を使う。
人間も食物連鎖の中にいる事を感じてもらう。残酷かどうかでなく、生き物は食物連鎖の中で生きていることを知ってもらいたい。

実物を使うリスク
博物館は「物」「実物」を使って研究・教育普及をするのが特徴。特徴を活かして地域とのコミュニケーションを心がけ、学校・家庭教育では得にくいものを提供したい。
文章や写真・映像などでは得ることのできない経験を提供したい。
実物の感動は大きい。本物であれば感動も格別だが、リスクの度合いも格別である。
①「学術資料」:研究・保存・次世代に伝える。破損・色あせ等のリスクは避けたい。
②「教育普及資料」:見たり触れたり、教育の材料に。展示したい。劣化・リスクは大。
①と②の物理的な扱いは正反対!
しかし、リスクは危険ではなく危険性であり、対策をすることで軽減や排除をすることが可能である。例えば、次のようなことを行う。
①人員を配置する。(最も確実だが、人件費が発生する)
興味を持ってもらう対策の一つとしても展示物に警備員等をつける方法がある。100年前の梅干を展示しても誰も足をとめなかったのに、警備員を配置したとたん、長蛇の列になるという例もある。特別感が増す。
②期間や時間を限定した展示にする。(人件費を抑えられる・劣化も軽減できる)
③講座などのイベントを開く。(期間・時間・観覧者数・参加年齢などを限定できる)
このようにして実物展示のリスクを軽減し、五感で感じてもらうような講座を開く。参加者も感動し、説明者もよりよい説明や展示のための工夫に役立てることができる。参加者も疑問に感じたらすぐに質問できる利点がある。スタッフも人々の反応・視点・思い等に直接触れ、知ることにより、より良い活動につながる。

展示温室バイオリウムとその裏側
研究所の展示温室バイオリウムにはバオバブなどの植物、多肉植物、資源植物等があり、マダガスカルの原猿類キツネザルの仲間(約70頭)は繁殖実験をしている。研究所生まれのサルが国内様々な動物園にいる。哺乳類、鳥類(ニワトリ)、魚類、両生類、爬虫類、観葉植物、南米・オーストラリア・アフリカ植物と、一通りの生き物を目にすることができる。
研究対象外の生き物がいる。イグアナの放し飼い、カメレオン、リクガメ等ペットショップで売られているが飼うのが大変な動物。飼うときの大変さも伝えることができる(長く生きて大きくなることなど)。
バイオリウムショップでは、化石や標本も見たり買ったりできる。
温室ツアーを行うことで、給餌イベントや実際に触れてもらうことができる。生き物に慣れていると過信している人にこそ気をつけてもらいたい。動物に個体差があることを忘れている場合もある。動物にかまれた、服が汚れたということを想定し、諸注意をしっかりアナウンスをして、トラブルがあったときのための対策や保険も必要となる。
実物を維持管理することは大きな労力・時間・コストを要する。生き物の展示は素晴らしいが、世話をしないといけないから大変。特に動物は排泄物処理が大変。餌はスーパーから廃棄野菜を提供して頂くなどしており非常に助かるが、仕分けが必要で、使えないもの、余ったものは生ゴミになる。研究所の場合は東京農業大学で生ゴミを堆肥にしていただいている。生体でなくとも、薬品、空調、場所等、様々なリスクが生ずる。
昆虫標本の防虫剤の入れかえ作業も大変。1万箱の防腐剤を入れ替えていると、最後の標本箱の防虫剤を入れ替える頃には、最初の標本箱の防虫剤に期限が迫り、エンドレス状態。
実物をみましょう!(店内に持ち込まれた実物の解説)
バナナの葉を切ってきました。そばにおくと大きさを体感しますね。知識として理解していたものでも、実物を目の前にして体感すると感動が。 数百年前にマダガスカルで絶滅した象鳥という3メートルくらいの鳥「エピオルニスの卵」の殻を一部使ったレプリカ。中にゲル状のものが確認できるものがあり、DNAを取り出せるかもしれない。


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エピオルニスの卵のレプリカ 大きなハナムグリ
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綺麗な蝶の羽も鱗粉を落とすとトンボの羽のようになる 会場風景

フタゴヤシの実は世界一大きい種子。インド洋セイシェル諸島から沖縄に流れついたりしている。20メートルのヤシに育つ。
お化けヘチマ。日本にはナガヘチマという品種がある。大きいヘチマ作りに挑戦し、2年ほど前に日本一の果実(2m70cm)を作った。ヘチマが長いのは、実の底が腐って抜けた後、風に揺られて種子を飛ばしているのではないかと思われる。一粒のヘチマの種子は、数ヶ月でツルが十数メートルに育ち、数多くの果実を付け、種子が数百個にもなる。生き物の底力を観察できる。雄花・雌花が独立していて、蜜線がつぼみのそとにもあり、アリが蜜を食べに来てボディガードとして共生している。ヘチマの果実は若いうちは煮て食べられる(繊維質になると食べられない)。子ども達に興味を湧かせるためには、大きなインパクトを与えることが効果的。植物の面白さ、料理・タワシへの加工や昆虫との共生関係も容易に観察でき、果実の長さ比べをするなど、生き物に対して興味を湧かせるのに大きな効果が得られると期待できる。
ゴライアスオオツノハナムグリ:カナブンの仲間。かぎづめが鋭い。色がとんでしまったが、背中が濃いワインレッドでビロウドのような風合いがある。
マンモスゴキブリ:森に住んでいておとなしい。森の掃除屋さん。大きくても飛ぶ。私もヨロイモグラゴキブリを飼っていたことがある。穴をほってそこに親子で暮らすかわいい習性がある。
モルフォチョウ:南米。オスの羽の表だけが華やか。メスは卵を抱えて飛ぶので体が大きいが目立たないように綺麗な色ではない。色は構造色といって燐粉自体に色が付いているのではなく、表面の微細な凹凸構造で特定の色だけが反射して青く見えている。孔雀の羽やCDの表面の色も構造色。
トリバネアゲハの解体標本:チョウの体は頭、胸、腹からなり、燐粉を取り除くとチョウの羽はセミの羽のようになっている。教育普及活動においての資料・標本は、学術研究用とは異なる形態、作製方法とする場合もある。
オオアオナナフシ:ナナフシも大きいが、世界で一番大きい昆虫では、1mになるメガネウラというトンボが古代にいた。

話し合い 
  • は参加者、→はスピーカーの発言

    • 軟骨の濃淡の色 軟骨の厚みよりも魚の骨が複雑に重なり合っているので、重なっているところが濃くなる。頭の骨も複数が重なり合っている。脂肪が多いと体が白くにごる 薬品につける長さの調節をして、調整する。消化酵素(高価なトリプシン)を大事に使って調整する。酵素に長くつけすぎると溶けるので、長く置きすぎてばらばらになったりする。 つくるときは、多めにつくる。失敗するものも多い。
    • グリセリンを使う理由→グリセリンは透明度が高く、細胞にはいって押し広げてくれるので、使っている。樹脂は圧力と熱が必要で標本が変形する。チモール(防腐剤)が入っているので腐らない。直射日光は避ける。
    • X線で撮影し3D映像にすれば同じ効果があるか→そのためには、照度をかえて、何度もとる。放射線被曝リスクがある。X線装置やMRIはお金と手間がかかる。透明標本は薬品の初期投資があれば、各ステージの生物を細かく標本にできる。
    • 透明標本の限界は→小さい、平らなものしかできない。
    • 先に軟骨を染める理由→硬骨を先にする方法、軟骨染色液と硬骨染色液を混ぜる方法もある。私は失敗が少ない手順を使う。軟骨・硬骨染色液濃度、ウロコをとる時期は研究者によって違う。酢酸を使う軟骨染色液(酸性)を短くして、ゆっくりトリプシン混合液や水酸化カリウム水溶液で透明化を確認しつつ、硬骨を染めるやり方で私はやっている。軟骨だけ、硬骨だけなら一方の染色液を使えばいい。高価なトリプシンはやめて水酸化カリウムのみで透明化を行う研究者もいる。
    • ウロコと皮は剥がすのか→皮はそのまま。ウロコは剥がす。トリプシン処理後は柔らかくウロコが取りやすい。早い段階で無理には剥がし皮に傷がつくと、そこから皮が捲り上がり、身がはじけてしまうことがある。キイロハギのウロコは骨のように硬く、はがすと傷つくのでウロコをつけたままにする。ナマズはウロコがないが、標本処理中にヒゲが溶けやすいので注意している。