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バイオカフェレポート「果物を大きくする植物ホルモンの魔法」

 2012年5月11日(金)、茅場町サン茶房にで、バイオカフェを開きました。お話は、理化学研究所 神谷勇治さんによる「果実を大きくする植物ホルモンの魔法」でした。はじめに後藤澄礼さんによるヴィオラの演奏がありました。深い音色に聴き入りました。
5月18日世界植物の日より一足早いバイオカフェに、重粒子をあてたアサガオの種のお土産が配られました。

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後藤澄礼さんの演奏 神谷勇治さんのお話

主なお話

はじめに
私は日本橋生まれで、映画「三丁目の夕日」の時代。当時、「ナイロンは蜘蛛の糸より細く鉄より強い」といわれていた。私は小学校のころは科学に陶酔していたが、その後公害が起きるなど、科学は人類を平和にしないと思う局面にも直面した。企業に入るよりも植物の研究に進むことにした。当時、日本の米作農家は一反あたりの収量が多いと表彰されていたのに、今は減反するなど、生産者の能力を生かせない、残念な状況になっている。
私は原発に反対ではないが、石油は植物由来だから、「植物ガソリン」をつくるような将来を見据えた基礎的な研究も大事だと思っているし、理研は20〜30年先に役立つ研究を行うことが大切である。日本は豊かになったのだから、これからは先行投資としての基礎研究が大事と思う。理化学研究所は年間、1000億円程度の予算で主として基礎研究をしている。
事業仕分けのときに、「2番ではいけないのか」ということばが有名になったが、1番と2番では全く異なる。1番は常に独創的で、他の人ができないことをやろうと努力するが、2番で良いなら真似をしながら進めばいい。

重ビームをあてたアサガオ
今日のお土産のアサガオの種は、理化学研究所の阿部知子博士の研究テーマです。
重粒子線のビームが生物体内でどのように影響力を持つかがわかってきて、重粒子線を使った治療ができるようになってきた。少し話はずれるが、重粒子線の治療を受けたい患者は多く、順番待ち状態。私の母ががんになったとき、重粒子線治療を希望したが、装置が不足でかなわなかった。
アサガオは世界に誇る日本の花。アサガオは短日植物で、1回だけ夜を長くすると花をつけるような日長に対して敏感な植物なので、研究材料として大切な植物である。
重粒子線は遺伝子組換えとは異なる方法で、突然変異体をつくる。重粒子を使うと、自然では1万年かかった遺伝子の一部の変換を瞬時に行える。
重粒子が発芽に関係のある部分を壊してしまうと種は発芽できないが、花の色や形に関わる遺伝子を変えていれば、素敵な変わり咲きになるかもしれない。

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会場風景 お土産のアサガオの種と資料

理化学研究所の歩み
歴史を遡ると理化学研究所は基礎研究の成果を社会に役立てるために設立された民間の研究所と言える。発明品を商品化するための子会社を多く作った。例えばビタミンAを製造したり、合成酒「利久」を作ったり、子会社の数は約200以上あった。コピー機のリコーも「理研光学」が前身。

私の大学院時代
大学院時代、私はヒトデの研究をしていた。ヒトデは冬の特定の満月の夜だけ、海中で放精・放卵する。そのメカニズムを調べるのが研究テーマ。ヒトデの雌雄は足を切って、卵巣があるとメス、精巣があるのがオス。
冬になり、ヒトデの体に卵子と精子がいっぱいできると、一匹がペプチドホルモンを出す。みんなが連鎖反応のように放卵ホルモンを出す。そのタイミングのきっかけが潮の満ち引きと関係する。一晩に海の色が変わるほど放精・放卵する。このタイミングを逃すと1年、放精・放卵を待たなくてはならない。
ヒトデは海水温が低いと受精する。低温だと海にバクテリアが生えにくいため。そこで、初め、油壺で研究し、暖かくなると東北大学の女川臨海試験所へ、それから青森の浅虫海岸、厚岸(アッケシ)の北大の臨海試験場に研究しながら移動していった。
夏場は午後起き出して来て海水浴をし、夕方から夜通し実験して朝寝る暮らし。お金はなかったが、いろいろな人と研究の話ができた。基礎研究時代は面白い!なぜこういうことが起るのか!を研究するのがいい。知りたいと思う気持ちで、眠れないほどわくわくした。火事場の馬鹿力のように、共同研究ではふだん出ないような力も出てくる。

ジベレリンの研究
ジネレリンは約90年前、世界で最初に発見された植物ホルモン。
イネが「馬鹿苗病」になると背丈が1.5〜2倍になり種がよくできなくなる。今は殺菌剤の利用で水田に馬鹿苗病はみられない。この病気は沖縄など暖かい所でよく発生する。
台北(台湾)の農業試験場で黒沢先生は根元に赤いカビが生えるとバカナエ病になることを発見した。かびの培養液を加熱して、ろ過してイネにかけると稲の背丈がのびた。菌のせいでなくて、菌のつくった毒素のせいだとわかった。
黒澤博士の名前から「ジベレラフジクロイ」という学名がついた。毒素の化学構造を決める研究競争が日米英で繰り広げられた。最後にエックス線結晶解析でイギリスが勝った。日本でも正しい構造の候補の構造があったが、少し遅れてしまった。
イギリスはインゲンマメの未熟種子からジベレリンが植物に含まれるホルモンであることを発見した。日本ではみかんの徒長枝(トチョウシ:途中から伸びる枝が出る。農家は普通、切ってしまう)からジベレリンを発見した。 馬鹿苗病菌は植物をひょろひょろにして弱らせて、植物体内に菌糸を入れていく。植物の病原菌は多種多様で、いくつかの植物病原菌は植物ホルモンをよく道具にする。
背丈が低いコムギの農林10号はジベレリンホルモンの受容体が壊れた突然変異で、これが「みどりの革命」につかわれた。草丈が低い小麦は倒伏せず、肥料がよく効くようになる。しかし、背丈が低いイネがおいしとは限らない。背丈が高くてもおいしいお米のジベレリンの合成を抑える(成長調節剤をかける)と、草丈が低くなり、窒素肥料を与えても倒れず、収量があがる。おいしくて収量の高いお米が育てやすくなる。
イネはジベレリンを合成する酵素ができないようにされると背丈が小さくなる。小さな種子はジベレリンがなくなると種が発芽しなくなることもわかっている。

たねなしぶどうはどうしてできるのか
高濃度のジベレリンを1度かけて、優性不捻(オスの力がなくなり、種ができない)にしておいて、もう一度ジベレリンをかけて実を大きくする。
欧米人は口に入れたものを出すのは行儀が悪いとするマナーなので、ブドウの種も皮ものみこむ。皮が薄いブドウが好まれている。種は気にせずに全て食べる。以前は種無しはデラウエア(小さい、甘い)だけだったが、今は種無し巨峰があって、高く売れている。
アメリカでは、突然変異でできた種なしブドウが栽培されている。ジベレリン合成系が欠損している。これはジベレリンの実を大きくするために1回だけジベレリンの処理をしている。
日本では、種無しにするときと、大きくするとき、合計2回ジベレリンをかける。どの房にかけたかを区別できるように、ジベレリンに赤い色がつけてある。

タケノコジベレリン
ジベレリンは植物によって構造が異なり、番号がついている。今は百種類以上発見されている。研究者は番号の他に自分の名前をつけたりしている。例えば、GA1とかGA3はカビからとられている。
GA19はタケノコジベレリンといわれているもので、タケノコは一晩ですごくのびることに注目し、東大グループ(田村三郎・高橋信孝・室伏旭教授)が見つけた。当時、多分今なら100万円分相当ぐらいのタケノコを買って抽出したが、構造を決めるには量が足りなかった。そこで、タケノコの煮汁に着目してタケノコの缶詰の会社からタケノコの煮汁を予備的にもらって抽出した。ジベレリン活性はあったが、計算すると、構造決定には40tの煮汁がいることがわかった。そこで、静岡のジュース会社に40tの煮汁を1tまでに煮詰めもらって東大に運び込んで精製した。噂によると結晶化するときに、室伏教授は緊張のあまり最後の精製区分を少しこぼしてしまい、その刺激で結晶化がはじまり、それを母液にもどしたところ、キラキラと結晶したという。
当時の器機は余り精度が高くなかったが、質量分析、核磁気共鳴を使って、GA19が構造決定された。世界に誇る研究である。東大のようなピラミッド構造だからこそできた研究で、英米のように研究者が独立していては多分出来なかっただろう。
植物の研究は毎日の研究は地味だが、ときどき、こういうエキサイティングなことが起る。

ジベレリンの共同研究
約20年前、シロイヌナズナの突然変異体からジベレリン生合成酵素の遺伝子と思われる遺伝子を単離したという論文を発表した女性研究者(Tai-ping Sun教授)と共同研究をしたいと思った。国際学会で初めてあって、その旨を伝えた。彼女は何を信じていいか化学に関する情報を持っていなかったが、私はジベレリンの化学について4時間近くしゃべって、二人とも疲れたら食事をして、また、話して、やっと彼女に私との共同研究を承諾してもらった。共同研究は今も続いている。偶然に彼女と飛行機に同乗した理研の理事は、彼女から「カミヤは大丈夫か」と聞かれたそうだ。
アメリカから彼女を招いて、ラボを見てもらい、ジベレリンの研究ができる状況かどうかを判断してもらった。その共同研究の成果のお陰で、彼女はデユーク大学の教授になれたと思う。
共同研究者に相応しい人を見つけて、全身全霊で声をかけて互いに信頼して研究をすすめ、研究に成功したら、本当にうれしい。うまくいかないときもあるが、共同研究も研究者の喜びだと思う。

オーキシン
オーキシンという植物ホルモンの働きで、植物は光に向かって伸び、根は暗闇の方へ、根は重力の向きへ進む。80年前に原因は分かったが、オーキシンがどのように作られるかはわからなかった。昨年までに4つの合成経路が提案されて、その中でどれが正しいのかわからなかった。
私の研究室の若い研究者(笠原博幸博士)が主要な生合成経路を決めたいという。私はハイリスクだと諭したが、どうしても研究したいという。そこで、他の人がやれない技術を使おうと考えて、分析に熱をかけずに、トリプトファンからオーキシンへの全ての中間体を測れる方法を開発した。こうして、オーキシン合成経路が見えてきた。私は「君の責任で始めた研究は、君の成果だ!」と彼にいった。この論文は世界から「目からうろこ」と注目された。不安定な中間体を解明し、その結果オーキシンの生合成を阻害する薬剤や、働きを強化する薬剤、生合成経路がわかった。将来、農業に役立つと思う。

果実を大きくするホルモン
果実を大きくするホルモンがあることがわかってきた。ホルモンに関わる遺伝子が見えてきて、これを見極めることが世界の競争になっている。果実の大きさは農業では重要。このホルモンは葉が出るタイミングを決める働きもすることがわかっていて、超人ハルクHulk(怒ると体が緑色になって怪力になるマンガの主人公)を逆にして、「クルウ」Kluhという名前がついている。これを発見したいと思っている。
 新しい発見といえば、山口信次郎くんは枝分かれを調節するホルモン、ストリゴラクトンを発見した。例えば、植物は必須元素のリン酸が不足すると枝分かれをやめてすべてのエネルギーを一つの穂につぎ込んで、なけなしの力を使って子孫をつくる。これに関わるホルモンがストリゴラクトンである。南アフリカの寄生植物のストライガは宿主からストリゴラクトンという発芽促進物質を認識することから以前に知られていた。これが枝分かれを調節する全ての植物に普遍的に存在するホルモンであることが明らかになった。将来は安価な偽のストリゴラクトンをつくって寄生植物を自殺発芽させてからトウモロコシ、ソルガム等を植えることができるようになるかもしれない。

まとめ
スライドも紙芝居も用意しなかったのでホルモンの化学構造の話は何もしなかったが、植物ホルモンは植物の成長を制御していることをわかってもらえたと思う。
今は10-20年後に役立つ研究をすることが重要と思う。将来、リン酸や窒素が欠乏するだろう。リン酸は土にあっても植物は利用できない(不溶性リン酸)。微生物はこのリン酸を植物が使える形にする。今後は不溶性リン酸を植物が利用できるようにする研究や、持続的な農業のための基礎研究、すなわち節約の農業、少ない肥料で育つ農業技術の開発をめざしたい。


話し合い 
  • は参加者、→はスピーカーの発言

    • イオンビームをあてる目的は→ある働きを強くするには、それを抑えているものを壊すようにあてる方法と強化する方法がある。イオンビームで耐塩性イネをつくっている(工業米として使用する)。イオンビームによって品種改良や花の色変わりをつくる。 イオンビームによる品種改良した植物1鉢につき特許収益が理研の収入になる。サイクロトロンの運転資金を充当することはできないが、品種改良で社会に役立てることに意味がある。同じように四季咲きの桜をつくったが、桜は春だけがいいといってあまり評判は良くない。
    • 重粒子線は焦点を定められるのか→X線は突き抜けていく途中で遺伝子をノックアウトする。重粒子線はどのくらいのエネルギーをどのような植物にあてるかという条件を選びやすい。壊しすぎはだめだが、条件を選ぶことにより突然変異が起りやすい。国際共同研究で外国にできた突然変異体も配布している。検疫の問題があるので、アフリカのソルガムの種にシールをして日本に持ち込み、重粒子線をあててシールして返し、アフリカで育ててスクリーニングしている。今日、お配りしたアサガオの種の場合、重ビームを当てた種のあるものが変った花型になったりするものが含まれている。
    • 重粒子はDNAを壊すのか→銃粒子が止まった所でエネルギーが出て、ちょうど良い長さ、例えば10-20塩基が抜けてしまう。 
    • 遺伝子組換えでは挿入遺伝子の位置がわからない。重粒子のレベルのように遺伝子組換えを制御できないだろうか→遺伝子組換えも重粒子線も、どちらも利用して、役立つ生物をつくっていくべき。イネは育てやすいし、セシウムを吸収しやすい品種もあるので、より貪欲に吸収するような品種をつくって除染に役立てるかもしれない。
    • オーキシン合成経路がわかったそうだが→つくる酵素は2個、こわす酵素は1個。オーキシンは植物の先端に合成されておりてくる。その仕組みがわからない。合成する方と分解する方の両方で調整しているようだ。ホルモンの受容体を変化させるか、感受性を変化させるかで解明を目指して測っている。例えば重力の向きに根が向く。葉の葉緑体の中にできたアミロプラスト(デンプン粒)が重力で重い方に落ちてくるシグナルでオーキシンができることがわかった。アミロプラストは重力を認識している。