2012年2月7日 ベルサール半蔵門にて食の信頼向上を目指す会・食の安全安心財団共催により標記意見交換会が開かれました。同財団による放射線関連の意見交換会は、今回で6回になります。冒頭、唐木英明氏(食の信頼向上を目指す会代表・食の安全安心財団理事)より、開会の辞があり、全講演後、パネルディスカッションが行われました。
食品安全委員会について
食品安全委員会は10年前のBSE問題を契機に、食品の安全性に関するリスク評価を行なう機関として発足した。リスク評価は科学的知見に基づいて客観的中立的に行われるのに対し、リスク管理(規制)は食生活、生産、流通の実態など現実の様々の事情を考慮して行なわれる。独立性が強調されるが、評価のための資料の収集や評価後のフォローなど相互の連携も重要である。
リスク評価とALARAの原則
評価の方法は、微生物、化学物質など対象分野によって異なる。通常の化学物質の場合、動物実験データなどから生体への影響の見られない数値(無毒性量)を求め、これに安全率をかけて一日摂取許容量(ADI)を算定する。ここまでが評価で、ADIを超えないように厚労省等が使用基準を定める。
農薬や添加物のように意図的に使われ、閾値のあるものはADIを設定してリスク管理を行うが、重金属のような汚染物質の場合はALARA(As low as reasonably achievable)の原則を踏まえて基準値を決めるとともに、供給と消費の両面でリスク低減対策がとられる。「合理的に達成できる限り」については、例えば生産現場で対応可能か、食料品の安定供給に支障を来たさないかなどの観点から検討され規制のレベルが判断される。
放射性物質の新たな規制値
今回の食安委の放射性物質の評価は、内外の膨大な文献を精査した上で、信頼性の高い広島・長崎の被爆者の疫学データやチェルノブイリ事故に関連した小児に関するデータを基礎に、生涯の追加累積線量が大よそ100mSv以上で影響が見出されるとした。それ以下では分らないとし、また、小児は成人より感受性が高いと判断された。暫定規制値に代わる新たな規制値(一般食品500→100Bq/kg)もALARAの考え方を踏まえて検討された。加工食品や幾つかの品目について経過措置が設けられたのは、合理的な実行可能性を確保するためである。なお、このプロセスをより一層客観的、合理的なものとする上で「規制影響評価」の考え方が参考になる。我が国では制度として導入から日が浅く対象も限られているが、規制に伴う費用と便益を分析する事は有意義と思われる。
実効性の確保
リスク管理(放射性物質)の実効性を確保する上では、肥料・飼料の規制、農地の除染など実際の生産現場での対応と、計画的なモニタリング検査が欠かせない。併せて、正確で分りやすいリスクコミュニケーションを幅広く行なう必要がある。
Food Communication Compass 事務局長 森田満樹氏
ゼロベクレルを求める声
FOOCOMというWEBサイトを運営しているが、放射線関連の記事への反響が大きい。消費者団体として、食の安全をめぐる様々な問題について考えたいと思っている。現在は情報があっても断片的で、統合して整理する情報が不足し、市民は混乱している状況にある。その結果、一部の事業者の中でゼロベクレル宣言が出始め、市民は「ゼロベクレルが実現可能」と誤解する。
私たちは、新規制値は政治主導で決めていいのか、基準値は低くするだけでいいのかなどの問題提起をしている。
若い母親は新たな厳しい基準値を歓迎し、さらにゼロベクレルを求め経過措置を置かないで速やかに実施することを望んでいる。
新基準値の決め方は容認できないとFOOCOMでは主張してきた。文部科学省放射線審議会も新基準値に疑問を投げかけている。この基準値が決まれば、福島の農業は壊滅的な被害を受けることを危惧している。
新基準値の是非
新基準値を歓迎する理由は、①厳しい基準値は消費者に安心を与える②原発事故等の放射線のリスクをできるだけゼロに近づけるという原則からすれば、基準値を下げることは理にかなっている、③500ベクレルが100ベクレルになると、高い数値の食品はないと認識してもらえる。
新基準値を容認しない理由は、①基準値を下げても現在の汚染状況は既に低い状況にあるため実際のリスクはそんなに低減されない、②検査が難しくなると、実施できる検査件数が減り、リスク管理の質が落ちる、③被災地の農業に壊滅的打撃を与える、④消費者がゼロベクレルを目指しゼロリスク幻想が広まる。
新基準ができるまでに、縦割り行政の弊害が起こっていないか
食品安全委員会のリスク評価は適切だったのだろうか。外部被曝も含むといった後に内部被ばくのみと訂正したことで混乱が生じた。100mSvが安全と危険の境界のような説明をした。リスク管理機関が使いにくいリスク評価結果になった。
・厚生労働省の審議会では、リスク管理策の審議が十分に行われたようにみえない
・文部科学省放射線審議会 新基準値に異議を唱えた
新基準値策定にあたって、さまざまな審議会が審議を行ったが、国民にはわかりにくい。サイレントマジョリティと福島の生産者の声が反映されていない。納得できていない多くの人がおり、新基準値施行で安全になるという誤解、これまでの暫定規制値が安全ではないという誤解が生じてしまった。
文部科学省放射線審議会は、パブコメと同時並行で審議会検討をしており、すでに5回開催。ARALAは経済的、社会的要因を考慮して合理的に達成できる限りに保たれなければならない。市民代表として、コープふくしま理事 佐藤理氏は、「食物の調査をし、福島の食卓にも汚染はほぼないことがわかった。内部被ばくも低いのに、なぜ新基準を設定して復興しようとしている福島の農業に壊滅的打撃を与えるのか」と発言している。
年齢区分別の限度値はすでに決まっているのに、なぜ、さらに乳児用食品の放射性物質の新たな基準値を設置するのか、乳児は一般食品を食べてはいけないと誤解するなど波及する問題は大きすぎる。
国立保健医療科学院 生活環境研究部 上席主任研究官 山口一郎氏
基準値の引き下げ
厚生労働省の審議会の検討内容について説明する。
許容線量5mSvは食品の暫定規制値から決められ。これを、2012年4月から年間線量を5mSvから1mSvにすることになった。それに従って、食品カテゴリー(飲料水、牛乳、一般食品)ごとの基準値も低くなる。
対象にしている放射性物質は、セシウム134、セシウム137、ストロンチウム90、プルトニウム、ルテニウム106で、半減期が1年以上のもの。
各放射性核種の移行の濃度、産物・年齢区分に応じた放射性セシウムの寄与率を計算して、合計が1mSvを超えないよう設定にする。具体的には、介入線量1mSv/年から飲料水の線量(0.1mSv)を引き、一般食品に割り当て、年齢区分別の摂取量を定めた。
食品別の介入線量の検討
乳幼児用食品の範囲:消費者が乳児向けだと認識する可能性が高いものを対象とし(乳児用調整粉乳、乳幼児向け飲料、ベビーフードなど)、もし汚染された牛乳や乳児用食品が流通しても影響が出ないような基準値(一般食品は50Bq/Kg)を決め、ルールの簡素化を目指した。
製造食品、加工食品、原料は一般食品の基準値を満たすことを原則とし、水に戻して食べる乾物、お茶などのように抽出して摂取するものについては実際に食べる状態を考慮。
経過措置は市場に混乱が起らないよう、できるだけ経過措置期間を短縮するようにする。
基準値と同じ線量の食品を一定の割合で摂取したと想定して被ばく線量を計算したが、乳幼児の被曝量は大人の半分程度であり、乳幼児に十分配慮した値であった。新基準値における放射性セシウムからの被曝線量を推計すると、介入線量レベルの年間1mSvに対し、小さな値になった。新基準値で、乳幼児を含めて安全が確保できると考える。
自然放射性物質であるカリウム40の年実効線量(平成20年度)と、平成23年9・11月に東京、宮城、福島で実際に食べている食品を調査した結果は、ほとんど変わらなかった。
私たち消費者は、専門家のような詳細な議論には加われないが、議論の経過と結論を理解したいと思っている。私の住む関西では、放射線はほとんど話題にならなくなった。東北の果物や米を除いて産品が入っていなかったこともあるが、東北応援セールは盛況で、消費者が福島の産品を敬遠しているとは思えない。
多くの人の認識は、「放射性物質の基準はあるらしい。」「基準値変更の情報は知らない」「乳児用の基準や表示には少し関心はある」程度だろう。
生活についての報道を見ると、「放射能を恐れて海外へ移住」、「給食に不安」、「保育園での野外遊びの禁止」などが大半で普通の生活は見えない。これは関西に住まいする私の現状認識と異なる。
不安があって当然だが、一年経ち反応に温度差(地域、年齢、個人的関心、信念など)がある。過度な不安は緩和する必要があり、同時に不安を感じる人を増やさないようにし、食への信頼を回復しなくてはいけないと思う。
朝日新聞と京都大学の調査では、福島の1日3食分のセシウムは国の基準の40分の1だったという。そんな状況の中で新基準設置の理由は何なのだろうか。「より安心に応えて」というような説明もあったと聞く。明確な理由はわからない。それでも、現在安心できてない人の不安は、新基準設置で減るのだろうか。
より数値の低い「乳幼児用基準」があるならば、幼児用食品の方が安全だろうと、乳児用製品を選ぶ大人の出現など、非組換え表示のような影響も心配だ。過度な不安を放置できないとして、新基準を設定するなら、次の4点が重要。
(1)基準の意味を正確に伝えること!
管理基準であり、安全基準ではないことを伝える。そうしないと「直ちに健康被害はない〜」という表現の後付けになり、市民は気休めだと感じる。繰り返して、「安全基準」というニュアンスの報道が流され、誤解が浸透している。食べても影響なしと書くようになってきているが、基準以下だから安全という表現も出てきて誤解を招く。関係者は取材のたびに管理基準だと繰り返し言おう!
(2)「いわゆる消費者」の実態
何も食べるものはないという消費者も、毎日、何かを食べている。不安はないと回答する人はいないが、メディアは「いわゆる消費者」のイメージを画一化していて、メーカーや流通は対策、生産、販売戦略を考えているのではないか。一部の消費者を過剰に意識しすぎている気がする。
(3)消費者とどう向き合うのか
消費者は「尊重されるべき存在」となって、行政、企業から消費者の思いをくんで対応してもらっているが、広範な消費者の声を吸い上げ、伝えるべきことを伝えてきたか。
(4)会議、リスコミの進め方
言いっ放しでなく、誠実に率直に語ってきたか。適切にコメントすることも重要。
むすび
コープ福島理事佐藤理さんの発言から「補償されることよりも働くことの意義」を感じた。一方、厳しさを売りにしてきた生協の中で、被災地の産品を避けたいという組合員もおり、コープふくしまでも福島県産を避けているご家庭があるという。悲しいことだと思う。
消費者団体・生協は、いろいろな意見があって当然。以前よりも消費者の声が尊重されるようになった今だからこそ、絶えず情報を更新しながら「反対・要求型」から「提案型」になろう!
食の安全・安心財団 研究員 森川洋子氏
食の安全安心財団では、2,000サンプルの調査(福島・宮城を除く、北海道〜沖縄)を行った。男女比は、女性46.2%、男性53.9%だった。
質問事項は①福島第一原子力発電所事故後の放射能に関する関心・食材購入の変化・外食の利用頻度について、②放射性物質の新基準値について、③放射性物質検査について、④情報のあり方についてなど。
主な結果
・放射能の問題への関心:「どちらかといえば関心がある」が51.2%と最も高く、「関心がある」とする32.3%と併せ、8割が「関心がある」と回答。
・原発事故以後食品購入に変化:「あまり変わらない」と「変化なし」約60%
・食品購入時に気をつけること:「検査結果を確認せず産地を気にする」77%
・外食の利用頻度:「変化なし」 84%
・外食で気にしている事項:「おいしさ」「価格」「雰囲気」「サービス」の順。これは従来の外食産業と同じで、放射性物質検査については、最も低い割合だった。
・新基準について:「知っている」17%、「聞いたことがある」46%、「知らない」34%
・食品の分類が5つから4つになったことについて:「大変よい」約10%、「不十分」約20%「わらかない」約70%
・放射物質検査結果の表示の確認:確認していない約80%
・勉強会・意見交換会への参加:「割と参加している」約15%、「そこまでする気はない」と「全く参加しない」85%
・情報源:「テレビ」34%、「インターネット」23%、「新聞」20%
以上は、アンケートの一部ではあるが、地域差があるとは言え、放射能の食品への影響について、関心があると言いつつ、検査結果より産地で選んでいる人が多く、外食などでは、ほとんど気にしていない人が多いように見受けられた。また、情報収集にしても熱心なのは、一部の人であるようだ。
新基準・表示問題にはいろいろな意見がある。消費者の意識をどう捉えるか。
検出限界値が下がると、消費者はより低い基準値を求めるようになるのだろうか。
水道水10Bqを1Bqにすると厚生労働省は言っているが、実現できないだろうという意見もあり、4月からの新基準値の有効性をどう捉えたらいいのだろか。
文部科学省の審議会も、基準値設定に待ったをかけたが、結局「差支えない」と回答した。費用対効果(リスクのトレードオフ、環境影響)は議論されなかったことになる。
新基準値の設定は、国民のゼロリスク志向を助長させただけではなかったか。リスクの考え方は全然根づいていなかった考え方になってしまった。
国への信頼が薄い、学者の発言がばらばら、放射線教育の欠如などが背景にある。クライシスコミュニケーションのケーススタディが足りない。背景も含めて、統合して整理して見せる情報が足りないので情報栽培をおこしている。
検査、数値は大きな関心事であるので、学習の機会としたいと思う。
震災直後も今も、最も多い質問は、「原乳の生産地(製造工場しか表示されないから)はどこか」。特に学校給食関係者からが多い。
生乳の検査体制:クーラーステーション(岩手県なら13か所ある)に集乳されて、検査し、厚生労働省に結果を報告している。そこをクリアされたものだけが出荷される。それで工場では検査しないことになっていた。
乳児用ミルクからセシウムが、NPOの独自検査で検出された。「赤ちゃんは粉ミルクしか飲めないので基準値以下でものませたくない」とNPO代表は発言。実際はフォローアップミルクで離乳食と併用するもので、粉ミルクしか飲めない乳児が対象の食品ではなかったのに、それをマスコミは報道していない。
厚生労働省から各メーカーに学校給食用の牛乳は検査するように要請があった。クーラーステーションは生乳で出荷されるもの。今回の粉ミルクの原料である脱脂粉乳は北海道産のものと輸入されたものと聞いている。それに栄養素を添加するもので、乳児用粉ミルクについても検査することが今回要請された。
厚生労働省からは、各メーカーに検査値は公表するように要請した。「市民測定、企業動かす」と朝日で報道された。検査大国になってしまうのではないかと心配になる。粉ミルクは最大32ベクレルで新基準値以下だったが希望者には交換した。その結果、検出限界値が実質的な基準値になる可能性がある。酪農家に自家飼料を使わず、輸入飼料(購入飼料)を使うように、食品メーカーは要請し、自家飼料を無駄にしている。酪農家の負担をどう考えるのか、メーカーのロットごとの検査費用をだれが負担するのか。生産現場のこともふくめて全体を見回して、考えることが大事ではないか。
唐木理事の司会により、会場からの質問を交えて、全講演者によるパネルディスカッションが行われました。
5mSvは有効に機能していた基準値であったのに、4月から1mSvに下げることになった。変更することの説明は十分だったか。厚生労働省はより食の安全・安心を確保するためとしているが、文部科学省放射線審議会は基準値変更の実効性の低さを指摘している状況からみて、省庁の間でも基準値を変更することの意味が共有されていないように見受けられる。この状況が報道され、市民の不安が膨らむことは問題ではないか。
最後に「トータルで1ミリシーベルトの基準値をこえることはまずないだろうと思う。しかし、個々の食品では基準を超えるものも出るかもしれない。大事なことは、復興をめざす福島の農産物の風評被害改善に皆で努力していくことだ」という唐木氏のまとめのことばがありました。