2012年6月8日(金)、茅場町サン茶房でバイオカフェを開きました。お話は東京大学医科学研究所付属病院アレルギー免疫科 田中廣壽(ひろとし)さんによる「ステロイド剤との正しいつき合い方」でした。
初めに小泉百合香さんのバイオリン演奏がありました。金環日食、金星日面通過と空を見上げることが多かったことから「Over the rainbow」「惑星〜木星(ホルスト)」、「見上げてごらん夜の星を」と星にまつわる3曲が演奏されました。
田中廣壽さん | 小泉百合香さん |
ホルモンとは
副腎でつくられたホルモンは血液を介して、体の様々な組織に伝わっていく。副腎皮質で作られる「糖質コルチコイド」のことを略してステロイドということが多い。ステロイド療法では、もともと体内にあるこのホルモンを生理的な量をはるかにこえて処方する、稀な事例といえる。
このホルモンがない、またはホルモン受容体を持たない人は生命維持が難しいことから、このホルモンは生命維持に必須な物質だとわかった。しかし、どのように必要なのかなど、まだわかっていないことが多い。ステロイドの分子量は、アミノ酸2個分くらいで、小さい分子。働きは「何でもやる!」というイメージ。これだけの幅広い働きを担える物質は他にない。だから生命維持に必須なのだろう。
ステロイドの驚くべき作用
ケネディ大統領はアジソン病という副腎の自己免疫疾患で、慢性的に糖質コルチコイドが作れない病気だった。車椅子生活から、10mgのコルチゾール(ステロイド剤)で全身が活性化され、ケネディの能力すべてが引き出されたといえる。
あるステロイドが足りない人で普通に生活している人が、検査でステロイド不足がわかり、コルチゾールを処方されたところ、非常に元気になった例もある。色白になり(色素沈着が消える)、今までの人生観が変わるくらい人生が激変したという。微量のコルチゾールの補充で、人生を変えてしまうような凄い薬。それだけに量の設定が難しい。
ステロイド療法
ステロイド療法とは、補充するときの量の100倍くらいを投与する療法。これを発見した研究者は1950年にノーベル医学生理学賞を受賞している。
ステロイドには、アレルギー、免疫、炎症を抑える働きがあり、発症の根幹に関わる上流よりも、下流で抑えるものと思われる。
ステロイド剤はいろいろな臓器の病気に使えるが、副作用があるので、作用とのバランスを考えて、患者の利益が上回るときに用いる。
ステロイド剤は、急性毒性がないことが最大のメリットだと思う。1時間くらいの間に大量に体内に入れても大丈夫。これがインシュリンだったら、低血糖になって危険。そういうことがない。このメリットを利用し、病気の急性期に使うのに適している。
ステロイドのデメリットは、大量に入るといろんな場所にある受容体がみんな働いてしまうこと。だから副作用が広範囲で、一度使うとやめにくい「離脱困難」がある。短期投与で副作用が出る前に治してしまうことができれば理想的。
しかし、私はステロイドを「両刃」とは考えたくない。病気の色々な段階におけるステロイドの振舞い全体を捉えるべきだと思っている。生理作用の延長が薬理作用で更にその延長が副作用。元来どの人の体の中にも副作用を起こす仕組みは備わっている。
ステロイド剤の使い方
急性期に大量に使うが、その分量設定は厳密に行わなければならない。大量に使って病気をよくしてしまってから、少しずつ減らしていく。ステロイド剤を利用してきた50年間の経験から得られた「世界の教訓」に則って減量していく。これは、理論でなく経験則。
初期治療では大量で用いる。減らしつつ長期に利用していると、副作用が増す。
例えば、リウマチ性多発性筋痛症の患者さんはステロイド剤を投与した翌日に痛みがなくなり、とても喜ぶ。医者も嬉しい。しかし、長く使っていると痛みは楽になるが、顔が丸くなるなどの副作用が現れ、患者は服用を嫌がり始める。
患者さんと付き合いながら、どのようにステロイド治療をしたらいいかは、医者にとっても難しい問題。医者向けの「ステロイドの使い方のコツ」という本がよく売れていることからも、医者が苦労しながらこのくすりを使っていることがわかる。50年の経験がありながら、使い方を指南する本が今でも売れたり、たった1種類の薬の本がこんなに長い間売れ続けるのは不思議だなと思う。
患者さんの病気の特徴、病態(急性期、慢性期)、合併症の状況をよく考えて、慎重に使うべき。使い始めの時期、何を目安に分量を決めるのかを、医者自身が根拠をもって決断しなくてはならない。
急激な中断や減量は、患者さんにとっても、医者にとっても禁物。ステロイド剤の減量は、月10万円で暮らしている人が大量投与で1000万円もらって暮らすようになり、それに慣れたところで、また10万円に減額されるようなもの。どう暮らしていけばいいのか、体が当惑してしまう。
医者への教育
医者の経験や患者とのコミュニケーションのよさが治療に影響を与えるのがステロイド剤。
処方箋をだしても、ちゃんとのんでいるかはモニタリングできない。
量と作用が比例しているはずなのに、のんでいない患者さんは医者に叱られると思って正直にいわない。医者はどうして効かないのだろうと思ってしまう。
患者さんからの医者への正確な情報提供は、患者さんのメリットに通じるので、ぜひ、メモを書いて診察時に医者に渡して下さい。口頭の説明だけで伝わらないことが、わかりやすくなる。
ステロイド服用をやめることを、「脱ステロイド」「ダツステ」という。ネットでは、アトピー性皮膚炎で起る色素沈着を、ステロイド剤が色素沈着を起こすと言って、物を売る商法がある。
ステロイド剤は急性期だけ患者さんを喜ばせるが、減量しつつ長く付き合うとダスステ願望が始まる。どうかダツステ商法に耳を傾けないで、まず、医者と話しましょう!
納得の行く説明を受けましょうよ!説明が悪かったら、医者を変えてセカンドオピニオンを聞きましょう!でも、ドクターハンティング(1回診療を受けただけで、かえていく)はしないで下さい。何も信じられなくなり、強力なメッセージを出す隙間産業にねらわれてしまう。セカンドオピニオンを聞きに行くのは賛成だが、担当医はたとえば一晩かかって資料を準備することもある。それなりの負担になる。だから、ハンティングでなく、きちんと意見を聞いてもらいたい。
それでは、ダツステ願望の患者に医者にできることは何か。平易な話で正しいメッセージを伝えることしかない。また、患者さんに希望を与えるような治療法の研究をして、患者さんのことをいつもみている研究者がいること、社会があることを伝えたいと思う。
難治性疾患を抱えた社会の中で、ステロイド療法の研究をすることは意義があり、その役割は大きい。マスコミにも、簡単にステロイドは使わないほうがいいといわないでほしい。
最近は生物製剤ができて、とくにリウマチではよく治るようになってきた。製薬企業のマーケティングも活発であり、そういう薬は脚光を浴び、患者さんも希望が持ちやすい。ステロイドとは対照的。医療行政、医療環境は懐深く、根気よく患者を見守ってほしい。
会場風景1 | 会場風景2 |
ステロイドはどのように効くのか
ステロイド剤は血液を通じて各臓器に運ばれ、細胞の中の受容体にくっついてDNA情報の読み取り、やがてたんぱく質の発現をコントロールする。遺伝子の目印のあるところにくっついて数百個の遺伝子を動かし、いろんな臓器に作用を与える。ただ、ステロイドの受容体は1種類のため、ある臓器では望ましい効果を現すが、他の臓器の作用は副作用になる。副作用を防ぐ研究はできないだろうか。
○研究1
受容体にステロイドがくっつくと、受容体は立体構造を変えることによって働く。では、いい「変え方」、つまり、くっついても副作用を出さない受容体の形にするクスリはないのだろうか。理論的にはあり得る。実際に、アフリカのナミビアの高い平地にある薬用植物の成分を使って副作用の少ない、ステロイドのように働く夢のような薬(ステロイドの受容体にくっつく)の研究がされている。
○研究2
組織別の副作用を克服してどう対応するかというのが現場のニーズ。
副作用がなくて、安ければいい薬になる。副作用全部をなくすのは無理でも、特定の臓器や副作用に関しては副作用を減らすことが可能になっている。
そこで、ステロイドによる筋萎縮について研究してみた。ステロイド筋萎縮はあまり重要視されておらず、患者さんは(医師も?)筋肉の弱りに気づいていないことが多い。その実情を知りたいと思い、膠原病友の会会長に頼んでアンケートをとった。膠原病の患者さん5000人に送り、200通が返送された。その3割が筋力の弱りに悩んでいることがわかった。
この写真の患者さんは40歳の女性。ステロイドを服用して1ヶ月で筋肉が3割減っていた。しゃがみ立ちが難しいなどの副作用が出た。高齢者でこのような筋肉の弱りが起きると大変。
そこで、ステロイド剤は、ロコモーティブシンドローム(運動器不全症)を作っているかもしれないと思い、筋肉の勉強を始めた。「筋肉強化にはプロテイン、アミノ酸」が有名だが、科学として筋肉の肥大と萎縮について研究された歴史は短い。研究結果から、筋肉を太くしたり、細くしたりするのは遺伝子の働きだとわかった。
筋肉では、筋肉を壊す仕組みと筋肉を太らせる仕組みがバランスよく制御されている。筋肉の一番大事な役目は、実は栄養の貯蔵庫。生物の歴史は飢餓との闘いで、絶食時には筋肉に蓄えられた栄養をすばやく使い、利用する。ステロイドを投与されると、この絶食の時と同様に、筋肉をいっせいに壊すとともに、筋肉を作るのをとめてしまう。
では、食べるとどうなるか。栄養の信号は細胞にいって筋肉を作る信号に変換される。分岐鎖アミノ酸(BCAA)も同様に筋肉を太らせる信号として感知される。その時、なんと、筋肉を壊す仕組みを同時に止めてしまう。人の体はうまくできている。
さて、そうすると、ステロイドによる筋萎縮を治すためには栄養の信号を入れればいいことになりはしないか。確認するために実験をした。ネズミでは、5日間ステロイドを投与すると握力が1割落ちる。そこで、BCAAをのんだネズミか、のんでいないネズミかをわからなくして、ネズミがものを掴んで離す力(握力)を調べた。BCAAをのんだネズミではステロイドによって握力が落ちるのを抑えられた。
現在、ステロイドをのんでいる患者さんに協力していただいて、「臨床試験」で確認中である。その際、BCAAとしては、アミノ酸ドリンク(100ccに2g含まれている)を1日6本飲んでいただいている。この取り組み(副作用の仕組みを解明して治療法を提案)が引き金となって他の臓器の副作用にも光がさすことを期待している。
まとめ
ステロイドは効果があるが、副作用も出てくる難しい薬。患者さんに理解してもらい、医者とよくコミュニケーションして、一緒に理想的な治療に近づけるようにしたい。
- 28年前、潰瘍性大腸炎でステロイドの大量投与から徐々に減らして、今は元気になって生活している→同じ10錠でも、朝、1度にのむのと、1錠ずつのむ療法がある。飲み方、病気の種類は経験則。時間遺伝子の利用が話題になっているが、このようなくすりののみ方はステロイドではずっとやっていた。例えば、朝、リウマチの患者さんは手足がこわばる。それに対しては夜中の2時に飲むのがいいが、夜中の2時におきるのもストレスになる。海外では夜10時にのんで2時ごろに効き始める理想的な薬ができて、朝のこわばりに効果が出ている。
- 受容体を見極めることができれば、副作用は解明できるのか→アレルギー、免疫などステロイドが関係する遺伝子はいろいろ。ひとつの細胞から、なだれのように悪い状況が増幅されることもある。どこに効いているかの見極めが難しい。ステロイドは何にでも効くと言っていいぐらいよく効くので、実際は免疫や炎症の全体に効いているのだろう。
- 時計遺伝子を利用したら、ステロイドをうまく使えないだろうか→朝のリウマチのこわばりには、夜中にサイトカインが増えるのをステロイドが抑えることで対応している。時間による変化をうまく利用している。
- 筋肉が壊れることに、どのように対応するのか→ステロイドは受容体にくっつき、筋肉のタンパク質が壊れる、壊れないを調節している遺伝子に作用し、筋肉の量を決めている。これが創薬の標的となる。壊れない方に傾けることをめざす。ただ、他の病気、たとえば多発性骨髄腫の場合、タンパク質分解を阻害する薬が有効である。病気によって狙う標的や狙い方も違うのだろう。
- ラパマイシン(免疫抑制剤)とステロイドとの関係は→ラパマイシンはイースター島(現地語でラパ-ヌイ)の土壌から見つかった天然物からできた。免疫抑制作用をもち、タンパク(mTOR)合成を抑える。ステロイドとmTORの関係は筋肉と免疫系では違うことがわかっている。
- ステロイドを使って、初めは快方に向かうが副作用が出てきたらどうするのか←初めは、10の症状が5になるとよくなったと思い幸せの因子が大きいが、5から4、4から2では、幸せの因子は大きくない。生活の質も変わる。患者のニーズがどこにあるのか。薬、治療、その他のサポートか、よく理解しなければならないと思う。医療のサプライで患者の要望すべてに応えられないだろうし、応えられると考えていては不十分ではないか。