2012年3月9日、茅場町サン茶房でバイオカフェを開きました。
お話は、アメリカ大使館農務部(USDA)佐藤卓さんによる「ハワイのパパイヤ産業をウイルスから救った遺伝子組換えパパイヤ」でした。USDAのご尽力により、ハワイアン・フレッシュ・プロダクツ社長のトシ・アオキ氏からのウイルス抵抗性遺伝子組換えパパイヤ「レインボー」の寄贈を受け、希望者はみな、試食することができました(試食を遠慮された参加者はいませんでした)。7年前の3月、第1回のバイオカフェで、浜本哲郎さんにウイルス耐性を持つパパイヤのお話を頂きました。今回は数えて149回目でした。
第1回バイオカフェレポート https://www.life-bio.or.jp/topics/topics128.html
お話をされる佐藤卓さん | レインボーパパイヤにはひとつひとつシールが貼られている |
マイナークロップ
私たちが普段、食べている野菜は「マイナークロップ」、「スペシャリティークロップ」といわれることが多い。パパイヤを含む園芸作物はこの「マイナークロップ」の分類になる。それに対し、種子の使用量や栽培面積が大きいトウモロコシ、コムギ、ダイズは「メジャークロップ(作物)」とよばれる。
国際アグリバイオ事業団(ISAAA)は、遺伝子組換え(GM)作物の世界の栽培状況を調査して毎年報告している非営利団体で、その報告によると、現在、世界の栽培面積は日本の全耕地面積の40倍。今年は、発展途上国と先進国の栽培面積がほぼ同じになった。GM作物に慎重だといわれているヨーロッパ(フランスを含む)、アフリカでも栽培している。
栽培されているGM作物はダイズ、トウモロコシ、ナタネ、綿花などのメジャークロップが多く、マイナークロップでの普及はこれからのようである。
GMパパイヤの誕生
オアフ島では1945年に、パパイヤリングスポットウイルス(PRSV)が確認され、その後PRSVが蔓延するに従い、パパイヤ栽培ができなくなり、ハワイ島にパパイヤ栽培の中心地が移動した。
カビは殺菌剤、害虫は殺虫剤である程度対応できるが、PRSVを媒介するアブラムシは殺虫剤で対応しても、ウイルスに感染してしまった後はどうすることもできない。自然界にはPRSV抵抗性を持つパパイヤと交配可能な近縁種は存在しない。
ハワイ島でも1992年、PRSVが見つかり、広がってきた。そのころ、ウイルス抵抗性パパイヤを作出することができ、さっそくハワイでの野外試験が実施された。1996年には米国における環境影響評価が終了し、1998年から商業栽培が行われている。
実際に評価書を見ると、環境影響評価、食品安全性評価を行っているのは、いわゆる「レインボー」パパイヤではなく、「55-1」というイベントである。育成図を見ると「レインボー」は元々の組換え体である「55-1」と非組換え体のSunsetを掛け合わせた後代であることがわかる。
日本では1999年に申請し、2011年12月1日から輸入が認められた。申請から承認まで12年ほどかかったことになる。
日本での遺伝子組換え作物安全性審査の状況
日本で、パパイヤ以外の作物で、安全性審査が終了しているイベントは170以上ある。トウモロコシ、ダイズ、ナタネ、ワタなどが多いが、日本で商業栽培されているのは、サントリーが開発した青いバラだけ。
遺伝子組換え作物が市場に出るまで
遺伝子組換え作物の開発には、およそ100億円、10年くらいかかる。その中で規制への対応(申請して審査を受け、安全性が確認されること、医薬品だと治験のような段階)には、多くのリソースが必要で、少なくとも時間にして3-4年、コストも全体の3-4割が費やされると報告されている。
また、商業利用に耐えうるGM作物を作出するには、きわめて多くの、例えば6000個体くらいの形質転換体を作出し、選抜を重ねる必要があると報告されている。
民間大手6社への調査報告によると、遺伝子組換え作物の初期の選抜までに30億円くらいかかり、商品化までに、136億円くらいかかる。このような状況を考えるとGMトウモロコシ、GMダイズでは、栽培規模が大きいだけ投資の回収は比較的しやすいかもしれない。開発コストは製品に添加されるが、購買者(この場合は生産者)にとって2割高い種子でもよいと思える利点があったから、途上国でも栽培されているのだろう。
GMパパイヤは、これらの作物とは異なっていて、公的機関が開発した。使った特許はすべて供与された。GMパパイヤの特許はパパイヤ生産者協会が持っていて、必要な生産者には無償で供与されると聞いている。
タイでも試験栽培をしている。土地によってPRSVウイルスのDNA配列が違うし、年によっても違う。だから、GMパパイヤだからといって、どんな状況でも十分な抵抗性が得られるとは限らない。だから、個々の地域、ウィルスの系統に応じた開発が必要となる。
民間の聞き取り調査によると、害虫抵抗性GM作物は嫌でも、非常においしい作物なら食べてもいいという人が増える。消費者にメリットがあるものとしてはオレイン酸を多く含むダイズなどが開発されている。
マイナークロップでは、作物の特性か考えて、民間以外にもの公的機関や大学などからも作出できるかもしれない。
これから
○病気に強い作物は重要
実際に農作業をする機会は極めて少ないから、病害虫対策がいかに大変かを実感できる人は少ないであろう。日本は高温多湿で病気の対策が大変。例えば、トマトのオオカハマキ病は温室コナジラミで媒介されるが、抵抗性を持つ品種は極めて少ない。
バナナではに「パナマ病」と呼ばれるカビ病が蔓延しつつあるが、抵抗性がないので、遺伝子組換え技術以外では対抗できないといわれている。世界で栽培されているバナナはキャベンディシュ種のクローンなので、一度、病気が広がると、その被害は極めて大きくなるだろう。
○未承認GM作物の問題
日本の検疫では、未承認のGM作物が検出されている。近年では、中国、ベトナムなどからのものが多い。欧州でひっかかっているのは、中国から来たBt作物など。
これから、このような未承認GM食品が増えるだろう。なぜなら、自国で食べるつもりで申請していなかった作物が、それが輸出されたときに相手国の基準にふれて「未承認GM食品」となってしまうからだ。
まとめ
日本でのパパイヤの審査では13年かかった。国を超えた枠組みで新しい規制が必要ではないかと思う。
会場風景 | 齋藤光義さんのチェロの演奏 |
- どうして遺伝子組換え作物は見つかるのか→遺伝子を組み換えた部分を、申請するときに、開発会社が自己申告しているから調べられる。
- いくらですか→コストコでは4つで900円。会員制の会費がかかるとはいえ、とても安い。アメリカのマックスバリューでは、1個200円くらい。
- パパイヤのドライフルーツも表示するのか→はい、そうです。
- 人間がどこまでリスク管理できるかの問題だと思う。不測の事態が起ったときに制御できるか。また、作物を多くの生産者が選ぶようになると、耕作のレベルで人為的に伝統種が失われるのではないか→作りやすい品種を選ぶのは生産者の自由。組換えに関係なく、作られなくなっている作物はあるが、種子はジーンバンクで保存されている。パパイヤにもローカルな種があるが、それらの保存されている種子を栽培し続ける価値があるかどうかは生産者が決めるのではないか。
- 組換え品種はコントロールされている作物だが、従来の作物はたまたま食べ続けてきただけ。従来品種が毒かどうか調べているのか→規制はないが、育種会社ある程度は調べているかもしれない。遺伝子組換え作物は、感情的、政治的に捉えられているので、これだけの審査をする必要が生じてしまったのだと思う。今後、途上国などで開発され、審査されていないものが混ざってくる可能性も出てくる。
- ウイルスは植物にとって異種の遺伝子だから、種を超えた遺伝子の導入を従来育種と同じという説明はフェアでない気がする→それを延長上だからよしとするかどうかは選ぶ人の問題ではないか。同時にウィルス(PRSV)は自然界に存在し、当然PRSVが感染したパパイヤも長年喫食されている。
- 遺伝子組換え作物の安全性は同等性評価で成分の比較をしている。既存の作物の方が遺伝子に変異があるのではないか。非組換えの安全性が問題にならないのはなぜかと思う。
- 遺伝子を組み換えて植物体として悪い(成長しないなど)ものはでないのか→育種の過程でスクリーンアウトされるようだ。
- ハワイに組換えパパイヤができなかったら→組換えパパイヤができなかったら、パパイヤ産業はなくなっていただろう。タイでこのウイルスが広がれば、全滅するだろう。
- 13年かかったのは、なぜ→政治的なものではない。申請者側の規制対応に時間を要したこともひとつの原因のようだ。企業ならば、安全性確認を早めるために、人手や資金を集中して投入できるだろう。パパイヤを開発したのはパブリックセクターだったから、お金や人が潤沢でなく、対応がゆっくりになり、時間がかかってしまった。
- 日本の審査は厳しいのか。日本の医薬品の場合、日本は審査する人が米国の100分の1くらいしかいなくて、細かいところまで厳しいから時間がかかる。→厳しいが科学的な範疇の中で適切に判断されている。
- 審査してはねられた遺伝子組換え作物はないか→ない。申請前にはねられている。
- 現在の審査の仕組みを考えなおさないといけないのではないか。そういう動きはあるのか→非公式なところでは効率的で不備のない審査をするにはどうしたらいいかという話はよくある。
- 遺伝子組換え作物を政治的にとりあげようとする政治家が少なくない。1600万トンのトウモロコシと400万トンのダイズの日本へ輸入がとまると、日本の食料事情に影響がでるだろう。日本は資源が乏しいので、必要以上の規制は経済を後退させ、問題がでる→農学分野の科学研究費は年間、何百億円とあるようだが、その中で多くの研究がされている遺伝子組換え作物が1件も実用化されていないのはきわめて残念だと思う。
- 日本の消費者は本音では値段で選ぶと思う→遺伝子組換え不分別の食品では、不分別は安く売られており、値段の差がはっきりとあらわれている。
- 開発にはお金がかかるが、つくってしまえば費用はいらないのか→入った遺伝子が世代をこえてちゃんと働いているかを確認の試験をし、分析しているので、まったくお金もかからず、手を離れるわけではない。除草剤耐性遺伝子組に関連した特許が近い将来切れるようなので、薬のように、ジェネリック作物がでてきたり、途上国でもっと栽培されたりするかもしれない。
- 遺伝子組換え原料は安いのか→日本のダイズの95%が輸入。醤油は非遺伝子組換えダイズでつくられている。組換えのほうが栽培しやすいし、非組換え大豆を栽培する農家は減ってきている。種の会社は栽培する前の年に非組換えと組換えのどちらを購入予定かを農家に調査し、非組換えと組換えの種子をどのくらいつくるかを検討する。非組換えは作る人が少ないのでプレミアム(割り増ししてください)がついて高く売れる。どちらを選ぶかだろう。例えば、納豆を高い非組換えダイズでつくっても、製品の価格(原材料、パッケージ、運送など)のうち原材料費が占める割合は低く、吸収できる。非組換え大豆でも、手に入れば、そんなに高い価格にしなくても納豆は作れてしまうのではないか。