2012年9月8日(土)、観環居(神奈川県横浜市)でバイオカフェを開きました。お話は農業生物資源研究所 井上A.尚さんによる「チョウと一緒に住める街にするには」と畑明宏さん(積水ハウス)「鳥とチョウが遊びに来る5本の樹計画」でした。
井上さんのお話 | 観環居のたたずまい |
一般に、チョウはかわいく、好かれる生き物。チョウと仲良くするには、相手(チョウ)の名前を知る必要がある。日本には約250種類のチョウがいて、それらの名前はとても系統立ってつけられているので覚えやすい。またチョウには羽に特徴的な模様があること、行動のテンポが速すぎず、遅すぎず、人間に合っているように思う。例えば、嫌われるゴキブリは動きが速すぎる。また、その種類数も親しむにはちょうど良いと思う。ガ類は日本だけで6000種類もいて、多すぎる。
チョウがなぜかわいく見えるのか、それは目の大きさと位置がポイント。他の昆虫は触角が顔の正面にあるが、チョウは顔の正面には大きくて丸い複眼があり、これがかわいらしく見える理由。チョウ同志でも身振りでやり取りしているので、目で生きる動物と言える。さらに、チョウはハチのように武装していない。人間にとって安全。研究者の書いた論文の中には、これはチョウをいじめているのでは?と思うような論文もあるが、あくまでも人間がチョウに”教えてもらっている“ので、仲良くしていきたい。
研究対象として
研究する際もチョウに尋ねる形ですすめるが、どんなチョウでも良いわけではない。ある程度大きさがあり、個体数が多く、幼虫が扱いやすい、物覚えがいい、成虫が人付き合いが良い、年間発生回数が3回以上のチョウが良い。アゲハ類、モンシロチョウ類がこれに当たる。その分、保護しなくてはいけないような希少種の研究はほとんどできていない。
アゲハの種類と住む場所
関東地方には8種類のアゲハ属チョウ類が住んでいるが、その種類によって住む場所、エサにする植物が違っている。アゲハ、クロアゲハ、ナガサキアゲハは林縁部を好んで住んでいるが、住宅地は林縁部に環境が似ているため、良く目撃される。一方、ミヤマカラスアゲハ、モンキアゲハなどは林内に住み、林から出てこないのであまり目撃されない。
アゲハチョウは比較的大型の昆虫だが、個体数が多い。これは、種類によって住む空間や食べ物となる植物など、巧妙な資源の使い分けをしているからと思われる。例えば、アゲハ属チョウ類の幼虫はミカンやカラスザンショウ、キハダなどのミカン科植物を食べるが、種類によってそのうちのどれを選ぶかには違いがある。また、成虫の食事の時間帯や好む花の色も種類によって違っている。足立区生物園で4:00〜19:00観察した結果によると、朝の時間帯に食事する種もいれば、朝と午後に食事をする種がいることも判っている。基本的に赤や桃色が好きだが、ナガサキアゲハは青い花にも寄ってくることが判った。
では、いろんな花を植えれば、チョウがたくさん来てくれるのか?という話になる。例えば、ランタナはあらゆる昆虫を引き寄せるが、だからと言ってランタナばかりたくさん植えてしまうと、元々昆虫が来るはずだった花、いわば”顧客をとられた花”が出てきてしまう。この花はどうなってしまうのか? 実は小笠原では、外来のミツバチが在来のミツバチを駆逐してしまい、在来のミツバチが受粉のお手伝いをしていた植物が絶滅寸前になってしまっている、という例もある。ということで日本古来の植物の中からチョウが好きな花を探すと、まずクサギの花にはアゲハ類が蜜を吸いにたくさんやってくる。カラスザンショウは幼虫は葉を、成虫は花を好み、両得と言える。その他、ミカン、アザミ、ユリ、ヒガンバナ、ツツジなどの在来植物を植えるのが良いと思う(ただしヒガンバナは帰化植物)。実は、庭に生えると嫌われるヤブガラシもアゲハ類を始め多くのチョウにとって重要な吸蜜源なので、全部を抜いてしまわずに、チョウ達のために少し残してくれるといいなぁ、と思う。
ちなみに、チョウ類は口のストローを伸ばして花の蜜を吸うが、キアゲハ、アゲハはこのストローが黒色のアゲハ属チョウ類に比べて短いので、ラッパ状の花の奥に蜜があるクサギの花には蜜を吸いに来ないと言われていた。しかし、実はキアゲハ、アゲハもクサギの花に来ることが判った。時間は午前10時前。夜の間に蜜が花の上まで浸みだしてくるので、キアゲハ、アゲハの口でも届いているのだろう。その他のミヤマカラスアゲハ、モンキアゲハは10時以降に来る。時間帯をずらして、お互いに譲り合っているのだろうか?
チョウの水のみ行動
湿った道路や水たまりで水を飲んでいるチョウは大抵がオス。メスは元々あまり水飲みの習性が無い上に、飲む場合でも人目(チョウ目?)につかないようなところで水を飲むようなので、あまり見かけないのだと思う。では、チョウはどんな味の水を好むのか? 砂の入った箱にいろいろな”味”の水を入れて並べたところ、調べた中では塩化ナトリウムの水溶液が一番人気だった。植物体にはナトリウムが殆ど無いので、それを補っているのだと思う。植物を食べる動物はナトリウム不足になるので、岩塩などをなめることがあるのと同じ。
では、ナトリウムはきちんと吸収されているのか? 調べるために、チョウの”尿検査”をした。チョウは水飲み行動の時、飲みながらおしっこを出すので、それを紙コップに採取し、飲む前の水のナトリウム濃度と尿の中のナトリウム濃度を比較すれば、実際にチョウがナトリウムを吸収しているかどうかが判る。調べたところ、ナトリウムの濃度は尿の方が低くなっていたので、チョウはナトリウムを体内に吸収していることが判った。逆にカリウムの濃度は尿の方が高かったので、排出されていることが判った。ちなみに、チョウは塩分が取れなくなると、動物の死体から体液を吸うこともある。チョウも本当に事情が切迫したら、なりふり構わず生きるしかないという事だろう。なお吸水行動は、羽化してすぐのチョウが行うとされて来たが、2006年〜2011年にかけて私たちが行った野外調査では、年をとったチョウも行うことが判った。
居住区域〜チョウを招くには
チョウの居住空間を考えると、家庭菜園もその中に入る。でも、林内やそれと似た環境が減っている。緑地はあるのだが、それらがつながっていない。チョウにしてみれば、小さな緑地だけではお嫁さん探しや子供たちの食糧探しは難しい。だから、緑地と緑地を繋いで“緑の回廊”を作るとチョウの行動範囲が広くなり、チョウにとっての居住性は良くなることが期待出来る。住宅地の中の公園も街路樹などでつなげるのがいい。そう考えると、チョウが来てくれる庭を作るには、個人だけではなく、地域で取り組まないと実現できない。町単位で、緑地や大学と連携する必要がある。例えば、ミヤマカラスアゲハは小石川植物園、自然教育園、東大キャンパス、足立区生物園の付近で時々見られている。植物園と大学の緑のある場所がそれらをつなげる道路の街路樹でつながれ、“緑の回廊”になっているのだと考える。
チョウを庭に呼びたいときは、好みのチョウを決めてその特徴を調べると良い。例えば、オオムラサキはお酒が好き。おそらく、消化器官が弱いので、糖類をそのままの形ではなく、その中間分解物の乳酸やエタノールの形で摂取したいのだと思う。そして、チョウの幼虫はもちろん、その他の「お邪魔虫(クモ、ムカデ、ゲジゲシ等)」ともがまんしてつきあうこと。成虫のチョウだけを呼ぶことは、基本的に不可能。
アゲハの産卵
研究成果の論文を書いても、一般の人には楽しんでもらえない。しかも、チョウは動くものなので、動画を見ながら成果を判りやすく、かつ科学的に説明したいと思い、DVDを作成したので、アゲハの産卵についてのお話は、DVDを見ながら説明したいと思う。
チョウはドラミングといって、前脚で葉を太鼓のようにたたいて、産卵に適している植物かどうかを調べる。
産卵する木と産卵する種の組み合わせは決まっている。キハダに主に産卵するミヤマカラスアゲハもいれば、4種類とも産卵するものもある。産卵の場所も、チョウの種類ごとにうまく分けられていて、それぞれの生活場所を譲り合っているようにみえる。なおチョウが卵を産む植物の選択枝と、幼虫の食べる植物の種類は一致しないこともある。
アゲハ属チョウ類の前脚にある感覚器は種によって違っている。感覚器の位置は、産卵に適した葉の成分を見極めやすいようになっている。前脚の形態でチョウの種類がわかるくらい特徴がある。
アゲハの感覚器があるのは前脚だけで、他の足にはない。電気生理学で調べると、産卵するときの電気信号の特徴もわかってきている。
まとめ
ガはすぐつぶされるが、愛されるチョウは幸せ。特にアゲハ属チョウ類は人間とこの第四紀を謳歌している。私はこの『王道的』なチョウ=アゲハ属チョウ類とこれからもつきあっていく。
- 伊豆に行ったとき、朝、クサギが生えている所にはアゲハがいなかったが→場所によっては、アゲハは市街地の方がいるかもしれない。
- 外来種のチョウが日本の生態系をこわすのか→韓国から八王子にホソウチョウを持ち込んで、飼育して増やしたものが外に放たれ、野外でも増えたらしい。東京、神奈川、山梨から最近では中京・関西地方でも増えている。また、アカボシコマダラも神奈川藤沢あたりから神奈川全域に広がった。ゴマダラチョウの仲間は車に挟まって運ばれたりするようだ。自分も実際に車の隙間に挟まったままのゴマダラチョウを運んでしまったことがある。アカボシゴマダラが主要街道沿いに分布を広げているように見えるのはこのためだと思う。アカボシゴマダラは雑草のエノキを食べるので、国家予算での駆除は難しい。
- 外来種のチョウが増えることで、日本固有のチョウが駆逐されたことはあるのか→今のところはない。しかし、神奈川のアカボシゴマダラの模様は、奄美大島のものと違っている。これが奄美大島に入り込んだら、本来島にいた模様を持つアカボシゴマダラがいなくなってしまう可能性はある。
- 羽村のバタフライガーデンがあり、訪れたらいろんな花を植えていた。1年後に行ってみたら、手入れされておらず、衰退していた。足立区生物園の一角にはチョウを呼ぶ環境ができていた→足立区の生物園はコアになる人が活動している。私も手伝っている。コアになる人がいないと、環境を保つのは難しい。
- アゲハが産卵する葉の確認に使う物質は、どの成分か→まだ研究中。でも、産卵する植物と幼虫が食べる植物は必ずしも同じではない。
- チョウの天敵は?→鳥はもちろんだが、クモやカマキリに食べられてしまう。オニヤンマがチョウを捕まえているのを見たことがあるが、つかまったチョウは羽がボロボロでおそらく老齢、飛んで逃げられなかったのだと思う。
- プランターのパセリに幼虫がつくと、パセリは食べてほしくないのでミカンの葉に移動させる。他に何かいい方法はないか→ニンジンの薄くスライスして食べさせたり、田んぼのセリに移動するなどの方法もある。
畑さんのお話 | 会場のみなさん |
奈良市で米と野菜と自給自足をしている。目指しているのは。生物と家族5人の命を共生。つくる作物の4割は鳥と蝶のため、6割が家族のためと考えている。
「大都会の里山」
新梅田シティの高層ビルの脇の緑地帯で、日本の里山を手本に造成した新里山をつくった。200種類以上の植栽、田んぼや畑をつくり、落ち葉が地面を保温し保湿するようにそのままの状態にしている。都会の生態系をどう維持するかを考える。
鳥や虫がやってくると楽しい。鳥が好きな色(赤と黒)を選ぶ。モズ、ツグミ、ジョウビタキなど都会で珍しい鳥がきて、モズは繁殖を始め、菜の花にはニホンミツバチも来ている。
「何も持ち込まない 持ち出さない」が、コンセプト。敷地内で発生するものを有効に使い、小さい面積でも循環型の環境を作っている。
イチゴ栽培にはマルチシートでなく田んぼでできた藁をつかう 終わると朽ちて肥料になるから。この新・里山では朽ちた原木が土に返るのを見てもらう。花と芽吹きだけではなく、生命の終わりまで。雑草はない、害虫もない。草、虫、人も自然の一部と考える。
新梅田シティ里山クラブのメンバー(梅田スカイビルに勤務している人たち)が昼休みに来る。週末は家族で作業。野菜の代金は、運営費への寄付として頂いている。
自宅では
米と野菜を自給自足。庭も自然の一部。鳥も蝶も自給自足する。人も生き物だから、無理のない範囲で自給自足を始めよう。ビルの周囲で生物が心地よい空間を作りたい。以前は庭をつくるお客さんの好みで美しさ中心に、5本の木を選んだが、今は、3本は鳥のため、2本は蝶のために日本の在来種を植える。
緑地と緑地を緑の回廊でつなぐ。5本の木が回廊の役割を担う。積水ハウスは2011年、91万本の庭木を植えた。この木には2年保障があるので、管理つきということになる。
手本は里山!日本の木を見直そう。風土に調和する木を選ぶ。日本の庭には池や沼があり、乾燥する部分と湿った部分が含まれていた。
人と生物の自由空間を創る。鳥の餌になり、虫の産卵する日本在来の樹木(クヌギ、コナラ)を選ぶ。例えば、クヌギには300種類以上の生物が宿る。農薬は使わないようにしたいので、虫や鳥の力も借りる。シジュウカラ、3センチのイモムシを1羽で8万匹/年食べる。イラガを食べるカマキリ。クモがハダニを食べる。水場をおくと鳥や虫が水を飲みに来て、働いてくれる。だから、20株のキャベツをうえて1株は虫のため。植物は数%の葉はかじられることを前提にしている。糞が肥料になり、虫は花粉を運んでくれる。
また、土壌の性質も、カタバミが生えると酸性、ハコベは肥料過剰だとわかる。雑草は土壌センサーでもある。
家庭菜園では、手を植えて、刈って、干して足踏み脱穀する。ビジネスでは電車やバスなどを利用するので、田畑ではできるだけエネルギーを使わないようにする。好きなことが仕事と一致している私は、幸運だと思う。
これからの造園
家庭菜園でありながら、綺麗な庭に仕立てる造園もできる。美しいものにはみんな反応する。美しいものをベースに管理しやすく、維持しやすい庭をつくってはどうか。
家庭菜園と農業は違う。農業は次々に収穫しなくてはならないが、家庭菜園なら収穫せずに花まで見られることもある。種取りした種は土地にあっているので、発芽率がいい。とった種は「僕の種」になる。そして、雑草を敵とせず、それぞれの生き物が生きやすい環境をつくることが人にも心地よい空間になると思う。