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TTCバイオカフェレポート
「植物と微生物における共生の進化 〜根粒を環境に優しい農業に役立てるには?〜」

 2012年5月18日(金)、東京テクニカルカレッジにてTTCバイオカフェを開きました。お話は農業生物資源研究所の林誠さんによる「植物と微生物における共生の進化 〜根粒を環境に優しい農業に役立てるには?〜」です。初めに、株式会社イオンチャットの斉藤光義さんが電子チェロでオリジナル曲を演奏してくださいました。その後に、東京テクニカルカレッジの三上孝明校長よりご挨拶をいただきました。

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齋藤さんの電子チェロ演奏 三上校長のあいさつ
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林さんの熱心なお話に引き込まれます 夕日が差し込む会場でお話が始まりました

お話の主な内容

肥料と地球環境
私は、自分の研究を農業にどのように役立てるか、を考えながら仕事をしている。
家庭菜園などでも植物、野菜に肥料をあげるけれど、肥料にはN(窒素)、P(リン酸)、K(カリウム)が主要な成分となる。これらは生き物にとって絶対に必要な元素で、作物は肥料がないと充分に育たない。窒素はタンパク質などに、リン酸は核酸などの作られる素になる。窒素肥料の必要になる量は穀物、豆、野菜などによっても違うが、実際に使われている量は全体的に見てリン肥料やカリウム肥料より2〜3倍多い。もちろん、肥料の与え方によっても差はでるが、特にリン酸は施肥した量の1〜2割しか作物には吸収されず、残りは土壌に残る。
1798年に出されたマルサスの人口論では、将来、食料生産が人口増加に追い付かず、多くの人々が貧困に苦しむと言われていた。1960年には30億人だった人口は2000年には60億人になり、2040年には90億人になると言われている。今現在がマルサスの予測よりはひどい状況ではないのは食料生産量を増やしてきたから。生産量を増やすためには耕地面積を増やせば良いが、現状はこの数十年間は増えておらず、耕地を増やさずに窒素肥料などを大量に使うことで収穫量を上げてきた。
国際トウモロコシ・コムギ改良センター(CIMMIT)の研究者だったノーマン・ボーログは半矮性、これまでよりも背丈が低い品種を開発し、農家に広めた。この小麦は穂にたくさん実がなっても倒れにくい。これに加え、窒素肥料を大量に施肥することで小麦の収穫量を上げた。国際稲研究所(IRRI)というフィリピンにある研究所で、イネも同様に品種改良がおこなわれ、肥料をふんだんに与えることで収穫量を増やした。これが「緑の革命」。
では、肥料をたくさんあげればいいではないか、という話になる。ところがそうもいかない。窒素肥料の合成は、ハーバー法により空気中の窒素を原料にアンモニアを作り、これが肥料に原料となる。合成するための燃料に年間使用量の約5%の液化天然ガスが利用され、1.6億トンのアンモニアを合成するとともに、3億トンの二酸化炭素が排出されている。これは世界の温室効果ガス排出量の1%に当たる。さらに、施肥された窒素肥料の半分は畑から流出してしまう。リン肥料の原料であるリン鉱石も、米国ではほとんど採掘しつくしてしまい、現在は中国、南アフリカ、モロッコなどで採掘されている。数年前、中国が輸出制限をしたため、リン肥料の価格が10倍にも跳ね上がったことがある。オイルショックの時のようにリン鉱石が輸出制限をされてしまうと、コストが上がり、農家や消費者にとっても大きな問題になってしまう。普段私たちが買うお米の1割、ダイズは2割程度が肥料代に相当すると言われており、肥料代が10倍になると米の価格は2倍になってしまう。さらに、液化天然ガスも、リン肥料の原料であるリン鉱石も埋蔵資源であり、限りがある。そう考えると、人口増加に対応して生産量を増加させるために窒素をはじめとした肥料だけに頼ることは、地球環境に対して良いことではなく、埋蔵資源の枯渇にもつながる。考え方によっては、農業は今のやり方では50年程度しか持たない。

根粒共生を利用する
そこで、環境循環型の農業を考える必要がある。その1つの提案として、植物と微生物の「共生」をうまく利用したらどうか、と考えている。例えば、根粒菌と共生するマメ科植物では、根粒菌と共生できなくなると窒素肥料無しでは育つことができない。根粒菌を接種してやると、窒素肥料が無くても育つことができる。
道端のクローバーやカラスノエンドウなどのマメ科の植物を引き抜いて根を見てみると、根に小さなこぶが付いているのがわかる。このこぶに根粒菌がいる。クローバーやレンゲはこの根粒菌が固定した窒素を肥料として使う為に緑肥として利用されてきたが、実は、固定された窒素の2割程度しか肥料としては使われていない。それであれば、マメ科以外の作物、イネや麦、トウモロコシが自分で直接根粒菌と共生できれば、効率よく窒素を栄養源として使えるはず。根粒菌とマメ科以外の作物の共生について研究しようとしたとき、まず、共生にはどのくらいの種類の遺伝子が関わっているのかを調べようと思った。次に共生に必要な遺伝子(共生遺伝子)の塩基配列を調べ、それとよく似た遺伝子が他の植物にあるかないか、を探した。似た遺伝子があった場合、その働きを調べる。その似た遺伝子の働きは共生遺伝子とどのように違うのか、どのように進化したのかを調べ、将来的に、その進化をまねるような、マメ科植物以外の植物と根粒菌が共生できるような品種改良の方法を見つけたい、と思っている。

マメ科植物と根粒共生のしくみ
マメ科の植物でミヤコグサというのがあるが、これはマメ科の中では比較的小さく、マメ科のモデル植物として実験に使われている。このミヤコグサに変異を入れると、良く育たない変異体ができる。調べてみると、根に根粒がなかったり、根粒が白かったり、たくさんつきすぎていたりする。根粒菌はNodファクターというキチン様の(キチンキト酸のキチン)物質を出していて、マメ科植物はそれを受容体で受け取り、根粒菌を感染させる。種によってNodファクターとその受容体は異なっていて、ダイズにはダイズの、ミヤコグサにはミヤコグサの、それぞれのNodファクターとNodファクター受容体がある。元々、マメ科のNodファクター受容体は、マメ科植物以外も持っているもので、病原菌が感染するのを感知するキチン受容体だったと考えられている。ちなみに、根粒菌は植物の細胞内に入って増えるが、微生物の中には植物の体に入り込み、細胞と細胞の間で増えるもの、エンドファイトがある。また、葉緑体も元々は他の微生物が共生したものと考えられている。 
根粒菌と共生できなくなるミヤコグサ変異体には、1つの遺伝子が壊れただけで根粒菌と菌根菌、両方と共生しなくなるものがある。菌根菌とはカビの一種で、植物の根にどんどん入り込んで増えるが、植物はそれを嫌がらない。菌根菌は根の外にも菌糸を伸ばして周囲の水分やリンを吸い取っている。この水分やリンを植物はもらい、菌には光合成産物を与えている。ちなみに、マツタケも菌根菌の一種。根粒菌はバクテリア。マメに近縁なウリやバラの中にも根粒共生するものがある。フランキアという放線菌が木の根に根粒を作る。
先ほど、1つの遺伝子が壊れて根粒菌とも、菌根菌とも共生しなくなった変異体があると言ったが、根粒菌と菌根菌は違う菌なのに、どうして1つの遺伝子で変わってしまうのか?共通性はあるのか?それらの遺伝子の1つは細胞核の中にあるタンパク質のリン酸化に関係する酵素の遺伝子だった。菌根菌はイネなどの植物とも共生していることを考えると、共生には同じ遺伝子が関係しているのではないかと考えた。そこで、その遺伝子の壊れたミヤコグサにイネの同じ遺伝子を入れてやると、元に戻る、根粒を作るようになる。つまりイネの遺伝子も同じ働きをしていて、根粒菌の共生に役立つ、ということだ。根粒菌との共生は菌根菌との共生から進化したと考えれば、つじつまが合う。次に疑問なのは、遺伝子を持っているのにどうしてイネは根粒菌と共生しないのか?ということ。実際には共生していないのに根粒共生にも必要な遺伝子を持っているということは、イネはその遺伝子の働きが抑制されているのか、あるいは他に何か因子が必要なのか、ということになる。

植物と微生物の共生と進化
では、根粒共生に必要な遺伝子の中で、イネとマメ科で違う遺伝子が他にないか、いうと、マメ科植物にはNINという遺伝子がある。他の植物にも似ている遺伝子があるが、これをミヤコグサに入れても根粒を作らない。この遺伝子は根粒を作るための細胞分裂を促す働きをしているが、他の植物では別の機能を持っていた遺伝子が進化の過程で変化してできた新しい遺伝子と考えている。この遺伝子をイネに入れたら根粒共生するかと思ったら、しなかった。このような結果をみると、共生のシステムは複雑なので、1つ1つの遺伝子ではなくて、共生に関係する全体像を見ないと理解できないと思う。そもそも、共生に関係する遺伝子は50以上あると見積もっている。「次世代シーケンサー」で遺伝子の解析スピードが速くなり、その50個の遺伝子を数年以内に全て見つける計画である。これだけ多くの遺伝子が関与していると、やはり全体像を見ないと、何が起こっているのかは分かり難く、その全体像が見えてくるのには、まだ時間がかかると思う。
時間がかかったとしても全体像を解明し、将来的には遺伝子組換え技術を利用して、イネに根粒を作らせて、窒素肥料をあげなくてもコメが収穫できるようなイネが作りたい。


話し合い 
  • は参加者、→はスピーカーの発言

    • 耕地を増やす、という意味では、北半球は温暖化の影響で耕地を増やせるのでは? →温暖化の影響かどうかはわからないが、耕地面積は減っている。温暖化について、長期的にはわからないけれど、短期的には問題ではあると思う。
    • 堆肥などの昔からある肥料は、たくさん施肥すると植物が取り込む能力が落ちる、ということはあるのか? →それは聞いたことがない。
    • 肥料としての人糞や魚粉の品質は? →植物が取り込む有機肥料の窒素吸収率は3割程度で高くはないが、だから有機肥料は使えないかというわけではないと思う。化成肥料のほうが、コストがかからないので、農家は使っている。
    • 根粒共生を利用した窒素の取り込み率は9割を超えているが、絶対量としてはどうなのか? →土の中の窒素分をどの程度使うかでも違ってはくる。肥料を与えるよりは効率が良いが、植物によって花が咲いてから種子になるまでにどのくらい栄養が必要になるか、種子の大きさも違うし、地域などによっても栽培条件が違ってくるので、一概に量がどのくらい、というのは難しい。
    • 別の機能をもつ遺伝子に変異が入り、そのまま進化してしまったのでマメ科植物は根粒共生ができるようになったとおっしゃった。しかし、実はマメ科以外の植物も共生は出来たけれどある時点で必要がなくなったので共生しなくなった、とは考えられないか? →菌根菌との共生に必要な遺伝子は様々な植物に残っていることを考えると、共生していたかもしれない。ラン藻と共生して根粒構造を作る植物もあるが、ソテツなどの仲間に限られていて、とてもレアなこと。大雑把に言えば、進化の過程で根粒共生の能力を獲得したのは1回。中生代から新生代に変わる頃にマメ科植物が出現したが、おそらくその頃根粒菌と出会ったのだと考えられる。ちなみにNIN遺伝子はマメ科に近いモモに良く似た遺伝子があるが、根粒は作らないので別の働きをしているのだと思う。ただ、根粒を作る能力(あるいは材料)はマメに近縁な植物には既に用意されていたに違いない。恐竜が保温のために羽を持っていたものが、鳥になったら飛ぶためのものになったように。
    • 転写因子などたくさんの遺伝子が影響することを考えると、1つ1つの遺伝子を調べていくのは大変な作業では? →今調べている転写因子(NIN)は、進化の過程で起こったちょっとした変化が結果的に大きな影響を及ぼしたものだと思っている。それが変わると、下流の遺伝子のオン/オフがごそっと変わるようなマスターレギュレーターだと。もちろん、下流の遺伝子の細かい変化はあるはずだが、このようなキーとなる遺伝子の周辺を調べることで、主要な現象は理解でき、1つ1つの遺伝子を細かく見る必要は低くなると考えている。
    • 共生する菌が感染する際、植物側に障害応答のようなものは起きないのか? →植物側で障害応答がでないように抑えている。菌の側でも何か関係するタンパク質などがあるのかもしれないが、良くわかっていない。